『聖堂』──
円卓を中央に据えたその場所には……
『大樹教団』総大主教『聖なるマリアンヌ』。
そして錬金術師『知悉のオリガ』。
それから……
魔法少女が五人と……
『蟲毒のカミラ』。
……の、姿をした、
「『龍』」
「君の姿には見覚えがある。……そうか、『遺志を継いだ集団』ではなく、『本人』がまだ、生きていたのか」
角と尾を生やしたカミラは、カミラが絶対に浮かべない、透明な笑みを浮かべていた。
聖なるマリアンヌもまた薄布の向こうから姿を現し、似たような笑みを浮かべている。
その二人を見て「はあ……」とため息をついて、長すぎる白衣の袖でオリガが顔を覆っていた。
『見てられない』という感情が、その小さな全身から滲んでいる。
「かつての戦いは覚えているよ。君は恋人……で、よかったかな。恋人を相手に、何か大事なものを燃やして戦ったね。私はそのせいであの世界に根付くことはできても、腰を下ろすことはできなかった」
「……」
「正直なところ、理解が及ばないよ。……あの時点で、あの世界はもう、魔素を反転させられて、詰んでいた。だというのに君は、恋人と殺し合ってまで、私を止めた……止めた時点ですでに、意味はなかったというのに」
「……」
「どうして、幸せに生きる道を選ばないんだい? 恋人と殺し合う必要はなかったはずだ。こうして異世界に渡れるなら、私のいる世界なんか選ぶ必要もなかったはずだ。もっと生きやすい世界で、せっかく残った命を大事に、穏やかに余生を過ごすことだって、君にはできただろうに……」
龍の言葉には困惑と同情があった。
確かに、龍の言うことは正しい。
マリアンヌが龍の洗脳──龍に感化された『人間代表』と戦ったその時点で、世界はすでに詰んでいた。
殺し合う必要もなかったし、殺す必要もなかった。殺したところで状況が好転しなかったと、俯瞰的に、さらに未来の視点から語るならば、それは実際に、そうなのだ。
ただし。
「世界を危機に陥れ、わたくしの……恋人、だったのでしょうか? 彼を尖兵としたあなたが言っていい言葉ではないように思われます」
「うーん、そうなのかな? 私以外に、この指摘ができる者はいないと思うけれど」
「きみたちの会話は聞いていて頭が痛くなるね」
知悉のオリガが苦笑いを浮かべて、肩をすくめる。
注目が集まってしまったので、オリガは言葉を続ける。
「いいじゃないか。龍、お前の視点で、ぼくたちは『言葉が通じない相手』だろう? ぼくの視点でも、お前は『言葉の通じない相手』だ。わかり合おうなんていう道がないことは、最初の最初からわかっていた。だから、こうして出会ったら、殺し合うしかない」
「私は、殺し合いというのは……好まないな」
「そうだろうねえ! お前が好むのは一方的な蹂躙だもの!」
「そういうことでもないよ。私はただ、生きているだけだ。確かに君たちにとって重要なものを養分にしていて、それを奪い合う関係なのは認めよう。しかし、生きているだけなんだ。だから、私に出会ったことは、台風だとか、氷河期だとか、そういう自然現象の一種と思って、あきらめて欲しい。そして……君たちの幸せを、どうか、見つけてほしい」
「……」
「傷つけあうのは、良くないことだよ。言葉の通じない相手と君は言うけれど、こうして、会話が成り立っているんだ。話し合いの余地はある。だからどうだろう、君たちも、そして、私の連れて来た魔法少女たちも、傷つけあう前に、退いてくれないか?」
「ぼくはマリアンヌと違って感情豊かな方でねえ」
「……?」
「長い時間でお前への気持ちも薄れていたけれど、今、改めて会話らしきことをしてみて、思ったよ。──ああ、こいつは殺さなきゃいけないな、って」
オリガが白衣の袖の中で何かのスイッチを押した。
瞬間、龍の足元に真っ白く輝く『陣』が出現する。
この大樹教団の者であれば、その『陣』には見覚えがあるだろう。
