病んでしまったエアリスは星を救う使命を放棄しクラウドと二人で生きる道を選ぶ 作:ゴロスケ
朝の霧がまだ濃く立ち込める中、わたし達は神羅屋敷の再調査に足を踏み入れていた。
昨日までの温かな交流が嘘のように重苦しい雰囲気に包まれており、特にクラウドの表情は険しく、時折額に手を当てて苦痛に耐えている様子が見て取れた。
「しかしまあ、いつ見ても不気味なとこだなぁオイ」
「でも、念の為に調べておくべきだと思う」
「ああ、何か残ってるかもしれないしな」
バレットとティファ、クラウドの会話が背後で響く中、わたしは黙ってクラウドを見つめていた。
昨夜の彼の言葉が胸に刺さる、仲間に剣を向けてしまうかもしれない。わたしを──ティファ傷つけてしまうかもしれない……その恐怖と不安が彼を蝕んでいる。
その気持ちは十分理解できる。けれど、わたしには何もしてあげられない。そのことがただただもどかしかった。
「エアリス、何かあった?」
屋敷の中を進んでいたとき、突然ティファが声をかけてきた。
「何か?」
「なんだか、ぼーっとしてるから」
「ううん、ちょっと考え事してただけだよ」
本当はもっと深刻な問題なのだがあえて口には出さない。
今、誰よりも辛い立場なのはクラウドだ。わたしの個人的な悩みなど些末なものだろう。
「そっか。でも、あまり無理しないでね」
ティファの優しい瞳がわたしを射抜く。いつもなら頼もしく感じるその眼差しが、今は何故か心を締め付けるばかりだった。
「うん、大丈夫。それより早く調査しないと!」
無理やり笑顔を作り先へ進むと、背後でティファとクラウドが小声で話しているのが聞こえた。
「ティファ、どう思う?」
「エアリスなら大丈夫。きっと自分で解決できるよ」
「でも、昨日の夜……」
「クラウド、心配しすぎ。今は目の前のことに集中して」
二人の会話に耳を傾けないように努める。おそらくティファはわたしへの気遣いを言っているのだろう。
それは嬉しい。しかし、同時に複雑な思いもある。クラウドの気遣いを受けているのは自分だと、ほんの一瞬でも喜んでしまう自分が嫌だった。
彼がティファに話しているであろうわたしについての言及を聞くたびに胸がチクリと痛んだ。
「(わたし、こんなに嫌な女の子だったかなぁ……)」
過去の自分ならもっと素直に喜べたかもしれない。でも今の自分はどうだろう。大切な仲間なのに、どうしてこうも比較してしまい、嫉妬してしまうのか。どうしても抑えられない感情に戸惑うばかりだった。
「おい、何ぼーっとしてるんだ。そろそろ行こうぜ」
バレットに肩を叩かれ我に返る。屋敷の奥に進むにつれ、クラウドの様子がどんどんおかしくなっていくのを感じた。ふらつきながら壁にもたれかかり、足取りも不安定になっていた。それでも必死に平静を装おうとする姿が痛々しい。
屋敷の奥へと進むにつれ、薄暗さと湿気が増してきた。床板からはカビの匂いが漂い、壁の装飾も所々剥がれ落ちている。ここは昔から気味が悪い場所だと思っていたが……今日は特別に空気が重く感じる。
「何かありそうだな」
「うん。慎重に行こう」
ティファとクラウドが警戒しながら廊下を進む。その後ろをバレットとわたしは続いた。
ふと前を行くクラウドの様子が変わったことに気づく。急に足取りが乱れはじめ、表情が固くなったのだ。嫌な予感が頭をよぎった。
「クラウド!」
「……っ」
