※この作品はR-18です。

「エロ怖」日本の怪異を訪ねて 怖くてドエロい短篇集⭐️イラスト付き   作:みなぽん

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『牛鬼海鳴記』過去と現代

『牛鬼海鳴記』

—播州沿岸某浦に伝わる古記録・寛永年間写本より—

そもそも播州の西なる海辺に、汐鳴浦と申す小さき漁村あり。

三方を山に囲まれ、一方を蒼海に臨み、春は鰆、夏は鱸、秋は鰯、冬は鰤を獲りて、村人およそ百二十余人、貧しきながらも平穏に暮らしけり。

然るに、今より数百年の昔、建久の頃と伝うる年の晩秋、かの浦に恐るべき怪異起こり、村人の半ばを失い、浜の形さえ変わるほどの大事となりぬ。

その怪異の名を、**牛鬼(うしおに)**とぞ呼びける。

以下は、村の鎮守に伝わる『汐鳴浦異聞』なる古文書より、失われし一巻を後世の者が書き留めたものなり。

一、夜の海より来たるもの

建久三年、霜月十七日の夜。

その日は朝より風なく、海は鏡のごとく凪ぎ渡りたり。

されど、夕刻より浜に出でし漁師ども、皆一様に首を傾げたり。

沖合にて魚影ひとつ見えず、網を引けども海藻すら掛からず。加えて、潮の匂いに混じり、何やら腐れた獣の肉のごとき悪臭、鼻を刺しける。

老漁師の源兵衛、海を見つめて曰く、

「こはおかしい。海が息をしておらぬ」

その言葉の意味を、若き漁師どもは解せざりき。

されど日暮れ、村の犬という犬が一斉に吠え始め、やがて尾を巻き、家屋の縁の下へ潜り込んで出で来ず。

鶏は夜を待たず鳴き、牛小屋の牛は鼻より泡を吹き、鎖を引きちぎらんばかりに暴れたり。

その折、沖より音の聞こえけり。

ごおん。

ごおん。

ごおおおん。

鐘の音にも似たり。されど、この浦には寺の鐘なく、沖に船影もなし。

村人どもが浜に集まり、暗き海を見渡したるところ、沖合にて、白きものが浮かび上がりける。

初めは岩かと思われたり。

されど、その白きものは、波間より徐々に高くなり、海面に浮かぶ岩のごときものに、二つの赤き灯が点りたり。

眼であった。

その眼は人の背丈の二倍にも及ぶ高さにあり、しかも海面すれすれに浮かびて、浜に集まりし者どもを、ひとりひとり見定めるように動きたり。

源兵衛、これを見て腰を抜かし、砂浜を這いながら叫びける。

「逃げよ……逃げよ! あれは獣にあらず! 海の底に棲む鬼じゃ!」

その声が終わらぬうちに、沖の白きものは沈みたり。

波ひとつ立たず。

ただ、浜に打ち寄せる潮の音ばかりが、急に遠のきたり。

そして、村の西にある岩場の向こうより、何者かが這い上がる音が聞こえ始めける。

ずるり。

ずるり。

ずるり。

濡れた巨体を砂利の上に引きずるような音なり。

村人どもは松明を掲げ、岩場へ目を向けたり。

そこで見たるものは、後に生き残りし者どもが、死ぬまで夢に見たという恐ろしき姿なり。

牛の頭。

されど、その胴は牛のものにあらず。

黒き毛に覆われた巨体は、人の胴を幾つも重ねたほど太く、背には海藻と貝殻が幾重にも貼り付き、腹の下より伸びる四本の脚は、蜘蛛のごとく長く、節ごとに人の指にも似た爪を備えたり。

牛の顔には、左右に捻じれた角が生え、鼻孔より白き息を吐き、口は耳の下まで裂けておりたり。

その口の奥に、幾重もの歯が並び、歯の隙間より黒き潮水が滴り落ちける。

そして何より恐ろしきは、その首の長さなり。

牛の頭は人家の屋根を越え、首は蛇のごとく曲がり、家々の窓をひとつずつ覗き込むことができたり。

怪物は浜に立ち、村を見渡し、やがて口を開きたり。

その声は獣の咆哮にあらず。

海底にて幾百人もの死人が一斉に呻くがごとき、低く濁りたる声なり。

「……う……み……の……も……の……を……か……え……せ……」

この言葉を聞きし村人ども、恐怖のあまり一人として動くこと能わず。

その刹那、牛鬼は首を伸ばし、浜に立ち尽くす若き漁師、弥三郎を一口に呑み込みたり。

悲鳴ひとつ。

骨の砕ける音ひとつ。

それきり、弥三郎の姿は消え失せたり。

二、家々を覗く鬼

その夜より、汐鳴浦には地獄のごとき日々が始まりけり。

牛鬼は毎夜、満潮の刻に現れたり。

初めは浜辺に立ち、漁具や舟を踏み砕きたり。されど日を経るごとに、その行いは次第に狡猾となりける。

ある夜には、村の入口にて人の声を真似たり。

「おおい、戸を開けてくれ。わしじゃ、源兵衛じゃ」

声は確かに源兵衛のものなり。

されど源兵衛は、前夜に牛鬼に襲われ、すでに命を落としておりたり。

家の者が戸の隙間より覗けば、闇の中に、源兵衛の着物を着た何かが立っていた。

顔は見えず。

ただ、着物の襟元から、牛の毛に覆われた長い首が、ゆっくりと伸びていた。

その者が戸を叩くたび、家の柱が震え、屋根の藁がぱらぱらと落ちたり。

「開けてくれ」

「寒いのじゃ」

「腹が減った」

声は次第に低くなり、やがて牛の唸りへと変わりたり。

「……ア……ケ……ロ……」

家の中にいた者どもは、幼子の口を塞ぎ、老人の耳を押さえ、息を殺して朝を待ちたり。

されど、牛鬼は諦めず。

戸を叩き、壁を爪で掻き、屋根の上を這い回り、時には床下から鼻息を吹き込むことさえありたり。

ある家にては、幼子が母に尋ねける。

「母さま、屋根の上に牛がいるよ」

母は、ただならぬ気配に全身を総毛立てた。天井の隙間から覗く赤き二つの眼。それは、決して獣のそれではなく、人の心の底に巣食う恐怖というものを理解し、楽しむかのように、じっと母と子を見下ろしていた。

 

「見てはなりませぬ。あれは牛ではない」

 

母は震える声で言い聞かせ、我が子を抱きしめる腕に力を込めた。だが、幼子は無邪気に、いや、正気を失いかけているかのように、なおも天井を見上げ続ける。

 

