「なんだかなー。ヒナタも落ち込んでるしなー」
八重歯、袖めくり、絆創膏。
ポニーテール。冬でも生足。活動的で、擦り傷が多い。やんちゃそうな顔立ちをしていて、頭が悪そうだとよく言われる。小柄で、妹的というよりは、猫か何かのように扱われることが多い。
ホノカはサッカーをやっていた女の子だ。
他にもスポーツはだいたいどれも得意だし、好き。見るより、やる方が好き。
体を動かすというのが好きなのだった。じっとしてたり、ぼーっとしてたりするのが苦手で、常に動いていないと落ち着かない。移動はダッシュが基本だし、暇なら筋トレとかする。
勉強は落ち着いて教科書を読んでるのが苦手だけれど、聞いた話はわかるので、成績は実は悪くない。
魔法少女になったのは、スポーツの延長だった。
龍に見いだされ声をかけられた。適性があるらしい。
魔法少女が何をするのか聞いたら、この世界に攻めてきている侵略者と戦い、世界を守るお仕事だという。
スポーツは好きだが、特定の部活に入るほどではなかった。
サッカーは小学校のころまでは真剣にやっていたけれど、中学に上がってからは、なんだかそこまで夢中になれなくて、一人でリフティングなどはするが、真剣にトレーニングはしていない。
現代は別に『男子だけのスポーツ』というわけではないのだが……
はっきり言ってしまうと、ホノカにとって、普通の『サッカーをしている女の子』は、足手まといだった。
男子に混じってちょうどいい。けれど中学からはそういうわけにもいかない。だからつまらない。
面白いことには適度な難易度が必要だ。ホノカは挑戦が好きだ。
そういう性質が、魔法少女活動はきっと面白いぞ、と思った。だから、引き受けた。
引き受けるうちに出会ったヒナタとトマリもいいやつらだった。
ヒナタは頭がいいしはきはきしてるし、勇気があって行動力がある。尊敬できる。
トマリだってもっと頭がいい。難しいことをいつもいっぱい考えていて、よく気が付いて、ヒナタやホノカが意識していない細かいところをフォローしてくれる。頼りになる。
……でも、トマリは、敵について行ってしまった。
あの時のことは忘れようと思っても忘れられない。
……そんなこと思い出している場合じゃないが、初めて、男の人の……を、見た。それに、女の子が……されている、ところも。
怖かった。
でも、頭に焼き付いて、離れない。
「……違う!」
そうじゃない。
ホノカは頭を振って邪念を振り払う。
大事なのは、トマリだ。
トマリが覚醒したあと、怖くて動けなかった。
ヒナタみたいに対応もできなかった。立ち向かうことも、できなかった。
戦闘員たちにやられていたというのもあるけれど……
たとえ、体力が万全でも、あの時のトマリを相手に、自分は何かできただろうか?
ホノカは元気に振る舞っている。
でも、『何もできなかった』ことが、ホノカを追い詰めてもいた。
「……トマリを取り戻すんだ。そしたらきっと……全部、元通りになる」
ヒナタも元気を取り戻すだろうし、ホノカ自身も、嬉しい。
……考えているうちに、ホノカは家に着いた。
公営の団地。三階建ての建物。
その一室が、ホノカの家だ。
父はいない。母がホノカを一人で育てた。
弟が三人いる。……たぶん、女子サッカーのクラブチームに行けば、もう少しサッカーを楽しく続けられたのだろう。でも、そんなことは言えなかった。
アルバイトができるようになったら、するつもりでいる。
……だから、魔法少女は、それまでだと、思っている。そう思って、始めた。でも……
「ヒナタもトマリも、ほっとけないよなー……」
魔法少女の活動をする中でできた、大事な友達を、放っておけない。
だからこそ、助けないといけない。トマリを助けないと、魔法少女を続けることも、やめることも、できないような気がするから。
団地の階段を上る。
エレベーターはない。
すでに景色は夜だった。
十二月三十一日の夜。
今年が終わるその時に、ホノカと、ヒナタ、トマリの三人で初詣に行こうとなんとなく言っていた。
でも、たぶん、行くことはないだろう。……ヒナタがきっと、行かない。トマリが戻って来るまで、行かない──
「ホノカちゃん」
──団地の建物の暗がり。
照明なんかない階段の踊り場で、突然、声をかけられた。
ホノカは、固まってしまう。
そこにいたのは……
「と、とまり……?」
晴れ着姿の、トマリ。
真っ黒い髪を長く伸ばしたトマリは、綺麗な微笑を浮かべて、ホノカを見ていた。
……あの時、敵対して、魔法を撃ってきた時のような、つまらなさそうな顔じゃない。
いつものトマリの、優しい笑顔だった。
「え、トマリ……トマリだよな? ど、どうしたんだ? あ、逃げてきたのか!? そうだろ!」
トマリは答えない。
……その微笑は穏やかだった。
けれど、どこかの家から漏れる明かりを背負った彼女の笑顔を見ていると……
裸になって。
お股から、何か、よくわからないものをひり出して。
イッて……
犯されていた。
その光景が、ホノカの頭の中によぎる。
「っあ、そ、そうだ、トマリ、あの、初詣、だろ!? その格好は完全に初詣だな?」
「そうだよ」
「待ってて! ヒナタも呼ぶ! 行こう! あ、でも、チビどもとお母さんにも連絡……えっと、えっと」
トマリが穏やかに笑う。
「大丈夫だよ、ゆっくりで。まだ、時間はあるから。……冬は夜が長いから。こんなに暗くても、日付が変わるまで、時間は、あるんだよ。だから、ゆっくりで、いいよ。……みんなで、行こう。ヒナタちゃんと、ホノカちゃんと、私で」
「お、おう!」
「いっぱい、お話をしよう。ね」
「……おう」
ホノカは、嫌な予感を覚えていた。
……でも。
(トマリが戻ってきたら、元通りになれる)
その想いが、彼女を突き動かした。
……もちろんそれが。
彼女の破滅の、始まりだった。