わたしの呼びかけにも返事をせず、彼は壁に手をついて身体を支えようとした。
「クラ──!」
「クラウド!」
駆け寄ろうとするわたしより先にティファが行動した。素早く彼の腕を取り自分の肩に回す。ティファは慣れた動作でクラウドを支えながらこちらを振り向いた。
「ごめんエアリス、バレット。先に行っててもらえる?」
「大丈夫か?お前ら……」
心配そうに見つめるバレットに対してティファは微笑む。その笑顔にどうしても嫉妬を感じずにはいられなかった。それは仲間として当たり前の反応なのに……。
「うん。ちょっと休憩させてあげれば治ると思うから」
そう言い残して二人は近くの部屋へと入っていった。閉じられる扉を見ながらわたしは呆然と立ち尽くした。
何も出来なかった。ティファみたいに自然に助けることもできず、ただ見ていることしかできなかった自分が情けなくなる。
クラウドはわたしを信頼してくれている。その思いを知っているのに、肝心なところで役に立てない。そしてあの光景が、ティファとクラウドの間に生まれる「当然」のような関係を見せつけられたようで、なおさら惨めな気持ちになった。
「どうしたエアリス。そんな顔して」
「あ、ううん。なんでもないよ……」
バレットの言葉に慌てて首を振る。でも胸の中のモヤモヤは晴れないどころか大きくなっていくばかりだ。
やっぱり……わたしは選ばれない。その現実が容赦なく突きつけられた気がした。
「ったくクラウドの奴……まあ仕方ねぇか。ティファがついてるしな。調査はこっちの方でやっちまうか」
「そう、だね」
無理やり笑顔を作る。でもそれがうまく出来ている自信はない。バレットが怪訝そうな顔をしているのがわかる。
その後、調査は特に何事もなく終了したが、わたしの心は大きく空虚になっていた。クラウドのことを考える度に胸が痛む。まるで心臓に穴が開いたみたいに空っぽになっていく感覚に襲われた。
*
夜風が頬を撫でるニブルヘイムの給水塔。
ここから見える景色は特別だ。元はセフィロスに滅ぼされた街だったが、今は神羅の手に落ちて新たな命を吹き込まれようとしている。吐息とともに夜風が髪を揺らす。こうやって街を見下ろしながらだと自分の気持ちに整理がつけられる気がした。
「クラウドの部屋……そしてあそこが……」
指先が震える。ティファの家だ。幼い頃からずっと一緒に育ってきた二人。お互いを見守りながら生きてきた関係。わたしなんかが入り込む余地なんて無いほどに。
「クラウド、言ってたな。ここからティファをずっと見てたって」
半分冗談で言ったつもりの言葉。その時の彼は『そんなこともあったかもな』と珍しく柔らかく笑っていた。
その記憶を思い出す度に胸が締め付けられる。過去の記憶でありながら、今のわたしを苦しめる。
「あーあ。もっと早くに会ってたらなぁ……」
給水塔の上から見える星空に語りかける。一つ一つの星がやけに輝いて見え、まるでわたしの孤独を嘲笑っているようだった。
「なんでわたしって、いつもこうなんだろ……」
つい独り言が漏れる。夜の静寂が一層自分を孤独にさせる気がした。
その時、給水塔の階段を登る音が微かに響く。ハッとして身構えるが、すぐに力が抜けた。
「エアリス?何やってんだ」
「ああ、うん。ちょっと散歩してただけ」
階段から登ってきたのはバレットだった。いつも騒々しい彼が珍しく落ち着いた表情をしている。
「ここから街、よく見えるの」