「でも母さま、牛が天井からこちらを見ているよ。牛が笑ってるよ」

 

その瞬間だった。

どん、と家全体が揺れた。まるで巨大な拳が土壁を殴りつけたかのような衝撃。土壁が内側へと陥没し、冷たい夜風と共に、腐った潮と獣の脂の混じった凄まじい悪臭が部屋の中に吹き込んできた。

 

 

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「ひっ……!」

 

母が悲鳴を上げる間もなく、割れた壁の隙間から、ぬめりとした黒い影がぬるりと侵入してきた。それは牛の首だった。蛇のようにしなやかで、岩のようにごつごつとした長い首。そしてその先にある牛の頭は、家屋の梁に頭をぶつけながら、ゆっくりと、ゆっくりと部屋の中へと入り込んでくる。

 

鼻孔からは白い蒸気が立ちのぼり、口の端からは黒い潮水が糸を引いて床に滴り落ちた。床板がジュッと音を立てて焦げるような臭いがした。

 

「……お……か……あ……さ……ん……」

 

幼子が震える声で母の着物を引っ張る。母は、もう恐怖で声も出なかった。だが、我が子を守らねばという本能だけが、凍りついた体を無理やりに動かした。

 

母は幼子を強引に引き剥がすと、部屋の隅に積んであった藁束の中へと押し込んだ。

 

「いいえ、お前はここで、絶対に動いてはなりません。目を閉じて、耳を塞ぎなさい。何があってもですよ!」

 

「母さま……」

 

「早く!」

 

母の凄絶な形相に、幼子は泣き出すことも忘れ、ただ藁の暗闇の中で小さく身を縮こまらせた。

 

藁束の隙間から、幼子の目は見てしまった。

母の背後に迫る、巨体。四本の脚が床板を踏み砕き、ミシミシと家全体が悲鳴を上げる。牛鬼の頭が、母のすぐ後ろに来ていた。

 

母は、藁束を背中で庇うようにして立ち塞がった。その顔は蒼白で、唇を噛みしめて血を流していたが、どこか覚悟を決めた静けさすらあった。

 

「……その子には、指一本触れさせはしません」

 

母が震える声で言い放つと、牛鬼はニヤリと笑ったように見えた。人の言葉など解さぬはずの獣が、人の精神を弄ぶかのように。

 

牛鬼はゆっくりと首を伸ばし、母の頬にその荒い舌を這わせた。ザラリとした舌の感触、腐臭。母は吐き気をこらえ、必死に藁束から目を逸らさせまいと立っていたが、次の瞬間、牛鬼はその太い尾を振るい、母の腰を打った。

 

「きゃっ!」

 

母の体は軽々と宙に舞い、畳の上に叩きつけられた。着物が裂け、白い肌が露わになる。牛鬼は満足げに鼻を鳴らし、巨大な体を母の上にのしかかった。

 

藁の隙間から、幼子は見た。

天井を突き破るほどの巨体が、母を押し潰すのを。

母の口から漏れる、悲鳴とも、うめきともつかぬ声を。

牛鬼の口から滴る黒い涎が、母の顔に降り注ぐのを。

そして、母が必死に藁束の方を振り返らず、ただ天井を見つめながら、声にならない声で何かを唱え続けているのを。

 

「あ……あ……あ……」

 

母の体が、牛鬼の体重と恐怖で跳ねるたびに、家全体が軋んだ。

幼子は藁の中で、自分の手のひらが爪で血が出るほど握りしめられていることに気づかなかった。

ただ、母が、自分を守るために、その身を獣に捧げているという事実だけが、幼い心に焼き付いた。

 

やがて、牛鬼の満足げな吐息が漏れ、巨体がゆっくりと退いた。

母は、藁束の陰からは見えないが、畳の上でピクリとも動かなかった。ただ、微かに肩が上下しているのだけが、かろうじて生きている証だった。

 

牛鬼は、藁束の方を一瞥した。

赤い眼が、藁の隙間を覗き込む。

幼子は、心臓が止まるかと思った。見つかったら、自分も母のようにされてしまう。

だが、牛鬼は興味を失ったかのように鼻を鳴らし、破れた壁の穴から、ずるりと這い出ていった。

 

⭐️巫女

 

朝が来た。

家の中は荒れ果て、母は意識を失ったまま倒れていた。

藁束の中から出てきた幼子は、泥だらけの母の頬を拭い、ただ泣いた。

流れ者の巫女

牛鬼の怪異、日を追うごとに激しさを増し村人は夜になれば家に籠り昼間にのみようやく外に出でて、壊された網や舟を泣く泣く繕う有様なり。

海に出ることも叶わず畠に出ることも恐ろしく、老人は飢え、幼子は痩せ衰え女たちは髪を振り乱して叫ぶ夜もありき。村はすでに死に体となり果てたり。

 

されど、その頃、村の入り口の峠道を一人の女が下り来たり。

年の頃は二十歳を幾つも越えぬほど。されど、その面には少女のあどけなさと老いた巫女のごとき深き憂いが同居し、黒き髪は腰のあたりまで伸び白き小袖に朱の袴を履いたる姿なり。

背には小さき笈を負い手には榊の枝を持ち、山道を歩み来たり。

 

村人が訝しみて声をかくれば、女は静かに頭を下げて言いける。

「これはこれは、お邪魔をいたしまする。わたくし、東国の羽黒の山より下りし者にて、名を綾女と申しまする。悪しき鬼の気配を辿り、この浦まで参りました」

村人ども、これを聞いて互いに顔を見合わせたり。ある者は、この女こそ牛鬼の使いではないかと疑いき。またある者は、この期に及んでたかが女一人何ができようかと嘲りき。

されど、ただ一人、年寄りの村長のみは綾女の手にした榊が微かに青白き光を帯びて震えているのを見て、はっとして平伏しき。

「巫女殿、どうかお助けくださいませ。あの鬼を退けていただけるなら、この村の総てを差し出しても惜しゅうはない」

綾女は静かに首を振りこう答えたる。

「わたくしに鬼を退ける力はありませぬ。されど、鬼なるもの、本来この世に留まるべきにあらず。呼び水となりて此岸に引き寄せられしものを、再び磐座の奥へと封じ込めるお手伝いは出来るやも知れませぬ」

綾女は村人に牛鬼のことを尋ね、その姿形、現れる刻限好む場所、虐げし者滅ぼしたる家などを詳らかに聞き取れり。

とりわけ、幼子が話した「母さま、牛が天井からこちらを見ているよ」という言葉に、綾女は深く顔を曇らせしばらく目を閉じて考え込みたり。

 

