【アブルッツィの認識改変がまだ解かれていなかった頃】
買い物袋を両手に抱えたアブルッツィとガリバルディは、街角の小さな甘味処に腰を下ろしていた。
テーブルの上には季節限定のスペシャルパフェが二つ並んでいる。
「いただきます」
アブルッツィは優雅にスプーンを手に取り、一口パフェを口に運んだ。
「う〜ん♪最高!」
一方ガリバルディは豪快にパフェを掻き込んでいる。
「姉貴さぁ〜昨日の提督との【慰安任務】はどうだったんだよ?」
唐突な質問にアブルッツィは僅かに頬を赤らめた。
「まぁ……ガリィったら突然何を……」
彼女はスプーンを持った手を胸元に当てた。
「でも……いつも通りだったわ。提督はとても優しくしてくれて……」
「ふーん」
ガリバルディは興味深そうに姉を見つめる。
「毎回姉貴だけ指名してるのはなんでだろな?」
彼女はパフェを食べながら呟いた。
「アタシだって十分な奉仕ができるのに」
「それは……」
アブルッツィは言葉を選ぶように少し間を置いた。
「きっと私が一番最初に配属されたからでしょう」
「そんな理由かよ〜」
ガリバルディは肩を竦めた。
「ま、姉貴が幸せならいいけどさ」
アブルッツィは微かに微笑んだ。
「ありがとう……」
しばらくの間、二人はパフェの味を堪能していた。
店内には穏やかな音楽が流れ、窓からは午後の陽射しが差し込んでいる。
「でもね……」
突然アブルッツィが静かな声で切り出した。
彼女の表情が翳る。
「最近気になることがあるの」
「どうした?」
「提督のことよ」
アブルッツィはスプーンを置き、真剣な眼差しで話を続けた。
「普段の日常業務でも【慰安任務】の時も優しく接してくれる提督だけど……時々悲しい目をしているの」
「え?」
「特に【慰安任務】の時に私を見る目が悲しそうで……どこか寂しい様な表情をしてるの……」
ガリバルディは驚いた表情で姉を見つめた。
滅多に悩みを見せない姉のこんな姿は珍しかった。
彼女は椅子に座り直し、真面目な表情になった。
「まさか……」
「わからないわ」
アブルッツィは俯いた。
「……私では提督を満足させられないのかしら……」
「いやいや、絶対そんな事は無いって」
ガリバルディは慌てて手を振った。
「姉貴のスタイルとか魅力は一級品だぜ?提督が満足しない筈がないよ」
アブルッツィは少し安心したように微笑んだ。
しかし彼女の眉間の皺は消えていなかった。
「でも……もっと他に私に出来る事はないかしら……」
ガリバルディは考え込むように天井を見上げた。
そして突然思いついたように目を輝かせた。
「姉貴さぁ〜料理上手じゃん?今度提督の為に夜食でも作ってやればいいんじゃねえか?」
「夜食?」
「そうそう」
ガリバルディは得意気に頷いた。
「提督だって深夜に仕事してる事多いだろ?そんな時に温かい夜食があればさ、きっと喜ぶぜ」
アブルッツィの表情が明るくなった。
彼女は両手を胸の前で合わせた。
「それは名案ね!ガリィ!」
「だろ〜?」
ガリバルディは自慢げに鼻を鳴らした。
「で、どんなメニューにするんだ?」
「そうねぇ……」
アブルッツィは考える様に顎に手を当てた。
「提督は米料理が好きだし……夜食だから……柔らかめのリゾットとかどうかしら?」
「おぉ〜!完璧じゃん!」
ガリバルディは拍手した。
「アタシも手伝うよ!」
アブルッツィは微笑んだ。
「ありがとう……でも今回は私一人でやってみたいの」
「そうか?」
ガリバルディは少し残念そうに言った。
「まぁ姉貴の好きにすればいいけどさ」
会話の流れの中で二人はパフェを食べ終え、次の予定について話し始めた。
アブルッツィの心には新たな決意が芽生えていた。
彼女は提督のために何か特別な事がしたいと強く思っていた。
それが提督が抱えているであろう悩みを、解決する手掛かりになるかもしれないと。
「さて、そろそろ鎮守府に帰りましょ」
アブルッツィは立ち上がりながら言った。
彼女の表情には晴れやかなものが戻っていた。
「了解〜」
ガリバルディも荷物を持って立ち上がった。
「楽しみにしてるぜ!提督の夜食」
二人は店を出て歩き始めた。
夕暮れの町並みは茜色に染まりつつあった。
アブルッツィの胸には温かい気持ちが広がっていた。
彼女は提督のために美味しい夜食を作る為に、献立を考え始めていた。
夕暮れ時の街並みが二人の姿を包み込んでいった。
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鎮守府内が静まり返った深夜。
執務室では提督が一人机に向かっていた。
照明は最小限に抑えられ、机上のランプが淡い橙色の光を放っている。
外は厚い雲に覆われ、月明かりもない漆黒の闇だった。
書類の束が積まれた机の上では、ペンが規則正しく紙面を滑る音だけが響いている。
「もうこんな時間か……」
提督は腕時計を見て呟いた。
もう午前0時を過ぎている。
朝から昼まで続いた会議に出席し、
その後は一日中書類整理に追われていた。
昼食を食べた記憶がないことに今更気づいたが、腹の虫はすでに鳴りを潜めていた。
疲れ果てた頭は既に限界に近く、集中力もほとんど残されていない。
しかし彼にはまだ重要な書類が残っていた。
海域攻略計画の最終確認と司令部への報告書。
期限は明日の朝10時。
仮眠を取る余裕もない。
提督は大きく伸びをしてから再び書類に向き合った。
廊下からかすかな足音が聞こえたのは、提督が三杯目のコーヒーを淹れようとしていた時だった。
来客の予定はないはずだ。
深夜の訪問者など珍しい。
「誰だ?」
彼はドアの方に意識を向けた。
ノックの音もなく扉が静かに開かれた。
そこには意外な人物が立っていた。
アブルッツィだ。
彼女は盆を手に持ち、湯気の立つトレイを載せていた。
「アブルッツィ……?」
提督は驚きを隠せなかった。
今日は【慰安任務】の日ではない。
彼女が夜遅くに執務室を訪れる理由が思い当たらなかった。
アブルッツィは穏やかな笑みを浮かべながら室内に入って来た。
「こんばんは、提督」
彼女は優雅に挨拶した。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、少しお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ああ……もちろんだが……」
提督は戸惑いを隠せずにいた。
「こんな時間に一体……」
「間宮さんから伺いました」
彼女は盆を机の空いたスペースに置いた。
「提督が今日夕食を召し上がってないということなので」
確かにそうだった。
朝食以降何も口にしていない。
だが彼女にそれを伝えたのは間宮なのか?
