幹部会。
リモートでよくないか。
……と、思ってしまうのだけれど、集めて顔を合わせさせるというのも、人心掌握・支配術のうち一つだ。
相手の心を支配したい場合、物理的な距離というのはどうしても重要になる。また、参勤交代制よろしく、『わざわざ来させる』というのには、一定の『上下関係を認識させる効果』がある。
俺が『エリザ様』に付き従って行ったのは、アジトの中央区画のさらに中央だった。
このアジトというのも、全貌がわからない──どころか、このアジトから、外へとどう出ていいのかも、わからなかったりする。
外出・出撃の際にはテレポート装置を用いるのだ。
……魔法少女なんていうものが普通に闊歩している世の中でも、『テレポート』というのはなかなか信じがたい技術だ。特に『ボタン一つで誰にでも使える』というぐらいまで簡略化した装置の形で存在するというのは、かなり、すさまじいことだと思う。
俺は俺自身のことについてほとんど覚えていない。覚えているのは『治験のバイトに来たら、悪の組織の戦闘員にされてしまった』という程度だ。
だけれど、世間の『当たり前』みたいなものとか、恐らく、高校から大学ぐらい? の勉強の知識だとか、『そういえば昔、授業でバスケをやったな』というようなことは、覚えている。
いわゆる『エピソード記憶』が欠けてしまっただけで、それ以外の、いわゆる『一般常識』は欠けていないようだった。
その感覚から言って、テレポート装置というのは、この時代にとってのオーパーツ的技術の結晶だった。
で、そのアジトの区画と区画の移動にも、テレポート装置を用いる。
幹部ごとに一つの区画を所持しており、他の幹部の区画には、許可をもらわないとテレポートできない。
エリザ組では『アジトは東京の地下にある捨てられたシェルターだ』という話を聞いたが、区画をテレポートで移動するとなると、全部が東京というわけではなく、もしかしたら、ボスのいる本部は外国にある、なんていうこともあるかもしれない……
この組織を支配するには、やっぱり、ボスに近い立場になるしかなさそうだ。
もちろん俺が昇進するんじゃなく、エリザに手柄を立てさせて、エリザを昇進させる。
……さて、幹部会に着いたのは、エリザと俺が最後だったらしい。
円卓の置かれた薄暗い部屋にはすでに幹部のみなさんがお揃いだ。
席次などはなんとなく決まっているようで、エリザの席は……ボスから、一番遠いようだ。
円卓なので『上座も下座もない』というもののはずだが、やっぱりボスの場所から近い方が、幹部内での序列が高そうには見える。
そのボスは、一人だけ薄い布の向こうにいてシルエットしか見えないが……
他の幹部は、座席あたりにスポットライトみたいなものが当たっているのもあり、姿がよく見えた。
「『灼熱のエリザ』、一番若輩が一番遅いとは、相変わらず、礼儀を知らんようだな」
まず因縁をつけてきたのは巫女装束を着た、背の高い女、胸の大きいだ。
事前の情報によれば『竜鱗のハハキ』という名前らしい。
厳しい目つきをしたサムライ女で、生真面目で、エリザ曰く『堅物の委員長って感じで気に入らない』らしい。
能力は『竜鱗』という防御力を上げるだけのもののようだが、腰に佩いた太刀の技術が半端ではない剣士系でもあるらしい。
そう考えると服装も巫女装束っていうより武士っぽく見えてくる。
ちなみにエリザとは仲が悪い。
「あらあら、ハハキ先輩、これは失礼いたしました。年増なうえに能力も地味なハハキセンパイにおかれましては、そうやって自治っぽい発言をしてマウントをとる以外に偉ぶれる手段がありませんものね。どうぞ、ご存分に委員長みたいなことを言ってください。終わったら『どうもすみませんでした』って言って差し上げますので」
基本的にバカなメスガキのくせに、煽りの時だけ語彙力が上がるんだよな、エリザは。
対するハハキはあまり言葉がうまい方ではないようで、押し黙ってすげえ目つきでエリザをにらみつけたあと、ふんと鼻を鳴らし、無言で正面に向き直った。
後ろでお付きの戦闘員が立っているわけだが、悲壮なオーラがヤバイな。
ハハキも戦闘員に八つ当たりするタイプの幹部らしい。というかまあ、八つ当たりしないタイプの幹部のが珍しいっぽいんだけども。
「ハハキさん、エリザさん、喧嘩なさらないで。ボスの御前ですよ」
新たな自治厨のエントリーだ。
喧嘩を始めた二者をいさめる形でマウントをとってくるのは、『蟲毒のカミラ』。
豊満な体を布地の少ない紫のスパンコール入りイブニングドレスで包んだ女だ。
もこもこした、あれはなんだろう。センスを手にしているが、あれは武器らしい。
ウェーブのかかった長い紫髪の、見た目そのものは二十代半ばぐらいにも思えるのだが、雰囲気がとにかく熟れた濃い女を感じさせる、そういう女だった。
そいつは口の中から細く長い舌をのぞかせ、微笑みに細めた目の中に、蛇のような瞳孔を隠していた。
「お二人とも、血気盛んなのはよろしいですけれど、あたくしたちは、ボスにお仕えする身なのですから。あまり、ボスの御前でいきり立たないように、ね?」
「年増が黙ったと思ったらさらなる年増が声をかけてきたわね。ねぇおばさん、息が毒臭いのよ。あんまりしゃべらないでくれないかしら? 年増がうつりそうだわ」