テレポートのための、陣だ。
同じものが、マリアンヌの足元にも浮かび上がっている。
「マリアンヌ、きみが最後に残した、きみ自身の想いを叶えるといい。……邪魔はさせない」
「ありがたく」
龍とマリアンヌが、その場からテレポートする。
オリガと、五人の『龍化魔法少女』が聖堂には残された。
「龍さんをどこにやったの!?」
いかにも正義感の強そうな、黒い魔法少女が問いかけて来る。
全員が龍の角と尻尾を生やしている──龍化。その現象はかつて、『消滅のフラン』が反転した時にも確認されていた。
あの当時、龍化魔法少女一人に、マリアンヌが、カミラとの思い出を燃やさなければ対抗できなかったが……
「『樹』を認識できる能力者たち。いやー、懐かしいねえ。ぼくは昔、樹の認識能力がなかったばっかりに、こういう連中から差別されてたっけ」
「質問に答えて!」
「いいよ、答えてあげるとも。なんなら連れて行ってあげよう。ただし──」
白衣の袖の中で、スイッチを押す。
魔法少女たちとオリガの足元に、白い陣が浮かび上がった。
「──ちょっとだけ座標が違う場所だけれどね」
次の瞬間──
魔法少女五人とオリガは、空にいた。
はるか下方に街が見える──上空、いったい何メートルなのか?
日曜日の朝の街並み。見覚えがある街並み。彼女たちのホームである場所の、俯瞰図だ。
このまま落下すればひとたまりもない。
だが、魔法少女の基本移動手段は『飛行』だ。コントロールの難しさから彼女たちは着地して戦うが、『墜ちる』ということだけはない。空は彼女たちの得意領域なのだ。
だが……
「と、飛べない……!?」
魔法少女たちが困惑した声を挙げる。
オリガがケタケタと笑った。
「なるほど、確かに『少女』だ。──樹のある連中が、ずっとぼくの仮想敵なんだよ。その力を封じる方法ぐらい、考えてないわけないだろう。時間はたっぷりあったしねえ」
魔法少女が墜落していく中、オリガが白衣の下に仕込んだ浮遊のための機械──ジェットパックに似たもので、落下速度をゆるめる。
みるみる引き離されていく魔法少女たちを見下ろし……
「いやー。これで終わってくれたら楽なんだけど──」
物理法則に従って落下していった魔法少女たちが、地面に墜落する。
ただの人間であれば原型も残らない高度だった。
……だが、龍の加護を得た魔法少女は──
黒、ピンク、緑、オレンジ、それから紫の光が、地上からたなびき、オリガへ向けて伸びてくる。
その光はそれぞれ、魔法少女の放つものだった。
「──まあ終わらないよねえ。『樹』を封じる技術って本当にすごい発明なんだよ。……それがたとえ、ほんの数秒しか封じられないとしてもね」
錬金術の限界、と言える。
オリガ以上の錬金術師はもはや、この世界にはもちろん、故郷世界の過去を紐解いても存在しない。
そのオリガをして数秒しか干渉できない『樹』。神秘の根幹。これは学問の限界であり、本来は複数の研究者が何百年とかけてコンマ一秒未満ずつ縮めるべき記録だった。
五百年あったとはいえ、一人ではこの程度が限界。
「龍さんのところに、案内してもらう!」
「おーおー、勇ましいことだ。狂信的──とか彼なら言いそうだねえ。……やってみるといいよ。ぼくを殺さずに終わらせられるならね」
オリガの白衣の袖から、銃口らしきものがいくつも飛び出す。
魔法少女精鋭五人と、知悉のオリガとの戦いが始まった。
一方……
◆
オリガたちが戦っている場所より、はるかはるか、地下。
マリアンヌと、カミラの姿をした龍が、向かい合っている。
「……ここは」
「どうやら、あなたが──龍が我らの世界で初めて観測され、『人間代表』を尖兵とした場所を模倣したようですよ」
『聖堂』が教会関係者しか入れない『奥』であるならば、ここは『大聖堂』。多数の信者を集めておける広い空間だ。
かつて、ここで人間代表が任命された。
