「……トマリちゃん……ホノカちゃん……」
龍脈溜まり。
そう呼ばれている場所は、実のところ、地球の龍脈──星そのものの気の流れが溜まる瘤ではなかった。
そこには『根』があって、その『根』に効率よく栄養を溜め込むため、あえて龍脈の流れがせき止められ、そこに濃く、大量に溜め込まれるようにルートを変えられている。
龍と呼ばれるモノがいる。
それは確かに寄生生命体だった。
星を流れる気を吸って己を育てる、天へ向けて上る巨大な樹。
この世界ではなく、違う世界でもない。そのはざまに存在する大樹。それこそが『龍』と呼ばれているモノ──大樹セフィロト。
ただし、それは毒を放つ。
……というよりも、『この世界』に存在する普通の樹木も、毒を放っているのだ。
酸素という猛毒。
あらゆるものを腐食させ、酸化させる。金属さえもじわじわと腐らせる大気というものは、本来、毒であった。
だが毒にまみれた惑星でも、毒に適応した生き物は生き残る。現在、生存し存続している生命体のほとんどは、酸素という毒に順応したものなのだ。
同じように、龍の毒に適応した生命というものが存在する。
それこそが人間だ。『魔法を使えない』人間。
科学という文明を生み出す、生まれつき魔法を扱うことのできない、魔法文明史をたどれば淘汰されるであろうモノ。それこそが龍の毒が効かない、毒に順応し、漂うそれらを毒とさえ認識していない、そういう生命体だった。
そして、毒に順応した中には、毒によって新たな力を得る者もいる。
それこそが『魔法少女』。世界と世界の狭間に存在するセフィロトを認識し、それを育てることができ、いくつもあるうちの一つを己のモノとできる少女たち。古い時代には『龍姫』などとも呼ばれた、年若い女の子たち。
そのうち一人、
どこかもわからない、洞窟の中。
未だに『大樹教団』に発見されていないその場所で、休まされていた。
「ヒナタ……」
そばには、着物を着た少女がいる。
白い着物。鹿のものにも見える、けれどどことなく違う角。龍の尾を持つ、龍の化身──
彼女は『この世界』と『どこかの世界』の狭間にいるため、あまり『この世界』に干渉できない。
先ほど、ヒナタを助けたが、あれがギリギリ。溜め込んだ活力を大量に消費してしまった。
だが……
「ヒナタ、どうか、元気を出して欲しい。……君が元気でないと、私は悲しいよ」
後悔はなかった。
傷つくヒナタを放っておくことなど、龍にはできなかった。
……『龍の洗脳』。
大樹教団が看破した『尖兵を生み出す生態』。龍は人を洗脳し、己が繁殖するのに都合のいい土壌を確保するための尖兵にする。洗脳された者は、それまでの価値観を捨てて、龍のために戦う戦士になる──
これは事実だが、一つ、誤認がある。
『龍にはそんなつもりはない』という、一点だ。
龍は意識的に、恣意的に、人を操り、自分のために命を懸けさせているわけではなかった。
ただ、親しみ、思いやり、慈しみ、力を貸してもらっているだけのつもりだった。
龍が倒されてしまうと、星が終わってしまう──というのも、間違いではないのだ。
何せ龍はもはや世界に深く根付いている。これを無理矢理に引っぺがしたら、世界が滅ぶ可能性は、確かにある。そんなリスクの高いことを気にせずに、ただただ龍を追いかけて報復を狙う大樹教団は悪の組織に違いがなかった。報復の動機を作ったのが、龍自身であっても、この世界を危機に陥れようとし、渡らなくてもいい危ない橋を渡らせようとしているのは、事実なのだから。
「……ヒナタ、お友達を、助けたいだろう? 私も、同じ気持ちだ」
「……でも、二人とも……おかしく、なっちゃった。……おかしいのは、私なの? 龍の洗脳──龍の洗脳、って、何?」
「連中が、そう呼んでいるものがなんなのか、私にもわからない。私は……誰かを洗脳なんか、しないよ」
