【沈黙の看護師と獣の聖域 英国式ティータイム】
カルデアの管制室でマスターとマシュがモニタリングしている時だった。
「あの、先輩」
「どうしたマシュ?」
「ナイチンゲールさんの位置情報が……急に消失しました」
「え?」
マスターが画面を確認すると確かにナイチンゲールの所在が不明になっている。
「またバイコーンの異空間か……」
「追跡しますか?」
「いや、今回は任せてみよう」
マスターは意味ありげに微笑んだ。
「ここは……」
ナイチンゲールは異空間に降り立った瞬間、息を呑んだ。
目の前には英国式庭園が広がっていた。
整然と並ぶ芝生、手入れの行き届いた薔薇のアーチ、小道脇の季節の花々……
まるでヴィクトリア時代の名門貴族の庭園を思わせる光景だった。
「ナイチンゲール」
木陰からバイコーンが現れる。
普段よりも落ち着いた声音だった。
「驚きました」
ナイチンゲールは正直に言う。
「こんな空間を作れるなんて」
「コノ前ノ礼ダ」
バイコーンは照れくさそうに言う。
「エミヤ殿ニ頼ンデ準備シテモラッタ」
庭園の中心には白いテーブルと椅子が置かれ、上品なティーセットが並んでいる。
ポットからは湯気が立ち昇り、スコーンやサンドイッチが美しく配置されていた。
「マスター殿ニ頼ンデ、英国式オ茶会ノ資料を見セテ貰ッタ」
バイコーンは誇らしげに言う。
「エミヤ殿ノ腕前ハ確カダ」
ナイチンゲールはテーブルに近づき、そっと椅子に腰掛ける。
「これほどの規模の空間創造……あなたは本当に規格外ですね」
「ホメ言葉ト受ケ取ルゾ」
バイコーンはナイチンゲールとテーブルを挟んで対面になるように跪く。
「時間ハ作レルカ?」
「はい」
ナイチンゲールはティーカップを持ち上げる。
「今日は特別に休みを取っています」
二人のティータイムが始まった。
「エミヤ殿曰ク『まさか幻獣の為にティータイムの用意をするとは思わなかったぞ……』ダソウダ」
「彼とマスターには後で、感謝の言葉を伝えなくてはなりませんね」
ナイチンゲールは紅茶を一口啜る。
完璧な温度と抽出時間だった。
「コノ前ノ任務デ」
バイコーンが切り出す。
「怪我ノ治療ヲ受ケタ時ニ思ッタンダ。キミハ常ニ働イテイルト」
「医療とはそういうものです」
ナイチンゲールは淡々と言う。
「私の使命ですから」
「ダカラコソ休ンデ欲シイ」
バイコーンの声に真摯さが滲む。
「英吉利ノ女性ハ紅茶ヲ嗜ムト聞イタ」
ナイチンゲールはしばし無言で紅茶を見つめる。
カップの中の琥珀色の液体が揺れている。
「そうですね……」
彼女はふと思い出すように言う。
「生前はこのような時間をほとんど持てませんでした」
バイコーンは彼女の表情を注意深く見る。
普段の厳格さの中に何かが和らいでいる。
「コレハ【クリミアの天使】ノ特権ダ」
バイコーンは優しく笑う。
「誰モ邪魔ハシナイ」
ナイチンゲールはティーカップを置き、スコーンに手を伸ばす。
クロテッドクリームとジャムを丁寧に塗りながら小さな声で言った。
「意外ですね」
「何ガ?」
「あなたがこうした気遣いをできるとは……」
ナイチンゲールは少し笑う。
「もっと単純な存在だと思っていました」
「酷イナ」
バイコーンは拗ねたように頭を振る。
「オレダッテ成長スルゾ」
二人は静かに食事を進める。
時折交わされる会話は断片的だが、
どこか親密さを感じさせた。
「ナイチンゲール」
バイコーンが言った。
「今日ノコノオ茶会、楽シメテ…イルカ…?」
バイコーンはやや不安そうな表情で聞いた。
ナイチンゲールの表情に変化が無い事に不安を感じていた。
