【ネバー・フォーゲット】結束バンド”解散”後の彼女たち 作:電柱保管
「えっ、虹夏さんって、あのBocchiとバンド組んでたんですか?」
飲み会の喧噪のなかで聞こえてきた好奇の声に、私は口元にグラスを運ぶ手をおもわずとめた。喉のつかえのようなものを感じながら、声がしたほうへ振り向く。
テーブルを挟んで斜め前にいる、金髪の若い女の子と目が合った。私を見つめる彼女の瞳は、それこそ街で芸能人を見かけたときのようにきらきらと輝いている。
「あの……伊地知虹夏さん、ですよね? STARRYのスタッフの」
「えっと……うん」
一瞬迷ったものの、私は精一杯の愛想笑いを彼女に返した。カシスオレンジが半分ほど残ったグラスをそっとテーブルに置きつつ、さりげなく相手の正体を見定める。
見覚えのある顔ではあった。今日はじめてウチのライブハウスに出演したバンドの、リードギターの子だ。申し訳ないことに名前までは覚えていないけれど、最近バンド活動を始めたばかりで、ライブに出るのも今日がはじめてと話していたことはなんとなく記憶している。
彼女の隣には、べつのバンドでボーカルをしている女性がいた。彼女も今日のライブの出演者で、下北沢では比較的長く活動している人だった。私に声をかけてきた子は、きっと彼女から私の過去の音楽活動について吹き込まれたのだろう。
「ていうか、虹夏さんもバンドやってたんですね。しかも、あのBocchiと。ぜんぜん知らなかった」
隣の女性が、私よりも先に話をうける。
「STARRYにもよく出てたよね、あんたらのバンド。名前、なんていったっけ?」
「『結束バンド』です……っていっても、若い子は知らないよね」
「えと……はい、すみません」
私から話を振られると、金髪の子は気まずげに目を伏せた。まだ十代のようだし、きっと社会経験も少ないのだろう。年上の女の過去に恐れ知らずに踏み込んできたわりに、「地雷」を踏むことも過度に恐れている。そんな子を相手に自虐を言ってみせる私も、ちょっと意地が悪いのだけど。
面倒な女と思われるのも嫌で、私は努めてにこやかに言葉を返した。
「まあ、一緒にやってたっていっても、高校生のとき、ほんのすこしのあいだだけだしね。
私の言葉に安堵したのか、彼女はわかりやすく表情を明るくした。素直な子だなと思った。Bocchiがバンドを抜けたあとプロになったという説明は、じつのところ正確ではないのだが。
「でも、マジでBocchiとバンド組んでいたんですね? すごいです!」
無邪気にはしゃぐ彼女の声が耳にも入ったのだろう、気がつくと近くの席で飲んでいた数人のバンドマンも私のほうに興味を示していた。「Bocchiって、あのBocchi?」などとささやきあう彼らの視線には、好奇の色がにじんでいた。尊敬でも羨望でもなく、好奇だ。だってこの子たちがすごいと思っているのはBocchiであって、私じゃないのだから。
だから次に訊かれる質問も、私には容易に予測ができた。
「一緒にやってる頃から、やっぱりBocchiってすごかったんですか?」
訊いてきたのは最初に声をかけてきた金髪の子だったけど、たぶんその場にいた誰もが同じことを訊きたがっていたに違いない。事実、これまでも結束バンドの話題になるたび、私は同じ質問を受けてきた。だから、好奇のまなざしを向けてくる彼女たちに返すべき答えも、私のなかではいつも決まっていた。
「まあ……そうだね。ギターはうまかったよ。あと、バンドの曲の作詞もやってくれてた。作曲はべつの子がしてたけど」
これが、私がたどりついた常套句だ。聴いた人たちはなんとなくわかったような、それでいて物足りないような顔になってうなずく。そしてきまって次にこう言うのだ。
「へえ……昔から曲を書いていたわけじゃないんですね、Bocchiって。ちょっと意外」
だからあんたらのバンドってたいして売れもせず解散しちゃったんだね。「ちょっと意外」という感想にここまでの裏を読みとってしまうのは、さすがに底意地が悪いだろうか。
でも、私たちがあの子の曲作りの……いや音楽の才能に見合う存在じゃなかったと見られているのは、間違いないと思う。
Bocchiはプロデビュー後、みずからの歌唱楽曲のほぼすべてで作詞作曲を手掛けている。さらには複数のアーティストやアイドルグループにも楽曲を提供しており、音源化されていないぶんも含めれば年間三百曲を作っているらしいと、まことしやかに噂されていた。私たちは彼女のそれほどの才能を眠らせたまま、一緒にバンド活動をしていたわけだ。宝の持ち腐れもいいところだと思われても仕方がない。
いやむしろ、大半の人はこう思うに違いない。Bocchiはそんな馬鹿なバンドに見切りをつけてソロで活動しはじめたからこそ、プロになってメジャーデビューし、発表する楽曲が国内配信チャートで軒並み一位を獲得するほどの成功をおさめることができたのだ、と。
バンドを解散してから私たちは――すくなくとも私自身は、自分たちのことを他人に言いふらしたりしていない。それでも私たちの過去はこんなふうにして下北沢のバンドマンのあいだで時折話題にのぼる。それがBocchiにとっての黒歴史というなら、まだ救いがあったのかもしれない。でも実際のところ結束バンドは彼女にとっての「歴史」ですらないのだ。現在、Bocchiの公式プロフィールには、彼女が過去にバンド活動をおこなっていたという記載はない。
「そういえばBocchiの新曲って、『ヴァンパイア・ブレード』の主題歌になるんでしょ? そうそう、アニメの、夏に公開される映画版。昨日くらいに公式発表があって、PVも――」
