※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅶ

車に戻らず、足を止めた。

湿った床の匂いが鼻に残る。

 

「続き、するか?」

振り返らずに声を投げる。

 

暗がりの奥で、帽子がわずかに揺れた。

倉庫の蛍光灯がちらつき、そのたびに影が二つに裂けて、また一つに戻る。さっきの笑い声が耳の奥で重なっている。重なり方が不自然だ。遅れがある。ほんの半拍。人間が同時に笑ったときの揃い方じゃない。

 

「強気だな」

男が言う。

声が、また二重に鳴った。

 

「強気?」

肩をすくめる。「確認だ。さっきの条件、もう一度聞こう」

 

「条件は一つだ」

男の影が少し前に出る。「“誰のため”か」

 

倉庫の奥で、金属が擦れる。

小さな音。焦りが混じる。

 

「客のためだと言った」

一歩だけ踏み出す。距離は詰めない。「それとも、答えが決まってるのか」

 

帽子の影が止まる。

二つの呼吸が、わずかにずれる。

 

「決まっている、とは?」

低い声。

その後ろで、もう一つの声が息を吸う。

 

「白衣の客だろ?」

俺は言葉を置く。「なら、名前まで言ってみろ」

 

沈黙が落ちる。

蛍光灯が鳴る。水たまりが揺れる。

 

男が笑った。

今度は、わずかにずれた笑いが重なる。

 

「探りか?」

影が傾く。「用心深いねぇ」

 

「用心はする」

視線を外さない。「二人分の声がする場所ではな」

 

一瞬だけ、空気が止まった。

 

帽子の奥で、顎が動く。

奥の暗がりが、わずかに揺れた。梁の上。ほんの細い影が、蛍光灯を遮る。

 

「面白い」

男が言う。

今度は一つの声だけ。

 

奥の影が、わずかに遅れて息を吐いた。

 

「交渉は続けるか?」

俺は問う。「それとも、演技はここまでか」

 

金属の小さな音。

靴が滑る音。

 

「演技?」

男が笑う。「買い被りだ」

 

「買ってない」

短く返す。「確認してる」

 

間を置く。

言葉を急がない。

 

「さっきのケース」

視線を横に流す。「新品すぎる。ここに置くには浮いてる」

 

帽子の影が動く。

後ろの影が、わずかに身じろぎする。

 

「それがどうした」

今度は高い方の声が先に出た。

低い方が、遅れて重なる。

 

……順番が逆だ。

 

「どうもしない」

笑う。「ただ、準備が丁寧すぎる」

 

蛍光灯がまた瞬く。

影が三つに見える。

 

「本命はどこだ?」

静かに言う。

 

長い沈黙。

奥の影が、梁の上でわずかに動く。靴底が金属を擦る音が、遅れて落ちる。

 

「欲張りだな」

低い声が言う。

 

「商売だ」

肩をすくめる。「一つだけとは限らない」

 

帽子の男が一歩前に出る。

その瞬間、奥の影がわずかに身を低くした。逃げ道を測っている。

 

「撤退も選択肢だ」

男が言う。

声は、また二重。

 

「選ぶ」

俺は頷く。「ただし、相手が一人ならな」

 

言葉が落ちた瞬間、

梁の上で小さな音が鳴った。

 

沈黙。

 

男の笑いが止まる。

帽子の影が、わずかに横へずれた。

 

「……今日はここまでにしよう」

低い声。

 

「賢明だ」

短く返す。

 

踵を返す。

背中に視線が刺さる。二つ分。

 

扉へ向かいながら、口元だけで笑う。

 

……炙れた。

 

だが、まだ足りない。

 

外の冷気が頬を打つ。

倉庫の中で、二つの足音が重なった。

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