※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅷ

外気が肺に刺さる。

倉庫の扉を背に、足を止めた。

 

ネオンが揺れ、濡れた地面が薄く光る。

背後ではまだ、気配が重なっている。二つ分の視線が、扉越しにこちらを測っている。追っては来ない。来ないのは余裕か、誘いか。どちらでも構わない。今は外だ。外なら盤面は少し広い。

 

車のドアを開ける。

 

紅莉栖が顔を上げた。

「声、重なってたわね」

 

短い断定。

説明はない。

 

「順番が逆転した」

俺はハンドルに触れたまま言う。「高い方が先に出た」

 

紅莉栖の指が端末を滑る。

画面の波形が細かく跳ねる。光が彼女の横顔を切り取る。蛍光灯のノイズとは違う揺れ。ほんの半拍の遅延が、二本並んでいる。重ねて一つに聞かせるつもりだったのか、それとも一人を演じきれなかったのか。どちらにしても、雑だ。雑な演技は、焦りの裏返しだ。

 

「二人」

紅莉栖が言う。「少なくとも」

 

「梁の上にもいた」

短く返す。

 

後部座席で、2Bが視線を上げた。

白いゴーグルが、倉庫の屋根を測る。

 

「三方向」

低い声。「地上、梁上、外周」

 

「外周?」

俺は振り向かない。

 

「気配」

それだけ。

 

風が強くなる。

フェンスの隙間を抜ける音が、一定の間隔で揺れる。ネオンが点滅し、影が伸びる。倉庫の横手、積まれたコンテナの間に、ほんの一瞬だけ黒い縁が動いた。見間違いでもいい。見間違いを許すほど、今は余裕がない。

 

端末が震える。

 

「さぁて」

アリシアの声が滑り込む。「舞台の幕は、まだ降りてないわよ?」

 

「観客は三人以上だ」

俺は言う。

 

「四人目もいるかもね」

軽い声。だが早い。「屋根の反射、拾ってる。こっちの回線にもノイズが混じるわ」

 

紅莉栖が視線を落とす。

波形がわずかに歪む。

 

「誘導してる」

彼女が言う。「撤退させたい」

 

「追わない理由は?」

俺はアクセルに足を置いたまま、踏まない。

 

「ここで動かすため」

紅莉栖の声は平らだ。「品は囮。本命は別」

 

後部座席で、布擦れの音。

2Bがわずかに体勢を変える。

 

「移動」

短い提案。

 

倉庫の扉が、きしんだ。

内側で何かが動く音。足音が、今度は揃っている。演技をやめた音だ。

 

「選ぶ」

俺は言う。

 

ネオンがまた瞬く。

水たまりに、倉庫の影が二重に映る。

 

「ここでやるか、連れ出すか」

ハンドルを切る角度を決める。「どっちだ」

 

紅莉栖が窓の外を見る。

視線が鋭い。

 

「連れ出して」

短い。

 

「了解」

2Bの声が重なる。

 

通信の向こうで、アリシアが笑った。

 

「脚本、変えるわよ。次はこっちの番」

 

アクセルを踏む。

車が滑り出す。

 

バックミラーの中で、倉庫の影が動いた。

今度は、隠さない。

 

三つ。

いや――四つ。

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