正直なところ、『通る』とは思ってなかった。
でも案外なんとかなるもんだね。
「『龍』はもういないようですね」
マリアンヌの距離感が、これまでと違う。
存在しない記憶を存在希薄化を使いながら睡眠学習的に吹き込んだ成果が出ているからだよ。怖いね。
……いや延々マリアンヌを開発しながら耳元でカスの嘘をつきまくったの俺なんだけど、こいつの脳内でどういうことになってたかは当然知らないわけで。
人間の脳は騙せるし、嘘を真実と思い込むこともある──っていうのはまあ、わかってた。わかってたから、期待をして、やった。
でもまさか本当に入るとはな……という感じだ。入らなかったらこっち側の戦力集めて総攻撃してカミラごと滅ぼすしかなかったわけなんだけど。
勝機という意味だと、こんな面倒くさいことをしなくても、充分にあった。
かつて『龍の魔法少女』をマリアンヌ一人で倒したっていう話から逆算して、こっちの戦力がもともとの手持ちプラス攻め入ってきた魔法少女の大半になった時点で、力圧しで勝てるだろうなっていうのはかなりあったんだ。
ただ、カミラを助ける手段だけがなかった。……っていうかね、魔法系の生き物の論理とか俺にはわからんのよ。だからまあ『ホムンクルスにしか根付くことができないってことはよぉ……人間にしちまえばいいってことだよなあ!?(※なお、手段は不明)』ぐらいのやつしかできなかった。
その結果、
「…………う?」
カミラが目覚め、周囲を見回す。
紫髪の、容姿だけなら二十代中盤ぐらいに見える女。
ただし妖艶さ、色気で言えばもっと上にも見える──
──そのくせ。実年齢はトマリたちより下らしい、ホムンクルス。
さて、俺がカスの作り話をマリアンヌに吹き込んで記憶を捏造し、その捏造された記憶をマリアンヌから流し込んだ結果、どうなるか……
……ろくなことにならない予感がしてきたな。逃げてもいいかな。
「あ……あ……?」
上体を起こして、頭を抱えて、何かと戦ってるな……
目覚めた瞬間、カスの嘘による大量の偽りの記憶を流し込まれるの、かなり寝覚めは悪そうだ。
やっぱり逃げた方がいいか、俺。よし逃げるか。
「お、あ……」
カミラが立ち上がって、ふらふら近寄って来る。
目が正気じゃないな。トマリちゃんがサッと俺の前に出るぐらいの正気じゃなさだ。
カスの嘘を寝起きにめちゃくちゃなTBで流し込まれた人間の反応としてはまあ納得できる。俺だってそんなことされたら正気を失うよ。
そもそもマリアンヌに『記憶の流し込み、いけるか』を存在希薄化で囁き続けた結果なので、今回、カミラから龍を叩きだせた時にマリアンヌの中でどういう処理が行われてたのかは俺には全然わかんねーんだよな。
俺がしたことは、『マリアンヌ、お前とは異世界で冒険したね。お前を調教開発しながら……』という嘘を流し込んだことと、『その結果、カミラが生まれたね。ボテ腹えっちをしながら……』という嘘を流し込んだことと、『カミラもすっかり大きくなったね……俺のこと大好きな娘に育ったし、家族仲も円満だよ……』という嘘を流し込んだことだけだ。
偽りの記憶もいいところすぎる。
嘘を流し込んでラブラブになるの、控えめに申し上げても外道すぎるな。全然もう罪の意識だわ。悪いことはするもんじゃねえよ本当に。
でその偽りの記憶をさらにカミラに流し込んで、今、カミラが『君ってゾンビだっけ?』みたいな様子でこっちにふらふら近寄ってきている。
……ヤバいな。逃げた方がいい。逃げた方がいいと思ってるんだけど、なんかこう、逃げる踏ん切りもつかないんだよな……
トマリちゃんの肩をぽんぽんと叩く。
彼女より前に出る。
ふらふら近寄ってきているカミラに近付く。
カミラの目に、光が宿り始めた。
……どういう光だろあれ。
