異能幸運レアドロップでイキ抜く♡ピネスと校長の不気味なダンジョン冒険記Re: 作:山下敬雄
⬜︎タコイカ学習帳
ちかる:は?
ハぬけ:?
ちかる:なんでさっきから普通にぶっ殺してんの
ハぬけ:なんでって? ダンジョン? …だから?
ちかる:躊躇とかないの?
ハぬけ:躊躇って言われてもなぁ、向かってくるから倒す、向かってくる前に倒す、ぶっ殺す、──ってなかんじで?
ちかる:は? なにそれ無理っ、五歩以内に近寄んないで、ゼッタイ
ハぬけ:なんでだよっ!(なんでごほ?)
サンチュ:はぁはぁ…せんぱーい、ゴブリンはじめて倒せましたー!
浦木先輩:あぁー、おぉー、やるじゃねぇか。
サンチュ:えへへへ
浦木先輩:
浦木先輩:
サンチュ:
浦木先輩:
ちかる:は?
ハぬけ:なぜ、俺をそうも威圧するんだ…?
サンチュ:あははぁ…
サーガ:亭主、どのようにかようにズバっと敵をお斬りに?
亭主:んー? あぁーなんつぅーんだろ。なんとなく…と言いたいところだがー
亭主:──ごほんっ! あぁー…とにかくそうだな、あいつらに近寄ったときは……ここでこうガッとして上手く倒したいとか、おっこいつなら俺の剣でもこのまま勢いで勝てるぜッとか、この場面…なにがなんでも倒してぇとか、そんな事しか考えてねぇー…な? あと校長にクリティカル出せって命令されたときに備えて、この辺でクリティカル出してぇ、おっでたでたラッキー!!とか、なっ!
サーガ:し、至極…………混乱
亭主:まっ、まぁなんだ? なんとなく…そうだっ! 強くなりたいって思って斬ってるのかもしれないな?
サーガ:強く…なりたい? お斬りになりながら?
亭主:なんとなくな、なんとなく強くなりたい、うん。そうだっ! あぁーわかったこれ──なんとなく力を高める! これだっ
サーガ:
サーガ:
亭主:
サーガ:なんとなく力……つまり……行雲流水────なるほど…至極、至極感嘆! 亭主、お見それ!
亭主:おっおぅ、そうそれッ! 幸運龍水! な、簡単だろ? はは
サーガ:感嘆感嘆ッ!
ちかる:(強くなりたい…)
かくして到達した《不黒ダンジョン12F》
モンスターを倒し経験を積み、パーティー4人は唯一の男手でありダンジョン指南役であるピネスを先頭に石の通路をすすんでいく。
⬜︎
「どう、異能?」
ピネスは引率リーダーとして定期的にそう問う。なにか異能発現の兆候が出ているか、率いる女子三人に道すがら問うている。例のオレンジさんに『壊れたラジオみたい』と、皮肉か冗談を言われつつも彼は愚直にも問い続けていた。
「行雲流水、至極発現、飲みなさい」
サーガは茶室から持参した茶碗に点てた茶を、ピネスにすすめ飲ませる。
「ん? さんきゅー、──おっ? なんか?」
「滋養強壮、薬草茶。行雲流水の心で煎じ点てた薬草茶」
「なんかわからねぇが……つまりは異能【薬草への理解度UP】ってところか?」
「至極理解、道端の薬草をラーゴム、ダンジョン&ラーゴム、ふんふんふふっ」
飲み干したピネスは茶碗を丁重にサーガへとお返しする。一歩引いたところから見るとそれは何度か繰り返された人体実験のようにもみえるが、ピネスは気にせず。サーガの茶を飲んだあとの自分の体の変化を感じ取りながら、タコイカ学習帳に記載された数値を眺めてみたりする。
「せんぱーいみてみてー異能【なんかちょっと手のひらが光るー!】」
「シールド値が回復したのか? え──おぉ、まじだ光ってんな!?」
茶の渋み味わいを口内に感じながら学習帳と睨めっこしていると、後ろから後輩のサンチュが駆けて寄ってきた。
ピネスは元気に手を光らせ待つサンチュに自分の手のひらを重ねてみる。手と手を離した時、自分の手のひらは光らずサンチュの手のひらは光ったままだった。
校長なら、自分にしたように色々調べるだろうと、引率リーダーらしく彼女らの異能の効果をなんとなくもアレやコレやを試し試されながら探っていく。