⭐️命を懸けし儀式

綾女はまず村の西の岩場を調べ、そこに海に面して開いたる天然の岩室があるのを見つけたり。

その岩室は奥行き十間あまり天井は高く、満潮には海水が奥まで流れ込み、干潮には乾きたる石の床が現れるという、海と陸の霊気が交わる場所なり。

「ここに封じましょう」

綾女は岩室の奥に立つと背負いし笈から白き紙垂と麻の幣束を取り出し、天壁に数多の結界を張り始めたり。

その顔には一片の迷いもなくただ夜の海を見つめる眼は、涙のごとく清らかに凪ぎたり。

そして、霜月三十日の夜。月の満ちるを待ち、儀式は執り行われたり。

 

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霜月三十日。月は雲に隠れぬ夜なりけり。

岩室の奥に篭りし綾女は、か細き灯り一本のみを点し、静かに袴の紐を解きたり。

白き小袖が滑り落ち、露わになったる肌は、月影のごとく青白く、岩壁の闇に浮かび上がりぬ。

巫女の裸身。それこそが、最も強き誘引の餌なり。

綾女は岩の上に座し、両の足を開き、自らの秘所に指を這わせたり。

「ああ…神よ…鬼よ…この身を…」

唇から漏るうめきは、苦悶か、歓喜か。

冷たき岩の上で白き指が紅き花唇を割り、露を溢さしむるは、古き神降ろしの儀に似たり。

己が身を高め、血を沸かし、女の香気を潮風に乗せて放つ。

それが牛鬼を惹きつける、最も確かな鎖なりければ。

 

指の動きに連れて、綾女の息も荒くなりぬ。

「んっ…ああっ…来ませ…この腐敗せる世に飢えたるものよ…」

乳房を揉みしだき、腰を波打たせ、自ら快楽の淵へと身を投げていく。

その吐息は熱く潤み、冷え冷えとした岩室に淫らな響きを満たしたり。

ごおん。

ごおん。

外の海鳴りは次第に近づき、岩室の入り口に白き波が打ち寄せたり。

その波と共に、腐臭が漂い来たり。

ずるり。

ずるり。

濡れた巨体が岩肌を擦る音。綾女の放つ甘き香気に誘われし牛鬼が、岩室の入り口にその姿を現したり。

 

赤き二つの眼が闇の中で光り、長き首がゆらりと伸びて裸身の巫女を覗き込みぬ。

牛鬼は鼻を鳴らし、その淫靡なる香りを貪るように吸い込みたり。

そして、欲望のままに巨体を岩室の奥へと押し進めり。

 

綾女はその姿を見て逃げようともせず、むしろ脚をさらに大きく開き、誘うがごとく腕を伸ばしたり。

「おお…来たれ…この身を…貪れ…」

 

牛鬼は低く唸り、太き前脚で綾女の細き体を押さえつけたり。

巨体の重圧に肋骨が軋み、息が詰まるほどの圧迫感。

されど綾女は眼を閉じず、牛鬼の赤き眼を見つめ返しぬ。

牛鬼の胴体より伸びる蛇のごとき生殖器が、ぬるりと勃起し、綾女の秘所へと迫りたり。

それは棘のごとき突起に覆われ黒き潮水を滴らす異形なり。

 

「うぐっ…!」

 

牛鬼が一気に突き入れし時、綾女の口から苦悶の声が漏れり。

裂けるような痛みが全身を駆け巡り、内臓をかき回されるごとき異物感。

されど綾女は必死にその身を受け入れたり。

牛鬼は貪欲に腰を振り、綾女の体を犯し続けり。

ずちゅっ…ずちゅっ…

淫らな水音と獣の唸り声が岩室に響き渡りぬ。

 

痛みと快楽が混ざり合い、綾女の意識は現世と幽世の境界を彷徨えり。

牛鬼に犯されながらも綾女の手は休むことなく術印を結び続けたり。

その指先は震えながらも正確に空を切り結びぬ。

 

「ああっ…ああっ…深く…深く…」

牛鬼の突き上げるたびに綾女の体が跳ねる。

巨体に押し潰されながらも綾女は自ら腰を合わせ子宮の奥深くまで異形を受け入れんと足を絡めたり。

これは交わりにあらず。戦なり。

女の肉体という器を用いて鬼を捕らえる最後の術式なり。

 

「い…きます…鬼よ…共に…果てよぉっ!」

 

綾女の絶叫と共に白濁した液が秘所より溢れ出だし。

その瞬間綾女の全身からまばゆき白き光が放たれり。

絶頂と共に解放されし巫女の霊力が岩室に張り巡らされし結界を一気に起動させたるなり。

 

光は牛鬼の巨体を包み込みし牛鬼は驚き吼えたり。

「ぎゃあああああああ!」

その声は海底の死人の呻きにも似た絶叫なり。

牛鬼は逃げようと体を引き抜かんとせしがすでに遅かりき。

絶頂の痙攣に絡め取られたるがごとく牛鬼の体は光の鎖に縛られ岩室の奥へ奥へと引きずり込まれてゆきぬ。

 

綾女は牛鬼を抱いたまま白き光の中に倒れ伏し二度と動かざりき。

岩室の入り口にはいつの間にか巨大な岩が塞ぎ牛鬼の気配は完全に消え失せたり。

ただ潮の香りだけが残るのみなりけり。

 

明くる朝村人どもが岩室へ向かいしが入り口は岩にて封ざされ綾女の姿は見えずただ奥より微かな潮の香りと女人の香気の混じりたるものが漂い来たり。

村人どもは綾女の犠牲を悟り岩室の前にて手を合わせ慟哭したり。

 

以来牛鬼の怪異はぴたりと止み村には再び平和が戻りぬ。

村人どもは岩室の前に小さき社を建て綾女を祀り『汐鳴神社』と名付けたり。

されど不思議なことに社の奥の院には常に若き巫女が一人座しており代々世襲して社を守り続けたりという。

その巫女は誰とも婚姻せずただ一人夜ごとに社の奥で祈りを捧げることを務めとせしがその祈りの声は時に甘く切なく響きまたある時には獣のごとき荒々しき喘ぎ声を伴いしと伝う。

 

かくして汐鳴浦の牛鬼は封じられしがその封印は今なお巫女の血と肉と霊によって守られ続けているなり。

 

⭐️そして現代

汐鳴浦は、静かに死につつあった。コンビニは十年前に閉まり、診療所の医者は週に一度しか来ない。海に出ても魚影は薄く、若者は皆、隣町の工場か街のサービス業へと流出していく。残されているのは、皺だらけの老人と、海風に錆びた屋根だけであった。