ナイチンゲールは無表情で、テーブルの上のサンドイッチやスコーンをただ食べているだけだった。
「どうでしょうか?今まで、こうした高貴な方々が行うオシャレなティータイムを味わったことが無かったので……」
ナイチンゲールはテーブルの上のものを食しながら言った。
それはまるで病人の食事のように無感動に食べていた。
「ナイチンゲール……」
バイコーンはナイチンゲールの言葉と表情に気付き、心配した。
「申し訳ありません。これは私への気遣いですね」
ナイチンゲールは静かに言った。
その声には深い感慨が込められていた。
「私にとって最高の贈り物です」
「本当カ……?」
バイコーンは表情が晴れた。
「あなたという存在には『ありがとう』を言っても言い足りません」
ナイチンゲールは心の底から言った。
「今日は本当にありがとうございます」
バイコーンは満足げに頷いた。
「今度ハ【4人】モ招待シタイナ」
「そうですね」
ナイチンゲールは柔らかく微笑む。
「皆喜ぶでしょう」
午後の陽光が二人を包み込む。
ティーカップの中の紅茶に映る彼女の口元はうっすらと微笑んでいた。
後日談:カルデアの喫茶スペースにて
後日、カルデアの小さな喫茶スペースで「いつものメンバー」が集まっていた。
マタ・ハリが用意した紅茶の香りが漂う中、ナイチンゲールが静かに口を開いた。
「昨日のことを皆さんに報告したいと思います」
彼女はバイコーンが用意した英国式ティータイムの詳細を簡潔に語った。
完璧に再現されたヴィクトリア朝の庭園、エミヤが作った本格的なアフタヌーンティー、そして何よりバイコーンの想い——
マタ・ハリが目を輝かせた。
「素敵なプレゼントね!本当に優しい子……」
ナイチンゲールの口元が微かに緩む。
「はい。彼の細やかな気配りに驚きました」
ドレイクが笑い声を上げる。
「おいおい、アイツが紳士だなんて想像できんよ!でもまぁ……海賊でも女心は分かるからな」
頼光は顔を赤らめながら紅茶を吹き出しそうになった。
「ぶほぉ!?ゲホゲホ……バイコーンさんは本当に素晴らしい方ですね」
紫式部が興味深そうに耳を傾けていた。
「文化的要素をここまで取り入れるとは……彼の創造性には驚嘆いたします」
ナイチンゲールは茶器を手に取ったまま続けた。
「彼は『誰も邪魔しない場所でゆっくりしてほしい』と」
「何てロマンチックなの!」
マタ・ハリが感嘆の声を上げる。
「次は全員で招待されてみてはどうです?」
紫式部が提案する。
「そうですね……」
ナイチンゲールは少し考えて頷いた。
「彼もそれを望んでいました」
頼光が恥ずかしそうに言った。
「でも私……紅茶のマナーを知らないかもしれません」
「大丈夫よ」
マタ・ハリが笑う。
「バイコーン君なら気にしないわ」
「確かに」
ドレイクが頷く。
「アイツはそういうの気にしないタイプだ」
ナイチンゲールは窓の外を見つめた。
ふと、昨日の紅茶の香りが蘇るような気がした。
「彼の気遣いに報いるためにも」
彼女は静かに言った。
「より良い看護ができるよう努めたいと思います」
「ナイチンゲールさん」
頼光が優しく声をかける。
「あなたは十分素晴らしい看護師ですよ」
「そうですよ」
紫式部も同意する。
「彼はあなたの全てを受け入れています」
マタ・ハリが頷きながら言った。
「それにしても……バイコーン君には本当に驚かされるばかりね」
「まったく」
ドレイクが酒ではなく紅茶を啜る。
「獣がここまで洗練されたもん作れるなんてな」
「皆さん……本当にありがとうございます」
そうお礼を言うナイチンゲールの口元には笑みが浮かんでいた。