作戦開始後(12月31日23時ごろ)に時間を戻します
「ヒナタ、来るって!」
晴れ着──
なんていうものは、ホノカにはなかった。
学校用のダッフルコートに、古着のパーカー。それから、トラックパンツ。
サイズは全部、大きかった。
トマリは深い青の晴れ着を着ていて、首にはもこもこした、黒い襟巻を巻いている。
ホノカには着物の高さや良さというものがよくわからないけれど、それでも『高級なんだろうな』と思える、そういうものだった。
……だから、思った。
「あれ、トマリ、もしかして……家に戻ったのか?」
トマリのおうちはお金持ちみたいだ。
でも、トマリ本人は、どうだろう。着物の値段はホノカにはよくわからない。でも、学生がお小遣いで買えないような雰囲気の着物に見えた。
だから、家に戻ったんじゃないか──トマリの家を見て来たヒナタは『まるで、トマリが最初からいなかったみたいだった』と言ってたけど、ちょっとケンカをしてただけで、もう仲直りしてるんじゃないか。そんなふうに、ホノカは思った。
そう思いたかった。その方が、不安や心配がなくなるから、そのように……
トマリは、
「ちょっと早いけど、そろそろ行こう」
「え、あ、う、うん!」
質問には答えず、歩き出した。
(……怒らせたか? でも、そういう雰囲気じゃない……触れない方が、いいのかな)
デリケートな話題には違いないだろう。
トマリはずっと微笑んでいる。いつもの、穏やかな微笑。家族のことに触れた時だって、それは変わらなかった。
でも答えてはくれない──まだ、トマリの中で整理できていないものがあるんだろうと思った。
「ヒナタちゃんとは神社で待ち合わせだよね」
団地を出て歩いていく途中、トマリがそんな質問をした。
ホノカは「おう」と答えて、
「まあ、あいつんち、神社だしなー」
「龍神様を祀ってるんだよね。……本当にいるんだもん、驚いちゃったよ」
「なー」
それこそが、ホノカたちを魔法少女にした龍だった。
戦国時代、このあたりの土地はたびたび戦火に見舞われた。
しかしそのたびに『龍姫』というのが出て、土地を守ったという。
その龍姫こそが魔法少女であり、もしかしたら、当時、この場所を戦火に晒したのは、『教団』の前身なのかもしれない。
そう考えると、かなり古くから、教団と魔法少女との戦いはあるのかもしれない。
まあ、別にホノカはなんらかの歴史的なものから継承されて魔法少女をやっているわけではないので、歴史があろうがなかろうが、さほど興味はないのだが。
「お仕事の邪魔しちゃ悪いし、ちょっと遅めに行くでしょ?」
「ああ。あいつ巫女さんなんだもんな。でも部屋とか全然そういう感じじゃないんだけど」
「そうだよね。普通のお部屋だよね」
「もっと『和』! って感じを覚悟してたから、逆にびっくりしたよな」
「うん」
いつもの会話が、できていた。
そのことに、ホノカはホッとする。
……まだ、トマリから、どうやって戻ってきたのかとか、今、どうしているのかとかは、聞いていない。
勇気が出ないからだ。
だから、三人そろった時に、話してもらおうと思っていた。
……いろいろなことを、話してもらおうと思っていた。
「あ、そうだ、ホノカちゃん」
安心と、それから、まだ消化しきれていない、いろいろな感情。
それにかまけて、ホノカは、ほんの五歩ぶん、トマリを置き去りにしてしまっていることに気付いた。
振り返る。
神社の途中の道。ホノカの家から神社へ行くには近道になる、自然道。
少しだけ朽ちた石段を上って、鬱蒼とした木々の隙間を抜けていく。
街灯はないけれど、向こう側の道路が明るいから、視界には困らなかった。
ただ、その道路に出るまでには、もう三分ぐらいはかかるだろう。
そんな場所で、柔らかい土の上で、トマリが、笑っている。
「なんだ? どうした?」
ホノカも笑った。
なぜか、反射的に、頬がヒクついて、笑顔になった。
「実は、ヒナタちゃんに言わなきゃいけないことがあって……そのために、ホノカちゃんの協力が必要なの」
「お、そうなのか」
トマリの中で、ヒナタは特別な存在だった。
嫉妬とかはない。ヒナタは確かに、誰にとっても特別な存在だ。リーダーシップがある。諦めない根性がある。そして、閃きでいつも、助けてくれる。
