前回にドロシーたちの服装を描写しなかったのは痛恨のミスだったかなあ……
女の娯楽を伴った買い物というものはとにかく時間がかかる、というのが普夫の経験からくる持論である。
マリカに付き合って
サレンに乞われて一緒に電気街の怪しい裏通りに行った時には、よくわからない装置やら小道具やらの購入で、店主にいちいち価格交渉を数十分に渡って仕掛けるのを目の当たりにした。
前世においては、女狐の荷物持ちに強制的に駆り出され、あっちこっちのブティックに引きずり回された挙げ句、最終的に二十着近い衣服を運ばされた。
なので、女三人と書いて姦しくなるであろう買い物である今回はさぞかし大量の荷物を持たされるか、長時間のウィンドショッピングに突き合わされるかするんだろうな、と覚悟していたのだが。
「――存外、あっさりと終わりそうだな」
「ん、何がや?」
ショッピングモールの休憩スペースに設置された長椅子に座ったまま、ぼそりとつぶやいた普夫に、隣に座ったリナは問いた。
「いや、買い物が。時間かかると思ってたんですけど」
「そりゃ、アンタ。買い物は口実やからな。昨日、ジグに誘われた時点で気づいとらんかったん?」
言って、リナは左手首に巻いた革のブレスレットをするりと撫でた。
留め具に繋がれたアクセサリの短い鎖がしゃらりと鳴る。
「ま、男避けってのも本当やけどな」
「それはよくわかりましたよ」
実際、ドロシーたちは駅前で合流してから、駅に接続されたショッピングモールへ移動する短い時間で、ちらちらと少なくない視線を集めていた。
時折、声をかけようと近づいてくる男もいた。だが、護衛然とした普夫が後ろに控えているのか目に入ると、そそくさと離れていった。それでも一度だけ、気合の入ったナンパ男が声をかけようとしたが、その男に普夫が色眼鏡のブリッジを上げて「お嬢様になにか?」と若干低めの声をかけたら、すごすごと逃げていった。
昨日、「真剣な悩みだよ」と言っていたジグの言葉は正しかったわけだ。
それにしたって――
「普通、男を連れた買い物に女物の下着売り場に来ますかね?」
二人が座る椅子の置かれた休憩スペースの前には、女性用下着の看板を掲げた店舗がある。
いくつかのこまごまとした買い物を済ませた後、つい先程、ドロシーと付き添いでジグが入っていった店である。
すぐに戻ってくると言っていたので、リナとここで待つことになったのだが。
「ええやん。中に連れ込まれるってわけでもあらへんし、周りにも似たようなんおるし」
実際、休憩スペースの周りにも家族で来て女房なり娘なりに待たされているマイホームパパらしき男が何人か、所在なさげにしていたり子供をあやしていたりとしていた。
普夫はため息をつく。
「別に俺は彼氏でも家族でもないんですけどね」
買っておいた200mlのペットボトルを口につけて、中身を流し込む。
少しは温まろうとHotを買ったが、時間が経ってしまっているので温い。
冷たいよりはマシだけれど。
「なんや。まだ、うちらの飼い主って自覚ないんか?」
むせた。
「おう、大丈夫か?」
「往来でその呼び方するの、やめてくれませんかね!?」
顔をしかめて抗議する。
こちらの背中を擦りながら、リナはため息をついた。
「ったく、ええ加減に覚悟決めぇや」
「覚悟も何もアレはほぼ成り行きだったじゃないですか」
「成り行きでも、あんたを選んだのはうちらで、受け入れたのはあんたや。それにドアも言うてたやん、飼われるならあんたがええって」
「消去法で選ばれた側としては、言いたいことが山ほどあるんですが」
特に一般人であることを自認している自分としては特に。
そう言おうとして、口を紡ぐ。
茂札普夫という名を持つ自分は超人でも達人でもないが、この世界ではある種の異端であることは何年も前から薄々と感じていて、ここ数ヶ月では嫌というほど思い知らされている。
それを嘆くつもりはないけれど。
「僕は平穏な人生が送りたいんですけどねえ」
「あきらめえや。それにあんた、道端で暴れとる猛獣が出たら自分から走って殴りかかるタイプやろ」
反論できねぇ。
代わりに苦笑する。
「前に気門道場の師範にも似たようなことを言われましたね。『お前は放っておくと死にそうだ』って」
