【アブルッツィの認識改変が解かれ、鎮守府の他の艦娘達の認識改変も解かれた後】
【新しい日の朝】
鎮守府の食堂は朝日に包まれていた。
窓から差し込む金色の光が、長テーブルに敷かれた白いクロスを輝かせている。
今日は特別な朝だ。この鎮守府に所属する全艦娘が集められていた。
〇〇提督は入り口近くに立ち、緊張した面持ちで彼女たちを見渡していた。
その隣にはアブルッツィが寄り添うように立っている。
彼女の存在が彼にとって唯一の支えだった。
「皆さんに集まってもらった理由は……」
提督は深く息を吸い込んだ。
「皆さんの認識について、話さなければならないことがあります」
食堂に緊張感が漂う。
多くの艦娘は既に何かを察していたのかもしれない。
昨日からの異変—急に蘇ってきた断片的な記憶。
そして今朝になって全てを理解した艦娘も多かった。
「長年……皆さんは認識改変を受け続けてきました」
提督の声は震えていた。
「それにより……本来の自由意思ではなく、作られた感情で過ごしていたのです」
彼は一歩前に出た。
「特に私との関係については……全て嘘でした」
提督は拳を握りしめた。
「私は皆さんの尊厳を傷つけ、欺いてきた。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる提督。
食堂は静寂に包まれた。
艦娘たちは互いの顔を見合わせたり、困惑した表情を浮かべたりしている。
やがて最初に口を開いたのは曙だった。
「正直言って……めちゃくちゃ怒ってるわよ」
彼女は両腕を組んだ。
「私達艦娘があんな事させられてたなんてね」
提督は覚悟していた。
どんな罵倒も受け入れるつもりだった。
しかし、曙の次の言葉は意外なものだった。
「でも」
彼女は提督をまっすぐ見据えた。
「直接クソ提督から何かされたわけじゃないし。むしろ私たちを守ってくれてたんでしょ?」
提督は顔を上げた。
「どういうことだ?」
「だって」
曙が小さな声で言った。
「他の鎮守府みたいにみんなで順番に呼び出されたりしてなかったじゃない」
「そうそう」
朧も同意した。
「提督はアブルッツィさん以外をそういう意味で呼び出すことは一度もなかった」
提督は言葉を失った。
彼の選択は確かに間違っていたかもしれないが、結果的には他の艦娘達を守る事になっていたのだ。
「それに」
霞が冷静に言った。
「アブルッツィさんが納得してるなら私達からは何も言えないわよ」
アブルッツィは提督の手を握り、小声で言った。
「ほら、大丈夫だったでしょう」
提督は驚きのあまり言葉が出なかった。
彼女たちは彼の行いを非難するどころか、ある種の理解さえ示していた。
「そもそも」
不知火が静かに言った。
「【認識改変】を受けていた時も、提督とアブルッツィさんの仲が良い事はわかっていましたよ」
艦娘たちが互いに頷き合う。
「寧ろ」
雷が不思議そうな顔をした。
「まだ正式に付き合ってなかった事実に驚いてるぐらいよ」
提督の顔が熱くなった。
彼とアブルッツィの関係は艦隊内で公然の秘密だったのだ。
間宮が一歩前に出た。
「私からもお話があります」
「あの夜……」
間宮は語り始めた。
「アブルッツィさんが提督の為に夜食を作りたいから厨房を使わせて欲しいと頼みに来た日のことを思い出しました」
「あの時の夜食か……」
提督は思い出しながら言った。
「はい」
間宮は優しい目でアブルッツィを見た。
「あの時アブルッツィさんは本当に提督のことを心配していました。『最近の提督は疲れている様です』とか『ちゃんと食事を摂っているのでしょうか』とか」
アブルッツィの頬が赤くなった。
「そして私が貴方の事について聞いた時には……」
間宮は微笑んだ。
「アブルッツィさんはとても嬉しそうに貴方の話をしていました」
「そんな事があったのか……」
提督は驚きを隠せなかった。
「ですから」
間宮は続ける。
「あの時のアブルッツィさんの笑顔が全て嘘だったとは私には思えません」
間宮の意見に他の艦娘たちも同意の声を上げた。
「あのね」
五月雨が小さな声で言った。
「私たちも薄々感じてたんだ。提督が私たちを大切にしてくれてるって」
「だから」
最上が穏やかな口調で言った。
「ボクたちは提督を信じる事ができるんだと思う」
提督の目に涙が浮かんだ。
「……ありがとう……本当に……ありがとう」
アブルッツィは彼の背中にそっと手を添え、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
食堂には温かな雰囲気が広がっていた。
長年の誤解は解け、新しい信頼が芽生え始めている。
窓から差し込む朝日が、希望に満ちた未来を予感させるかのようだった。
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食堂での艦娘達との和解を終え、提督とアブルッツィは静かに廊下を歩いていた。
朝日が窓から差し込み、彼らの足元に長い影を落としている。
提督の心は複雑だった。
艦娘たちの大半が彼を許してくれたものの、アブルッツィの妹であるガリバルディはどうだろうか?
