筋肉質でたくましい男の身体。175cmの背丈であり、
腕、胸、腹、脚。全ての部位の筋肉が発達した、彫刻のような体つき。半勃ちしたペニスも勇ましく、聖剣のように握り締めてみる。五感、快感、共に“前の世界”と共通していた。自分は現実離れした感覚を覚えながらもシャワーを切り上げ、タオルで全身を拭い、カーキ色のエスニックパンツという初期装備を身に着けてリビングルームへと移動する。
宿屋の一室。異界らしく素朴な造りの室内が新鮮に映る。大気中には魔力が漂っているらしく、肌にピリピリとした感触が伝わっていた。慣れれば気にならなくなるだろう。匂いも独特な自然の香りがして、床の質感はフローリングのように頑丈でありながら軋んで浮き沈みする感覚を覚えた。全てにおいて未知数の光景にはもうひとつ、“特異的”な存在が目の前で鎮座している。
それは、モノクロ調の体を持つ異質な少女だった。体表の真白と影の暗黒のみで成立した二色の体は、身に着けているノースリーブの清楚なワンピースにも反映されている。ベッドに腰掛けている彼女は155cmほどの背丈であり、腰辺りまで伸ばしたモノクロの長髪とモノクロの肌、そして渦巻く螺旋が不気味に映える瞳という容貌をしていた。彼女はこちらを見て粗暴に脚を組むと、頬杖をつきながら強気な調子でそう喋り出してくる。
「“この世界”の湯浴みはどうだ? 科学が発達していた“前の世界”と比べると実にお粗末なものだろう?」
「そんなに気にならなかったよ。むしろ温水が出てくれるだけでもありがたいくらい」
「うっくくく、適応が速いな。オイラとしては、以前と全く違う生活に心から嘆く人間を嘲笑ってやりたかったもんだが」
「ところでキミは、俺の案内役なんだっけ?」
「そんな律儀なもんじゃないさ。オマエさんのように“転生してきた人間”が、“この世界”に慣れるまで助言してやるだけだ。他の連中はもっと丁寧な指導を受けながら適応していくもんだが、生憎とオイラは優しさっつーものを知らない。基本的に、困ってる連中を高みの見物さ。オイラに当たったのが運の尽きだったな」
「そんなことないよ。言葉こそ強いけれど、よく知らない世界の中でこうして見守ってくれるキミの存在にとても感謝してる。傍に居てくれてありがとう。おかげで心強いよ」
「オイラは、そういう見え透いた善性が心底嫌いだ。気色悪くて仕方ない。だが、オマエさんはきっと本気で言ってるんだろうな。だから、気持ちじゃなくてその言葉だけは受け取っておいてやる。こいつはその礼だ」
少女は組んでいた脚を戻し、股を開いていく。それからワンピースの裾を掴むと、次にも彼女はバッと持ち上げて半身を曝け出した。
ワンピースの下には何も身に着けておらず、モノクロ調の裸体が視界に入った。そこには貧相な腰や両脚、ヘソが映った他、未成熟な秘部もありありと見せ付けてきたため、自分は思わず動揺しながら手で顔を隠した。
そんなこちらの様子を見て、少女は愉快げに笑ってみせた。蔑むような調子と不気味な螺旋の瞳、彼女は底知れぬ悪意を秘めながらワンピースを手離して再び脚を組んでいく。
「アッハハハ!! 人間のオスは扱いやすくていい! ――オマエさんは黙ってオイラに従っていりゃあいいのさ。だから二度となめたクチ利くんじゃねぇぞ」
彼女からは嫌悪の感情を読み取れた。本気で嫌がっているのかもしれないという雰囲気に、自分は何とも言い難い複雑な感情を抱いてしまえた。
自分は現代の世界で命を落とした。それは事故だったのか事件だったのかは分からない。それすら理解する間もなく、一瞬で絶命したことを悟った。
朧気な意識の中、自分は魔王の骸から引き摺り出された。自分を引き摺り出したのが、先にも会話していた謎の少女。彼女は朦朧とした意識のこちらを地面に落とし、股間を思い切り踏み付けることで叩き起こしてきた。悶絶しながらハッキリとする意識。そして次に知らされたのが、自分が成熟した体で“転生”という現象を経由したという事実だった。
彼女は転生を手助けする神様のような存在らしく、“この世界”の右も左も分からない自分に付き添ってくれていた。常に強い言葉をぶつけられるがナビゲートは的確で、衣服を与えられた自分は旧魔王城から安全地帯のトラキア城下町まで移動することができた。それまでに何度も野営を繰り返してきたが、その道中で自分は転生してきた“異界”の仕組みに段々と慣れてきたように感じられた。
モンスターも出現する、危険極まりない剣と魔法の異世界。それが、“此処”だった。本日は初めての宿屋で体を休め、唐突に始まった冒険もようやく落ち着いたと思われたのだが……?
