病んでしまったエアリスは星を救う使命を放棄しクラウドと二人で生きる道を選ぶ 作:ゴロスケ
ザックス・フェア。初めてわたしが心から好きになった人。ソルジャーとして任務へ旅立って以来、一切の連絡がつかなくなった彼はまるで空の向こうへ消えてしまったようにわたしの前からいなくなった。何度も何度も手紙を書いたけど、返事は一度もなくて、やがてそれがかなわなくなってからはただひたすらに祈った。どうか彼が無事であるようにと。
だから、クラウドを初めて見たときの衝撃は今でも忘れられない。最初は彼が戻ってきたんだと思った。
性格は全然違うけれど、歩き方や手の動かし方、何から何までザックスと同じだった。
それは不思議な感覚で……懐かしさと新しさとどちらもを同時に味わっているような、そんな気持ちで接していた。
──でも、今はもう違う。
彼を知れば知るほど、彼と話せば話すほど、自分の気持ちは変わってきた。
ある時は守りたいと思って、ある時は守られて、いつの間にか彼の優しさがわたしを包み込んでいった。
最初は懐かしく感じたその手は今ではわたしにとって温もりの象徴になり、その声も心地よく耳元で響く。
だから、すぐに分かった。目の前の彼が「本当のあなた」ではないこと。それを知った時、どうしようもない切なさが胸を締め付けた。
──あなたを、探してるの。
──あなたに会いたい。
そんな気持ちを胸に秘めながらクラウドを見ているうちに、胸の奥に生まれた感情がある
それは、ザックスに抱いた感情とは違う形をしているもの。
同じようで、どこか違う。それでもこの胸にある気持ちはザックスの時とは比べ物にならない程の「好き」が詰まっていた。
「クラウド……」
わたしは一人、祈り続ける。いつしか本当の彼にも出会えるだろうか?そして、その時には……。
「エアリス?」
時刻は深夜0時過ぎ。一晩を過ごすホテルのリビングでぼんやりしているところに突然聞こえた。
「クラウド?」
「どうしたんだ、こんな時間に」
声の主はやはりクラウドだった。目つきは鋭く、髪がボサボサで青白い顔をしており、酷く疲れているように見える。
「ううん、別に。クラウドこそどうしたの?顔色、悪いよ?」
「……あまり寝られなくてな」
彼にしては珍しく弱々しい口調だ。普段は何でもないようなふりをするのに。
だから、すぐにわかった。これはただ眠れないだけじゃない。
「またおかしくならないか心配?」
「っ……いや……」
わかりやすく動揺するクラウド。これは図星かな。
「話したくないなら、いいよ?」
本当は不安を晴らしてあげたいけど、無理強いは良くない。しかしわたしの気持ちが届いたのか、クラウドはゆっくりと話し始めた。
「最近はますます酷くなってるんだ。ソルジャーは劣化するらしいからな。俺もいずれ、あの黒マントのように……」
クラウドは両手を震わせている。
定期的に発生する頭痛、彼はその影響でたまにおかしくなってしまうことがある。またならないか不安で眠れないのだろう。
「大丈夫だよ。クラウドは、大丈夫」
震える手をぎゅっと握るとクラウドは少し表情が和らいだ。
根拠なんてない。我ながら無責任なことを言っていると思うけど、こういう時は言葉が大事。
「俺はまた、仲間に剣を向けるかもしれない」
「大丈夫、絶対」
「エアリスを傷つけてしまうかもしれないんだぞ」
「うん。それでもわたしはクラウドを信じてる」
わたしの言葉に安心したのか、クラウドの表情が僅かながら明るくなった。
「すまない」
「謝らないで。クラウドは何も悪くないんだから」
クラウドの両手をさらに深く握りしめる。クラウドの心配はもちろんある。でもわたしがそれ以上に嬉しかったのは彼がわたしを信頼してくれていること。
頼ってもらっているという事実が、わたしを心地良い幸福感で満たしていく。
「ねえクラウド。少しお話ししない?」
「こんな夜中にか?」
「そう。ダメ?」
「いや……別に構わない」
「やったあ!じゃあクラウドの故郷のお話し聞かせてほしい!」
「まあ、その」
クラウドは渋々といった感じだが快く引き受けてくれた。こういうところは相変わらず素直じゃないのが可愛い。
狭いソファーの中、互いに密着した状態でおしゃべりを始める。少しずつクラウドの笑顔も増えてきて、次第に緊張感がほぐれていくのがわかった。
「クラウド、ティファとは長いんだよね?」
「そうだな……ニブルヘイムにいた頃からの仲だ」
「子供の頃は一緒に遊んだりした?」
「まあ、家が近くだったからな……」
何故かわからない。でも胸がズキッと痛んだ。
もしかしたら、ティファが羨ましいと思ったからかもしれない。クラウドの幼少期を知らない自分が嫌になったからかもしれない。
「エアリス?」
「あ、ううん。何でもないよ?幼馴染なんて羨ましいなぁって思っただけだから」
「前にも言ってたな、それ」
何気ない会話なのに何故かクラウドが少し照れている。
何だろう、この胸のモヤモヤは。
「クラウドも子供の頃はよく喧嘩してたんだってね」
「おい、どこでそれを聞いた?」
「んー、内緒!」
「ティファか……まったく」
不満そうな彼を見てクスクスと笑う。戦いではあんなに頼りになるのに、二人っきりになると不意に見せるこの隙がたまらなく好きだ。
