絶対にそうではなかった『世界を救う冒険』が始まった。
大樹教団の教義によって、聖女は選出された『人間代表』をサポートする形で旅に同行することになる。
なお、この時、まだ具体的に『世界に迫る脅威というのがどういうものか』はわからない。
なので『とにかく危機が来ます』という神託に従ってとりあえず旅を始め、各地に用意された試練を乗り越えて、とにかく己を鍛え……
聖女と『人間代表』の仲を良い感じにするのが、大樹教団の用意している『世界救済プログラム』になる。
聖女も『人間代表』もポジティブな感情や記憶を力に変換する固有魔法を持っている。
マリアンヌの『記憶を燃やす』などがモロにそうだが、他の聖女候補も、だいたい『記憶、感情方面』の固有魔法を持っているのが選出条件になっていた。
そしていつの時代も一番強いのは、『若い時代の恋愛感情』だとされていた。
だから『人間代表』と『聖女』は恋人になれとあちこちではやし立てられる。……もちろん、学生同士のからかいなどのようにわかりやすくはない。もっと迂遠で、もっと巧妙にだ。
当時のマリアンヌはその流れを経典からだいたい読み取っていたので、実際に『人間代表』が出てきてしまう事態には困っていた。
何せ、マリアンヌには、『恋に焦がれる気持ち』というのがよくわからなかったからだ。
それでも。
若い男女をはやしたててくっつける手法を数百年も伝承してきた大樹教団の罠にかかって、それなりに良い感じにはなった。
もちろん、マリアンヌの側に、『そういうものだとはわかっていても、世界のため、そして聖女としての立場を確立し生き残るために、人間代表を好きになることは必要だから、抵抗や反発はしないようにしよう』という気持ちがあってこそのものだ。
……加えて言うならば。かつて選ばれた『人間代表』は、人類の光の側面を煮詰めたような男だったから、嫌いになりようがなかったというのもある。
……その、『記憶』を、マリアンヌはなぜか思い出せる。
だから、俯瞰的にこの夢を閲覧しているマリアンヌは、自分の夢の中で、存在しなかった冒険が始まっているのを、理解していた。
「っ、ふっ♡ はっ……♡」
「体柔らかいね、マリアンヌ」
「っ、ええ、戦いのために、鍛えて、いる、のでっ♡」
「そうか。じゃあ、ここもしっかり鍛えられてるか見てあげよう」
セントに破廉恥な行為をされている。
これを俯瞰的に見ている自分は、いかに不自然で、記憶と違うことが起きているのかを理解していた。
だが、夢の中の自分は、これを不自然とは思っていないようだった。
いかに『恋人的に振る舞う』ことがほとんど義務とはいえ、ここまでのことをされるのは、さすがに恥ずかしいし、当時の自分は……強硬に抵抗はしなくとも、やんわりと断っただろう。
『ここまでのこと』。
マリアンヌは、全裸にされていた。
そして片脚を高く上げた姿勢で、『人間代表』セントに、性器をいじられている。
マリアンヌは主に『記憶を燃やして出力を上げ、格闘術で戦う』という戦闘スタイルだ。
聖女としての地位を確立するには、政治力が重要。しかし、下町出身の自分が政治力を身に着けるためには、聖女としての実力が必要──そういった理由で、マリアンヌは真面目に戦う技術を磨いてきたし、戦うための肉体に己を仕上げていた。
だから柔軟性もあるし、肉体は引き締まっている。
その引き締まった肉体でI字バランスをとらされ、おまんこにバイブを突っ込まれていた。
すでに体は仕上げられていて、セントがバイブを抜き差しするたび、マリアンヌの膣からは愛液のしぶきが出ている。
常識に照らし合わせれば明らかに異常な状況。
だけれど夢の主であるマリアンヌは、これを『聖女としてこなすべき当然の義務の一つ』と思っているようだった。
当時、絶対にこんなことは、なかっ──
(──あ)
この夢を俯瞰的に見ているマリアンヌは、己の頭の中で何かが書き換わるような感覚を覚えた。
なかった。こんなことはなかった。そもそも『人間代表』はセントではなかった。あんな淫具も、見たことはなかった。
……そう、俯瞰的にこの夢を見ているマリアンヌの意識は判断していた。
『していた』。
(──書き換えられていく)
偽りの記憶が頭の中に創られ始めているのが、わかる。
注意深く観察しないと、『本物』と入れ替わる。そういう感覚がある。
俯瞰的にこの夢を観察しているマリアンヌには、自分の頭の中で起こる、不正な記憶の書き換え、思い出の捏造を感知できた。
だが……
(なるほど、これが目的ですか)
俯瞰的なマリアンヌには、まだ、記憶・思い出に基づく『強い感情』がない。
俯瞰的にこの夢を見る『現在のマリアンヌ』は、強い感情を失っている。そして、セントが『龍』を倒すために一計を案じ、自分に何かをしていることを知り、その自由を認め、阻害しないようにしている。
だから抵抗しなかった。
偽りの思い出ができるままに見つめた。
……それは『龍』を倒すという目的であれば、正解だった。
だが『少女マリアンヌ』として正解だったかどうか……
ともあれ。
マリアンヌの記憶が捏造され、新生されていく。
◆
冒険の合間に、セントはマリアンヌを調教した。
夢の中のマリアンヌは、羞恥心もあり、人に体を許すことは最後の最後、それこそ結婚が確定したあとにすべきだという、この世界の教会の教育に基づいた常識を持っている。
だが、セントに体を許すことを『聖女の責務の一つ』と思い、疑っていない。
他人の記憶を捏造することは可能なのだろうか?