これは嘘ではなかった。
ただし、事実を知らない者が、そう思い込んで、真実だと信じて語っているだけで、客観的には、嘘だった。
「ヒナタ……お友達を、助けたい。君がそう思っているのは、わかってるが……私だって、ホノカとトマリを助けたいんだ」
「……」
「だから、お願いがある。君を、辛い目に遭わせてしまうかもしれないけれど……」
「……いいですよ。私……辛くても、平気です」
「……ありがとう。……私は、君たちのいる
「……」
「でも、君が、私の依り代となってくれれば、君たちのいる時空層でも、私の力を使えるだろう」
「……よりしろ?」
「君の体に、私を降ろすんだ。そうしたら……君は、『龍』の力を、そのまま振るえる」
「……」
「ただし、肉体が耐えきれるかがわからない……私の力は、地球の力そのものだ。相手のかけた洗脳程度、力を振るえれば吹き飛ばせるだろう。……ただし、君にとっては、命懸けになる」
「……いいですよ」
「……」
「私……私ね。……結構、いろんなことができて……お友達も、多いんです」
「……」
「でも、大事なものが、なかったんです」
ヒナタは『持てる者』だった。
賢い。運動もできる。答えを閃く。人から好かれる。容姿もいい。
変身すれば髪も瞳も黄金になる。だが、瞳は変身前から、黄金色だった。
煌々原家は古い神社で、昔からこの地域に根差してきた家だ。
龍神を祀るその家の先祖は、龍と結ばれた一人の男性だと言われている。
その龍は黄金の鱗と瞳を持つ美しい龍で、煌々原家には、たまに、黄金の瞳の子が生まれる。
それが、ヒナタだった。
黄金の瞳を持って生まれた『龍の子』は、優れた能力を持つと言われていた。
ヒナタは確かにそうだった。
両親も特別なヒナタを愛してくれた。
それに、『本社』の方では、お神輿に乗せられて、神様の代役をやったこともある──らしい。ほんの幼いころのことだからヒナタ自身は覚えていないけれど、ずいぶん光栄なことなんだと、その当時の写真を見せてもらったことがある。
たぶん、ほとんどの人が経験しないような人生を歩んでいる。
きっといろんな人があきらめざるを得ないようなことを、やれてしまう才能がある。
恐らく、誰もが手に入れられないようなものだって、手に入れることができる。
答えがわかるから。
……でも、そんな人生は、ヒナタに『大事なもの』をくれなかった。
望んで手に入るものを、大事とは思えなかった。
意外なところで出会ったものこそ、ヒナタは大事だと思う。
「……トマリちゃんと、ホノカちゃんに会うまで、大事なものが、なかったんです。あの二人は……初めて、大事だって、思えたんです。お父さんも、お母さんも、大事だし……学校のお友達も、大事だとは、思うけど……でも、心の底から大事だと思えるのは、トマリちゃんと、ホノカちゃんだけ、なんだと、思います」
「……」
「だから、二人を取り戻すためなら……命だって、懸けられる。痛いのも、苦しいのも、怖くない」
混乱の極み、自失の極みにあったヒナタの目に、力が宿る。
黄金の瞳の少女は、少し癖のあるセミロングの髪を振るようにして、立ち上がる。
力を失っていた手足に、力がこもる。
すらりと脚が長くて、腕が長くて、腰の位置が高くて。それでいて幼さを残している──これから大人になっていく少女が、顔つきを、一歩だけ、大人にしていた。
「なんだってやります。……私に『龍の力』をください。友達のためなら、私は、限界を超えられる」
「……ヒナタ。……わかった。君の覚悟を、私はもう疑わないよ。……一つになろう。私の力を、君に注ぐ。……世界のためでも、私のためでもない。友達を取り戻すために、戦え、魔法少女!」
龍が、ヒナタの体に重なっていく。
そして……