テーブルの話題はいつのまにかBocchi自身の活動の称賛へと移り変わっていた。もう誰も私に興味を向けてはいなかった。
私はその話題に耳を傾ける振りをしつつ、自分のグラスに口をつけた。氷の溶けたカシスオレンジは、ほとんど味もしなくなっていた。
*
そういえばこの店は、私たちが四人ではじめて「STARRY」でライブをした日に、打ち上げで来た居酒屋だ。
すっかり忘れていたその事実に気づいたのは、Bocchiの話題に相槌を打つのにも疲れてきて、一人で店の外に出たときだった。星の見えない夜空をふと見上げると、いつからか蓋をしていた記憶の箱が開いて、懐かしい思い出がこぼれるようにあふれてきたのだ。
あの日はお姉ちゃんが初ライブの慰労だといってこの店に連れてきてくれて、廣井さんもPAさんもいて、みんなで他愛のないおしゃべりをして……。すごく楽しかった。あの日もこうして、人いきれのする店内から一人で抜け出して、この狭い裏路地で夜風にあたりながら物思いにふけっていたっけ。なにを考えていたかまではもう覚えていないけれど、そのうち
店の引き戸がカラカラと軽い音をたてて開いたのは、そのときだった。
「あっ……、お疲れ様っす」
一瞬、あのときのように彼女が来たのかと錯覚しかけたが、そんなわけはない。あらわれたのは、目にかかるくらい長い前髪を垂らした、若い男だった。
「あ、どうも……」
店から出てきたその男性に、私は会釈を返した。小さく頭を下げ返してきた男は、わりと背が高いくせにひょろっとしていて、ちょっと猫背。下北沢によくいるタイプのバンドマン風の見た目といおうか。
面識のある男性だった。
「えっと……、『ファーストハニー』のベースの……」
「あっ、はい。タクヤっす。おぼえててくれたんすね」
タクヤは嬉しそうに相好を崩した。屈託のないその笑顔に、私はすこしだけどきりとする。
彼らのバンド「ファーストハニー」は、今日ウチでおこなわれたライブイベントの出演者の一組だった。ウチのイベントにでるのは今日がはじめてだったはずだ。出演バンドのブッキングはいまもお姉ちゃんが担当しているから、出演が決まるまで私は彼らの名前も知らなかった。すくなくとも下北沢で活動しはじめたのは最近のバンドだと思う。演奏はまあ、そこそこといったところだったけれど、彼ら目当ての客は案外多かったようだ。ギターボーカルの顔がけっこうよかったから、若い女性のファンがついているらしかった。
「伊地知さんも、タバコっすか?」
「あっ、いえ、ちょっと涼みにきただけです。私は吸わないから……」
「そうすか」
私の返答を聴いて、タクヤはブルゾンのポケットから取り出した電子タバコを吸わずに仕舞った。ちょっと気を遣わせたかな……。入れ違いで店に戻るタイミングも失ってしまった。
私たちは狭い路地の端で横並びになって、なんとなく前方を見つめる。こういう沈黙を天使が通るとかいうんだっけ。
気まずい雰囲気になるのも嫌で、私は自分から口を開いた。
「ええと、今日はライブ、ありがとうね。お疲れ様でした」
ライブハウスの従業員として、打ち上げの場で出演バンドに労いの言葉をかける。おおげさに褒めるのはわざとらしいけど、このくらいなら不自然じゃないはずだ。
「いや、お礼を言うのはこっちのほうっすよ。『STARRY』みたいな名の知れたハコで
「ははは……」
タクヤのおおげさなお世辞に、私はあいまいな笑いで応じるしかなかった。
たしかにSTARRYは下北沢のバンドマンのあいだではそれなりに認知されてはいる。けれど名の知れたハコとまで持ち上げるのはさすがに褒めすぎだ。STARRYは営業を始めてまだ五年かそこらで日が浅いし、新宿FOLTみたい人気バンドを輩出した実績もまだない。
……唯一の例外はBocchiだけど、彼女は私たちとともに結束バンドとしてSTARRYのステージに上がっていたというだけだ。彼女のプロデビューのきっかけとなったのは、STARRYのステージではなく、未確認ライオットという十代アーティスト限定のロックフェスだった。そのフェスに結束バンドのリードギターとして出場していた彼女にあるメジャーレーベルが目をつけ、プロとして契約しないかとスカウトしたのだ。
とはいえ、そうしたデビューの経緯についてもBocchiの公式プロフィールでは明かされていない。デビュー前の活動について詳細を語らないアーティストなんてべつにめずらしくもないし、それはアーティストとしてのイメージ戦略の一環なのかもしれない。けれど当事者だった私は、どうしたって考えてしまうのだ。
「ていうか伊地知さんって、結束バンドでドラム叩いてた、あの伊地知さんっすよね?」
「え?」
不意にタクヤの明るい声が聞こえ、私は驚いておもてを上げた。
そんな私の反応を見て、推測が確信に変わったのだろうか。タクヤは私のほうへ体を向けて、さらに身を乗り出してきた。
「やっぱり、そうだ。俺、じつはライブ見たことあるんすよ、結束バンドの。田舎から東京に出てきてすぐくらいで、まだ自分でバンドもやってない頃に」
「ああ……うん」
本当に驚いて、うまく言葉を返せなかった。サイドテールに結わえた髪の毛を指でいじったり、カットソーの上に羽織ったデニムジャケットの前を無意味にあわせたりしてみる。これじゃあまるで、王子様に声をかけられて浮かれる少女漫画のヒロインみたいじゃないか。
動揺のあまり思考までおかしくなりかけた私にかまわず、タクヤは話を続ける。
「それこそSTARRYで
彼の言葉に、私はうかつにも胸を打たれていた。まさか、結束バンドを
「はは、なんか、嬉しいね」