「…………」
なんだろう、別に俺は『挑発しろ』という指示はしてないんだよな。
むしろ『いつも通りにしろ』とは言った。ということはこれがいつも通りなのか。幹部会、早くも空気が最悪だけど大丈夫か? っていうかこれが『いつも』なのは、もうリモートにしろよとしか思わないんだが。
蟲毒のカミラはこめかみに青筋を立てた状態でしばらく黙っていたが、「うふふ~」とわざとらしい声を立てて笑い、「とにかく、お静かにね」とどうにか大人の威厳をたもって見せた。
心から賞賛したい。この場で殺し合いが始まるかと思ったぞ。
さて幹部は全部で四人いる。いわゆるところの『四天王』だ。
『灼熱のエリザ』『竜鱗のハハキ』『蟲毒のカミラ』。
そして最後の一人が、俺も知っている幹部になる。
ただ無言でぼーっと座っているだけにしか見えない、女の子だ。
髪も目も真っ白い。服装もスクール水着を白くしたようなレオタードで、そのくせでっかい肩飾りのついたマントを羽織っている。
手にはこれも大きな杖を持っており、頭には僧侶っぽい、高くて四角い帽子を被った、エリザとさほど体形の変わらない子……
『消滅のフラン』。
彼女にも異形があって、それは、あのマントの下に、小さな、天使みたいな翼が生えている、ということだ。
俺はヒラの戦闘員時代、主にエリザ組かフラン組で戦った。
幹部の下というか、幹部の私設戦闘員として『怪人』がいて、幹部が戦場に直接立つ機会というのは、少ない。
カミラとハハキなんかは主に戦闘員に戦わせて、現場に行かず、戦闘員が顔を合わせる機会というのはほとんどないぐらいだった。
だがフランはいつでも戦場に立ち、先頭で戦った。
そして無口で無表情だが、なぜか、戦闘員を気遣う様子が見て取れた……
悪の組織で幹部をやらせておくにはもったいないぐらいのいい子だ。
そのフランが、なぜか、俺をじっと見ている。
……エリザの新しい『お付き』だから、だろうか?
まさか、かつてちょっと一緒に戦ったことのあるだけの俺を覚えてるわけもないだろうし……
だが、見られている。
表情が変わらないし、何も言わないから、どういうメッセージを込めた視線なのかが全然わからない。
「ねえ」
しばらく黙って意味不明な視線を受けていると、エリザがテーブルを指で叩きながら、不機嫌そうな声を出した。
「アタシのモノをじろじろ見られるの、不愉快なんだけど」
エリザ、お前……
幹部会でも全方位にこの感じなのか……?
いつも通りにしろって言ってこの感じってことは、そうなんだろうな。
なんだろう、俺は基本的にお前みたいなバカなメスガキは嫌いだけど、ここまで社会性のない行動しかとらないと心配になってきてしまう。
なんで同じ組織内で仲が悪いんだよ。いるだろ仮想敵も。魔法少女と戦ってる組織だろ。組織なんだから協力的な態度をとってほしい。そんなんだから魔法少女相手の戦績が全然振るわないんだよこの組織。
フランは黙ってじっと俺を見ていた。
だが、「ねえ!」ともう一度エリザに怒鳴られると、視線をゆっくりとそちらに向け、
「『アタシのモノ』?」
「……何よ。アタシの新しいお付きなんだから、アタシのモノでしょ」
「………………」
「……何、よ」
「…………お前のものじゃない」
「……は?」
「…………」
「ちょっと、どういう意味!?」
「…………」
「ちょっと!」
エリザが立ち上がり、手の中に『灼熱』を発生させ──
って待て待て。ここでおっぱじめる気か!?
どうするか。ここで俺が止めたら止まるだろうが、『あの』エリザが戦闘員ごときに止められて止まるのは不自然だ。
とはいえここで殺し合いが始まってしまうと……
たぶん、エリザが負ける。
幹部同士の強さランキングは全然わからないが、対魔法少女の戦績であれば、エリザよりフランの方が圧倒的に上だ。
座っている位置もボスに一番近い……恐らく幹部内でも実力者の立ち位置なんだろう。
……仕方ないか。
エリザの腕を掴んで止めるべく、手を伸ばす。
……だが、それより前に。
「我が子ら」
言葉の通り、母が幼い子に語り掛けるような、優しい声が、部屋中に響いた。
……母が、幼い子に、語り掛ける。それは、確かに『優しい』ものだ。
だがしかし、その優しさの前提には、圧倒的な力の差がある。幼い子供は腕力では母親に勝てない。財力でも社会的地位でも勝てない。何をしても勝てないから、好きに暴れ、好きに文句を言い、好きに振る舞うことを黙認されている。いつでもなんともできてしまうから、何をしても、見過ごされる。
そういう、圧倒的な力が、優しさの中にしっかりと推し包まれている──そういう声だった。
エリザでさえも、一発で冷や水をぶっかけられたように『灼熱』を引っ込め、気まずそうに視線をうつむけている。
……他の幹部もそうだ。
この優しい声が聞こえただけで、フランでさえも、顔にわずかな緊張をにじませた。
俺も、感じた。
この声の主は、今の俺じゃあ、隷属させるどころか、能力を使って工作することもできない。
それほど圧倒的な存在──
ボス。
総大主教。
悪の組織の創設者──
『聖なるマリアンヌ』。
その人が、
「それでは、会合を始めましょう。我が子らの頑張りを、わたくしに聞かせてくださいね」
優しく、声をかけた。
幹部会が、始まった。