……任命以前から、マリアンヌとは親しい間柄だった。
今風に言えば『勇者』ということになるだろう。
……そして、任命の儀式の時……
現れた『龍』に、人間代表はさらわれた。
そうして次にマリアンヌが彼と再会した時、彼はすっかり、龍の尖兵だった。
「あなたが我ら人間の住む時空層で力を振るうのは、かなりの無理をしなければならない──人間代表をさらった時のあなたは強大な力を振るっていたということですから、無理をしてでも、人間代表を排除し、引き入れなければいけなかったのでしょうね」
「君の思い出だろう? まるで他人事のように語るね」
「わたくしにとってはすでに、すべてが『情報』です」
「……まさか、記憶をくべて力に換えているのか」
その時に龍は同情的な表情を浮かべた。
龍は魔法少女たちと親しんだ。それより以前には、人間代表とも、友誼を深めた。
人間代表は、マリアンヌという女の子について、よく語ってくれた。親しい人について語るように。愛しい人について語るように。
それが彼にとって大事な思い出であることは、明らかだった。
だから龍は、『マリアンヌを、救いたい。この世界のすべてを敵に回しても、彼女が戦わなくて済むようにしてやりたい』という『人間代表』の言葉に感銘を受け、その優しさに、力を注いだのだ。
その、大事な思い出。
それを燃やしているらしい彼女に同情するし、そんな彼女のために戦った人間代表には哀れみも覚える。
……龍は、そういう存在だった。
『お前が言うな』という一点さえ気にしなければ、龍は慈悲深いし、人々の、特に自らに共感してくれた人の幸福を心の底から祈っている。
「もう、こんな虚しい戦いはやめよう。……君は、幸せに生きるべきだ。それを、彼も望んでいる」
「大事な思い出はすべて力に換えました。大事な思い出ほど、力になるから」
「……」
「そのわたくしが、あなたを倒すという想いだけは、残している。……つまり、これは、忘れてはいけないのでしょう。そのほかすべてを忘れても、あなたを倒す想いだけは、忘れてはならないものと、過去のわたくしは定めたのです」
「……未来を見よう。過去に囚われてはいけない!」
「そうですね。わたくしも、そういうことを思ったことがある気がします」
「だったら!」
「ですが」
「……?」
「あなたと話して、わかりました。オリガの言う通りです。あなたは、死ぬべきです。わたくしのためではなく、すべての、あらゆる世界の、生命のために」
「なぜだ!?」
「それがわからないから、ですよ」
「……仕方ない。ヒナタたちを洗脳から解放してもらうには──力を示すしかなさそうだ」
龍はヒナタたちが洗脳を受けていると疑っていない。
そして、洗脳を解くために、誰を倒していいかわからないので……
『とりあえず』大樹教団を壊滅させるつもりでいた。
説得で洗脳を解いてもらえればそれがいいというのはその通りで、そういう方針もあった。
だが、その方針がとれそうもないとくれば、迷わない。
マリアンヌと龍が、静かに歩み寄る。
そして……
決戦が、始まった。
◆
「さーて」
セントは落ち着いた戦場を見回した。
仲間たちはボロボロで、魔法少女たちがそこらで倒れていて、アジトの内装も崩れかけているが、まあ、彼にとっては『及第点』と言える状況だ。
その中でセントは笑う。
「準備は整った。全部、手に入れに行くか」
彼は彼の計画を走らせる。
マリアンヌと龍の因縁──どうでもいい。
殺し合うしかない二者の想い──どうでもいい。
バッドエンドしか用意されていないような、詰んでいる状況──どうでもいい。
「全員、俺の奴隷にしてやる。行くぞ」
魔法少女連合の一人一人に仕込みを行う時間はなかった。
だが、『それ以外』への仕込みは充分に行えた。
始まった時には勝っている状況を整えることこそが、影のセントの戦い方。
欲望に支配された男が、決戦の場へ進んでいく。