不可能ではない。ただ、セントの樹にそういう技能があるわけではない。
恐らく話術だ。意識できないで何かを語られている。マリアンヌの知る『過去の自分』という情報に混ぜ込む形で、偽りの思い出を吹き込まれている。
本物の記憶のようなディティールがあるのは、オリガがセントに情報提供をしたからだろう。
存在希薄化のまま、意識できず頭にずっと嘘の記憶を流し込まれ続けている。
マリアンヌは最初のころ、それを理解し、協力姿勢をとった。
それが『龍』討伐に必要な措置だと考えたからだ。
だが……
もはや、今、見ている『夢』が、本物なのか、偽物なのか、わからなくなっていた。
嘘だと思っていた記憶は、よく考えれば、そういうもののような、気がする。
いや、セントだった、かもしれない。
『人間代表』は、セントだった、かもしれない。
あの日の冒険、二人きりで過ごした日々。
そういうものの相手はセントで──
「試練を乗り越えたようだな。これにて、セントを正式に、『人類代表』と認めよう」
教会の用意したすべての試練を乗り越え、セントは正式に『人類代表』になった。
そして、そのパートナーであるマリアンヌもまた、正式に聖女になった。
その式典の中──
『龍』が現れる。
そいつは会場を圧倒的な力で襲い、『人類代表』を誘拐し、洗脳する──
「いや、『龍』は俺たちを発見できなかった。俺は、見つからないことにかけては最強だからな」
──誘拐し、洗脳しようとしていたが。
式典会場を探し回っても、『龍』は人類代表セントを見つけることができなかった。
「マリアンヌ、俺たちはこのあと、力を合わせて、『龍』を倒した。まあ、逃げられはしたが……それでも、倒したんだ。撃退したんだよ」
そうではなかった。『人類代表』は操られ、思い出という思い出を燃やし、それを倒した。
『龍』をこの世界に根付かせないだけで精一杯で、世界は滅びたし、自分はすべての思い出を失った──
「いやいや。失ってない。何もない。だって、お前の体には、俺とした冒険の痕跡がある」
マリアンヌは己の体を見下ろした。
聖女用のローブはいつの間にか露出の多い淫靡なものに変わっていた。
露出した下腹部には隷属紋が刻まれていて、胸も、尻も、膣も、子宮も、冒険の間にされた調教で、すっかりセント専用に仕上げられていた。
その体を見下ろした自分は……
「何が『冒険』ですか。結局、戦いをしたのはわたくしだけではありませんか」
怒ったように、皮肉を言っていた。
……そうだ。そうだった。そういう、性格だった。
聖女らしくあろうという仮面の下には、怒りがあった。
そして、他者への不信があった。
だから慇懃無礼、丁寧無気力だった、けれど……
気を許せる相手には、こういう物言いが飛び出す。
それが、自分という人間だった。
セントが、胸を揉みながら笑う。
「『思い出した』な、マリアンヌ」
これは真実の思い出だ。
失われた記憶のすべてだ。
だから自分はうなずく。
「ええ、すべて。このようにふざけた記憶なんか、燃やしたって何も惜しくはない」
「そうだ。こんなふざけた記憶なんか、燃やしたっていい。燃やしたって、いくらでも思い出させてやれるからな。いくら記憶を失っても、お前の性格は変わらないよ。だから、本当に大事な時には、どんな大事な記憶だって燃やしてしまう。だったら、何度失っても同じような記憶をねじ込んでやればいい」
人は、嘘と真実の境目を曖昧にして、ついにはその間にある垣根を完全にとっぱらって、『自分の妄想』を『記憶』かのように思い込んでしまう機能を持った生き物だ。
人間の認知機能、記憶力、そういうものの限界。あるいは、能力。真実だと思い込む嘘にリアリティは必要ない。ただ、『こういうことが、遠い遠い昔に、実際にあったんだよな』と刷り込み続けてやれば、それはたやすく、本人にとっての真実にすり替わる。
「五百年前のことなんざな、記憶を燃やさなくても、忘れて当然なんだよ。想いなんかな、現在からでもまた思い出させてやれるんだよ。人間の性格は変わらねえ。記憶はどんなに消えても、頭蓋骨の内側に、消し切れなかったペンキみたいにこびりついてんだ。じゃあ、そのペンキの色に合わせつつ、中身を都合よくいじることは不可能じゃない」
彼の発言は、恐らく、彼の発言ではない。
マリアンヌが想像する、彼の言いそうなことだ。
だが、頭の中で、『彼』が言う。
だからマリアンヌの記憶の中では、彼が言ったことになる。
「お前を俺の聖女にしてやる」
だからこれも、『実際に言われたこと』。
「いや、最初からお前は俺の聖女だった」
あるいは、本当に、言われたことなのかもしれない。
けれどマリアンヌには今、彼の発言なのか、『彼』の発言なのか、判別がつかない。
人から言われたことなのか。
あるいは、自分の願いなのか──判別が、つかない。
「マリアンヌ、五百年前に逃した『龍』を倒すぞ。俺のために戦え」
その言葉に、『聖なるマリアンヌ』ならば、『何を言っているかわかりませんが、龍を倒すのであれば、それはその通りにしましょう』と答える。
だが、セントとともに旅をした聖女マリアンヌは──
「あなたなんかに言われなくても、最初からそうするつもりです」
「いいね、最高だ。高潔でも超越でもない。そういう感じの方が、よっぽど勃起する」
犯される。
膣に彼のモノが挿入される。
腹部で隷属紋が強く輝き──
──マリアンヌの意識が、『現在』に戻った。