 

その浦の奥西の岩場の上にひっそりと佇む綾女神社だけが美空にとっての世界のすべてだった。

 

「じいちゃん、また雨樋が外れてる。あとで直しておくね」

 

手桶と雑巾を手に、浦上美空(うらがみ みそら)は社殿の縁側から声をかけた。彼女は高校の制服である紺のブレザーの袖をまくり、手際的に落ち葉を掃き清めていく。艶やかな黒髪をひとつに束ね、その瞳は海のように静かで深い。十七歳という年齢不相応な達観を含んでいるように見えるのは、神職である祖父の傍らで、幼い頃からこの社の祭祀を見続けてきたからかもしれない。

 

「美空さんはえらいのう。他のガキゃとっとと逃げ出すいうに」

 

縁側に座った浦上源治(うらがみ げんじ)、美空の祖父でありこの社の神主は、枯れ木のような指で数珠を擦りながら呟いた。

 

「逃げ出すって、どこへ? ここが私の家だもん」

 

 

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美空は屈託なく笑った。だがその笑顔も、浦の入り口に見える黒い高級セダンを見つけると、すっと影を潛めた。

 

「…また来たんだ」

 

セダンから降り立ったのは際立って場違いな女だった。

 

陳姪羽(チェン・ジエユ)。中国系資本の再生可能エネルギー開発企業「日出新能源」の日本支社長を名乗る女である。三十路を越えたあたりか。切れ長の目に鋭い顎のライン。黒のタイトスカートとベージュのトレンチコートを着こなし、ヒールの高い靴で砂利道を平気で歩く。彼女の後ろには、いつも強面の男が二、三人ついていている。

 

「あの女…」

 

美空は雑巾を握りしめた。

 

姪羽が目を付けたのは、この浦一帯の土地だ。断崖絶壁に面したこの場所は、日照時間も長く、送電網への接続も容易という、太陽光発電のメガソーラー用地としては一等地だった。問題は、その中心に綾女神社があること。そして、村がそれを頑として手放さないことだけだった。

 

だが状況は一月前から急激に動き出していた。

 

村長の赤石太郎は六十五歳になっていた。かつて「浦の守り」と唱え、海風に晒されたこの寒村の土地を、資本主義の波から守り抜くと誓った男だった。しかし、歳月は彼の背筋を曲げ、孤独はその信念を風化させていた。妻に先立たれ、子供たちは皆、都会へと去ってしまった。広い村長宅に残されたのは、潮の匂いと、静寂だけだった。

 

その静寂を破ったのは、陳姪羽(チェン・ジーユー)という女だった。

 

中国資本のメガソーラー開発を推進する彼女は、まるでこの村の海が孕む暗い深淵そのもののように、太郎の前に現れた。絹のように滑らかな黒髪、切れ長の瞳の奥に光る狡猾な知性。そして、四十路を超えたとは思えないほど熟れきった女の肢体は、抑えきれないフェロモンを放っていた。

 

「村長さん、お話があるの」

 

 

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訪問した彼女が口にしたのは、土地の買収という言葉だった。太郎は渋い顔で首を振った。だが、陳姪羽は引かなかった。彼女は畳の上にすり寄るようにして、太郎との距離を詰めた。甘く、濃厚な香水の香りが太郎の鼻孔を犯す。

 

「浦の守り……ですか。古い話ね」

彼女の唇が、陶器のような白い歯を覗かせて笑った。

「誰も守れないものを守って、村長さんは一人寂しいのですか?」

 

その言葉が、太郎の胸の奥の空洞を突いた。彼女の白くしなやかな指先が、太郎の枯れ木のような手に重なる。冷たく滑らかな感触に、太郎の心臓が跳ねた。

 

「……離してくれ」

声は震えていた。拒絶の言葉とは裏腹に、彼の体は彼女の体温を求めてしまっていた。長年の禁欲と孤独が、彼の理性を脆くさせていたのだ。

 

陳姪羽は、そんな太郎の弱さを見透かしたように微笑んだ。彼女の指先は、手の甲から腕へ、そして内腿へと這い上がっていく。まるで蛇が獲物を絡め取るように、しなやかに、そして執拗に。

 

「いいのよ、村長さん。私が慰めてあげる」

 

彼女の体が重なってきた。豊かな胸が太郎の腕を圧迫する。熟れた女の肢体の重みと温もりに、太郎の息が荒くなった。彼女の指先が、太郎の中心に触れたとき、彼は電撃が走ったように身をよじった。

 

「あ……ああ……」

「硬くなっているわね。村長さんも男なのよ」

 

陳姪羽の指先は、悪魔的なテクニックで太郎を弄んだ。緩く包み込み、優しくしごき、先端を親指の腹で擦り上げる。その動き一つ一つが、太郎の理性を焼き尽くしていく。彼女の唇が耳元に寄せられ、熱い吐息が吹き込まれる。

 

「ここを売ってくれたら……もっと気持ちよくしてあげる」

 

「だ、だめだ……浦の……守り……」

「守る必要なんてないの。ただ、気持ちよくなりたいだけでしょう?」

 

彼女の指の動きが激しくなる。太郎の腰が浮き上がり、彼女のリズムに支配されていく。頭の中が真っ白になり、かつての誓いが音を立てて崩れ去っていく。彼はただの男に戻り、目の前の快楽に溺れるただの獣になっていた。

 

「うっ……!」

一度目の絶頂が訪れた。太郎の体が痙攣し、白濁した欲望が吐き出される。しかし、陳姪羽は手を止めない。むしろ、その吐き出されたものを利用して、さらに淫らに指を滑らせる。

 

「まだ出るわよね? 村長さん……」

「や、やめ……くっ……」

 

二度目の波が押し寄せる。一度目よりも深く、重い快楽。太郎の口から言葉にならない喘ぎが漏れる。彼女の妖艶な肢体に抱かれ、何度も何度も搾り取られる。三度、四度と果てるたびに、太郎の魂は抜け落ちていった。彼の体は、もう彼のものではなかった。陳姪羽の指先一つでどうにでもなる、ただの肉の塊。

 

「はあ……はあ……」

虚脱した太郎の耳元で、陳姪羽が囁いた。

「さあ、村長さん。承諾書にサインをして。そうしたら、ずっと一緒にいてあげる」

 

太郎の視界はぼやけていた。彼女の熟れた肉体の艶めかしい光だけが、そこにあった。ペンを持つ力さえ残っていない太郎の手を、彼女が白い指先で包み込み、導く。筆先が紙の上を滑る。

