わかっていたことだが、魔法少女は強い。
こちらには『人数』があり、『テレポート』という独自技術がある。
幹部たちは強い。その上で、幹部の私設戦闘員である『怪人』というものがいる。
戦闘員が下働き・雑用ならば、怪人というのは傭兵みたいなものだ。
多くの場合、幹部の命令に従って、各々の知性に応じた最適な行動をとる。
中には知能の高い者もいるが、多くは戦闘能力に偏っている。純粋な腕力のみとかで比べれば、幹部級の強さを持つ怪人だっている。
だが、魔法少女には勝てない。
幹部会での報告も、多くは、『魔法少女に勝てませんでした』というものに終始した。
それはエリザ組だけではなく、他の組でも、そうらしい。
……とはいえ、幹部は魔法少女より強い。
しかし、なかなか、幹部は魔法少女戦に出ない。
その理由が、どうにも……
「よろしいでしょう。ハハキ、あなたに『魔法少女と戦う権利』を、差し上げます」
……どうにも幹部が魔法少女とやり合うには、ボスの許可が必要らしい。
戦力の温存、『もったいない精神』での出撃禁止──って雰囲気じゃねえな。
何か、戦闘員にはわからない……というかたぶん、幹部にもわからない理由によって、ボスは幹部と魔法少女の直接戦闘を基本的に禁止している様子だった。
だから、怪人なんていう傭兵めいたものを使い、基本的に幹部が自分では出ないのだ。
それは『教義』という形で納得させているらしいが、何かのリアルな理由があるような気がしてならない。
……となると『消滅のフラン』は異常だな。
彼女だけが、いつも先陣切って魔法少女と戦っている。
ボスがフランにだけは『魔法少女と戦う権利』を多く渡しているか、あるいは、そもそもフランだけが禁止されていないのか。
とにかくサムライ女のハハキは「ありがたき幸せ!」と、権利を喜んでいた。
やっぱ直接戦闘が好きなタイプなんだなって感じだ。『竜鱗のハハキ』──見るからに剣術一辺倒の女だもんな。
かくして報告と『権利の譲り渡し』、それから多少の褒めのみで、幹部会は終わった。
リモートでいいような内容であったのは否定しかねるが、直接ここで声をかけられることが、すでに一種の『ご褒美』と化している雰囲気があった。
なるほど、この組織は思ったよりもずっと宗教団体だ。しかも、過激派。
「最後に」
あらかた話が終わったようなタイミングで、ボスが口を開く。
すでに終わりの気配を察していたらしい他の幹部たちが、浮かせかけた腰を下ろすのが見えた。……何か、例にないことが始まるようだ。
「エリザのお付きとなった戦闘員、残りなさい」
「……は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
名指しだ。まあ、名前はない──自分のことについての記憶がなくて、自分の名前さえわからないんだが……
いい予感が、まるでしない。
何をされる? 『もしかして、新しいお付きが見えるたびにいつもこうしてるのか?』という意味を込めてエリザを見た。
エリザは青ざめた顔で首を小さく左右に振った。
……いや、エリザからすれば、俺を排除できる可能性が示されたとも言えるはずなんだが。こいつ何か知らんけど、マジで俺のこと好きだな。怖い。
……なんだろう、緊張しきれない。
良い予感が全然ないのに、これから怖いことが起こると思えない。
ボスの優しい声と包み込むような雰囲気に、危機感と緊張感を麻痺させられている感じがする……
知っている。
俺は、こういう雰囲気が、宗教団体の長として得難い資質であることを知っている。
緊張を奪い、警戒を奪い、するりと心に入り込む雰囲気。計算で出せるもんじゃない。教祖としての特別な資質──これが、そういうものであることを、知っている。
……俺は、ここに来る前、何をしていた?
治験のバイトで来たっていう記憶も、本物か?
