「……君にも、守るべき大事なものがあるんだね」
龍は透明な笑みを浮かべて、マリアンヌに語り掛けた。
それは龍からすれば間違いなく『賞賛』だった。
そもそも上位の生物であり、マリアンヌはある程度超越しているとはいえ、人間だ。
しかも今の龍の力はかなり『全力』に近い。地上に『ホムンクルスという根』を張ることによって、本来の住処である時空層からの力も引き出せる。
これは、龍にとって大発見であり、希望だった。
何せ、これからもホムンクルスを苗床にできれば、誰かに代わってもらうことなく、自分の力で『土壌整備』ができるからだ。
他者を危険にさらすことに心の痛みを覚える『優しい龍』は、魔法少女だの、『人間代表』だのに危険なことをさせることにいつも心を痛めていた。
それを自分の手でできる。しかも──魔法少女を介するなどというまだるっこしいことをせずに、自分が自分のままに力を振るうことができるのだ。
ホムンクルスを苗床にするのは、この龍にとっては危険を伴う大冒険だった。
だが、そのお陰で新しい光明が見えてきた。
これは紛れもなく……
「私にも、守りたいものがある。ヒナタ、トマリ、ホノカ……そして、それ以外の、すべての魔法少女。……彼女たちを、守りたい。その気持ちで行った挑戦が、新たな可能性を示してくれた」
「あなたが戦いに駆り出しておいて、それを言いますか」
「? 何かおかしいかな? 親しい相手が危険な目に遭えば、心配するのは、人間にもわかるはずだけれど……」
「……」
「ああ、君は、そうか……記憶を、燃やしているんだったね。……大事なものが大事だったことを忘れてしまっているんだね。……私が、終わらせてあげよう。君の悲しみも!」
大聖堂でマリアンヌと『龍の本体』が殴り合う。
カミラ──血を分けた娘。
マリアンヌにとって『因子』、すなわち己の血……正しくは『己の血の中に宿る、マリアンヌたちが崇めていた神の要素』ではあるが……を分けた相手は、すべて『我が子』だ。
だが、カミラはやはり、特別な一人だったのだろう。情報をもとに分析すれば、そのように推測できる。
そのカミラの姿をし、おぞましい龍の
マリアンヌは戦闘員たちから吸収した思い出を燃やして対抗しているが──
(せいぜい、龍化魔法少女を相手にするという程度の想定で溜め込んでいた力は、龍本体を相手には劣りますか)
──そもそも、龍化魔法少女でさえ、とてつもない脅威だ。
これを相手にすることを想定していた。
龍が直接出て来るなどという可能性は、考慮もしていないし、その価値もなかった。
ホムンクルスを根にするというのは故郷世界でも、そしてこの世界でも、一度もなく、その可能性さえ示唆されない『まったくの唐突な思い付き』としか思われないことだった。
……恐らく、過去にもやろうと思えばできたのだろう。
だが、龍は『より良く』という可能性の探求を、己の力の研鑽をしない。怠けているのではなく、そもそも、こいつの行動の選択肢の中に『己を鍛え、可能性を探す』というものが存在しない。
龍は『こう』だ。
雑なのだ。熱心ではないのだ。何せ根本的に上位存在であるから、そこまで必死に『人間』に相対しない。
こいつの語る優しい言葉は、嘘ではないのかもしれないが、大事なポイントを外している。だからこそ、『人間』にとってはおぞましいものに聞こえるし、怒りを感じる。
(加えて、思っていたより、わたくしの力が出ない。これは……記憶を燃やし続けて、『何かを大事に想う』ということを忘れてしまっているからなのでしょうね)
個人的な思い出を燃やし続けたマリアンヌに、『特別大事なもの』は存在しない。
それこそ、龍を倒すという想い──そんなものさっさと燃やして力に換えてもよかったはずなのに、そうしなかった想いぐらいしか、ない。
想いは時間をかけて醸成されるものだ。
戦闘員たちを我が子と呼んでいても、そこにはやはり、大事なもの特有の『もったいなさ』がない。
記憶を燃やして人間味を失うほどにマリアンヌは弱くなる。
「さて、どう殺しましょうか」
自分が今できることは何かを考える。
答えは……
出ない。
龍本体を倒すには明らかに足りない。
それでもマリアンヌは、己が残した最後の『己自身の想い』に基づいて、戦いをやめない。
◆
「そろそろ降参して!」
オリガは地上に追い詰められていた。
龍化魔法少女は強い。
そもそも『幹部』でも手に余るほどだ。
やった本人に自覚があるかどうかはともかくとして、セントはエリザやハハキなどを強化していた。
これは『フランをあてがって戦闘訓練を積ませた』というのみならず、女どもに『健全な競争心』をもたらすことによって、これまで幹部がなかなかしなかった『地道な努力』を全員に積ませることに成功したのだ。
目的意識──『セントに見て欲しい』というものを抱いての地道な努力は、目標がない漫然とした努力よりもよほど顕著に効果を発揮した。
だからこそエリザとハハキは、龍化魔法少女に、『渡り合う』程度はできるほど成長した。
オリガもまたそういった成長はしている。
……だが、『樹』がある連中と比べて、その成長はあまりにもゆるやかだった。
「いやあ、ははは。格好つけたけど無理があったな!」
すでにあらゆる錬金術兵器は壊され、オリガは五人の魔法少女に囲まれ、地上に墜ちていた。