ピネスは一旦、その光りっぱなしのもったいない異能をオフるようにサンチュに伝えた。サンチュは先輩の指示に了解し右手にチカラを込めていく、それでもダメで光る手を振り回し、なんとか発動していた異能をOFFにした。
ここまで2人の異能の試用は順調。ピネスは学習帳に、異能の試用状況を副島が言っていた便利な自動記述でメモらせながら────
ふと、目を余ったオレンジお一人にスライドし合わせてみる。そして引率リーダーである彼は、今までの自然な流れに乗って彼女に話しかけた。
「で?」
「は? ないけど」
「ないか?」
「ない」
「すでに発現して」
「ない。そもそもないんじゃないそんなの」
「いやいや俺も俺の異能が幸運だって気づ」
「あんたが幸運? ハぬけなのに?」
「あぁハぬけだけど幸運。校長いわくレアドロップアイテムが出やすくなるらしいぞ。あとおまけにクリテぃ」
「なにそれ、つまんな、もっと派手なのないの?」
「っおいそう言われてもなぁ……たしかに幸運なんて御守り程度に聞こえる地味だけどな。まぁなんかお前も、変なこと起きたり気付いたら教えろよ? 俺も俺の目で見てわかったこと教えるからさ、木浪の異能」
「ふぅーん、ハぬけが余計なお世話じゃん」
「これは世話というかクエストというか……ってかさ、やっぱりお前、さっきなんか超能力っぽいの発現して」
「ない」
「よなぁ」
木浪の異能は発現していない。本人がそう申告しているなら、ピネスはそう納得するしかない。
そんや二人の特別な空気感のやり取りを、後ろで並び眺めていたサンチュとサーガ。サンチュは聞き入った刺々しい会話劇に苦笑いを浮かべつつ、隣のサーガにつぶやいた。
「あははぁ……浦木先輩と木浪先輩って……仲、悪いのかなぁ?」
「それは至極……難解。亭主は彼女を遠い遠い記憶の中の幼馴染と言っていたよう」
「えぇー先輩と先輩が幼馴染!? うそぉ、いつーー!? わたしそんなの聞かされてないーー!!」
「茶道を用いれば亭主側近、これぐらいの情報入手、至極当然ッ」
「ええーー!? いつのまに茶道すごぉお!? って、わたしもきいて良かったのかなそれ??」
「至極……とうッ……」
突然──青い瞳が鋭く、後ろの女子二人に振り返った。そのただならぬジト目に睨まれたサンチュは、びくりと心臓を跳ねさせ、異国の茶人侍は頭の笠をくいと下げななめに深く被りだした。
また一通りの確認や雑談も終わり、特に危なげないダンジョンの通路石道を一行は進んでいく。
だがここで不測にも、先導していた男は小石に躓くような軽いアクシデントに見舞われてしまった。
「──痛てっ」
「は? 何いきなりこけてんのダッサ」
「えぇ……いやなんか今引っ張られ? ──あっ」
「なにが」
「おい、やっぱりソレ異能じゃ」
「ハ? なにがどういう異能? なんであんたが勝手にダサくこけんの?」
「だからそのーなんかその一種のよくある物体をなんか……いいかんじにラーゴムするハンドパワーみたいな……うーー……なっなんでもねぇ、忘れてください木浪さん!」
「ぷっ、さっさと前歩いて、余計なお世話さん」
「おっおぅ? わかった」
躓きこけたピネスをオレンジ髪は一瞬笑う。彼女がじぶんに笑ったのは何年ぶりだろう──、その記憶にはすぐには思い出せない。ピネスはもう鮮明には思い出せないが、特段その彼女の見せる笑みがおかしいとも思わない。
不自然にほどけた靴紐をしっかりと結び直して、汚れたダサい普通のスニーカーは、さっきよりも力強く前へと踏み出した。
ダンジョン12Fまだまだ道は半ば。ツギハギ縫われた彼の勇ましいブレザー背は、またしっかりと同校女子生徒たちを率い、暗がりに染まる未知の道へと足音を刻み進んでいく。
⬜︎タコイカ学習帳
降って降ってのらりくらり────
校長の指令でダンジョン地下20Fまでの踏破を目指すブク高の一行は、順調。コボルトやゴブリンをその剣その刀その杖で滅しながら進んでいく。
ハぬけ:おー、ヤルじゃねぇかナイスゴブリン
ちかる:は?