「めっちゃわかるわ」
味わい深い顔で頷かれた。
別に正義漢を気取るつもりはない。が、眼の前で見過ごせないものを見てしまうと、リスク度外視で手を出してしまうのが自分だ。
前世の死の遠因でもあるが、この気質は今世でも変わらないのだろう。
あるいは変われないか。
「でも正直、見過ごせないってだけで関わって、女の子の人生を抱える羽目になるのはどうなんですか」
「くたばるよりゃマシや」
「その代わり自分以外の人生も抱えることになってんですが」
「ほっといたら死ぬ言われるやつには、ちょうどええやろ」
それにな、とリナは続ける。
「うちらは学生やけど、今周りにおる大人がだれも他人の命を抱えてへん言えるか?」
「…………」
周囲を見渡す。
子供のそれぞれの手を繋いで歩く父母。仲睦まじく腕を組んで歩くカップル。スペースの遊具で遊ぶ我が子を見守る母親。
前世ではとんとそういうものには縁がなかったけれど。
「いや、それでも年頃の女の子の人生を何人も抱えるのは重いっす」
「そこはあきらめえ。それに別嬪さんを何人も抱けるんやから役得やろ」
脳裏で禿頭を無駄に光らせた師範がうざい笑顔で親指を立てていたが、無視する。
代わりにそういう関係になってから何度もした自問を口にする。
「それでいいんですかねえホントに」
「好かれとる自覚はあるんやろ」
「それは、まあ」
「そもそもうちらがあんたのこと本当に嫌ってたら、この関係は成り立たへん」
言って、左の手首に巻いた鎖付きの革製のブレスレットに口付ける。
「うちのこれもジグの首輪もドロシーの
そして、糸目を弓の形にして婀娜っぽく笑う。
「ま、うちとしてはあないなごっつい
「…………」
ケタケタ笑うリナに普夫は沈黙をもって応えとした。
そろそろ道端で話すには話題が際どくなってきた辺りで、店舗の入り口からドロシーとジグが出てくるのが見えた。
すぐにこちらを見つけて駆け寄ってくる。
「や、お待たせ」
「買い物、終わりました!」
「早かったね」
「オーダーメイドで注文した品の試着と受け取りだけでしたから」
「オーダーメイド」
ちらとドロシーの顔から下に実るたわわな二つのものを見て、なるほど、と思わず頷いた。
その後でしまった、という感情が顔に出るのを自覚する。
女の子にそういう意識を向けるのは良くなかったか、と後悔した。
そして、そのドロシーはというと、別に怒ったり恥ずかしがったりはしていなかった。
かわりに彼女は少しはにかんで、買い物袋を後ろ手に持ち、背を伸ばして胸を強調するように軽く前屈みになった。
こちらを上目遣いで見つめて、言う。
「……茂札さんのえっち」
普夫は赤面した。
「ふふっ♪」
それを見てドロシーはしてやったりと、ちろりと舌を出して悪戯っぽく笑う。
「小悪魔かな?」
「いや茂札がウブ過ぎやろ」
あー、暑い暑い、と夏でもないのにジグとリナが互いに手うちわで仰ぎ合う。
普夫はそれを横目で睨んで右手をゴキリと鳴らすと、二人はわぁっと笑いながら逃げ出した。
まあ、からかわれた程度で本当に手を出す性根はしていないし、彼女らもそれがわかっているので、巫山戯たあとすぐに戻ってきたが。
嘆息して切り替える。
「で、買い物はこれで終わりですか?」
「いや、上のセンターにいく用事が残ってる」
「Lifeセンター?」
「うん」
Lifeセンター。
正式には、Liberalise・Feature・カルチャーセンターという。
Life関連の製品を販売しており、基本的にカードとそれ以外のスリーブなどの関連商品を売るカードショップとは異なり、カード以外にもキャラクターグッズや競技用のバトルボードなどの製品も取り扱う公式直営店である。最新バージョンのブースターパックなども企業から優先的に卸されているので、近所のカードショップで売り切れたのでセンターで買う、というパターンも多い。
「Life部の備品のカードに最新のブースターパックを入れようと思ってね。学校経由で手続きしてあって、センターで受け取る手筈なんだ」
部費で買えるんだ……と思ったが、そこはエレウシスの大会優勝という功績故だろう。
もっとも、次の大会で女帝がリベンジを宿願にしていると聞いているし、占光学校のLife部は強豪と見なされている。