小さな体は傷まみれで、白衣も破け、その内側にはもうどんな兵器もないことをさらけ出している。
あるのは『腕時計』ぐらいのものだ。
オリガは、腕時計をいじり始めた。
「うーん、一時間どころか三十分もかかっていないのか。困ったな……もう少しもつかと思っていたのだけれど」
「龍さんのところへ、案内して」
「わかったよ。まったく、せっかちな子らだなあ。少し待ってておくれ。ああ、動くと座標がずれるから、そのままでね」
オリガは、『腕時計』の竜頭を三回ひねった。
(……本当に『少女』なんだねえ)
マリアンヌのもとへと送り届ける。
そんなようなことを言ったが……
嘘に決まっていた。
それから、竜頭を四回押す。
「早く!」
「もう少しだってば」
五秒、待つ。
そうすれば、自爆する。
腕時計サイズに詰め込むことのできる爆発機能はたかが知れている。
だがそれは、このサイズに自爆機能以外も入れていた場合。そもそも最初から『周囲を巻き込んで自決するための腕時計』には、便利な機能など詰めてはいない。
代わりにこのサイズでもかなりの規模の爆発になるはずだ。
覚醒魔法少女であれば殺せる算段だった。
龍化魔法少女は──わからない。
が、それでも、自分が死に、カミラの肉体と魔法少女とを分断できているこの状況であれば、魔法少女たちをマリアンヌの場所へ行かせなくて済むだろう。
「……まだ!?」
「…………」
自分が死ねば、魔法少女たちにポータルで移動する許可は下りない。
ここと『聖堂』をつなげるポータルは、あの一瞬で消えたわけではない。すでに設置されており、それを消してからこちらへ来ることはできなかった。
同様に、聖堂と『大聖堂』──マリアンヌたちが戦っている場所をつなげるポータルも、消せてはいない。
マリアンヌが倒されれば、龍は戻り、魔法少女たちとともに、残る『大樹教団』の者たちを掃討するだろう。そうなる前に、龍が引き連れた『精鋭』たちをなるべくセントたちのところから引きはがし続ける──できれば、倒してしまう。そういう、計画。
「ねえ!」
「………………おかしいな」
とっくに、五秒経っている。
だが、爆発しない。
オリガは、自爆のための操作をもう一度した。
三回ひねる。四回押す。五秒待てば、爆発──
「ん?」
──しかし、オリガは見た。
自分は確かに四回しか押していない。
なのに、勝手に、五回目が押されている。
「なんだこれは? どうなっている?」
「認識していいぞ」
「え──あ、あ、あっ♡ あ!?」
オリガは急に腹の底から脳天に向けて、とてつもない快楽が駆け上るのを感じた。
魔法少女たちも困惑しながら痙攣し、股間を押さえたり、胸を押さえたりしている。
「俺さあ、思うんだよね」
オリガの後ろから、声がする。
振り向くことができない。一瞬あとにとてつもないのが来る。とてつもない、快楽が。
それへの対抗にすべての力を使ってしまっていて、背後を振り返れない。
「ガチバトルしてるじゃん。すごい、シリアスなバトルだよ。真剣にさ、何かを賭けて戦ってるわけだ。ゆずれない……信念とか? そういうのを賭けた戦いなわけだよ。そこをさ──」
やばいのが来る。
オリガはようやく、抵抗が無駄に終わってからイくまでの一瞬で、振り返ることができた。
肩越しに見つめた先には、赤コートの男がいた。
「──気付かれないように犯されて、めちゃくちゃにイくの。それが最高に無様で溜飲が下がるんだよな」
「あああああああああ♡!?」
めちゃくちゃにイかされる。
魔法少女たちも、わけがわからないという顔で、絶頂している。
起こったことを分析すれば、あまりにも馬鹿々々しかった。
彼は存在希薄化能力によって、本気の殺し合いをし、傷つき、最期には自爆してマリアンヌのところに行かせないようにと戦っていたオリガと、そのオリガに龍のもとに案内させようという、魔法少女たちの、真剣な戦い……
それをしている最中に、巻き込まれたら死ぬかもしれないというのに、存在感を消して、せこせこ、女の子たちを犯していたのだ。気付かれないように。
「おーおー、経験値の溜まり方がすげーな。まあ十五人ぐらい魔法少女堕とした足で来てるからな。もう撫でただけで女イかせられんじゃねーの、俺。馬鹿みてーだ」
馬鹿みたいなことをやった男は、オリガを背後から抱きすくめて、耳元にささやく。
「マリアンヌのところに案内しろ。龍もそこだろ?」
「きみ、は……」
「お前らがあきらめるのは『勝手にどうぞ』って感じだけど、お前はもう俺の物なんだから勝手に自爆しようとすんなって。俺は俺の物を大事にするんだ。いいか、『物』だ。物が勝手に壊れようとするんじゃねーよ。壊すのも壊さないのも、持ち主の意思で決めるべきだろ?」
「きみ、は……!」
「俺だって準備してんだよ。俺がただ楽しんでセックスしてただけに思うのか? わかれって。『それ』は俺にとって『自己鍛錬』だよ。つまりな、激戦でもまあまあ戦う準備はできてる。だから、早くしろ」
淫行をスキルとする馬鹿々々しい男が、どこまでも偉そうに命令する。
オリガはすでに彼の言葉に逆らう術がないことを知った。
お腹には隷属紋がくっきりと刻まれている。それは、魔法少女たちもそうだった。
影のセントがこうして決戦に混ざる。
間違いなく、シリアスな戦いをぶち壊す異物で……
きっと、シリアスなだけでは誰も救われないこの結末を覆す転換点だった。