ハぬけ:あ? あぁーじゃなくてナイス木浪! ナイスゴブリン退治!
ちかる:なにがナイスなの?
ハぬけ:え? だから…倒せたじゃん? そのなんつぅか記念…すべき?
ちかる:はぁ、あんたが全部倒せばいいじゃん、ハぬけ。何が記念なの
ハぬけ:俺が? いやいやいやいや…さすがに俺、あぁー、体育3だし? ははは
ちかる:そっ、じゃわたしが全部倒す
ハぬけ:ははは──え? いやいやなんでだよ?
ちかる:倒さないんでしょ?
ハぬけ:いや倒すよ倒す! 倒すは倒すっ倒すがゼンブはーぁ…数が極端すぎやしませんか…? ソレ? 木浪さんっ、なぁ?
ちかる:は? 必死すぎ、冗談──しらないの?
ハぬけ:冗談かよっ、ジョーダンって…そのソレ…できれば最初に言ってくれたり? その手法…心臓に、わるくね?
ちかる:最初にいったら冗談にならないじゃん、馬鹿なの?
ハぬけ:なんつぅ…正論を…
サンチュ:浦木先輩って妹いたりしますか?
浦木先輩:いもうと? いないけど
サンチュ:弟!
浦木先輩:いないが、一人っ子
サンチュ:ほふぅーーん、そうなんですね!
浦木先輩:そうだが、サンチュおまえは? ぎゃくに兄弟いるの?
サンチュ:えっ!、。? ──あははぁ…いた……かなぁ
浦木先輩:いたってなんだそれ?
サンチュ:いえいえっ! あっ!! なんか先輩似てるなって! そのっ話す雰囲気が!
浦木先輩:俺がぁー……似てる? ふんいき?
サンチュ:むかし飼っていた亀吉に!
浦木先輩:かっ…かめ? きち? 亀って話すの?
サンチュ:そうなんですよ、呼ぶと尻尾ぶんぶんってかわいいんです♡!
浦木先輩:亀って…尻尾ふんの?
サンチュ:はい? 犬だからそりゃ振りますよ、亀吉?
浦木先輩:犬かよっ! かめきちっ! めちゃくちゃまぎらわしいな
亭主:ところでその、前に茶室で言っていた、はめんがんし…? ってなに
サーガ:波綿岩死…甲賀流忍びの秘術にて心得
亭主:こっ、こうかりゅう?
サーガ:滋賀甲賀流忍びツアー、甲賀市おシノビーランドで会得、至極忍耐…の日進月歩
亭主:うー…つまりニンジャ?