自然と口をついてでた言葉でようやく気がついた。ああ、そっか……。私、嬉しいんだ……。
自分のなかに湧きあがった感情の正体に気づいた途端、気恥ずかしさも込み上げてきた。かぁっと顔まで熱くなってくる。あわてておもてを伏せたけれど、たぶんバレバレだったと思う。
タクヤも私の反応に気をよくしたのだろうか。
「もしよかったら、べつの店で飲み直しません? 偉大な先輩バンドマンから、今後のアドバイスなんかも訊きたいし」
「ふふ、なに、それ。私、ただのライブハウスの店員だし、バンドももうやってないんだけど」
「いやいや……私、ただのライブハウスの店員だよ? バンドだって、もうやってないし」
タクヤの軽口に照れ隠しで謙遜しながらも、私はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。二次会に誘われたから帰りは遅くなると、お姉ちゃんにメッセージを入れるためだ。
*
「ん……、あ、あれ?」
体が大きく船を漕いだ反動で目が醒め、私はあわてて左右へ視線を振った。
シーリングライトの黄色っぽい灯りに照らされた、小綺麗だけど狭い部屋のなかだ。室内には二人掛けのソファと小さめのガラステーブル、テレビ、小型の冷蔵庫、そしてベッドが置かれていた。ベッドはクイーンサイズというのだろうか、部屋に面積からすると不釣り合いなほど大きい。私はその大きなベッドのふちに腰掛けていた。
どことなくあやしげというか、独特の雰囲気もあって、自分がどこにいるのか、すぐに思い当たった。
「ホテル……?」
「あ、起きた?」
ひとりごとが漏れたちょうどそのとき、部屋の入口のほうからふいに男の声が聞こえてきた。
白いバスローブを羽織った男が立っていた。タクヤだ。
「え? な、なんで?」
今日知り合ったばかりの男とホテル――それもラブホテルの室内にふたりきりでいる。その状況に気づき、混乱した私は意味もなく周囲を見回した。目に映る光景はもちろんなにも変わらない。
いっぽうでタクヤは当たり前のようにベッドにやってきて、私の真隣に腰を下ろした。
「なんで、って、覚えてないの? 虹夏ちゃんがけっこう酔っちゃってちょっと休みたいっていうから、ここに入ったんじゃん」
「え……」
そんなことを言ったのか? 私が? すくなくとも私自身に記憶はなかった。というより、記憶が飛んでいる。タクヤと二人で打ち上げ会場を抜け出して、彼が案内してくれたバーでカクテルを注文したことは、おぼろげながらも覚えていた。しかしそのあとの記憶があいまいだった。このラブホテルにどうやって入ったのかも、いつから彼に下の名前で呼ばれるようになったのかも。
「部屋に入って、まだ十分くらいかな。虹夏ちゃん、なんか眠そうだったから、俺が先にシャワー浴びさせてもらったよ」
タクヤがかるく座り直したのか、ベッドがぎしりときしんだ。
その音でハッとして、私はとっさに自分の身なりを確認した。とりあえず服は着ていた。カットソーにワイドパンツ。靴は部屋に入る際に脱いだのだろう、スリッパに履き替えていた。上着のデニムジャケットは正面の壁から突きでたウォールハンガーに掛けられていた。持ち手のところに水玉模様の赤いリボンを結びつけた自分のバッグは、ガラステーブルの上に置かれている。髪もいつもどおりサイドテールに結ったままで乱れてもいないから、まだ変なことにはなっていないと思う。
とはいえ自分が置かれている状況に身の危険を感じないといえば嘘になる。
「そ、そうだったんだ。ごめんね、なんか、迷惑かけちゃって。あっ、お金はちゃんと払うから」
私は早口でまくしたてるように言うと、とっさにベッドから腰を浮かせた。精算だけしてそのまま帰ってしまおうと考えたのだ。
しかしそれは叶わなかった。
「金なんてあとでいいって」
タクヤが私の腕をつかみ、立ち上がりかけていた私をなかば強引にベッドへ引き戻したのだ。
「えっ! ちょっ……」
「虹夏ちゃん……」
タクヤはあわてふためく私を抱き寄せ、顔を寄せてくる。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」
恋人でもない男からキスを迫られ、私はほとんど本能的な嫌悪を感じた。タクヤを遠ざけようと、必死に顔をそむける。
「は? なんだよ」
抵抗を受けて興ざめしたのか、タクヤも私の肩をつかむ力をゆるめていったん身を引いた。しかし長い前髪の隙間から覗くその表情には、あからさまな不機嫌さがにじみでていた。
「シャワー浴びたいとか、そういうこと? 俺はべつににおいとか気にしないけど」
「そ、そうじゃなくて。私、そういうつもりじゃなかったから……」
本当に、彼とこういう関係になるとは考えていなかった。たしかに彼が結束バンドを知ってくれていたことは嬉しかったし、二人で話してみてもいいとは思った。けれどそれは純粋に音楽の話をして仲良くなりたかっただけで、恋愛感情をいだいたわけではない。まして、こんなふうにいきなり男女の一線を越えようだなんてまったく想定外だった。
「いやいや、それはとおらないでしょ」
けれどタクヤは私の甘っちょろい言い訳を切り捨てると、せせら笑うように鼻を鳴らした。
「そっちからラブホに誘っておいて、やっぱ無理とかはさ……。さんざん期待させておいて、なにもせずに帰れってのは、さすがにひどくない?」
「そ、それは、そうだけど……」
高圧的な口調で言いたてられ、私は怖くなって目を伏せた。自分からホテルに誘ったおぼえなんて、ぜんぜんないのに。