「女の子同士ですから、ね。情報共有くらいはするの」
「嫌な思い出を掘り出すのはやめてくれ……」
「クラウドが自分のこと全然教えてくれないから。もっと知りたいのにー」
冗談混じりで言うが、本心はそれ以上のもの。自分でも驚くほどクラウドへの気持ちが深くなっていることに気づいた。彼との時間を重ねるごとに、彼をもっと知りたくなる。
過去だけでなく、今この瞬間の彼も含めて、全てを。
「ティファ……俺はまた傷つけてしまうのかもしれない」
クラウドは再び表情を曇らせた。暗闇の中で過去の記憶に苦しむ彼を見るのは辛い。
だけど、わたしが側に居ることで彼の重荷を少しでも軽くできるなら、どんな時だって支えたい。
ティファではなく、わたしが彼の心を救いたい。そんな卑しい願望が芽生えつつあった。
「ねえ、クラウド?」
「なんだ?」
「どうして、そんなにティファのことを気にするの?」
「え?あ、いや……」
図星を突かれたのか、彼は露骨に慌て始める。
……やっぱり。クラウドはティファのことが──。
「仲間、だからな……」
「ふ〜ん。本当にそれだけかなぁ」
「当たり前だろ。他に理由はない」
「ふふっ……そっか」
素直じゃない彼が可愛くてつい意地悪な質問をしてしまう。だけど、それと同時に自分の中で嫉妬のような感情が芽生えていることにも気づいた。
ザックス以外の人を好きになるなんて思いもしなかった。だけど、クラウドへの想いは日に日に大きくなり、自分でも抑えきれなくなっている。
いつの間にかクラウドに惹かれ、彼の為なら何でも出来ると思えるほどになっていた。
もしザックスだったらこんな気持ちにはならなかったはず。だからこそ、この気持ちが真実なのだと確信できた。
ただ同時に、ティファもまたクラウドを大切に想っていることも理解しているから。複雑な心境になってしまう。
──わたしじゃない、他の誰かがクラウドの隣にいる未来は考えたくない。
「クラウド」
「ん?」
「わたしのこと、信じてくれる?」
「どういう意味だ?」
彼は怪訝そうな表情を浮かべる。その目に宿る迷いを感じ取りながら言葉を続けた。
「わたし、クラウドのこと信じてる。だから、クラウドにもわたしを信じて欲しいの」
「……もちろんだ。エアリスも仲間だからな」
答えるまでの一瞬の沈黙が気になった。そこに何かしらの葛藤があったように思えて仕方がない。しかしクラウドはすぐに表情を切り替え、いつも通りの顔に戻った。
「ありがとう、クラウドはやっぱり優しいね」
「大袈裟だろ」
「そんなことない。優しいよ?クラウドは」
気恥ずかしそうにする彼が愛おしく思えてならない。こんな気持ちになるのはきっとザックスじゃなくクラウドだから。
彼に対して特別な感情を抱いているからこそのものだろう。
ザックスを忘れたわけではない。でも今はクラウドの方がずっと大切で、もっと深くまで知りたいと思っている。日に日に強くなるこの想いを自覚する度に自分の変化を感じずにはいられない。
「……エアリスも、一人で背負い込むなよ」
「え?」
突如として告げられた言葉に驚いた。まさかクラウドからそんな台詞が出るとは思わなかったのだ。
心配そうにわたしを見る視線を向けられるたびに胸が高鳶し、頬が熱くなる。何気ない一言なのかもしれないが、わたしにとっては大きな意味を持っていた。
「ザックス、まだ諦めてないんだろ?俺には話を聞くことしか出来ないが、もし……」
そこまで言ってクラウドは口を閉ざす。おそらくわたしの過去に触れるべきか悩んでいるのだろう。気を遣ってくれているのかもしれないが、その優しさが余計に苦しかった。
だって今のわたしの心には、ザックスよりもクラウドの方が大きく占めているから。これ以上は聞きたくない。ザックスのことで心配されたくない。
「すまない。もう休む。また明日、な」
クラウドはそう言い残して自室へと戻っていく。その後ろ姿を呆然と見送った後、わたしは溜息交じりにつぶやいた。
「振られちゃったかなぁ……」
悔しさから来た呟きに自分で苦笑してしまう。ただ初恋の人であるザックスに似ているという理由で興味を持っていたはずなのに……今ではすっかりクラウドの虜になっている。
だからなのだろう。ティファとの関係を見る度に嫉妬してしまう。
こんな感情は今まで感じたことがなかった。ザックスに対してすら感じていなかったものなのにその事実が何よりも嬉しい反面、焦燥感を与えてくる。
クラウドの中でわたしはザックスとの思い出から抜け出せていない女であり、未だにザックスが一番なのだと思われている。
「クラウド、本当にわかってない……」
確かにザックスは大切な人。でもわたしにとって一番大切な人は……それはもう決まりきっている。
でも、クラウドにとっては迷惑なのかもしれない。彼はわたしではなくティファを見ている。その事実は変わらないし変えられない。むしろ彼女を思うあまり苦しんでいる。
「……この瞬間を大切に、だよね」
自分に言い聞かせ、窓から離れる。クラウドと過ごす日々はかけがえのない宝物。それを失いたくないからこそ、わたしは今ここにいる。
「だから、もう少し、もう少しだけ──このままでいさせて下さい……」
星降る夜空の下、わたしは静かに願った……。