※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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実験 Ⅹ

研究室にした廃区画は、夜になると音がよく響いた。

天井の古い換気装置がゆっくり回るたび、低い振動が床を伝ってくる。

机の上には、拾い集めた材料が整然と並べられていた。

それぞれが違う場所から来たはずなのに、今は一つの装置の輪郭を形作っている。

 

紅莉栖は装置の前に立ち、指先で配線の接続を確かめていた。

端末の光が白衣の袖を照らし、青い影が壁に揺れる。

 

「これで、理論上の準備は終わり」

 

言葉は落ち着いているが、わずかに呼吸が速い。

興奮を隠そうとしている時の声だと、最近は分かるようになってきた。

 

「理論上って言葉は、あまり安心できないな」

俺は壁にもたれたまま答える。「現実ではどうなんだ」

 

紅莉栖は振り返らない。

しばらく沈黙が続く。

 

「観測だけなら、世界は壊れないはずよ」

 

その言い方は妙に慎重だった。

壊れないと言い切らないところが、逆に引っかかる。

 

後ろで椅子がわずかに軋む。

2Bが装置の隣に立ち、静かに装甲の接続端子を確認していた。

 

「接続準備、完了」

 

低い声が部屋の奥まで滑る。

機械のように正確な言葉だが、不思議と冷たくは聞こえない。

 

俺は装置を見た。

円形のフレームの中央に量子コアが収まり、そこから細いケーブルが放射状に伸びている。

見た目はただの実験装置にしか見えないのに、紅莉栖はこれを“時間を観測する装置”だと言う。

 

未来を覗く装置。

そんな言葉は、映画の中で聞くくらいがちょうどいいはずだった。

 

「最後に確認する」

紅莉栖が言う。「観測は一瞬だけ。成功しても失敗しても、装置はすぐ停止する」

 

「未来を見るだけ、って話だったな」

 

「そうよ」

紅莉栖は少しだけ間を置く。「理論上は、干渉しない」

 

その“理論上”という言葉が、さっきより重く聞こえた。

 

装置の電源が入る。

低い振動が机を伝い、金属のフレームがわずかに震え始めた。

 

研究室の空気が変わる。

温度が一度だけ下がった気がして、背中に冷たいものが走る。

 

2Bが静かに装置へ接続される。

装甲の端子から細い光が流れ、量子コアの内部が淡く発光した。

 

「観測開始」

 

紅莉栖の声が小さく落ちる。

 

次の瞬間、空間が揺れた。

 

光が歪む。

研究室の壁が、ほんのわずかに遠ざかるような感覚。

 

俺の視界に、見たことのない景色が差し込んだ。

 

崩れた建物。

黒い煙。

空に浮かぶ巨大な構造物。

 

それは映像ではなく、記憶の断片みたいに流れ込んでくる。

 

そして、もう一つ。

 

瓦礫の向こうに立つ男の姿。

 

ヴァルケン。

 

「……見えた」

 

紅莉栖の声が震える。

 

しかし次の瞬間、光景が変わる。

 

同じ場所なのに、今度は街が崩れていない。

人々が歩き、空は穏やかで、戦闘の気配はどこにもない。

 

未来が、二つ重なっている。

 

「おかしい」

紅莉栖が呟く。「未来が固定されていない」

 

装置の振動が強くなる。

量子コアの光が脈打つように明滅する。

 

「観測が深くなってる」

 

その声には焦りが混じっていた。

 

俺の視界に、もう一つの光景が流れ込む。

 

研究室の床。

血の跡。

 

そして。

 

2Bの剣。

 

次の瞬間、装置の光が消えた。

 

振動が止まり、研究室に静寂が戻る。

 

しばらく誰も動かなかった。

 

紅莉栖がゆっくり息を吐く。

端末を握る手が、わずかに震えている。

 

「観測は成功した」

 

言葉は落ち着いている。

だが、目の奥に揺れが残っていた。

 

「未来は一つじゃない」

彼女は静かに言う。「観測した瞬間に、未来が分岐してる」

 

俺は机の端に手を置く。

冷たい金属の感触が現実を引き戻す。

 

「つまり、未来は決まってない」

 

「ええ」

紅莉栖が頷く。「そして、観測は干渉になる」

 

部屋の奥で、2Bがゆっくり顔を上げた。

 

「未来は干渉されています」

 

その一言で、空気がまた重くなる。

 

俺はモニターを見る。

観測ログがまだ残っている。

 

画面の端に、座標が表示されていた。

 

見覚えのある場所。

 

ヴァルケンの拠点だ。

 

未来を覗いたはずなのに。

 

どうして、敵の居場所がここにある。

 

研究室の静寂の中で、量子コアが小さく一度だけ光った。

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