「へぇ、そいつは悪くねぇな。どれどれ……」
バレットはわたしの隣に立ち、遠くの景色を眺めた。男らしい大きな背中が給水塔の柵越しに映える。
「つーかさみぃ!アンタよく平気だな。こんなとこで一人で」
「もぅ、雰囲気台無し。そんなんじゃマリン泣いちゃうよ?」
「ほっとけ!これでも会う度に『父ちゃん大好き!』って言われてるんだからな!」
そう言うバレットの顔が赤く染まる。口調こそ荒々しいが、本当は誰よりも優しくて、子供を大切にする父親。だからこそ、クラウドとは違った形で信頼できる存在だった。
「……何か悩み事か?」
「えっ……なんで?」
唐突な問いかけに思わず声が裏返る。バレットがわたしの顔を覗き込んだ。
「アンタみたいな性格の奴が一人で黄昏れてるなんてよ、なんかあるんだろ?」
「……バレット、意外に鋭いんだね」
胸の内のざわめきがバレットに伝わってしまったらしい。わたしは苦笑しながら頷いた。この人、やはりどこかクラウドと似ている部分があるのかもしれない。本人は否定するだろうけど。
「はぁ……無理すんなよ。コスモキャニオンの時もそうだったけどよ、あんた結構抱え込みやすいタイプだろ?」
「えっ?」
唐突な指摘に言葉を失う。バレットが真剣な眼差しで見つめてきた。
「前から気になってたんだよ。あんた境遇の割に明るく振舞ってるけどよ、やっぱ辛い時もあるんじゃねぇかと思って」
まさかそこまで見透かされていたなんて。驚きと同時に温かいものが胸に広がる。クラウド以外にもわたしのことを案じてくれる人がいたんだ。
「オレもよ……いろいろあったからな。家族のこととか……マリンや村のこととかな」
彼の目を見るとそこには深い悲しみと強い意志が宿っていた。家族を失った痛みと復讐への決意が同居しているような、複雑で熱い感情。
「エアリスの気持ちも少しは分かるぜ。言いたくねぇなら別にいいけどよ。溜め込むと潰れちまうぞ」
優しく諭すような口調で言われて不覚にも泣きそうになる。この人は本当に他人のために本気で怒ったり心配したりできる人なんだと思った。
「ありがとう、バレット」
思わず感謝の言葉が漏れる。こんなにもストレートに心配してくれる人がいることが嬉しかった。けれど同時に情けなくもなる。わたしが弱いせいで仲間達にまで心配させてしまっている。
「クラウドやティファも皆それぞれの事情を抱えてる。でもよ……だからこそオレ達は一緒にいるんじゃねぇか?」
「うん……」
バレットの言葉が響く。けど同時に苦しい。今のわたしの悩みはそう単純じゃない。
「詳しくは聞かねえよ。ただ、いつまでも我慢することはないだろ」
「え?」
「アンタ、昔からずっと辛い思いをしてきてた。だから今度は自分のために生きてみたっていいんじゃねぇか?」
バレットなりの励ましの言葉。でもその瞬間、頭の中で何かが弾けたような気がした。
「自分のために……?」
それは、わたしにとって衝撃的な言葉だった。ずっと抑え込んでいた感情が急激に膨れ上がる。
ティファに対する嫉妬心や、クラウドへの想い。全てが一度に押し寄せた。
「まあなんだ、ちっとくらい我儘になってもいいんじゃねぇかってことだ。アンタにはそのくらいの権利あんだろ」
バレットの言葉がグルグルと頭の中を回る。
我儘になる権利がある?
それはつまり……クラウドの気持ちを無視しても良いということ?
ティファから、クラウドを奪っても許されるということ?
