気付けば試用期間の一週間が迫っていた。
それは同時に、クリスマスが迫っている、ということでもある。
私の家では、私が小さいころからずっと、クリスマスイブには家族でパーティーをしている。
今回もそのつもりで、ケーキや料理を予約していた。……プレゼントも、予約した。
家族だけのパーティー。
……妹とは口も利いてもらえない時間が続いている。
でも、パーティーの中でなら、打ち解けるまではいかなくっても、何か、少しだけ、関係を戻せるかもしれない。
……そう思っていたのに。
「……家族のパーティーに、セント先生も呼ぶの?」
父が宣言し、母が手を叩いて嬉しそうにし、妹がなぜか、勝ち誇った目でこちらを見ていた。
……たぶん妹が父にそういうお願いをして、受け入れられたんだと思う。うちはだいたい、そういう流れで、突飛なことが決まるから。
だから、私は、疑ってしまった。
『もしかして──
──妹が、セント先生に、何か、するんじゃないか』
妹はまだ幼い。
そんな子が、セント先生と、たとえば……『私たち、恋人同士なんです』とか、クリスマス会の場で宣言でもしたら、セント先生の人生が終わってしまう。
両親も今はセント先生のことを気に入っているようだけれど、さすがに、妹がそんなことを言い始めたら、セント先生になんの罪もなくても、家庭教師をやめてもらわなきゃいけなくなる……
私は……一週間がもうすぐ経とうとしている今、セント先生には、もっと、家庭教師を続けて欲しいと思うようになっていた。
最近の私は自分の心の汚さ、人を信用できない弱さに思い悩んでばっかりで、ずっと悩んでいた……
夜も眠れないぐらい、この先どうなるかが不安で、たまらなくて……
もっと早くヒナタちゃんに相談できていればよかったのに、時間が経つにつれて、『こんな、自分の心の弱さと、醜さのせいで抱いている悩みで、ヒナタちゃんをわずらせて、嫌われたらどうしよう』という気持ちが大きくなってしまって、何も言えなくなるばっかりで……
でも、セント先生との授業が終わると、悩みが頭から消えて、心が軽くなって、体まで、ぽかぽかしてくるような、気がする。
今の私は、セント先生がいないと息苦しくてたまらない……
その先生がいなくなってしまうかもしれない。
しばらく妹と口を利いてはいなかったけれど、妹は、私が通りがかると、聞えよがしに、母に『セント先生とこんなことをしたんだ』と報告していた……
その行動は私へのあてつけ、私に見せつけてるみたいで、なんだか苦しくって、それから……危うかった。
あの子は、あの子がセント先生と『仲良くする』ことで、セント先生がどういう立場に追い込まれるかさえわかっていない、子供だ。
……私なら、そんなふうに、セント先生の立場を危うくしてまで、アピールするなんていうことは、しない。
だから、クリスマスイブという特別な日に、家族のパーティーにセント先生を呼んだ妹が、何をするのか、怖かった。きっと、何かをやらかしてしまう……そういう予感がして、たまらなかった。
……だから、
「それは、やめた方が、いいんじゃないかな」
私は反対した。
「そ、そもそも、家族だけのパーティーをやってきたわけだし……」
……その家族の視線がどんどん冷たくなっていくから、私はとっさに、言い訳めいたことを絞り出していた。
たぶん、やってしまったんだと思う。
セント先生はみんなに好かれていた。
たった一週間で、家族のパーティーに呼ばれるぐらい──と言葉にしてしまうと異常だけれど。でも、それもわかるぐらい、優しくて、良い人なのが、伝わってくる。そういう人だった。
父は一発でそれを見抜いたのかもしれない。
私は心が汚くて、人を信じる強さがなくて、ずいぶん疑ってしまったけれど……
「トマリ」
父の声は優しかった。
でも、目が、怒っていた。
「いいじゃないか。あんな、立派な若者が、職にあぶれて、さまよっていたんだ。きっと、何か、つらい目に遭ったに違いない。……別に、毎年呼ぼうということじゃあ、ないんだ。今年だけさ。今年だけ、彼に寄り添ってあげようと、そう思う。……それは、受け入れられないことかい?」
私は答えられなかった。
妹が、口を開く。
「お姉ちゃんは、セント先生があたしにとられるのが嫌なんでしょ!」
「そ、そういう話じゃ……」
「あたしが誘ったんだもん。あたしの招待を受けたんだもん。それが嫌なんでしょ!」
「……え、もう、誘ったの? お返事は……」
「そ、それは、まだだけど……でも、きっと来てくれる! あたしとセント先生はね、両想いだから!」
そんなわけは、ない。
……妹はかわいい子だ。それに、まだまだ、子供だ。
だからセント先生も話を合わせてくれていたんだと思う。……あの人は優しいから。
だから妹が勘違いしてしまった……
やっぱり、勘違いした妹が、大変なことを、宣言した。
母が、妹に呼びかける。その声は、少し、冷たい。
「冗談でも、そんなことを言うものじゃありませんよ。今の御時世ね、あなたみたいな子供と、セント先生みたいな人が、『両想い』だなんて。外で聞かれたら、セント先生の人生が終わってしまいます。あの人は、教師なんですよ」
「でも両想いなんだもん!」
「そもそも、あなたみたいな子供に、あの人は釣り合いません。もっと年上の良い人じゃないと」
その言い方で、妹は、母から『お前より、トマリの方がセント先生に似合う』と言われていると解釈したみたいだった。
すごい目つきで、にらまれる。
……でも、たぶん、違う。母だ。母が、『自分みたいな者にこそ、似合う』と言っている。そういう顔だと、すぐにわかった。
……わかってしまった。
だって、セント先生について語ってる時、私もきっと、ああいう顔をしてるから。
……家族が、ばらばらになりかけてる。
どうしたらいいんだろう。
ヒナタちゃん……ホノカちゃん……
だめだ。こういう話は、あの二人には、できない……あの二人を巻き込むべき問題じゃない。
でも、私一人じゃ抱えきれない。
私は背が高いせいか、見た目がちょっと……老けてるせいか、同級生たちに、年上みたいに頼られる。
でも、私は、そういうのに向いてない……
頼られると期待に応えなきゃいけないと思ってしまうけど、いつも、いっぱいいっぱいで……
誰かに相談したい気持ちで、いっぱいだった。
……最初に私に手を差し伸べてくれたのは、ヒナタちゃんだった。
私が頼れる相手は、ヒナタちゃんしか思い浮かばない。
でも、今は……
……今、頼るべき人なのかどうか、自信がない、けど……
「あの、と、とにかく、私は……やめた方が、いい、と思う……ちょ、ちょっと出る、ね」
不自然すぎる言葉を残して、急いで家を出た。
そして、すぐにメッセージを……送りかけて、通話にした。
人と通話するのは苦手だった。でも、今は、メッセージにしたら、返事が来るまでに、不安で息が詰まって死んでしまうような気がしたから……
目的の相手は、すぐに出てくれた。
「もしもし、トマリさん?」
「ああ──セント先生……!」
私は、セント先生にすぐに会えないかと聞いた。
自分でも驚くほどの行動力だった。
……わかっていたのかもしれない。
見知らぬ父がスリに財布をとられた時に、助けたように。
きっと、あの人は、困っている誰かを放っておけない、優しい人だ。
……だから心の汚い私は、そこにつけこんだ。
セント先生は、
「わかった。会おう。ええと……ああ、この時間だと外で会える場所はないか……その……僕の家になってしまうんだけど、いいかな……?」
私はもちろん、『大丈夫』と返事をした。
すぐにでも会いたかったから。