今後は過去の試合を基にドロシーたちのデッキも研究されるので、そう易々と二連覇とはいかないだろう。
なので、今回の買い物もそれを見越しての、デッキのアップデートとその為の研究が必要という事情か。あるいはその辺りをネタに学校側に交渉したのかもしれない。
まあ、自分が在籍していた頃とは学校からの期待が比べ物にならないな、とは思う。
それが良いことなのかは、普夫としては大いに疑問だが。
「その後はどっかで昼食を済ませて、
自主練という言葉を口にしたとき、ジグは僅かに頬を紅潮させて、襟に隠れた首元に触れた。
四人の間だけで伝わるサインなのだが……普夫はそれに気づかないふりをして、聞く。
「じゃあ、昼飯が終わったら一旦解散ですか」
自分たちの間で隠れ家と呼ぶ秘密基地はここから少し遠く、電車とバスを乗り継ぐ必要がある。
それを考えると、先に買ったものは移動には邪魔になるので、一度それぞれの自宅に置きに戻ったほうがいい。
「いや、車で行く」
「タクシーですか。ちょっと出費がきついかなあ」
「レンタカーだよ。最近、免許を取ったんだ」
言って、ジグはちょっと得意げな顔で懐から免許証入れを取り出して見せた。
Lifeセンターの受け取り口で目的の品を受け取った後、そのままモールのカジュアルレストランに入って昼食を済ませ、そのまま駅の地下駐車場へ向かった。
ちなみに受け取ったのは、ブースターパックを入れた12パック入りのボックスが十個であった。この世界の最新バージョンはパックひとつでもかなりの割高なので、普夫たち学生の財布ではまず買えないブツと数である。だからこそ、ジグは学校と交渉して部費で購入したのだろうが。(なお、Lifeのロゴが刷印された大型の購入袋に次々と店舗スタッフの手によって入れられていくボックスを見て、普夫はほんの一瞬だけLife部を退部したことを後悔しかけた)
閑話休題。
ジグが朝方にレンタルしたという車は普夫が思っていたよりも、こざっぱりとしたデザインの車だった。
車高も低めで飾り気が少なく、コンパクト。いわゆる軽自動車である。
初心者マークがフロントガラスに吊るされているのは御愛嬌だろう。
座席の順番はこうと話したわけではないが、暗黙のうちに助手席にはリナ、普夫とドロシーは後部座席になった。
座席の後ろにあるトランクに荷物を置いて乗り込み、出発した。
地下駐車場を出て、駅前の大通りを通り、この街の幹線道路に出る。
そこから、しばらく道なりに進み、やがて区を分ける河川に架かった道路橋を渡って隣の街へ。
そこから、さらに十数キロほど走って、脇道に入る。
やがて、幹線道路に多い自動車販売店や全国チェーンの飲食店、ビジネスビルは少なくなり、目に入る建物の割合が背の高い立派なマンションが多めになっていく。
目的地はこの住宅街に建てられたマンションの一室だ。
この地区は行政の再開発対象に指定された一角で、Lifeの関連企業の出資によって富裕層向けのマンションや店舗ビルが多く、建てられている。
整えられたインフラ、経済が循環するように配置されたショッピングビル、いつでもファイトができるように整備された最新鋭施設を備えたカードショップ、エトセトラエトセトラ。
エレウシスほど露骨ではないが、この街もカードファイターが住むことを意識して設計されているのだろう。おそらく。
そこまでつらつらと考えていると、巡回するファイトポリスのパトロールカー(側面のドアに提携企業のロゴマークがいくつも焼き入れされている)とすれ違った。
ため息。
ああいうのを見ると、この街が嫌でも企業の開発区であることを思い知らされる。
「茂札さん?」
「ああ、いや。何でもない」
もっとも、そういう企業が資金を出すからこそ、治安の高さが保たれているのだろうが。
とはいえ、前世で触れた娯楽作品における「企業が支配するディストピア」を憶えている普夫にとっては、企業が出資するファイトポリスというものにはあまりいい印象が持てない。
――まあ、所詮は些事だ。
彼らには給料分しっかり働いてもらって、違法ファイターとか闇ファイターとかを駆逐してくれれば文句はない。
(それでも、この娘達はトラブルに巻き込まれるんだろうけどな)