彼はこんな人だっただろうか。もちろん今日知り合ってすこし話しただけだから、私が彼のなにを知っているわけでもない。それでも、バーで飲みながらバンドの話をしているかぎりは、とくに悪い印象はもたなかった。それなのに……。
「いや、ごめん。べつに怒ってるわけじゃなくてさ」
タクヤは急にやさしげな口調になると、私の肩にそっと手を回した。私は反射的に身をすくめてしまったが、タクヤはひるむことなく私を抱き寄せる。意外なほどに慣れたその手つきに、私のほうもふっと体のこわばりが解けてしまう。
「ん……」
「二人で話してみて、俺、マジで虹夏のこと、かわいいなって思ったんだ。だからさ、こうやって誘われて、本気で嬉しかった」
タクヤの手はいつのまにか私の胸のほうに移動していた。服の上から乳房をまさぐられ、私はおもわず息をもらしてしまう。
「ん、あっ……」
「乱暴にするとか、ヤバいことするとかは、絶対ないからさ。フツーに楽しむだけ。だから、いいでしょ?」
タクヤはにこりと微笑むと、私が着ているカットソーの裾に片手をかけた。もういっぽうの手で胸を揉みながら、ゆっくりと裾を上へずらしていく。
臍のあたりまで裾をまくりあげられたところで、私は観念した。
「……ホントに、一回だけだから」
下手に抵抗を続けて乱暴にされるよりかは、さっさと済ませてもらったほうがまだマシだ。私は自分にそう言い聞かせた。
「ちょっと待ってて……」
私はカットソーの襟元に手をかけて、みずから服を脱いだ。仕事着にしている安物のカットソーだけど、手荒に扱われるのは嫌だった。
タクヤは半裸になった私をベッドに押し倒すと、ブラジャーの上からまた胸をひと揉みした。
「これももう取っちゃおうよ。俺が脱がそうか?」
「……自分でやるから、いい」
私は両手を背中に回してブラジャーのホックをはずした。ここまできてカマトトぶっていると思われるのも嫌で、もったいつけずにブラジャーを取り去り、さっき脱いだカットソーの上に重ねて置いた。
「すげえ、おっぱい、綺麗だよ」
タクヤは私が仰向けの姿勢に戻るなり、いそいそとバスローブを脱ぎ捨てて、私に覆いかぶさった。風呂上がりの彼はまだボクサーブリーフは穿いているものの、それ一枚だ。みずからも肌をさらして興奮が高まったのか、タクヤは我慢できないとばかりに私の乳房に顔をうずめた。
「んっ、あっ」
「はは、いい反応。やっぱり感じやすいの?」
「……知らない」
舌で乳首を転がされて快感をおぼえなかったといえば嘘になるけれど、「やっぱり」というひとことは気になった。それは、私のことをいかにも性に飢えた女だと思っていたということだろうか? それとも、胸の小さい女は感じやすいとかいう俗説を真に受けているのだろうか? いずれにせよ、口では拒んでいたくせにいざ事が始まればその気になったなどと思われるのはあまりいい気分ではない。
私だって人並みに性欲はあるけれど、かといって誰彼かまわずセックスをするほど男に飢えているわけじゃない。肉体関係まで至ったのは、大学のときに付き合っていた彼氏だけだ。初体験が大学一年のときに付き合っていた同級生で、彼と別れたあと次に付き合ったべつの同級生が二人目。したのは本当にその二人だけ。自分でいうのも変だけど、貞操観念はいたってふつうだと思う。たまに体が火照ったときは指とかでいじって一人で慰めている。だから、ゆきずりの男と肌を合わせるなんて、本当にこれがはじめてなのだ。
「ん、んん……っ」
「いいよ、虹夏ちゃん、もっと感じて……」
タクヤは乳首を舐めまわす合間にささやきつつ、下半身にも手を伸ばしてきた。
「んんっ!」
下はまだ穿いたままだったが、いきなり下着のなかに手をつっこまれた。すでに濡れはじめていた女の部分を指先で直接こすられ、私はおもわず腰を震わせた。
「下も邪魔だから脱がすね」
着衣のままの愛撫はもどかしかったのか、タクヤは私のワイドパンツとショーツに手をかけて一緒にずりおろした。二種の穿き物を私の脚からなかば強引に抜き取ると、タクヤは私の膝を割って大きく股を開かせた。
「やだ、見ないで……」
ある程度覚悟していたとはいえ、男の前で性器をさらけだすのはやはり恥ずかしかった。陰毛は下着からはみ出さない程度に手入れをしているけれど、それだけに処理後の黒ずみが残っているんじゃないかと不安にもなる。
「もう濡れ濡れじゃん。すっげえエロいよ」
さいわいといおうか、タクヤはアンダーヘアの具合を気にしていないようだった。私に卑猥な言葉を投げかけると、いきなりヴァギナにむしゃぶりついてくる。
「んあっ!」
躊躇なくクリトリスを吸われ、しびれるほどの快感が全身に走った。タクヤは敏感な突起を舌先ではじきつつ、指で陰唇を開いてナカのほうも舐めまわしてくる。
「いやっ! ああっ……」
「どう? 俺、けっこう上手でしょ?」
悔しいけれど自慢するだけのことはあった。これまでの彼氏とくらべてタクヤの愛撫は強めというか、遠慮がない。やや強引ではあるものの、無理やり快感を引き出される感じがあった。
「んんン、はぁっ、あぁ……」
声を押し殺そうとしても、自然とあえぎがもれてしまう。前の彼氏と別れてから半年以上振りくらいのセックスだからか、私は意外なほどに感じてしまっていた。
できればもっと舐めてほしいとさえ思った。しかしタクヤのほうは先を急ぐらしかった。
「ナカのほうも気持ちよくしてあげるね」
「え?」
タクヤは私の股から顔を上げると、またも手をあてがってきた。蛙のように脚を開いた私の膣に右手の指を差し入れてくる。
「ああっ! う、嘘!」
「ナカもぐちょぐちょになってるよ」
私は驚きもあって腰を引きかけた。しかしタクヤも逃さないといわんばかりに深く指を入れ、腹側の肉をつつくように膣のなかで指を動かしはじめる。
