融合症候群(フュージョンシンドローム) 作:レスト / 三端由也
僕は20歳の大学生。最近体力を付けるため、朝の日課でランニングに取り組んでいる。
毎朝同じ時間、入念に準備体操をしてから、息の軽く上がる程度の速度で走り出す。
そんな僕には、ささやかでたまらない楽しみがあった。
ランニングの途中、いつもの角から曲がってくる奥さんがいる。年のほどは三十路か、もう少し上だろうか。
容赦なく評価すれば、決して美貌で人目を惹くようなタイプではなく、どちらかと言うと野暮ったい雰囲気の奥さんだ。
お腹の肉などは少し摘まめそうなほどで、彼女はきっとダイエットのために仕方なく走っているのだろうと思う。
しかし彼女には一つ、目につく素晴らしいものがあった。
タンクトップの薄ひもをなで肩に辛うじてひっかけて、おっとりとした足取りで進んでいく。
その動きに従ってゆっさゆっさと揺れる、男ならば誰しもが目を見張る双丘が。夏の陽気も相まって、まざまざと白日の下に晒されている。
僕も一介の雄ゆえに、つい視線でそれを追ってしまうのだった。
彼女は僕の卑しい目に気付いているだろうか。もう慣れてしまって気にしないようにしているのか。
彼女は包み隠さず、しかし言葉を交わすこともない。ほんの一瞬、すれ違い様に会釈を交わし、互いに通り過ぎるだけの関係。
普通ならば、精々目の保養で済ませる程度のものだ。街行けば、あれより美しい女の人などはいくらでもいる。
だと言うのに。僕は……おかしくなってしまったのだろうか。
初めて見かけたあの日以来、あの人のことがどうしても脳裏から離れない。
特に――透けそうなほど薄い布地からはみ出んばかりに膨れ、だらしなくぶるんぶるん揺れるおっぱいが。
悶々としたままランニングを終えるとすぐ、僕は身体を拭くのも忘れて上裸でシングルベッドへ潜り込む。
息を荒げながら、つい考えてしまうのだ。
あの人の走る視界はどんなだろう。揺れる胸の重みはどんな感じなのだろう。男どもから刺さる羨望はいかほどか。
あのハーフパンツの下は、どれだけ蒸れていることだろうか。女の園には、どれだけぴったりと布地が張り付いているだろうか。
あの熟れただらしない身体でオナニーをしたら――どれほど気持ちいいのだろうか。
下手な美人よりも、そこにあるリアルな女性の肉感だからこそ、僕はたまらなく興奮していた。
甘く倒錯的な幻想に囚われた僕は、しかし残念ながら男の身体しか持たなくて。女の具合は確かめようがない。
もどかしくて。他にしようがなく、己にくっついたみすぼらしい乳首を弄り始めた。
同じようにベッドで一人自分を慰める彼女の姿を想う。そこに自分を重ね合わせていく。
あの人を犯すのではない。あたかもあの人がそうするように、僕もそうするのだ。
妄想逞しく彼女であろうとするほど、不思議とじんじんと甘く切ない感覚が僕を昂らせていく。
細い指先でコリコリと乳首を摘まみ、もう片方の指先が茂みを掻き分けて沈んでいく様を思い描きながら。
僕の黒ずんだ乳首は摘まみ上げられ、求める指先は穴の代わりに蟻の戸渡りを丹念になぞる。
相手は誰だろうか。一人寂しく夜を過ごしているのか。どこか片隅に僕が引っかかってくれたりはしないだろうか。
僕が僕を犯している。そんなありもしないことを想像して。
「あぁん……いぃ、いい……♡」
僕は身も心もあの人になり切って身体をくねらせ、喘いでみる。
もちろん尖った喉仏から出てくるのは、萎えそうな雄の声ばかり。それでも没入感を高めるには十分だった。
目を瞑り、両脚を開いたり閉じたりして感じ入り、しきりにもう一人の僕を求める。
私となった僕のだらしない膨らみが吸い出され、荒げた息に伴って上下する様を思い描く。
ただ役割に没頭するだけで、あそこを一切しごいていないにも関わらず、もうぎちぎちに膨れ上がっていた。
僕の手は穴の代わりにすぼんだところを押し込むけれど、それ以上奥へは入っていかない。