わからん、が……
ボスに名指しで残れと言われて、残らんわけにもいかんよな。
「……かしこまりました」
ボスに直答していいのかわからなかったが、『は?』で言葉を止めたままというのは、あまりにも印象が悪いだろう。
かしこまって言えば、他の幹部からの視線が刺さった。
頭を下げたまま、戦闘員マスクの下から視線の主を見る。
サムライ女──『竜鱗のハハキ』は、こちらをにらんでいる。
何かを見定めようとしているかのような視線だ。あるいは、実力を測る、これから殺し合いでもするかのような、そういう視線だ……
イブニングドレスの年増女──『蟲毒のカミラ』は、あからさまに嘲笑している。
俺を、というより、『俺を連れて来たエリザ』に対する嘲笑だ。たぶん、エリザの部下である俺が何かをやらかして、エリザの失点になると思い、『ざまあみろ』とでも腹の中で言っているんだろう。
フランは──
無口で無表情な真っ白い少女は、やはり、無表情で俺を見ていた。
その内心はわからない、が。
「フランも残る」
……それは、どういう意図だ?
俺を庇う気か?
わからない。エリザが俺のこと好きである以上に、フランが俺をここまで気に掛ける理由がわからない。
……わからないと言えば、残される理由もさっぱりだ。……俺にスキルツリー認識能力が備わったことがバレたとか、実はエリザとヤッてることがバレたとか、候補が多すぎてわからない。
どの道、良い感じに談笑して終われないだろうなという予感ばかりだ。
「フラン、あなたは戻りなさい」
「でも」
「戻りなさい。いいですね?」
声は優しかった。
けれど、断固として、強制力があった。
それでもフランは何かを言おうとしていた。
……俺は、なんでだろうな。
「エリザ様、そういうわけですから、先に戻っていてください」
フランが声を発する前に、フランの発言を遮るために、エリザに呼びかけた。
エリザは、不愉快そうに俺をにらんでいた。
「……わかったわ。あんまり待たせたらお仕置きだからね」
たぶん、フランを庇おうとしたことが伝わったんだと思う。
あいつはバカなメスガキのくせに、変なところで鋭いんだよな。
幹部とそのお付きの戦闘員たちが、テレポート装置で、幹部会室から去っていく。
本当に、俺とボスだけが残された……
ボスは薄衣の向こうにいて、その姿は見えない。
『聖なるマリアンヌ』。
総大主教、とエリザは言っていた。
この悪の組織はなんかの教団の運営している場所で、営利か、あるいは宗教的目的かで、各地で騒ぎを起こし、魔法少女と敵対している。
そのボス。強壮な幹部たちを幼子のように扱う強大な存在──
「あなたの目覚めを嬉しく思います」
──完全に、俺がスキルツリーを認識できていることが、バレている。
他人のステータスをオープンできる能力でもあるのか。あるいは、心でも読んでいるのか。
全身タイツで良かったと、生まれて初めて思った。
汗が、ヤバい。冷や汗が、頭から、腋から、背中から、だらだら流れている。
死ぬ。
まだ、生きている。でも、相手の気まぐれで、ここで死ぬ。そういう場に立たされている。
魔法少女との戦闘に駆り出された時も、エリザに鞭で打たれた時も、これほどの危機感はなかった。
今、自分は、抵抗の余地もなくこちらを殺すことができる存在の、気まぐれで生かされている。
自分の運命が自分の手を離れて、どこかの化け物の舌の上に乗っている、そういう感触。
「お察しの通り、我ら教団は、『樹』を見ることのできる聖者を選別しております。その聖者を、『幹部』と称する──ですが、『幹部』にはある特徴があります。それは、ご存じですか?」
答えを求められているのはわかるんだが、こんな雰囲気で口を利きたくない。
だが、言わないわけにもいかないだろう。……ごまかしや嘘は通じない気がする。スキル的なものじゃない。あいつは、見抜く。そういう予感……確信が、ある。
「……女性しか、いません」
「素晴らしい。その通り。『この世界』において、『樹』を認識できるのは、なぜか、女性のみなのです」
「…………」
「ところが、あなたは『樹』の認識に目覚めた。……どうしますか?」