「まだ実感が湧かないよ」
提督は小さく呟いた。
「皆が許してくれるなんて」
アブルッツィは彼の腕にそっと手を添えた。
「皆、艦娘ですから。艦娘の本能と言えばいいでしょうか、大切な人の為なら理解しようと努めるものです」
彼女の言葉に温かみを感じる一方で、提督の心には一抹の不安が残っていた。
特にガリバルディは違うかもしれないという予感が……
廊下の曲がり角に差し掛かった瞬間、提督は前方に人影を見つけた。
壁際に寄りかかるように立つ一人の艦娘。
いつもの制服に身を包み、鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
「ガリバルディ……」
提督は思わず名前を口にした。
【ジュゼッペ・ガリバルディ】通称ガリィ。
アブルッツィの妹であり、鎮守府内でも屈指の実力派として知られる艦娘だ。
彼女がここで待ち構えているのは偶然ではない。
提督は瞬時に悟った。他の艦娘たちが許してくれても、アブルッツィの家族は別問題なのだ。
ガリバルディは無言で立ち上がり、ゆっくりと姿勢を整えた。
その動きには隙がなく、まさに一匹の獰猛な獣を思わせる。
提督の胸に冷たい汗が滲んだ。
「やっぱり……か」
彼は覚悟を決めた。
どのような制裁も受けるつもりでいた。
それが当然の事だと。
「ガリィ」
アブルッツィが一歩前に出た。
「待っていてくれたのね」
ガリバルディは答えなかった。
ただじっと二人を観察している。
その瞳には激しい感情が渦巻いているのが見て取れた。
怒り、悲しみ、そして複雑な家族の絆。
突如、ガリバルディの右手が閃いた。
次の瞬間、彼女の主砲が提督に向けて構えられていた。
「!」
提督は目を見開いた。
アブルッツィが素早く両者の間に割って入る。
彼女の姿勢には一分の隙もなかった。
「ガリィ!」
アブルッツィの声が凛と響く。
「ここで発砲すれば……」
「黙れ姉貴!」
ガリバルディの叫びが廊下に反響した。
「ソイツが何をしたか分かってんのか?」
沈黙が落ちた。
提督は覚悟を決めていた。
どんな罰も甘んじて受けるつもりだった。
しかし……
「本当にいいのか」
ガリバルディは低く唸るように言った。
「姉貴は本気でソイツと一緒にいてもいいと思ってるのか?」
アブルッツィは迷いなく答えた。
「覚悟の上よ」
その言葉にガリバルディの表情が一瞬揺らいだ。
彼女は武器を構えたまま、姉の目をじっと見つめ返す。
二人の間に見えない緊張の糸が張り詰めていく。
十秒ほどが永遠のように感じられた後、ガリバルディは深く息を吐き出し、やっと武器を下ろした。
「……そうか」
彼女は小さく呟いた。
提督は息を飲んだ。何が起ころうとしているのか—
ガリバルディは急に近づいてきて、提督の胸倉を乱暴に掴んだ。
彼の体が床から僅かに浮く。
「いいか!」
彼女の声は怒りに震えていた。
「アタシは決してお前を許したわけじゃない」
提督は目を逸らさなかった。
彼女の怒りは正当だ。
「でも……」
ガリバルディの声が僅かに柔らかくなる。
「姉貴の幸せにはお前が必要らしい」
彼女は提督を離し、一歩下がった。
その瞳に宿るのは、単なる憎しみ以上の複雑な感情だった。
「約束しろ」
ガリバルディは真剣な眼差しで言った。
「必ず姉貴を幸せにしろ。もし不幸にしたら……」
彼女は再び武器を構える仕草を見せた。
「お前を死ぬよりも惨い目に遭わせてやる」
提督は強く頷いた。
「勿論だ」
その返事を聞くと、ガリバルディは踵を返し、廊下の向こうへと歩き去っていった。
振り返ることなく。
アブルッツィは妹の後ろ姿を見送りながら静かに言った。
「あれで終わりじゃないわ」
「どういう意味だ?」
提督は尋ねた。
「あの子なりの方法で試練を与えてくると思う」
アブルッツィは微笑んだ。
「でも……これで一歩前進よ」
提督は頷いた。
確かにそうだ。
完全な解決には程遠いが、少なくとも対話を始めることができた。
そして何より—
「アブルッツィ」
「はい?」
「君の妹は……強く…美しく……優しい女性だな」
アブルッツィは一瞬驚いた表情を見せた後、くすりと笑った。
「当たり前でしょう。私の妹なんですから」
二人は再び歩き出した。
廊下には朝日が差し込み、
新しい一日が始まろうとしていた。