「ちくしょう……こんなの聞いてねぇよ」
ネオンの残滓が壁に滲むラブホテルの一室。古びた天蓋付きベッドの上で、アリシアは浅い息を漏らしながら横たわっていた。普段の冷徹な佇まいは影を潜め、白い肌には薄紅の汗が滲んでいる。
「媚薬……か。まったく厄介だな」
俺は量子ストレージを呼び出し、解毒プログラムを起動する。だがアリシアの体内で作用しているのは未知の化合物だ。分子構造を解析しても既存の薬品ライブラリーとのヒット率は3%以下。まるで“わざと作ったオリジナル”だ。
「ごめん……迷惑かけて……」
掠れた声が天井に向かって零れる。彼女がこうして謝罪するなど、本来なら明日は嵐かと思うところだが――今はそんな冗談を飛ばす気にもなれない。
「気にすんな。お前が悪いわけじゃない」
ベッドの縁に腰かけ、彼女の額に手を当てる。熱い。通常の生理反応を超えた発熱だ。俺はそっと手を離し、壁面の旧式インターフェースに指を滑らせた。
「待ってろ。何か方法を探してみる」
ウィンドウが次々と開く。合成薬物データベース、過去症例アーカイブ、血液成分分析プロトコル――しかし目ぼしい解決策は見当たらない。
「ゲンマ……」
「大丈夫だ。絶対に……」
言いかけた時、不意にアリシアが動いた。白い腕がシーツを掻き分け、俺の袖を掴む。指先が震えている。
「お願い……貴方しかいないの」
その眼差し。瞳孔は拡がり、潤んでいるが決然としている。
「方法はある。ただ……ちょっと」
言葉を選ぼうとする彼女を遮る。
「教えろ。どんな方法だ」
しばし沈黙。だが最終的に彼女は視線を伏せながら続けた。
「セックスよ」
「・・・すまん、もう一度言ってくれ」
「何度も言わせないで」
苛立ちがこもる声。だが頬は朱を刷いたように染まっている。
「媚薬を排出する唯一の手段は――」
言葉の続きを聞き終えた俺はベッドに膝をつき、彼女の身体を覗き込んだ。
「他に道はないのか?」
「ないわ。これは身体の自己防衛システム。異物を感知して活性化してる……まさに本能ね」
冷笑。だが俺には分かる。強がっているだけだ。胸元が浅く上下しているのは媚薬のせいだけではない。羞恥と不安だ。
「そんな微妙な顔をしないでよ!私だってねぇ!こんな形でしょっしょっ処女を捧げたくはなかったわよ!」
「わかった!もうその話は終わりだ!」
慌てて俺はアリシアの口を塞ぐ。しかし彼女の表情は悲しみから嬉しさに変わった。
「でもあなたとなら……。良いわ」
「あっあぁ……」
俺はそれ以上答えずにアリシアをベッドに寝かせた。
彼女の潤んだ瞳が月明かりに照らされ、妖艶に輝いていた。
「とにかく安静にしろ。薬が抜けるまでどれくらいかかるか計算してみる」
「無理よ。成分が特殊すぎて……」
声がかすれる。その刹那、アリシアの手が俺の腕を這い上がる。細くて滑らかな指先が肘から二の腕へ、まるで蛇のように絡みつく。
「逃げないで」
「逃げないさ」
俺は静かに息を吐きながら量子ストレージを開いた。治療に使える物質は限られているが――。
「……鎮痛剤と冷却剤を試してみる」
「いいえ」
アリシアが首を振る。
「ダメよ。刺激が強すぎる。それに……根本的な解決にならないわ」
彼女の白い肌が湯気立つように輝き始めた。シャツのボタンが一つ弾け、深い谷間が露わになる。
「ゲンマ。もう分かるでしょ?私が“誰と”結ばれるのがベストか」
喉が渇く。唾を飲む音がやけに大きく響いた。
「……分かってる」
「怖いの?」
「怖いさ。けど――」
彼女の指が俺の襟元に触れる。ゆっくりとボタンを外していく。
「君はもっと怖いはずだ。なのに、なぜこんなリスクを背負える?」
「あなたを信じているから。そして……この体が欲しているからよ」
胸元まで開かれたシャツ。豊かな双丘が窮屈そうに包まれているのが見えた。息づかいに合わせて震えるそれは、もはや隠しようもない。
「ゲンマ……お願い」
俺は覚悟を決めた。
彼女の手をしっかりと握り返す。体温が高い。脈も速い。
「準備はいい?」
「聞く必要ないでしょ……?」
微笑み。だが泣きそうな顔をしていることに俺は気づいていた。
「やめたいときはすぐ言ってくれ」
「ふふ……優しいのね」
そっと抱き寄せると、香水ではない甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。アリシアの髪が頬をかすめた。
「ねえ……もし私が泣いても、責めないでね」
「当然だ」
胸同士が触れ合う。柔らかくて温かい。そして信じられないほど高鳴っている鼓動を感じた。