 

そこにあったのは、「浦の守り」でも「村長」でもない、快楽にまみれた老人の無様な署名だった。

 

「ありがとう、村長さん」

 

陳姪羽は満足げに微笑むと、立ち上がった。その瞳には、勝利の冷徹な光だけが宿っていた。太郎は冷たい畳の上で、自分が何を失ったのかも分からず、ただ虚ろな目で天井を見上げていた。彼の体には、彼女のしなやかな指先の感触と、犯された罪悪感だけが、焼き付いて離れなかった。

 

⭐️開発

 

「おい、神主」

 

岩段を上りきった姪羽がサングラス越しに源治を見下ろした。その口元には冷笑が張り付いている。

 

「交渉は決まったわよ。村長から話は聞いてるでしょ? 土地の売買契約書に判を押してもらうわ」

 

「断固として拒否じゃ!」

 

源治が立ち上がり、杖を突きつけた。

 

「あそこは神域じゃ! 岩室の上に社がある理由を、お前たち異国人に説明しても無駄じゃろうがな! あれを開けば、何が眠っておるか…!」

 

「古い言い伝えなんて、開発の阻害要因にしかならないのよ」

 

姪羽は鼻で笑い、背後の男たちに顎をしゃくった。

 

「村長から許可をもらっているのよ。もう彼には用はないわ。片付けて」

 

「あ? じいさん邪魔だぞ」

 

強面の男たちが源治に詰め寄る。美空はとっさに祖父の前に立ちはだかった。

 

「何するんですか! 出て行って! ここは私たちの…!」

 

ドンッ!

 

男の一人が美空の肩を乱暴に突き飛ばした。細い体は容易に砂利の上に転がされ、スカートが捲れ上がる。

 

「っ…!」

 

「美空!」

 

源治が叫ぶが、男たちは容赦しない。一人が源治の胸倉を掴み上げると、そのまま社殿の柱に叩きつけた。バキッという鈍い音が響き、源治は苦悶の声を上げて崩れ落ちた。

 

「じいちゃん!」

 

美空は這い寄ろうとしたが、別の男に髪を掴まれ引きずり戻された。

 

「お嬢ちゃんは黙って見てな」

 

男たちの手には重機の鍵が握られていた。境内の端ではブルドーザーがエンジンをふかし始める。

 

「やめて…やめてええ!!」

 

美空の絶叫も虚しく姪羽は悠然とポケットからスマホを取り出して画面を眺めている。

 

「さてと。ちゃっちゃと取り壊しましょうか」

 

ドゴォンッ!

 

最初の一撃は社殿の瓦礫を撒き散らした。歴史を感じさせる木材が悲鳴を上げて粉砕されていく。美空は地面に額を擦りつけながら泣き喚いたが誰も耳を貸さない。

 

そしてついに重機の鉄の爪は社殿の裏手にある岩肌の一部――禁忌とされた岩室の入り口に牙をかけた。

 

バキンッ!

 

長年人々の信仰を受けて封じられていた岩が弾け飛び砕け散る。

 

瞬間だった。

 

美空の耳に届いたのは潮騒とは明らかに違う音だった。

 

ずるり…

 

湿った何かが這いずる音。

 

ごおん…

 

遠雷のようでありながら海底からの呻きのようでもある響き。

 

岩の破片が雪崩のように崩れ落ちる中姪羽が初めて眉をひそめてそちらを向いた。

 

「…何?」

 

黒々とした洞穴がぽっかりと口を開けている。

 

その闇の奥から吹き出してきたのは腐った海藻と獣の死骸を煮詰めたような凄まじい悪臭だった。

 

「ウゲ…何だこの臭いは!?」

 

男たちが鼻を押さえて後退る。洞窟の奥がゆらゆらと蠢いているのが見えた。波打つように、液体のように。

 

「逃げて…ダメ…入っちゃいけないのに入っちゃダメなのそこは…!」

 

美空は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。しかし誰も聞く耳を持たない。むしろこの得体の知れないものの存在に警戒してか男たちは銃器を抜いた。

 

バンッ!

 

威嚇射撃の一発。反響する銃声。

 

すると洞窟の奥からそれが応えた。

 

グオオン!

 

鼓膜を劈くような咆哮。そして次いで聞こえてきたのは複数の蹄が岩を蹴るような音と粘着質な足音。

 

ずるりずるりと。

 

それはゆっくりと確実に迫ってくる。

 

岩陰から一番最初に見えたのは巨大な白い角だった。

 

そしてそれに続いてヌルリと現れたのは。

 

爛々と輝く赤い眼光を持つ異形の首だった。

 

牛の頭蓋骨。

 

いや違う。

 

まだ肉が付き生々しい血の色をした巨大な牛の頭が蛇のように長い首の先についていた。

 

「ひぃ…!」

 

男たちの一人が恐慌状態になり銃を乱射する。だが牛鬼はその狂ったような攻撃など意にも介さずゆっくりと首を巡らせた。

 

先ほど社殿を破壊したブルドーザーへと。

 

牛鬼の頭が口を大きく開けた。

 

ずばぁっ!

 

衝撃波か超音波のような不可視の攻撃。ブルドーザーの分厚い装甲がいとも容易く切り裂かれ運転席から飛び出した操縦士は空中で真っ二つになった。

 

鮮血が雨のように降り注ぐ。

 

「嘘でしょ…」

 

姪羽の顔から血の気が引いた。

 

しかし恐怖で動けない彼女の耳元で低い声が囁いた。

 

「ごおん」

 

陳姪羽は恐怖で凍りついていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼女のこれまでの人生において、恐れるものなど何もなかった。資本という力、欲望という餌、そして女の武器という牙。これら三つを操る彼女にとって、世界など devour すべき獲物に過ぎなかった。

 

されど今、彼女の白く滑らかな肌の上を這い上がるこの感触は、彼女がこれまで一度も触れたことのない領域のものだった。

 

ぬるり。

 

牛鬼の舌であった。

 

黒き潮水を滴らせるその荒い舌は、姪羽の首から鎖骨へ、そして胸へと這い降りていく。冷たく、ざらりとした感触が乳首を掠めた瞬間、姪羽の背筋に電撃のような戦慄が走った。

 

「い…いや…!」

 

初めて聞く彼女の怯えた声だった。

 

牛鬼の赤き眼が、至近距離から彼女を覗き込んでいる。その瞳の奥には、幾百年という闇と、海底で蓄積された飢餓と、そして何より――人の心の弱さを貪り食らう愉悦のようなものが宿っていた。

 

「…た…たす…けて…!」

 

姪羽の声が震える。まだ状況を呑み込めていない男たちの一人が、慌てて銃を構え直し、牛鬼の胴体に向けて引き金を引いた。

 

パンパンパンッ!