「んんッ、ダメッ、こ、こんなの……!」
「手マンも気持ちいいでしょ? ほら、ほら!」
タクヤは恍惚としたような口調で言いながら、私の膣にズボズボと指を出し入れする。その動きが激しいせいで、クチュクチュと愛液が掻き混ぜられる音まで鳴りはじめていた。
「んっ、あっ、ああっ、いやっ、ああっ!」
快感もたしかに強かったが、声が出てしまうのはどちらかといえば衝撃の大きさからのような気もした。一人でするときもクリトリスをいじるだけだから、こんなふうに指で膣内を掻きまわされた経験はほとんどない。だから刺激が強すぎてどうしても声が出てしまうのだ。
しかしタクヤは自分のテクニックで私をよがらせていると勘違いしたらしい。
「いいよ、虹夏、イって! 気持ちいいんでしょ? イケよ、ほら!」
「あっ、んああっ、あっ……ああッ!」
苦しくなるほどにガシガシと指を動かされ、私はとうとう限界に達した。一瞬目の前が真っ白になったかと思うと、知らず知らずのうちにビクビクと腰が痙攣してしまっていた。
ただし、これがいわゆる「イッた」ということなのかは、よくわからなかった。男の人としたときにそういうことになった経験はないし、オナニーで気持ちよくなるときも、同じように膣のあたりが痙攣する感じはあるものの、すぐに全身から力が抜けてスッキリした感じになると思う。さっきのは痛みとまでは言わないまでも、やはり強すぎる刺激に体が驚いただけだった気もする。
だけど私を「イカせた」と思っているらしいタクヤは、愛液で汚れた自分の右手を満足そう眺めていた。
「虹夏ちゃん、すげえ派手にイってたね。ていうか、潮も吹いた?」
なにを確かめようというのか、タクヤは私の股下あたりのシートに手をあてた。でも愛液が垂れた以上にシートが濡れた様子もないし、私のアソコもべつに変なことにはなっていない。指で激しくされたぶん、たしかにいつもより濡れてはいたけれど、シオなんてものは出ていないと思う。
それでも彼は私を絶頂に導いたと得意になっているらしい。今度は私の枕元までやってくると、ボクサーブリーフを脱ぎ捨ててベッドに膝立ちになる。
「虹夏ちゃんもしゃぶってよ」
「あっ……」
勃起したペニスを眼前に突きつけられ、私はおもわずひるんでしまった。私のことを見下ろしたタクヤも、表情の変化に気づいたのだろう。
「あれ? フェラくらいしたことあるよね? それとも俺のがデカすぎてビビった?」
「べつに……そういうのじゃないから」
変にからかられるのも嫌だったから、私は体を起こすと、こばむことなくペニスを握った。棒の部分を片手で包むと先っぽが少し指に余るくらいだから、ひるむほど大きくはないと思う。それでもこれが自分の体内に侵入するのだと思うと、どんなサイズであれ小さいなどと高をくくれる度胸のある女もそうそういないのではないだろうか。
「こっちのほうがやりやすいか」
タクヤはそう言うといったん私から離れ、ベッドのふちに腰かけて両脚を広げた。うしろに手をついてすこしのけぞるような姿勢をとり、私に目で合図を送ってくる。
……どうやら私が楽な態勢をとれるようにしたみたいだけど、これでフェラチオをするとなると私は床に膝立ちしなければならない。カーペットが敷いてあるとはいえ、女を床にひざまずかせることをこの男はなんとも思っていないのだろうか。
文句のひとつも言ってやりたかったけれど、こじれるのも面倒なので仕方なく彼の指示に従った。私は床に下りると、ご希望どおり彼の股のあいだでひざまずく。縮れた陰毛のあいだから一本松のように伸びた陰茎をあらためて手にとると、おそるおそる先端に口元を近づけた。
「ああ……舐めて」
私の息がかかったのか、タクヤが興奮したような声色でせがんできた。
「……うん」
私は一瞬だけためらったものの、覚悟を決めて男の先端をくわえこんだ。反応をうかがうためにちらりと視線を上げる。
「くう……っ」
タクヤは情けない声とともに顎を跳ね上げた。たぶん気持ちいいんだろう。
男の人ってやっぱりフェラチオが好きなんだろうか。付き合っていた二人の彼氏もフェラチオをしてあげるといつも嬉しそうな顔をしていた。好きな人に喜んでもらえるならと毎回やってあげていたけれど、正直に言うと私は男のモノを舐めるのがちょっと苦手だった。
ましてや好きでもない男のペニスを口に含むのは、あまり気乗りするものではない。
「ん、んん……」
それでも私は歯が当たらないように注意しながら、ペニスを咥えた口を上下にスライドされた。できるだけ唾液を出すようにしてペニスの表面に唇をすべらせる。顎が疲れてきたら口を離して、先っぽとか裏側とかを舌で舐めたり、根元のほうを手でしごいてあげたりもする。コツというほどでもないけれど、彼氏たちに何回かしてあげるうちに自然とこういうやりかたを覚えていった。
「あぁ……、虹夏ぁ、気持ちいいよ。ねえ、こっち見て……?」
タクヤにせがまれ、私はペニスを咥え込んだまま視線を上げた。
「はぁ、虹夏、いいよ。チンポ咥えてる顔、マジでエロい。ていうか、もうたまんねえ」
「え? きゃっ」
タクヤはみずから腰を引いてフェラチオを中断させると、私の腕をとってベッドに引き上げた。
「もうヤバいからさ、入れよ? 入れていいよね?」
ベッドの上でせかせかと体勢を入れ替えると、タクヤは仰向けになった私の股に体を入れた。私の唾液にまみれたペニスをみずから握ると、腰を突き出すようにして先端を近づけてくる。
「えっ、い、入れるの?」
あまりにすばやい動きであやうく流されそうになったが、私は寸前のところで半身を起こした。
