※この作品はR-18です。

ゴエティア・●ックス   作:ボルメテウスさん

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未来 Ⅰ

研究室の照明は弱く、机の上の機材だけが静かに光っていた。

観測実験が終わってから、しばらく誰も動かなかった。

さっき見た光景が頭の奥に残っているせいで、世界の輪郭がまだ少し揺れているように感じる。

 

モニターには観測ログが残っていた。

時間座標の数値がゆっくりと減衰し、さっきまで暴れていた波形が穏やかな線へ戻っていく。

 

紅莉栖は端末を両手で持ち、画面を食い入るように見ていた。

視線は鋭いが、どこか戸惑いも混じっている。

理論が正しいと証明された時、科学者は喜ぶものだと思っていた。

だが今の彼女の顔には、達成感よりも別の感情が浮かんでいた。

 

「ログは残ってる」

紅莉栖が静かに言う。「でも予想していた形じゃない」

 

俺はモニターの横に立った。

数字の羅列は理解できないが、波形の乱れだけは目に入る。

 

「未来が分かれたって話か」

 

紅莉栖は小さく息を吐く。

「分かれた、というより…重なったと言う方が近いわね。観測した瞬間に、可能性が増えた」

 

机の上の量子コアが、わずかに青く光る。

さっきまで激しく明滅していたそれは、今は落ち着いた鼓動のように静かな輝きを保っている。

 

「未来を見るだけの装置じゃない」

紅莉栖が呟く。「これは未来に触れてる」

 

その言葉が空気の中でゆっくり沈む。

触れる、という言い方が妙に現実味を帯びて聞こえた。

 

後ろで椅子が動く音がした。

振り向くと、2Bがゆっくり立ち上がっている。

 

「観測接続、終了」

彼女は短く言う。「システム負荷は許容範囲内」

 

「負荷が問題じゃない」

紅莉栖はすぐに首を振る。「問題は、観測結果よ」

 

彼女は端末を操作し、モニターに新しい画面を映した。

未来ログの中に、いくつかの座標が浮かび上がる。

 

その一つに、見覚えがあった。

 

俺は画面を指差す。

「これ、あいつの拠点だろ」

 

紅莉栖は黙って頷いた。

観測の中で見えた男――ヴァルケンの名前が、頭の中で静かに浮かぶ。

 

「偶然じゃない」

紅莉栖が言う。「未来の断片の中で、同じ座標が何度も出てる」

 

「つまり?」

 

「この装置を巡って、あの男も動いてる」

 

研究室の空気が少しだけ冷える。

装置の存在はまだ秘密のはずだった。

それを敵が知っているとしたら、どこかで情報が漏れている。

 

俺は腕を組む。

「未来を見てるのは、俺たちだけじゃないってことか」

 

紅莉栖は答えない。

ただモニターを見つめる目が、さっきよりも鋭くなっている。

 

静かな時間が流れた。

装置の冷却ファンが低く回り、研究室の隅で古い照明が小さく唸る。

 

2Bがゆっくりと画面へ視線を向けた。

白いゴーグルが光を反射する。

 

「未来観測の結果、複数の戦闘可能性が確認されています」

 

その声はいつもと同じ調子だ。

だが言葉の意味は、軽くはない。

 

「戦闘?」

俺は眉を上げる。

 

「時間座標の重複地点において、衝突の確率が高い」

2Bは淡々と続ける。「対象はヴァルケン」

 

紅莉栖がモニターを閉じる。

その動作は静かだったが、迷いはなかった。

 

「未来は確定してない」

彼女は言う。「でも干渉した瞬間に、どこかで必ず反応が起きる」

 

俺は装置を見る。

ただの機械のはずなのに、さっきより存在感が増している気がする。

 

未来を見ただけ。

本来なら、それだけの話だったはずだ。

 

だが、現実は違う。

 

「つまり」

俺は小さく笑う。「未来に触ったせいで、向こうも動くってことか」

 

紅莉栖は少しだけ口元を緩める。

皮肉に近い笑いだった。

 

「科学って、そういうものよ。知らなければ静かなままだった世界が、知った瞬間に騒ぎ出す」

 

その言葉を聞きながら、俺はさっき見た光景を思い出していた。

崩れた街。

炎の匂い。

そして、瓦礫の向こうに立つ男の影。

 

あれが未来なのか、それとも可能性なのか。

まだ分からない。

 

だが一つだけ確かなことがある。

 

未来は、もう静かではない。

 

研究室の中央で、量子コアがもう一度だけ光った。

その光は一瞬だったが、どこか遠くまで届いたような気がした。

 

まるで、誰かがこちらを見返しているみたいに。

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