「っ!?」
慌てて首を振る。一体わたしはなんて恐ろしいことを考えていたのか。こんな考え方は間違ってる。絶対に。
(でも……)
それでも、心のどこかで叫んでいる自分がいる。
わたしは、クラウドが好き。
だから、彼を譲りたくない。
誰にも、渡したくない。
もう──失いたくない。
「……許されるの、かな」
思わず吐き出してしまった本音に自分が一番驚いた。しかしバレットは次の瞬間には豪快に笑い出した。
「エアリスよぉ、オレ達は最初から神羅やセフィロスと戦って星を守るっていう大きな我儘を通そうとしてんだぜ?そんなもん屁でもねぇよ!」
その言葉に急激に心が軽くなるような気がした。いやむしろ、堰を切ったように溢れ出してくる。
そう……アバランチは、既に大きな反抗と犠牲を払っている。今更我儘の一つや二つ増えたところで変わりはない。
わたし達は、その為の覚悟をとっくに決めてきたのだから。
「ふふっ……あはははは……」
笑いを堪えられず、涙すら出てきそうだった。
笑って、笑って、お腹が捩れるくらいまで笑った。
バレットが心配そうに見ているが、止められない。止まらない。
「バレットって本当に面白い人だね!」
「な、なんだよいきなり!」
バレットは困惑した表情を浮かべた。当然だ。さっきまで涙目だった女の子が今度は大声で笑い始めているのだから。
それでも笑いが止まらない。何が可笑しいのか自分でも分からないまま、ただひたすらに笑い続けた。
「あはは……ありがとう、すっかり楽になっちゃった」
「そ、そうか?なら良かったけどよ」
少し照れくさそうに鼻を掻くバレット。その仕草も含めて今の彼はすごく頼もしく見えた。同時に決意が固まっていくのを感じる。
「そろそろ戻るか。あんまり遅くなるのもあれだしな」
「……ねぇバレット」
「あん?」
「もし、わたしが我儘になったら……バレットは応援してくれる?」
「おう、もちろんだぜ」
「約束だよ?」
手を振り合って別れる。遠ざかっていく大きな背中を見送りながらため息をついた。
「我儘……かぁ」
一人残された給水塔で呟く。さっきまであれほど塞ぎ込んでいた自分が馬鹿らしく思えて来た。
セトラの巫女として生まれた宿命。本当のお母さんとの死別。いくら待ってもザックスが帰って来なかったこと。ずっと寂しさを抱えて生きてきたこと。
そんなわたしの前に現れたクラウド。最初はただザックスに似ていたから興味を持った。それは間違いない。
でも、今は違う。クラウド自身の優しさや強さ、そして弱さを知れば知るほど惹かれていく自分がいた。
「クラウド……」
呟いた名前に思わず顔が熱くなる。胸の高鳴りが抑えきれない。
ぶっきらぼうで、時々おかしくなってしまうけれど……誰よりも優しい彼。だからこそ好きになった。だからこそ諦められなかった。
「我儘になっても……いいんだよね?」
誰にともなく呟く。この瞬間を大切に、「今」を後悔のないように生きて来たつもりだった。しかし、心のどこかでは諦めてしまっていたのかもしれない。
星の為、仲間の為、空へと還ってしまった人達の為、わたしは祈りを捧げてきた。
──けれど、本当にそれで良かったのだろうか?
自問する。星も、仲間達も、みんなわたしの大切な存在。だからこそ全力を尽くしたい。だけど、わたし自身の幸せは?わたし自身の夢は?何一つ叶えていない。
「ふふっ……」
口元が緩むのが堪えきれない。何故、わたしはこんなにもワクワクしているのだろう?まるで生まれて初めて本当の自分と出会ったかのように、全身に黒い欲望が満ちていく。自分の中で何かが目覚めていくのを感じた。それがとっても心地良い。
「セトラの神殿……早く行かないと」
新たな目標ができたことで思考が研ぎ澄まされていく。どんな困難があっても必ず目的を達成する。そのために必要なのは手段を選ばないこと。
クラウドの心はティファにある?関係ない。例えどんな方法を使ってでも彼の心を手に入れる。絶対に……。
「うん!頑張る!」
月に向かって拳を突き上げる。そう決めた途端、重たかった身体が嘘のように軽くなった。今すぐ走り出したくなるくらい胸が躍っている。
セトラの巫女として生まれた運命に抗うことになる。きっとザックスやお母さんも反対する。それでも構わない。だってこれが自分の意思だから。
「クラウド、待っててね」
そう呟いて夜空を見上げる。今夜の星空は今まで見た中で一番美しく輝いていた。