「そっちも充分濡れてるし、いいでしょ?」
「そ、それはいいけど……あの、コ、コンドームは?」
「え? ゴムつけなきゃダメ?」
信じがたいひとことに、私は返す言葉を失った。
だが愕然とする私を前にしても、タクヤは一歩も引く気配を見せなかった。
「いいじゃん、このままで。俺、ゴムつけるとイケないんだよね」
「い、いや……そういう問題じゃないでしょ? ダメだって、ナマは……」
恐怖のあまりかえってすこし笑いがこぼれてしまったが、胸の内では強い不安がうずまいていた。
いくらなんでも、避妊もせずにセックスするなんてありえない。付き合っている恋人どうしならまだしも、私たちは今日この夜だけの関係なのだ。万が一のことがあったら、いったいどうするつもりなのか。
しかしタクヤはそんな懸念など一顧だにしていないようだった。
「平気だって、ちゃんと外に出すし。それに、ナマでやったほうが絶対気持ちいいって」
「だ、だからそういう問題じゃ……あっ!」
タクヤの動きをすばやかった。私の訴えなどまるで無視し、強引に股を割ってペニスを入れてきたのだ。
「おお、けっこう締まるじゃん」
「ちょ、待っ……んっ!」
挿入するなり、タクヤは一気に奥まで貫いてきた。度しがたいほどの異物感が股の付け根に広がる。
「いやっ、抜いてっ」
「全部入れちゃったし、もう遅いって。ここまできたら気持ちよくなることだけ考えたほうがいいと思うけどな」
タクヤは訳のわからない理屈を口にしつつ、いきなり腰を振りはじめた。まだ充分に馴染んでもいない膣にすごい勢いでペニスを突き入れてくる。こちらへの配慮など端から感じられない、身勝手なピストンだった。
「あっ! あんっ、いやっ、ああっ……」
「ははっ、やめてとか言って、しっかり感じてるじゃん。めっちゃエロい声出てるよ?」
違う。声がもれてしまうのは、あんたが骨盤にガンガンと腰をぶつけてくるせいだ。そう言ってやりたかったが、喉が詰まってうまく言葉が出てこなかった。
タクヤは私の胸を揉みしだきながら、なおも強いピストンを続ける。
「うう、すっごい締まってるよ。ひょっとして、ナマでチンポ入れられるのはじめて? どう? ゴムなんてないほうが気持ちいいでしょ?」
そう言って私の顔を覗き込むタクヤは下卑た笑いを浮かべていた。居酒屋の前で話していたときは多少なりとも好印象を抱いたはずだが、そんな勘違いはいまやすっかり消し飛んでいた。
好きでもない男にコンドームもつけずに挿入されて、感じるはずがない。でも私がどんな答えを返しても、きっとこの男は自分に都合のいいようにしか解釈しないのだろう。
とにかく、もう早く終わってほしかった。私はタクヤから顔をそむけながらつぶやく。
「……もう、好きにしてから。でも、絶対にナカには出さないで」
「わかってる……って!」
返事のつもりなのか、タクヤは大きく腰を引くと、急に勢いをつけてペニスを突き入れてきた。
「んあっ!」
内臓が揺さぶられるような感覚に襲われ、私は呻きに近い声をあげてしまった。
けれどそんな反応も、タクヤにとっては私が感じている証拠でしかないのだろう。
「はぁ、はぁ、いいよ。俺のチンポでいくらでも気持ちよくなれよ」
タクヤは気持ちの悪い台詞をはきながら高速で腰を振りつづける。手でしてきたときもそうだったけれど、激しくすればするほど女は感じると、本気で信じているのだろう。
「んっ、くっ……、んん……」
私は苦痛に耐えながらうっすらと目を開け、自分に覆いかぶさるタクヤをうかがった。目にかかるほど長い前髪を揺らして動く彼の姿は、なんだか獣じみていた。だらしなく口を半開きにして鼻息を荒くする表情には理性のかけらも見えない。こんな男に抱かれているのだと思うと、自分がみじめに思えてくる。
そんな私の視線に気づいたのだろうか。タクヤは私と目が合うと、不意に表情を固めて動きをとめた。
「ちょい体位変えるか」
タクヤはそう言ってペニスを引き抜くと、私の腰に手を入れ、体ごと裏返すようにして私にうつぶせの姿勢をとらせた。
「えっ、な、なに?」
「バックで入れてやるよ」
タクヤは私の腰をつかんでお尻を上げさせ、四つん這いの姿勢をとらせた。猫が伸びをするときのようにお尻だけ突き上げた私に、タクヤはすぐさまペニスを入れてきた。
「あんっ!」
今度もまたタクヤは最初から遠慮なく腰を振った。突き入れるたびに彼の腰と私の尻がぶつかり、パンパンと乾いた音がラブホテルの狭い室内に響き渡った。
「はは、ケツの穴まで丸見えになってんぜ? 虹夏はこっちでヤッたことあんの?」
「あっ! やっ、そこはダメ……!」
タクヤが指で肛門をいじってきたから、私は本気で嫌がって腰を落とす。それでペニスが抜けそうになったのだろう、タクヤは私を追いかけるように腰を前に繰り出した。
「おい、こら、逃げるなって。心配しなくても、ケツに突っ込んだりはしねえよ。俺もそっちの趣味はねえからさ」
タクヤは肛門から指を離すと、またペニスで膣をもてあそぶことに集中しはじめた。私のウエストを両手でつかみ、ズン、ズンと力強く雄の槍をヴァギナに送り込んでくる。
「あんっ、あっ、ちょっ、つ、強い……! お願いだから、もうすこしゆっくり……」
だが私の願いもむなしく、タクヤはまったく力をゆるめることなく、おもいきりペニスを突きたててきた。あまりの勢いに私はもう姿勢をたもっていられず、突かれるたびに体ごとずるずると前へ押されていってしまう。そしてとうとう私が完全にうつぶせで倒れ込むに至ったところで、タクヤは膣からペニスを引き抜いた。
「おいおい、チンポが気持ちよすぎて腰抜けちゃってるじゃん」