 

銃弾は牛鬼の黒き毛並みに当たるが、まるで砂に石を投じたかのごとく、その厚い皮膚を貫くことはなかった。牛鬼は鬱陶しげに巨体を揺すった。ただそれだけの動作で、男の体は横へ弾き飛ばされ、岩肌に叩きつけられて動かなくなった。

 

「あ…ああ…」

 

残った男たちも恐怖に腰が抜け、這いずるように後退る。

 

牛鬼は姪羽の体を太い前脚で押さえつけたまま、ゆっくりとその長き首を伸ばし、彼女の顔に鼻を近づけた。腐った潮と獣の脂の混じった息が、彼女の顔を包む。

そして、牛鬼の口から漏れた声。

「怨 おー〜〜ん」

数百年前と変わらぬ言葉。その意味を姪羽は理解できなかった。されどその声の底に潛む怨念のようなものが、彼女の魂の根底を震わせた。

 

牛鬼の長い首が、姪羽の体をまさぐるように這い回る。巨体の下で押し潰されそうになりながら、姪羽は初めて自分の無力さを知った。

 

金がだめなら体がだめなら何がだめなのか。

 

自分の全てが、この怪物の前では通用しない。

 

牛鬼の舌が再び姪羽の太股を這い上がる。冷たく粘つく液体が肌を伝い、白い脚に黒い筋を引く。姪羽の体は恐怖に震えながらも、その触覚に抗えず、彼女の瞳から涙が溢れた。

 

それは彼女が初めて流した、本物の涙だった。

 

⭐️浦上美空の祈り

 

「じいちゃん…!」

 

美空は崩れ落ちた源治の元へ這い寄った。源治は胸を押さえながら荒い息をついている。脇腹に鈍い痛みが走っているのか、顔が歪んでいる。

 

「美空…聞け…」

 

源治が弱い声で囁いた。

 

「お前は…綾女の…血じゃ…」

 

「え?」

 

「あの巫女様は…己が身を以て鬼を封じた…されど封印は永遠ではない巫女が…その身を以て…封じ続けておるのじゃ…」

 

源治の声が途切れ途切れになる。

 

美空の手が止まった。

「美空…お前の中に…綾女の力が…流れておる…あの岩室の奥で…眠っておるのじゃ…」

 

源治が美空の頬を枯れ木のような手で撫でた。

 

「お前は…もう…気づいておるはずじゃ…夜ごと聞こえる…あの声に…」

 

美空の体が硬直した。

 

そうだった。

 

幼い頃から、夜ごと聞こえていた声がある。社殿の奥、岩室の方から聞こえる、甘く切ない、そしてどこか苦悶を含んだ声。

あれは古い、もっと遠い、けれど確かに血脈の中に流れる声。

 

綾女の声だった。

 

美空の瞳から涙がこぼれた。しかし同時に、その瞳の奥に、これまで見せたことのない光が灯った。海のように静かで、月のように冷たく、されど燃えるような光。

 

美空は立ち上がった。

 

「じいちゃん、私が行く」

 

源治の目が見開かれた。

 

「美空…お前…」

 

「分かってる。母p綾女様もそうしたんでしょう。なら私もそうする。ここは私の家だもん。私が守る」

 

美空は社殿の残骸の中から、一つの木箱を見つけ出した。その中には、代々社に伝わる榊の枝と、白き紙垂が納められていた。

 

美空は榊を手にし、岩室の方へと歩き出した。

 

その背中は、十七歳の少女のものとは思えぬほど、真っ直ぐだった。

 

⭐️岩室

 

岩室の入り口は砕け散り、暗き穴がぽっかりと口を開けていた。そこから漂う腐臭は強まり、潮風に混じって村全体を包み込みつつあった。

 

美空は裸足のまま岩室へと向かう。途中、地面に倒れたままの姪羽と、その上に覆いかぶさる牛鬼の姿が見えた。

 

牛鬼は姪羽の体を弄ぶように、長い舌で彼女の肌を舐め回していた。姪羽の口からは恐怖と快楽が入り混じったような声が漏れていた。

 

「あ…ああ…や…やめ…」

 

その声が、美空の耳に届いた瞬間、美空の中で何かが反応した。

 

声ではない。

 

体の奥底、血脈の深いところから湧き上がる熱。

 

綾女の記憶。

 

数百年の封印の間、代々の巫女の血の中で眠り続けていた記憶が、美空の中で目を覚ました。

 

美空は立ち止まった。

 

そして、静かに制服のボタンを外し始めた。

 

紺のブレザーが砂利の上に落ちる。白のブラウスが風に舞う。スカートの留め具が外れる音が、潮風に混じる。

 

「…何してんの?」

 

姪羽が牛鬼の下から声を絞り出した。

 

「…お前…」

 

美空は答えない。ただ静かに下着を脱ぎ捨て、白き肌を夜気に晒した。月の光がその体を青白く照らす。

 

その姿は、数百年前のあの夜と同じだった。

 

若き巫女が、己が身を以て鬼を封じた夜と。

 

美空は岩室の入り口に立ち、深く息を吸い込んだ。潮の香りが肺を満たす。その香りの中に、微かに女人の香気を感じた。母の香りだった。そして綾女の香りでもあった。

 

「…来ませ」

 

美空の唇から漏れた言葉は、彼女自身のものではなかった。

 

綾女の声だった。

 

数百年の時を超え、血脈の中で受け継がれてきた声。

 

 

【挿絵表示】

 

 

牛鬼が動きを止めた。

 

姪羽から離れ、その巨大な頭をゆっくりと美空の方へと向けた。

 

赤き眼が、美空の裸身を捉える。

 

「…う…しお…に…」

 

美空の唇が紡ぐは古き言葉。

 

「…この身を…貪れ…」

 

牛鬼の鼻が鳴った。欲望と飢餓が入り混じった吐息が、美空の体を包む。

 

美空は逃げなかった。

 

一歩、一歩と、岩室の奥へと歩を進めた。冷たい岩の上に素足が触れる。潮水が足首を濡らす。

 

牛鬼が後に続いた。

 

ずるり。ずるり。

 

巨体が岩肌を擦る音。岩室の入り口から漏れる月光が、牛鬼の背中の海藻を銀色に染め上げる。

 

美空は岩室の奥へと入り込み、冷たい岩の上に座した。

 