この世界の基底が前世のフィクションで、世界がユウキやサレン、ドロシーたちを中心に回っているならば、ほぼ必然ではあるのだろう。
運命や宿命と詩的に呼ぶこともできるだろうが、自分や周りの人間に平穏な生活を望む普夫にとっては、神の悪意とか言う方がしっくりくる。
まあ、生まれ変わりはすれど一度もそんなものに会ったことはないので存在するかも分からないが。
ただ、自分が彼女たちと関わりがあることに、なんらかの意志が働いていて、意味は有るのかもしれない。
あるいは単なる偶然でそんなものは無いのかもしれない。
(いや、考えるだけ無駄か)
そう思うが、普夫は彼女たちに降りかかる理不尽が少しだけ腹立たしい。
そんな憂鬱が漏れたのか。
「茂札さん?」
「ん?」
名を呼ばれて、普夫は無意識の内に隣りに座っていたドロシーの肩を抱き寄せて、その銀の髪を撫でていることに気付いた。
「あ、ああ。ごめん」
慌てて手を離す。
だが。
「大丈夫ですよ。その、そんなにイヤじゃないですし」
少し声を弾ませて、ドロシーは抱き寄せられたままに笑顔でしなだれかかった。
こてん、と先程まで撫でられていた頭を普夫の胸に預ける。
目をつむり、頬を赤らめ、嬉しそうな微笑み。
彼女特有の甘えのジェスチャー。
こういうときのドロシーは、ただ抱きついたり身を寄せたりして、無言で「甘やかしてください♪」と仕草だけで要求してくる。
(こういうところが犬気質なんだよなあ)
尻尾があったらぶんぶん振っているんじゃなかろうか。
そんなことを考えつつも、彼女の求めに応じて、銀色の髪に触れる。
優しく、愛おしむようにゆっくりと撫でて、彼女の頬にかかる一房を梳き、指先で弄ぶ。
ドロシーはくすぐったそうに笑い、その指先に触れて、伝うように普夫の手の甲に自身の手のひらを添えて、頬に触れさせる。
少女の頬は、自分が触れていいのかと思う程に柔らかく、そして温かった。
わずかに指先を身じろぎさせて、彼女の頬を撫でた。
「♪」
鼻歌でも歌いそうな、満足げな吐息が彼女の口から漏れる。
そして、わずかにためらう仕草をしたあと、普通に顔を向けた。
そのまま、何かを求めるように唇をすぼめる。
「…………」
どきりと胸が高鳴り、自分に感情を向けるドロシーに対する愛しさが湧く。
同時にこうやって求められることに自分の中で悦びがあることを自覚すると、生まれ変わっても俺って単純な男なんだなー、と苦笑してしまう。
そのまま、普夫も彼女の唇に自身の唇を寄せようとして、
「おう、二人とも。もうサカり始めてはるん?」
バックミラー越しにそれを見ていたリナの呆れた声によって、普夫とドロシーは我に返った。
「ご、ごめんなさい」
「ああ、別に責めとるわけやないよ」
ただなあ、とリナは続ける。
「サカるのはええけど、車の中はやめときぃや。この車、ジグのレンタルやさかい、汚したら後が面倒や」
「いや、汚すって何ですか」
「何って、ナニ?」
くつくつ笑う。
まあ、彼女なりの冗談だろう。
面白くはないが。
「セクハラですよ」
「はん。うちらの仲で女がいう分には別にええやろ」
「僕はまだいいですけど、天儀さんに言うのは流石にデリカシーがないでしょ。ほら、もううつむいちゃって……って、天儀さん?」
ドロシーは赤くなったまま、普夫が言う通りうつむいてはいた。
だが、その視線は下ではなく、先程のリナの言葉に何を想像したのか、別の方向――普夫の下半身の「ある一点」に向いている。
「ええと、天儀さん?」
「……あっ、ひゃいっ! な、何でもないです! ええ、何でも!」
普夫の視線と言葉に再び我に返ったドロシーは慌てて顔を上げて、顔をぶんぶん振って、誤魔化すように笑った。
普夫は溜息をついた。
まあ、こういう時、ドロシーが何を妄想していたか分かる程度には深い仲なわけで。
「…………………」
普夫はドロシーの視線の向いていた先を両手で隠して、わざとらしく
「……天儀さんのえっち」
ドロシーは顔が「ぼんっ!」と湯気が出たんじゃないかという勢いで真っ赤になった。
リナは腹の中が爆発したが如く爆笑した。
「賑やかだねえ」
そして、運転に集中して会話に参加していないジグは、苦笑したのだった。
隠れ家については次回。
なお、「……〇〇さんのえっち」は実体験。