「はぁ、ああ、あぁ……」
激しい行為が続き、私はもうぐったりしはじめていた。タクヤのほうもさすがに息を乱している様子だったが、ここでやめるつもりもないらしい。私をまたあおむけの姿勢に戻すと、すぐさま覆いかぶさってきて膣にペニスを挿入する。
「ナカでイカせてやるからな」
「あんっ、ちょ、ちょっと……!」
正常位で挿入したタクヤは、私の両膝を肩で抱えるようにして前に押して、強引に屈伸のような姿勢を私にとらせた。自然と上向きになった膣口に、タクヤは打ち下ろすような感じでズンズンとペニスを出し入れする。
「おら、ここか! 奥が気持ちいいんだろ?」
「ああッ、イヤっ、は、激しい……!」
私は苦しさを訴えたのだが、タクヤにはまるで耳を貸してくれない。
「マンコ、グチョグチョになってるぞ! ほらイケっ! イケよっ!」
「あッ! んっ、やッ、あっ」
まるで殴りつけられるかのように荒々しくペニスを抜き差しされ、押し出されるように声が出てしまう。衝撃が大きすぎてもうなにかを考えることさえ難しい。意識が飛びかけていたのかもしれない。
「おら、イケ、イケ……あっ! ヤ、ヤベ……!」
怒涛のごとく腰を打ち込んでいたタクヤの動きがいきなりとまったのは、そのときだった。
「くぅ……、うぁ」
膣の奥にペニスをねじこむような姿勢で十秒ほど細かく身を震わせていただろうか。タクヤは苦しげなうめき声とともに私から離れた。
「ああ……」
私がまず感じたのは、激しい行為からようやく解放されたという安堵だった。
けれど、うつろな意識のなかで股のあたりに広がった違和感に気がつき、私はハッと目を見開いた。
「え……、待って。えっ? 中で出してる……? えっ、嘘、中で? 中に出したの⁉」
私はあわてて身を起こし、自分の股を覗き込んだ。濡れた恥毛に覆われた陰唇はセックスの痕跡を残すかのようにまだ閉じきっておらず、大量の愛液のなかにそれとは違う濁った粘液がまじっているようにも見えた。
「はぁ、はぁ……わりい。マンコ締まりすぎてて、外に出せなかったわ」
ベッドに尻もちをついていたタクヤが悪びれるふうもなく言った。しなびかけたペニスの先からは精液の残滓らしきものがにじみ出ている。本当に射精したのだ。私の膣のなかで。
「う、嘘、嘘……嘘でしょ。絶対中に出さないでって言ったのに……。ねえ、どうするの? どうしたらいい?」
私は目の焦点も定まらないまま、髪の毛をかきむしった。焦りと恐怖でパニックになりかけていたのだ。
「そんなぎゃあぎゃあ騒ぐなって。一回で妊娠とかしねーから」
タクヤはいかにも面倒そうに言うと、ベッドサイドに置かれたティッシュの箱に手を伸ばした。自分だけペニスを拭うものの、私にはティッシュさえ渡してくれない。私はタクヤを精一杯にらみつけた。
「せ……責任とってよ」
言うに事欠いて口をついて出たありきたりな台詞が、たぶん癇に障ったのだろう。
「は? セキニンってなに?」
タクヤの口調が一気に苛立たしげになった。後始末を終えて丸めたティッシュをベッドの上に放ると、不機嫌さを隠そうともせず私をにらみ返してくる。
「つーかさ、いまさらどの口でセキニンとか抜かしてるの? 男とラブホ入って、ナマでヤらせたら、それはもう合意じゃん」
「そ、それは……」
むちゃくちゃな理屈なのに、男にすごまれたというだけで、私はひるんでしまった。
売り言葉に買い言葉ではないが、抱いた女につっかかられて、向こうもスイッチが入ったらしい。
「てかよ、店で飲んでるときから思ってたんだけど、おまえって悲劇のヒロインぶってるところあるよな」
「は?」
いきなり話が飛んだこともあり、私はおもわずおもてを上げた。タクヤはさげすむような笑みを口元に浮かべていた。
「なんか愚痴ってたじゃん。できればBocchiと一緒にバンド続けたかったけど、自分には才能がないからあきらめたとかなんとか」
「そ、そんなこと……」
私は急に恥ずかしくなってうろたえた。酒のせいで記憶がないけれど、言っていないと否定もできない。あの子とバンドを続けたかったことも、自分に音楽の才能がないと思っていることも、どちらも本心だったから。
そして酔っていたとはいえ、この男にそんな自分の胸の内までさらしたのかと思うと、過去の自分を殴りたくなってくる。
「結束バンドだっけ? なんか文化祭でライブしたとかみんなで江の島行ったとかインディーズレーベルに所属する寸前まで行ったとかしみじみ語ってるの見てさ、俺、笑いそうになったもん。こいつ、自分のこと、Bocchiに捨てられた私カワイソーとか思ってんのかよって。そうやってカワイソぶって男になぐさめてもらいてえのかと思ったから、俺、おまえのこと抱いてやったんだぜ? 案の定おまえ、ノリノリで俺にチンポ突っ込まれてアンアンよがってたじゃん」
タクヤはおかしそうに肩を揺する。私はなにも言い返すことができずに、ベッドのシーツを強く握りしめた。
そうやって屈辱に耐える私をあざけることにある種の快楽をおぼえはじめたのだろうか、タクヤの口はますますなめらかになる。
「つーかさ、フェスのオーディションに落ちたとかなんとか愚痴ってたけど、そのときにおまえら、誰か一人でも事務所のお偉方やら音楽プロデューサーやらと寝たりしたか?」
突拍子のない問いかけに、私はおもわず眉をひそめた。
「は……? なに、それ? そんなこと……するわけないじゃん」
「ハッ! やっぱりな」
タクヤはムッとした私をせせら笑うかのように口端をゆがめた。