そして、綾女がしたのと同じように、自らの脚を開き、指を這わせた。

17歳の少女のみずみずしい割れ目が躊躇いなくさらされた

 

「…ああ…」

 

美空の唇から漏れる声は、甘く、そして切なかった。

 

十七歳の少女の細き指が、自らの秘所を開き、露を溢れさせる

 

潮風が岩室の中を吹き抜け、美空の黒髪を揺らす。その香気が岩室の奥へと満ちていく。

 

牛鬼が近づいてきた。

 

赤き眼が、闇の中で燃えるように光る。

 

長き首が伸び、美空の白き肌に鼻を近づける。腐臭と潮の香りが混じり合う。

 

「…んっ…」

 

牛鬼の舌が、美空の太股を舐め上げた。冷たく、ざらりとした感触。黒き潮水が白き肌に黒い筋を引く。

 

されど美空は逃げなかった。むしろその舌を迎えるように、自らの脚をさらに開いた。

 

「…おお…来たれ…この身を…貪れ…」

 

綾女の言葉が、美空の口から流れる。

 

牛鬼の巨体が、美空の上に覆いかぶさる。岩室の天井に頭がぶつかり、小石が降り注ぐ。四本の脚が岩を砕く音が響く。

 

美空の体が、牛鬼の重圧の下で軋む。肋骨がきしむ。息が詰まる。されど美空は眼を閉じなかった。牛鬼の赤き眼を、真っ直ぐに見つめ返した。

 

牛鬼の胴体より伸びる異形が、美空の秘所に触れた。

 

「…んぐっ…!」

 

痛みと、されど何か別の感覚が混じり合う。

 

美空は牛鬼を受け入れた。

「んぐっ…!」

 

異形が侵入してくる。

 

棘に覆われた牛鬼の生殖器が美空の秘所を割り開き一気に奥へと突き進む。

 

裂けるような痛み。内臓をかき回されるような圧倒的な異物感。美空の背筋が弓なりに反り上がり喉から悲鳴が漏れそうになる。

 

されどその悲鳴は牛鬼の口によって塞がれた。

 

長き首が伸び牛鬼の荒い舌が美空の口内を犯す。粘つく潮水が喉の奥へと流し込まれる。呼吸ができず目の前がちかちかと明滅する。

 

「ん…んんぅ…!」

 

苦悶と嗚咽が混じり合う。

 

されど牛鬼は容赦しない。

 

一本目の生殖器が子宮口を打ち据えるかと思いきや二本目のそれが後ろの窄みを狙って押し入ってきた。

 

「ひぃっ…!」

 

肛門をこじ開けられる激痛が脳髄を走る。二つの穴を同時に貫かれ美空の体は串刺しにされた小動物のように痙攣した。

 

想像絶する苦痛。されどそれはほんの一瞬のことだった。

 

牛鬼が腰を振り始めた瞬間苦痛は別の何かへと変容し始めたのだ。

 

ずちゅっ…ずちゅっ…

 

淫らな水音が岩室に響き渡る。

 

牛鬼の生殖器は棘のごとき突起で美空の内壁を擦り上げながら動き回る。その刺激は痛みでありながら同時に身体の奥底に眠る女としての本能を強烈に目覚めさせた。

 

「あ…ああっ…!」

 

美空の口から漏れる声が苦悶から甘い響きへと変わっていく。

 

牛鬼の舌が口内を蹂躙し唾液が顎を伝って滴り落ちる。されどその味は次第に甘美な毒のように美空の理性を溶かし始めた。

 

「んっ…あっ…ああっ…!」

 

身体の奥から熱が湧き上がる。

 

子宮が疼き腸壁が震える。牛鬼に犯されるたびに身体の芯が溶けていくような灼熱感が全身を支配していく。

 

これは交わりにあらず。戦なり。

 

頭の中でそう唱えるものの身体は既に鬼のリズムに飲み込まれていた。

 

腰が勝手に動き牛鬼を受け入れようと無意識に収縮を繰り返す。

 

「いや…こんな…こと…っ!」

 

美空は涙を流しながらも牛鬼の巨体に脚を絡め始めていた。

 

白い太股が牛鬼の黒い毛並みに絡みつく。

 

爪が岩肌を削り血が滲む。

 

されどその痛みさえも快楽のスパイスとなっていた。

 

牛鬼は美空の反応を楽しむかのようにさらに激しく腰を打ち付けた。

 

二本の生殖器が交互に奥を突き上げる。

 

「ああっ! あっ! ああっ!」

 

美空の嬌声が岩室に響き渡る。

 

それは十七歳の少女の声ではなく数百年の時を超えた女の叫びだった。

 

綾女。

 

その名が美空の中で響いた。

 

かつてこの岩室で鬼と戦い身を捧げた巫女の記憶が快楽の波と共に押し寄せてくる。

 

綾女もまたこの快楽に抗いきれず鬼に身を委ねたのか。

 

それともこの快楽こそが鬼を捕らえる最後の鎖だったのか。

 

「ああっ…神よ…鬼よ…この身を…貪れ…!」

 

美空の口から綾女の言葉が溢れ出す。

 

意思ではない。

 

血脈に刻まれた術式が快楽と共に解放されていく。

 

牛鬼の動きがさらに激しくなる。

 

獣の唸り声が耳元で響き腐臭と潮の香りが鼻腔を満たす。

 

されど今その臭いさえも甘く感じられた。

 

「いくっ…いくいくいくっ!」

 

美空は絶叫した。

 

身体中の神経が焼き切れるような灼熱の奔流。

 

子宮が痙攣し腸壁が収縮する。

 

全身の血が沸き立ち魂が肉体から弾け飛ぶような圧倒的な絶頂。

 

「い…きます…鬼よ…共に…果てよぉっ!!」

 

その瞬間だった。

 

美空の全身からまばゆき白き光が放たれた。

 

絶頂と共に解放されし巫女の霊力が岩室に張り巡らされし結界を一気に起動させたのだ。

 

光は牛鬼の巨体を包み込みし牛鬼は驚き吼えた。

 

「ぎゃああああ!」

 

海底の死人の呻きにも似た絶叫。

 

牛鬼は逃げようと体を引き抜かんとせしがすでに遅かりき。

 

絶頂の痙攣に絡め取られたるがごとく牛鬼の体は光の鎖に縛られ岩室の奥へ奥へと引きずり込まれてゆきぬ。

 

美空は牛鬼を抱いたまま白き光の中に倒れ伏した。

 

⭐️エピローグ

 

まばゆき白き光が岩室を満たしやがて潮の音だけが残された。

 