「オマエさんは吞み込みが速くて、転生したにも関わらず心理的な負担も軽微で済んでいる。健康状態も抜群に良くて、戦闘技能に関してもこの城下町に来るまでの実践で合格ラインに達した。よって、オマエさんを一人前の転生者として認める。本来であれば、オイラの監視とレクチャーもここまでだったんだが……」
「だが……?」
「面倒なことに、オイラはもう少しだけオマエさんを監視していなけりゃあならない。何故ならば、オマエさんは少々特殊な転生を果たしたもんでな。前例のない事態に、特例措置が講じられた」
翌日の宿屋。民族的な白色のシャツとカーキ色のエスニックパンツ、そして茶色のブーツという格好で身支度を終えた自分は、ベッドに腰掛けている少女へと振り返る。彼女は粗暴に脚を組んで頬杖をつきながら、さも面倒くさそうに言葉を続けた。
「オマエさん、転生した時にどこから生まれてきたか覚えているか?」
「生まれた……って、この意識を自覚した瞬間のこと? それでいいのなら、キミに引っ張り出された瞬間が、俺の生まれた瞬間なのかもしれない」
「そこだ。オマエさんの体を、既に朽ちていた魔王の亡骸から引っ張り出してきた。それが何を意味するか、分かるか?」
「…………?」
「オマエさんは、“魔王から生まれた”んだよ」
「それって、つまり……?」
「要するに、オマエさんはただの人類として転生したわけじゃない。魔王の子供……厳密に言えば、“魔族の王子”として転生したんだ」
「え…………」
正直、あまりピンと来ていなかった。それの何が深刻なのかを理解できず立ち尽くしていると、少女はハァッとため息をつきながら螺旋の瞳をこちらに向けてきた。
「人間ではない生物に転生する事例こそ少なくはない。オイラも、召喚獣やモンスターなんかに転生した連中をこの目で何度も見てきた。だが、魔族に転生したっつー例は今までに無くてな。しかも“この世界”じゃあ、魔族は既に死滅している」
「じゃあ、俺はその死滅したはずの魔族ってこと?」
「この世界に残っている、唯一の魔族になるな。立場的には、魔族の末裔、とも言うべきか」
「それって、かなりヤバい?」
「正体がバレればヤバいだろうよ。魔族を目の
どこか適当に喋る少女はこちらに視線を向け、不気味な螺旋の瞳を渦巻きながらそれを口にした。
「オイラの話は以上だ。この宿屋を出るんだろ? ならさっさと動けよ。オイラはオマエさんを見守っててやるから、オマエさんはオイラの事を気にせずに、新しい人生を好きなように過ごせばいい。装備を整えるとか、仲間を作るとか、色々あるだろ。“前の世界”と変わらず、時間は有限だ。いつこの世界が滅ぶかも分からねぇ。悔いのない人生を、今の内にやり直しておけ」
少女の助言を聞き、自分は宿屋を後にした。その間にも少女は忽然と姿を消しており、自分は“異界”にひとり置き去りにされていた。