ああ、切ない。もっと。もっとほしい。
さらなる刺激が欲しくて、ほとんど無意識にそこへ指が触れてしまったとき。
「うっ、おぉう……っ!」
唐突に終わりは来た。
堰を切ったように止め処なく溢れ出る白濁とともに、そり返った怒張がびんびんに突き上がる。
割れた腹筋に汚れが飛び散り、僕はいっときの快楽と引き換えに自分が誰であるかを嫌でも思い出してしまった。
実際にはありもしない胸へ伸ばした手は、無情にも虚空を掴み取る。
「ああ……」
何故だかこれは僕の正しい姿ではないと感じて。引き戻された自分にいっそう虚しさが込み上げる。
そのうち萎れてしまった相棒を情けなく見つめて、僕は深く溜息を吐いていた。
やはり僕は、おかしくなってしまったのだろうか。
あの人を犯してみたいと夢見るのは男の性だとしても――あの人になりたいと思ってしまうだなんて。
***
私は34歳の主婦。最近たるんできた身体を引き締めるため、朝の日課でランニングに励んでいる。
毎朝同じ時間、入念に準備体操をしてから、無理をしない程度の速度で走り出す。
そんな私には、ささやかでたまらない楽しみがあった。
いつもの角から曲がってくる、年下の若い彼。ちゃんとした挨拶もなく、軽く会釈をするだけの仲なのだけれど。
男の人って、あれで気付いていないつもりなのかしら……。
いつも熱い眼差しが、鋭く私の胸元を突き刺している。
それはランニング中にも、この人生で嫌というほど経験してきたものだったけれど。不思議と彼の視線は嫌じゃなかった。
気取られないようにしようと必死なのが、ちょっと可愛いというか。いつも愉しみだった。
このカラダ。自分じゃだらしなくって褒められたものじゃないけど、まだ少しは若い子にも魅力が残っているのかしら。
けれど普通なら、ちょっとした心の愉しみ程度のもの。テレビを付ければ、あれよりかっこいい男の人なんていくらでもいる。
なのに。私は……おかしくなってしまったのでしょうか。
妙に落ち着かないままランニングを終えるとすぐ、私は身体を拭くのも忘れてタンクトップを脱ぎ捨て、ダブルベッドへ潜り込む。
これまでは寂しさが募るだけだったただ広いこの場所でも、今では秘め事に夢中だった。
うちの旦那はいつからか仕事の多忙を理由に、私のことを一切相手にしてくれなくなった。
度々長めの出張を入れて、今もどこで何をしているか知れない。
まあお金は稼いできてくれるし、冷たいけれど最低限のことはこなしてくれるから。
だから割り切って。諦めて。とっく枯れたと思っていたのに。
おかしいわ。まるでこんな……盛りの付いた娘みたいに。
内心自嘲しながら、私はたまらなく興奮していた。
あの子の趣味はどんなだろう。湿ったシャツの内側はどんなに逞しいのか。好きな人はいるのかしら。
あの汗臭そうなハーフパンツの下では、どれほど私に期待しているのでしょうか。
下手なアイドルよりも、その辺りにいるような子だから、余計に生々しく想像ができてしまった。
一応旦那のつまらないモノは知っているから、何をどうしているのかくらいはわかる。
ベッドで一人自分を慰める彼の姿を想う。そこに自分を重ね合わせていく。
あの子を犯すのではない。あの子がそうするように、私もそうするの。
妄想逞しく彼であろうとするほど、むらむらと猛々しい感覚が奇妙にも私を昂らせていく。
たまらず私はうつぶせになって枕へ顔を伏せ、営みへの妄想を募らせていった。
寝るためのタオルケットを股座に挟み込み、押し込むように腰を動かし始める。
「はあ……はあ……!」
あたかも自分自身を押し倒すように、一匹の雌は雄を演じた。
胸に余計な腫れがあることも頭の隅に追いやって、逞しい自分を想像して。愛する自分へ上体を目一杯押し付けた。
私の汚れ足りない先端はしきりにシーツを擦り、じわじわと性感を刺激する。
ねえ、彼女はいるの。家事はちゃんとこなせているの。実は一人寂しく夜を過ごしているの?