「自分らの音楽が認められればプロになれるとか、そんなこと本気で考えてたわけ? そりゃ、業界なめすぎでしょ。おまえらが受けたっていうフェスだって、裏じゃ結構エグい枕もやられてたって噂だぜ? 俺の先輩があのフェスにちょっと噛んでたから、知ってるんだよ。本選に行く連中なんてたいがい審査員に女あてがったり『営業』かけてたっていうし、なかにはソッチの気のある事務所の社長のチンポを自分でしゃぶった野郎もいたみたいだぜ?」
まぁ俺はそこまでして音楽にしがみつこうなんて思わねえけど、と言ってタクヤはゲラゲラと笑った。
私は唇を噛みしめながらタクヤをにらみつけた。かつて自分たちが真剣に挑んだフェスのオーディションをそんなふうに侮辱されるのは、単純に気分が悪かった。
しかしタクヤは私の非難など歯牙にもかけていないようだった。
「Bocchiはそのフェスでプロにスカウトされたんだっけか? だったら案外、あいつもおまえらに隠れてお偉いさんのチンポでもしゃぶってたのかもな」
「違う! ぼっちちゃんはそんなことしてないっ」
気づくと私は声を荒げていた。自分だけならともかく、ぼっちちゃんの音楽を冒涜されるのだけは、我慢ならなかったのだ。
急に私に激高されて面食らったのか、タクヤは一瞬だけひるむ気配を見せた。しかしすぐに表情を取り繕い、しらけたように鼻を鳴らした。
「……まあ、どっちでもいいけどよ。それより、そろそろマンコの始末したら?」
タクヤは顎をしゃくって冷ややな目を私に向ける。その視線で私は、精子を中出しされたアソコを拭きもせず放置したままだったことを思い出した。
「あ……」
「とりあえず、風呂でマンコ洗ってくれば? 一回中に出したくらいじゃデキたりしねえと思うけど、気休めくらいにはなるだろ」
「この……!」
言いたいことはやまほどあったけれど、これ以上、不毛な言い合いに費やす時間がないのもたしかだった。
私は脱ぎっぱなしにしてあった自分の服と下着を乱暴につかむと、ベッドをおりてバスルームに駆け込んだ。
シャワーの水流をいちばん強くして、ヴァギナにあてる。中に出された精子をすこしでも洗い流そうと指まで使って必死で膣口を掻く自分がみじめで、私は知らず知らずのうちに涙を流していた。
結局、その作業も十五分ほどであきらめた。疲れ果てたような気分で服を着直し、ベッドルームに戻ると、タクヤはすでに姿を消していた。ガラステーブルの上に置いた私のバッグの口に、しわのついた千円札が三枚、無造作につっこまれていた。
*
そのまま朝まで泊まってしまおうかとも考えたけれど、結局私も夜のうちにホテルを出た。あの男とのセックスの痕跡が残る部屋で一夜を過ごすのは、やはり耐えられそうになかったのだ。
ホテル代は休憩料金になったからいくらか安く済んだけど、それでも三千円じゃ足りなかった。
ホテルを出る頃にはもう日付が変わっていた。でも家には帰れなかった。泣きはらしてひどいことになった顔をお姉ちゃんに見られたら、絶対になにがあったか訊かれてしまう。仕方なく近くのネットカフェで夜を明かすことにした。お姉ちゃんには今夜はバンド仲間の家に泊めてもらうことになったと、また嘘のメッセージを送った。
鍵付きの狭い個室に入ってしばらくぼんやりしていると、いくらか気分も落ち着いてきたのか、不思議と冷静になれた。スマートフォンでアフターピルを処方してもらえる病院を検索した。バンドをやっていた女の先輩が以前、彼氏とのセックスで避妊に失敗したときに産婦人科でアフターピルを出してもらったと話していたことを思い出したのだ。調べてみると、下北沢界隈にも何件か産婦人科医院があり、だいたいどこもアフターピルを処方するとうたっていた。私は駅前にあるレディースクリニックにオンラインで来院予約を入れた。
朝になってネットカフェを出ようとする頃に、病院から電話がかかってきた。簡単に事情を聴かれ、すぐに診られると言われたから、ネットカフェを出たその足で病院に向かった。
診察してくれたのは四十代くらいの女性のお医者さんだった。なにか小言を言われたり説教をされたりするのかなと思っていたけれど、そんなことはなく、丁寧に問診をされただけだった。ひとつだけ胸が痛んだのは、問診の際に彼氏とのセックスでコンドームが破れてしまったと嘘をつかなければならなかったことだ。連絡先さえ知らないあんな男とのあやまちを恋人どうしの営みのように偽らなければならなかったことが、なによりも屈辱だった。
お医者さんにはたぶん、私の話が嘘だとバレていたと思う。でも深く追及されず、すこしでも体調に異変を感じたら性病検査も受けてほしいと念押しされただけだった。あとはアフターピルについての簡単な説明と、念のため妊娠を検査するから三週間後に再来院が必要なことを伝えられ、その日の診察は終了した。アフターピルは保険がきかないとかで、診察料と含めて一万円近い料金を窓口で請求された。
朝一番の受診だったため、クリニックを出たのは午前九時前くらいだった。それでも街はもう動きだしていて、通りには足早に駅へ向かう人の流れが続いていた。
薄い雲の切れ間から朝陽が振っている。どこまでも明るいその光に自分の孤独を暴き出されたような気がして、私はため息を吐くようにつぶやいた。
「……わかんないや」
どこでなにをなくしたか、なにを間違ったのか、それさえも。
まぶしさに目を細めていると、赤い小さな車が転がるように走って私を追い越していった。誰を乗せているかもわからないその車は、遠く向こうの角を曲がって、ここからはすぐに見えなくなった。
#01 "Rock’n' Roll, Morning Light Falls on You" ends, and here's the next song.