時間稼ぎと笑いたくば笑え。
あと短くてごめんね。
「じゃあ、明日は頼むよ」
「りょーかい」
手をひらひら振りながら返事をして、校内へ続く塔屋へと身を翻す。
歩きながら、懐からスマートフォンを取り出して時刻表示を確認する。
今、教室に戻れば昼食用に買った爽菜パンを食べて、それなりにくつろげそうだ。
ついでに次のイベントはいつだったかな、などと考えながら、教室に戻ろうとして。
「あ、ちょっと待って」
今しがた話していたジグに呼び止められた。
足を止めて振り返る。
「まだ何か?」
「ええっとね」
ジグはちらりと右手の腕時計を見、そして、屋上の周囲を見回した。
何かを探しているのだろうか。
普夫も周囲を見回す。
取り立てて目に付くものはない。
自分たち以外には人影はなく、目に入るのは休憩用の長椅子とテーブル、景観用に設置された緑化プランター、校舎を凸の形をする出入り口である塔屋、あとはその後ろに据え置かれた複数の巨大な太陽光パネルぐらいか。
視線をジグに戻す。
彼女はふむ、と少し考えるしぐさをした。
「どうしました?」
「いや、まだ少し時間があるな、と思ってね」
言って、彼女は肩に下げていたショルダーポシェットを開いてごそごそと探り、紐らしき何かの束を取り出した。
(紐?)
首を傾げる。
それは八の字巻きに束ねられており、見た目通り紐であった。
素材は、色合いからして、合成皮革であろうか。
ジグが取り出したそれをするりと解いた。
内側に隠されていた物が露わになる。
「……は?」
それを目にした普夫の口から思わず間の抜けた声が出した。
金具と持ち手であった。
リード。和名では引き綱ともいう。
主な用途は飼い犬の首輪につける紐である。
「はい、持って」
「はあ」
ごくごく自然な動作で持ち手を差し出され、普夫は反射的にそれを受け取り持ち手に手を通す。
そして、ジグは反対側の金属のフックを手に持ち、自身の首元のチョーカーに吊り下げられたリードフックへと掛けた。
「よし」
「よし、じゃないんだが!? 何考えてんだアンタ!?」
満足気に頷くジグに、普夫は普段の上級生への敬語も忘れ、声を荒らげて抗議する。
ジグは両腕を広げて応えた。
「さっき、僕も構って欲しいって言っただろう。それでまだ時間があるとくればやることは一つじゃないか」
笑顔。とても笑顔である。
本人も大胆、というかちょっとアブないことを言っている自覚があるのか、若干頬が赤い。
「本番をしろとは言わないからさ」
それにぃ……と、人差し指を自分の唇に当てて、意地悪くにんまりと笑う。
「今、あの出入り口から人が出てきてぼくたちを見たら、どう思われるだろうね?」
問い:昼休みの屋上で、女の子に首輪とリードを着けて、その持ち手を握る男がいる。常識的に見て、この野郎を形容する言葉は何か?
答え:変態である。
この女、自分自身と僕の風評を人質にして来やがった……!
頭を抱えたくなる衝動を抑え、普夫は空いている手で目を覆い、天を仰ぐ。
普夫とて男だ。
ジグのような美少女に言い寄られて悪い気はしない。これが知り合い程度の仲であれば、それよりもめんどくせぇ、という気持ちの方が強くなるが、彼女らとの仲だと前者の感情のほうが勝る。
それに、まあなんだ。
すけべ心が疼かないかといえば嘘になる。
(でもなあ……)
心の中の天使が『いや、昼間の学校でヤんのはまずいに決まってるだろ』と仁王立ちで普夫を諭し、そこに天使を横から殴り飛ばした心の中の悪魔が『本番なしならすぐに終わるだろ、ヤっちまえ!』と唆してきた。
『てめえ!』
『やんのかコラ!?』
心の中で天使と悪魔が普夫を放って殴り合いを始めた。
いや、なんだこれ。
善悪というか、良識と性欲の葛藤でよほど変な顔をしていたらしい。
ジグは百面相で歪む普夫の顔を見て、困ったように首を傾げた。
「ふむ」
少し迷うそぶりをした後、ジグは普夫の胸にしなだれかかった。
「ちょ……」
制服越しでも分かる女の柔らかさと体温、そして今や慣れ親しんだ匂いに思考が止まる。
硬直する普夫をよそに、ジグは上目遣いの潤んだ瞳で見つめ、人差し指を彼の唇に宛てた。
「だめかい?」
不安げに問いかけてくる。
普段の凛々しい王子様然とした雰囲気ではなく、弱々しい幼さと懇願を含んだ女の顔。ブレザー越しの普夫の右胸の上に「の」の字を描く。
(あ、駄目だこれ)
胸に押し付けられた二つの柔らかい何かの感触に己の理性がガリッと音を立てて削れる幻聴が聞こえ、普夫は抵抗するのをやめた。
「……わかりました」
「ありがと♡」
お礼とばかりに頬にキスされる。
唇を離して覗き込んでくる顔がとても嬉しそうに笑っていて。
こういう顔を知っている男もこの学校じゃ自分ぐらいだと思うと。
(まあ、確かに悪い気はしないな)
苦笑する。
それはとにかく、この場でというのはまずい。
ほとんど戯れ程度で済ませるつもりとはいえ、屋上で人目につくのは避けねばならない。
となると……
「あ、屋上でシケ込むなら、あっちの太陽光パネルと塔屋の間の陰がオススメだよ。塔屋とパネルがちょうど壁になって、風除けになるんだ」
「なんでそんな事知ってるんですか」
「ひみつ♪」
「……」
どうせ羽島先輩とイチャつくときに見つけたんだろうな、とあたりをつけたが、まあいい。
というか、自分を屋上に呼び出して二人きりになるようにしたのも。
「始めからこの状況を狙ってましたね?」
「さあね」
含み笑い。
「…………はぁ」
降参とばかりにリードの持ち手を持ったまま両手を上げる。
普夫はため息をついて、昼飯はなしになりそうだ、と独りごちた。
だた、無言で飼い犬を連れる様にリードをやや強めに引いて、彼女を強引に歩かせることで、一応の抗議とする。
「ふふっ♡」
そういう普夫の内心をほとんど見透かしているであろうジグは、情愛と期待を滲ませた含み笑いを漏らして、引かれるリードを素直に従って、
本文の中では書かなかったけど、ジグのやったことは反論の余地なき抜け駆け。
おまけの続きは要望が出れば書くかも。