だから、こういう時──敵の組織に拉致されて戻ってきた時なんかは、ヒナタより、自分の方が、あらかじめ相談なんかはしやすいだろうと、ホノカは納得した。
「ねえ、ホノカちゃん……」
トマリが近寄って来る。
ホノカは、
(……なんで今、足が、下がりそうになったんだよ)
自分が反射的に『逃げよう』としたことを、恥じた。
トマリが、近寄って来る。
五歩の距離が、半分になる。
「あの時──私が、セントさんについて行った時ね。ヒナタちゃんとばっかり、しゃべっちゃったでしょ。だから、ホノカちゃんとも、話しておきたくて……」
「……な、なんだよ。何を話すんだ?」
「ホノカちゃんも、私と一緒に行かない?」
「…………トマリ、お前!」
「私、幸せだよ。……失ったと思ってたものだって、セントさんが、こうやって取り返してくれたし──」
振袖を拡げて、トマリは幸せそうに笑った。
その言葉の意味、その振袖を『取り返した』裏に何があったか、ホノカは知らない。
……でも、ろくなことがないのを、なんとなく、察した。
「──それにね。私、今、お仕事も任せてもらってるの。……自分のための、自分が幸せになるための、お仕事なんだよ。無限に続く、どうでもいい人のお世話じゃない。私とセントさんが幸せになるための、お仕事なの。……私、今、すごく、幸せ」
「トマリ……お、お前は、騙されてるんだ!」
「違うんだよホノカちゃん。騙されてたのは、魔法少女をやってたころの私たちなの。……ねえ、不自然だと思わなかった? なんで、あんな、うさんくさい『龍』の言葉を信じて、素直に戦ってたのかな。……『家族のため』『地域のため』『友達のため』──って言うけどさ。……本当はどっちが悪者なのかわからない状態で、どうして、龍ばっかり信じてたのかな」
「トマリ、トマリ!」
「私たちは龍に洗脳されてて、それをセントさんが解いてくれたんだよ。……だから、ホノカちゃんも……ヒナタちゃんも、助けてあげたい。……ううん。助けてあげることが、私が、私の意思でしたいことだって気付いたの」
トマリとあと二歩の距離だった。
ホノカは、飛びのいて、距離を拡げる。
そして、変身用のスマホによく似たデバイスを取り出した。
「トマリッ! お前は間違ってる! 様子がおかしいよ! 騙されてるのは、お前だって! だって……前のトマリは、そんなんじゃなかった! そんな、怖い顔で、笑わなかった!」
「……『怖い』って、何?」
「そんな……暗い笑顔なんか、浮かべてなかった……」
「ねぇ、ホノカちゃん。私ね、私に頼みごとをする人たちの笑顔が、怖かったよ」
「……」
「こんなふうにニコニコしてて、『ごめんね』なんて言ってくる人たちの、『断ったら真顔になりそうな笑顔』が、すごく怖かった」
「……トマリ……」
「でもそれはきっと、普通の人の、普通の笑顔なんだよね。ホノカちゃんにとって、『怖い笑顔』じゃないんだよね」
「……」
「笑顔が怖いのは、その笑顔を怖いと思ってる自分の心のせいだよ」
「……そんな、こと……」
「酷いなホノカちゃん。……私が自由になれたのに、全然、私の主張を聞いてくれない。私は、今幸せだって言ってるのに、私のことを信じてくれない」
「……そんなこと……」
「じゃあ、なんで変身しようとしてるの? ……私を倒すの? 魔法少女として──龍の奴隷として?」
「そんなこと……!」
「一緒に初詣に行こうよ」
「……」
「ね」
トマリが近付いて来る。
ホノカは……
変身、できない。
逃げることも、できない。
大事な友達を傷つけてしまいそうで、何もできない。
できないまま──
トマリが、ホノカに触れた。
瞬間。
「だから、少し『準備』しようね」
「えっ」
ホノカの視界が、光に包まれていく。
これは──
「テレ、ポート……!」
悪の組織──『大樹教団』が、撤退の時に使う技術。
これのせいで魔法少女たちは、大樹教団を倒し切れないでいる。本拠地がどこかわからないし、幹部がこれを使ってすぐに逃げるからだ。
魔法少女にはない技術。
それを使って──
「今の私のおうちに招待するね。ようこそ──私たちの、アジトへ」
──ホノカは、拉致された。