なんかなーあの光、あのキラキラ、見たことあるよなー。すごくあるんだよなー。
つい、振り返る。
トマリちゃんがにこっと俺に微笑みかけてくれた。
でも目が笑ってないな。閉じ切ってない。にっこりしたら、人間の目って細くなるじゃん。見えるんだよね、細くなった目の中に、キラキラが。
カミラに向き直る。
うん、そうだね。同じキラキラがあそこにもあるね。
なんの気なしに周囲を見た。
ここには他にホノカ、ヒナタ、マリアンヌがいる。
ホノカとヒナタは……うん、まあ、マシだね。ちょっとキラキラしてる。でもまだ大丈夫。
マリアンヌはなんかもうダメかもしれない。俺たちには五百年分の思い出はないけど、五百年前に同じ世界で大冒険をした思い出があるからな。俺のカスの嘘によって。
他人に説明しにくいよな。『マリアンヌは俺と昔大冒険を繰り返して、その時に結ばれて娘までいる相手なんだけど、それは全部嘘で、出会ったのは最近なんだ。なんでそういうことになっているかと言えば、俺が嘘をついたせいなんだ』とか言われても、普通の人は『???』ってなるだけだと思う。
マリアンヌから目を背ける。
「うお」
びっくりした。カミラがもうすぐ目の前にいる。
「う、あ……」
「ど、どうしたカミラ。何か俺に言いたいことがあるのか」
「ぁ……」
「……」
「ぱ……ぱ……?」
……これ肯定するべき流れなんだけどさあ! 別に俺、カミラのパパではねえんだよな。
でもここでパパであることを否定するとカミラに流し込んだカスの嘘が全部嘘だってバレて面倒くさいことになりそうだな?
……いや面倒くさい未来しかねえな!?
誰だよこんなことしたの!
そう、俺です。
「………………パパだよ」
自分のせいならしょうがねえよな。
責任はとろう。
「パパ!」
カミラが抱き着いてきた。
うお、でっか……ハハキには劣るがこれこそ『常識の範囲内の巨乳』だという質量が俺の胸に重なる。
あと身長もいい感じだよな。マリアンヌもスタイル自体はよくて身長もチビではなかったが、カミラはちゃんと大人の女の骨格だ。抱き着かれてるところ見られても逮捕されなさそうなのが最高。
中身は誰よりも子供な上に、俺はパパとか呼ばれてるので、それに抱き着かれてることへのツッコミは聞こえないものとします。
うわー視線が痛い、痛いよー。
特にまだ正気を残してる魔法少女組の赤と黄色の戸惑った視線が痛い。
あと背後からめちゃくちゃな圧が来るんだわ。これトマリちゃ……
あ、カミラの肩越しにマリアンヌがこっちを見ているよ。お前が母でカミラは娘で俺は夫っていうカスの嘘が流し込まれてるのに、なんで圧の強い微笑を浮かべるんですか。親子の微笑ましい抱擁だろぉ?
「あたくしね、あたくしね……なんだか、怖い夢を見ていたみたいなの……」
「そうか、大変だったね」
今までの『実際にあったこと』が夢として処理されてる……
……あ、そうか。やべえ。失念してた。
カミラ、生きた年数がトマリちゃんより短いじゃん……
でも俺、十五年分ぐらいのカスの嘘をマリアンヌに流し込んでしまったんだよな。
……下手すると、『実際の人生』より『俺が流し込んだカスの嘘の人生』の方が長くなってねえか?
え、そんなことある? 怖……
あ、夢として処理されてる『実際にあったこと』、もしかして自意識が芽生えてからの全部!?
やば。
えーっと、どうしようかな。
まあ、とりあえず……
「……カミラ、それにマリアンヌ……ヒナタ、ホノカ、トマリも。いろいろと話はあるだろう。でも、とりあえず……いったん、後片付けをして、落ち着いてからにしよう」
……今の脳の状態で処理できる問題じゃねえので、ペンディングします。
何はともあれ──
龍を倒して魔法少女の侵攻を阻止できたんだから……
全部、ヨシ!