美空は冷たい岩の上に倒れていた。

体は鉛のように重く、四肢には感覚が残っていなかった。ただ胸の鼓動だけが遠くで聞こえる。生きている。その事実を噛みしめる余裕もなく、美空はただ天井を見上げていた。岩室の天井には細かな亀裂が走り、そこから朝の光が一条だけ差し込んでいる。

 

「……終わったの」

 

声はか細く、掠れていた。

体の奥にはまだ牛鬼の侵食の感覚が残響のように震えている。子宮も腸も唇も、すべてが熱を持って脈打っていた。それは痛みではなく、身体に刻み込まれた恐怖と快楽の記憶そのものだった。

 

美空は震える手で岩壁をつかみ、ゆっくりと体を起こした。

白い肌には黒い潮水の跡が幾筋も走り、太股には赤黒い体液が乾いてこびりついている。乱れた黒髪が頬に張り付き、涙の跡が白く濁っていた。

 

「……歩かなきゃ」

 

美空は裸のまま岩室の入り口へと向かった。

一歩踏み出すたびに足元がふらつき、膝が折れそうになる。されど美空は止まらなかった。約束したのだ。ここは自分の家だと。守ると。

 

岩室の入り口が見えた。

外の空気が潮の香りと共に流れ込んでくる。朝の光が眩しい。

 

そして、入り口の近くに誰かが倒れているのが見えた。

 

陳姪羽だった。

 

彼女は地面に這いつくばり、岩室の入り口に手を伸ばしていた。トレンチコートは引き裂かれ、タイトスカートは腰のあたりまでめくり上がっている。白い背中には牛鬼の爪と思われる赤い痣が幾つも走り、臀部には黒い粘液が光っていた。

 

「……逃げなきゃ……」

 

姪羽は独り言のように呟きながら爪を岩肌に食い込ませて這い進もうとしていた。その顔からはあの冷徹な知性も勝気な強さも消え失せていた。あるのは恐怖に歪んだ獣の顔だけだった。

 

美空は姪羽の横を通り抜けようとした。

 

「……助けて……」

 

姪羽が美空の足首を掴んだ。その手は氷のように冷たく震えていた。

 

「……お願い……私も……連れて行って……」

 

美空は姪羽を見下ろした。かつてこの浦を我が物にしようとした女。祖父を傷つけ社を壊した女。されど今の彼女はただの怯えた女だった。

 

「……入り口はそこです」

 

美空は静かに言った。

 

「……早く」

 

姪羽は這い上がろうとした。

爪を立て必死に体を引きずる。

あと数メートルで外に出られる。

朝の光が差し込む場所まで。

 

その時だった。

 

ずるり。

 

岩室の闇の奥から何かが伸びてきた。

 

それは黒い触手だった。

牛鬼の体の一部かあるいは岩室そのものが生み出した異形のものか。

粘つく黒い液体にまみれた触手は蛇のように素早く姪羽の足首に巻き付いた。

 

「いやっ!」

 

姪羽が悲鳴を上げた。

必死に岩肌にしがみつこうとするが触手の力は圧倒的だった。

ずるりと姪羽の体が岩室の奥へと引きずり戻されていく。

 

「だめっ! 離して! 離してよおおおっ!」

 

姪羽の爪が岩肌を削り血が滲む。

されど触手は容赦しなかった。

彼女の体を岩室の闇へと引きずり込みながらさらに別の触手が彼女の衣服を完全に剥ぎ取った。

 

「いやあああっ!」

 

全裸になった姪羽の白い肌に触手が絡みつく。

一本が太股を這い上がり割れ目を割り開いて侵入してくる。

 

「あぐっ!」

 

姪羽の目が見開かれ口から泡を吹く。

別の触手が後ろの窄みを狙いさらに一本が口の中へとねじ込まれた。

 

「んぐっ! んんぅううっ!」

 

姪羽の体が空中に持ち上げられ三つの穴を同時に犯される。

激しい抽挿が始まり白い肌が赤く染まっていく。

 

「あっ! ああっ! ああああっ!」

 

姪羽の悲鳴が嬌声へと変わる。

恐怖と快楽が混ざり合い理性が崩壊していく。

彼女の目から涙が溢れ口から涎が滴り落ちる。

 

その光景を美空は入り口から見ていた。

 

岩室の外には村人たちが集まっていた。

源治を抱えた老人たち。遠くから様子を窺っていた漁師たち。

彼らは皆一様に青ざめた顔で岩室の中を覗き込んでいた。

 

「……あれは」

 

誰かが呟いた。

 

岩室の中で姪羽が触手に犯されながらもその目は村人たちの方を向いていた。

助けを求める目ではなかった。

ただ恐怖と快楽に狂った虚ろな目だった。

 

そして触手は姪羽を連れて岩室の奥へと消えていった。

 

その瞬間岩室全体が震えた。

 

ズズズズズ……

 

岩肌が軋み天井から小石が降り注ぐ。

入り口の岩が内側へと動き始めたのだ。

 

「閉じる……」

 

美空が呟いた。

 

かつて綾女が牛鬼を封じた時と同じように岩室自らが口を閉じようとしている。

姪羽という新たな生贄を飲み込んで。

 

「逃げろ!」

 

誰かが叫んだ。

村人たちは慌てて岩場から離れていく。

 

美空も最後に一度だけ岩室の中を振り返った。

 

闇の奥から微かに聞こえる姪羽の喘ぎ声。

そしてそれに呼応するかのような低い唸り声。

 

牛鬼はまだそこにいた。

そしてこれからもそこに在り続けるのだ。

新たな巫女と新たな生贄と共に。

 

ズズズ……

 

岩が重なり合い最後の光が遮られる。

岩室は完全に閉じた。

 

後に残されたのは冷たい岩壁だけだった。

そしてそこから微かに漂う潮の香りと女人の香気。

 

村人たちは岩壁の前に跪き手を合わせた。

美空もまた裸のまま跪き深く頭を下げた。

 

牛鬼の怪異は終わった。

されど封印は永遠ではない。

またいつか誰かが封を解く日が来るかもしれない。

その時また新たな巫女が立ち上がるのだろうか。

 

美空は目を閉じた。

体の中に残る牛鬼の感触を感じながら。

そして心の中で静かに祈った。

 

どうかこの浦に平和がありますように。

どうか二度とあの岩室が開かれませんように。

 

潮風が吹き抜け美空の黒髪を揺らした。

朝の光が岩場を照らし海は穏やかに波打っていた。

 

牛鬼海鳴記

――終――

 

 

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