「……申し訳ありません。質問の意図が、よく……」
「幹部として遇することもできます。あなたが望むならば、五人目の幹部──聖者として、我が教団のために働いて欲しいのですが、いかがでしょうか」
……思わぬところから、チャンスが転がり込んできた。
俺はやはり、この教団を支配したい。その欲望はこれだけ死ぬような気分にさせられても変わらないどころか、いっそう強くなっていた。
このプレッシャー、このストレス。これを与えて来るほどの女を隷属させたらどれほど気分が良いだろう──そう、思ってしまうのだ。
……だが、まだ早い。
まだまだ、俺は、この女に勝てない。
どういう手段を使っても、勝てない。
「……質問を、しても、よろしいでしょうか」
勝てない、が……
勝てないなりに、戦いを始めることはできる。
「なんなりと、どうぞ?」
「幹部のみなさまは、魔法少女と戦うことを禁止されているように見受けられました。これは、事実でしょうか?」
「ええ。我らの『樹』と、魔法少女の『樹』とは、反するもの……あまり多く接触しては、どういう反応が起こるかわかりませんので」
「……となると、私も、魔法少女との戦いを、禁止されるのでしょうか」
「いいえ」
「…………『いいえ』?」
「あなたが、目覚めた。……この世界で初めて、我らの神の因子を受け入れ、『樹』に男性が目覚めたのです。相性のいい者でも、知性と理性を失って怪人となるだけであったこの世界で、『樹に目覚めた、人間』としての男性が、初めて生まれました」
「……」
「ここが恐らく、我らの神の思し召し。歴史の転換点となるでしょう。……ですから今後は、積極的に、ぶつけてみて、反応を──この世界ですと、『化学反応』という言い方になるのでしたか? 反応を、見てみようと思います。ただし……」
「…………」
「聖者たちは希少な存在です。みな、大事なかわいい、我が子です。なので、あまり危険な目に遭わせたくないのも、事実。ですから、一つ、計を案じました」
「……それは」
「『竜鱗のハハキ』に、魔法少女と戦う許可を与えたのを、あなたは見ていましたね」
「はい」
「あなたもともに、出撃なさい」
「…………」
「あなたの質問の意図を当てましょう。あなたは、経験を積みたい。そのために、魔法少女と戦いたい。だから、『幹部は魔法少女との戦いを禁じられる』のであれば、幹部にはなりたくない。そのための確認をした」
「……おっしゃる通りです」
「心配はいりません。あなたは、魔法少女と戦うことになります。積極的に──他の聖者たちと協力して。そして、好きなだけ経験を積むとよろしいでしょう」
「……経験を積み、強くなっても、いいのでしょうか」
「『樹』に目覚めた者には、経験を積みたがる本能があります。己の『樹』を育てることに、喜びを感じる本能が宿ります。……エリザはあまり熱心ではないようですが、いずれ、己の本能に気付くでしょう」
「……」
「あなたは、歴史の転換点です。我らが神が、あるいはあなたの中で目覚めるかもしれない」
「…………」
「強くなりなさい。それが、神の御意思です」
「……かしこまりました」
「問題がないことがわかったようなので、今後、あなたは幹部待遇としましょう。今は空いている区画がありませんが、区画の拡張が適えば、あなたにも一つの区画を任せましょう」
「……」
「エリザは、あなたの手駒とするのがいいでしょうね。あの子にとっては、それが幸福なようですから」
……心を読んでいる、のか。
あるいは──
──記憶を、読んでいるのか。
「我が子らよ。あなたたちの幸福を祈っていますよ。あなたの樹が、天までその枝葉を広げ──この世界の間違った空を、覆い隠してしまいますように」
それは比喩表現とか、祈りの言葉とか、そういう響きだった。
でも、なぜか、比喩には聞こえなかった。
……この組織。思ったより宗教で、思ったより、ヤバイ。
だが、経験を積んでいいというのは、上々だ。
何が目的か知らないが……
思惑に乗って、強くなってやる。そして……
思惑を超えて、強くなってやる。