もよやこんな私を意識して、こっそりいたしていたりはしないだろうか。
私が私を滅茶苦茶に犯している。そんなありもしないことを想像して。
はしたなく。肉付きの無駄に良い尻を突き上げて、あられもない恰好で。
かつて愛をくれた頃の旦那がそうしたように。腰を小刻みに前後させ、私は私に打ち込んでいた。
「アケミさん……はぁあ……♡」
自分の名前を愛しく呼びかけると、カラダの奥が疼いて止まない。
もちろん滑らかな喉から出てくるのは、紛れもない雌の声ばかり。
ただ役割に没頭するだけで、あそこを掻き回してすらいないのに、もうとろとろになっていた。
私の腰はしきりに布切れへ押し込まれていくけれど、それ以上どこにも挿っていかない。
ああ、切ない。もっと。もっとしたい。
無意識に手はさらなる刺激を求めて、おちんちんに見立てたお豆のところをつい、くりっと摘まみ上げてしまう。
「あ……イ、イク……!」
すると、あっという間に終わりは来た。
情けない喘ぎ声とともに、はらりとタオルケットは落ちて。あらゆる妄想はいっぺんに流れ出してしまった。
痙攣し、頭からつま先まで突き抜ける快感が。ベッドシーツに濃厚な染みを描き。
私は切ない余韻と引き換えに、自分が何であるかを嫌でも思い出してしまった。
本当はありもしない怒張へ伸ばした手は、無情にも虚空を掴み取る。
「はあ……」
どうしてかしら。これは私の正しい姿ではないと感じて。引き戻された自分に強く哀しさが込み上げる。
未だ火照りの残る肢体をぐったりと投げ出して、私は深い溜息を吐いた。
私、いよいよおかしくなってしまったのかしら。
あの子に犯されてみたいと思うのは女の残り香としても――あの子になりたいと思ってしまうだなんて。
***
それからというもの、男女は日々の再会を期待して、示し合わせたように同じ時間に行動するようになった。
だからいつも大体同じ場所で鉢合わせることになる。
気付けば彼は彼女と会うことを考えるだけでガチガチに勃起してしまう、実に困った体質になっていた。
会釈もそこそこに、そそくさと前屈みで通り抜けるしかなかった。
女もまた若い男との逢瀬に胸をときめかせ、無防備にも胸の先っぽを尖らせていた。
『『あの人……勃ってる』』
熱っぽい眼差しが互いに向けられて、だが会話も指摘もしないのが暗黙の了解だった。
そうすることで、辛うじて最後のラインは守られていたのだ。
「「はあ、はあ、はあ……っ!」」
ランニング後、まるでシンクロするように男女の自慰行為は激しさを増していった。
あの人(子)が僕(私)で興奮している。その事実が逞しい妄想に花を添えた。
「まずい。こんなこと、よくないってわかっているのに」
「いけない。はしたないわ……。私には旦那もいるのに」
背徳感がスパイスとなり、ますますのめり込んでいく。
二人は知らずと、お互いを受け入れる準備を着々と進めていた。
そうして、ひたすら自分を慰めるだけの日々が続いたある日のこと――。
『『どうした(の)。カラダが熱い』』
二人には、目覚めたときから違和感があった。
なのに日課のランニングをやめるという選択肢が頭から抜け落ちていた。
すっかりカラダの出来上がった二人は、何かが起こりそうな予感をほのかに抱いていたからだ。
悶々としていた男女は、いつもよりずっと上の空になっていた。
ゆえに曲がり角にて、それは必然的に起こった。
「わっ!」「きゃっ!」
ぶつかった彼女が彼に倒れかかり、二人は道端で絡み合ってしまう。
幸いにも怪我はなかったが、期せずして男女は逃れようもなく、息のかかる距離で見つめ合ってしまった。
「「…………」」
野暮ったい彼女の唇が、このときばかりは吸い込まれそうな魔性の魅力を放っている。
はち切れんばかりに膨れ上がった肉棒が、彼女の股をしきりにノックする。
豊かな胸は惜しげもなく押し付けられて、触れ合う男女に多幸感を与える。
高鳴る胸の鼓動を感じ合い、まるで離れ離れになっていた最愛の人に巡り合ったかのようだった。
どうしよう。今すぐにでも離れるべきなのに。
どうしてだろう。離れることができない。
互いに埋没する肉がこの上なくフィットして、抗いようもなく心地よかったのだ。幸せすら感じていた。
彼も彼女も、結局どちらも何も言い出すことができないまま。しかし何をすべきかは本能が理解していた。
どちらともなく顔が近付いていき、唇同士が触れるともう拒まなかった。
一つも触れなかった二人の手は今や固く添えられて、目の前の相手を一心に貪り始めた――。