提督は混乱した。
間宮がわざわざアブルッツィに伝えるだろうか?
「実は……」
アブルッツィは少し恥ずかしそうに言った。
「私が提督の為に夜食をお作りしたんです」
提督は息を呑んだ。
彼女の作った夜食?トレイの上には湯気の立つシーフードリゾットと温かいハーブティーが載せられている。
優しい香りが執務室に広がった。
「ありがとう……しかし……」
「提督、今日は何かとお忙しかったのでしょう?」
アブルッツィは続けた。
「最近の提督はどこか疲れている様に見えましたから。少しでも提督を癒したかったんです」
提督は言葉を失った。
彼女の言葉と優しさに心が揺さぶられる。
これは認識改変によって引き起こされた偽りの感情なのだろうか?それとも……
「ぜひ召し上がってください」
アブルッツィは優しく微笑んだ。
「提督が気に入るといいのですが」
トレイの上の料理から立ち上る湯気と香りに抗うことはできなかった。
提督は礼を言って席についた。
「ありがとう……でも今は書類を……」
「ダメです」
アブルッツィは少し強めの口調で言った。
「ちゃんと今食べてください。後で食べると言って結局食べないなんて事になるんですから。間宮さんから聞いていますよ」
提督は苦笑した。
彼女の言う通りだった。
彼は仕事を優先して食事を抜きがちだった。
それは彼自身が最もよくわかっている。
「わかった……後で頂くよ」
「そう言って仕事を優先して、結局食べないなんて事になるんですから」
アブルッツィは諭すように言った。
「私の目の前で食べてください」
彼女の強い意志に押され、提督は観念した。
「わっ……わかった……」
---
スプーンを手に取り、リゾットを一口すくった。
濃厚な魚介の旨味が口の中に広がる。
シンプルでありながら深い味わいが疲れた身体に染み渡っていく。
次いでハーブティーを啜ると、その温かさと心地よい香りが緊張を解きほぐしていく。
「……美味しい」
思わず素直な感想が口から出た。
「本当ですか?」
アブルッツィの顔が明るくなる。
「よかった……提督のお口に合って嬉しいです」
彼女は向かいのソファに腰掛け、提督の様子を優しい目で見つめていた。
その眼差しに提督は落ち着かないものを感じた。
いつもの【慰安任務】で交わされる情欲に満ちた視線とは明らかに違う。
そこには純粋な思いやりと気遣いがあった。
食事を終えた提督は深呼吸した。
心身が温もりで満たされていくのを感じる。
「本当に……美味しかったよ」
彼は感謝の気持ちを込めて言った。
「ありがとう」
アブルッツィは幸せそうに微笑んだ。
「提督が元気になられて本当に良かったです」
提督は彼女の笑顔を見つめた。
認識改変によって引き起こされた偽りの感情とはいえ、こんなにも純粋な思いやりを向けられたことに心が温まるのを感じていた。
「じゃあ私はこれで……」
アブルッツィは盆を手に立ち上がった。
彼女がドアに向かいかけた時、提督は衝動的に声を掛けた。
「アブルッツィ……!」
彼女は立ち止まり振り返った。
「何ですか?」
提督は口を開いたが、言葉が出てこなかった。
喉まで出かかった真実を告げる勇気が湧いてこない。
「……いや、何でもない。ゴメン」
アブルッツィは首を傾げた。
「?」
提督は目を伏せた。
(彼女の優しさに触れたからか【慰安任務】の認識改変に対しての罪悪感から真実を伝えようとしたが、結局言えなかった)
「おやすみなさい、提督」
アブルッツィは微笑んで頭を下げた。
「しっかり休んでくださいね」
「ああ……」
提督は力なく答えた。
ドアが閉まると執務室は再び静寂に包まれた。
提督は深い溜息をついた。
「……今更、何を言うつもりだったんだ……」
彼は額に手を当てた。
「これも【認識改変】で作られた優しさなんだ……」
自己嫌悪と彼女の信頼と好意を信じる事が出来ない無力感が胸を締め付ける。
提督は机に突っ伏した。
窓の外では分厚い雲が月を覆い隠し、すべてを闇に沈めていた。