サーガ:至極忍者っ、心の水庭を作り出す秘術。行雲流水の心と至極酷似、至極相違
亭主:うー…あぁーなるほどな、ラーゴムちょーどいい勉強になったわ
サーガ:これぐらい至極当然っ、ラーゴム
かくして辿り着いた《不黒ダンジョン18F探索13分の小部屋》
此度の冒険の引率リーダー、その役目の終わりもだんだんと見えてきた頃。ピネスはここで、20Fに潜んでいるであろう階層ボス戦へ向けての英気を養うしばしの休憩を提案した。
⬜︎
ランチタイムはおにぎりと粗茶で。
モンスターを滅した連なる通路が一つだけの小部屋、見張りのしやすいその安全地帯で、カロリーを補給していく。
ダンジョン特権として、豪華なおにぎりの品々を奮発していただけるのは、──嬉しい。
此度のダンジョンでは茶人まで付き添い、良いお茶碗で粗茶までいただける、至極の贅沢にほっと浸りながら。
豪勢な腹ごしらえを終えた四人は、──それぞれ自由タイムに。ダンジョンにて発現したのは、年頃の学生のノリ。引率リーダーも、メンバーの女子たちも、そう先へ先へと慌てることはないと思いこの自由な時間を設けることに賛成していた。
ピネスは、なんとなく読もうと思っていたタコイカ学習帳を奪われた。そして、道中で入手したアイテムなどのことを、ノートを横からかっぱらったオレンジさんに淡々と質問責めにあう。
茶人にして侍の水野サーガは、ドロップアイテムの茶器を惚れ惚れと手に取りその柄を眺め、夢中。ダンジョンでそのような骨董品の品々が落ちるとはピネスも思わず。異能幸運がもたらした奇跡なのか、現在検証中である。
サンチュは壁に向かい異能の練習をしている。
『あぁー、なんだろな、こうして隠して……こうやってぇ! ゴブリンの目潰しとかに案外つかえそうじゃね?』
『は? 下から当てて──写真映えとか』
『おい──なんで今俺を撮った?』
『読書の際に、至極便利』
などなどの、先輩方にもありがたいアドバイスをたまわり、後輩は異能を幾度も己の右手のひらに光らせる。
「目潰し、バエ、読書!」
ダンスレッスンで大鏡に向かいするよう、力を込めかざした手の光が、ダンジョンの石壁を明るく照らしだす。
「こうしてぇ目潰しッ目潰し────めつぶ…? んん? おやおや? なにこれぇ? ぴとっ──」
光照らされた石壁にはなにやら、円環状の模様が刻まれていたことにサンチュは気付いた。サンチュは気になったモノに、とりあえずその場のノリで手のひらで触れてみる。
──だが、何も起こらず。
ひとり、可愛く首を傾げたサンチュ後輩は、遠くで憩う先輩にその事を一旦報告することにした。
「せんぱぁーーーい! なんかカベにもよ」
「よけろっ!!」
「ぅへ?」
それは、振り返る背を襲う凶刃。突如サンチュの背後に現れた黒骸骨の剣士は、骨腕をきしませ掲げたその剣を振り下ろした。
しかし間一髪、元気に振り返る後輩に迫った危機殺気に、いち早く気付いたピネスは、横から後輩の体を掻っ攫い、天から一直線に振り下ろされた黒骸骨の剣を避けることに辛くも成功。
繰り出したやむを得ぬタックルで、地に勢いよく転けた2人。不意におとずれた緊張のシチュエーションに、ピネスはすぐさまその身を起き上がらせていく。
「っぶねぇ……んなっ!?」
ピネスが起き上がり、腰のホルダーから剣を抜き取ろうとしたのと同時に、不意に視界に入って来たのは──
紫の長舌をおどけて出した小悪魔が2匹、何かをピネスに向けて同時に放った。
魔力を帯びた濁ったマジック光線を、浮遊する小悪魔からピネスは受けてしまった。何か不吉な感じのする魔力ビームを2匹から同時に浴びた。そんな連続する混乱の最中に、走る骨音が耳に聞こえてきた。ブラックスケルトンが、小悪魔の不意打ちに連動し仕掛けてきた。
「痛痛痛ってぇ……ェこの野郎!!!」
勢いよく刺突された左の脇腹を気合いで締め、カタカタと震える骨腕ごと離さず──右の剣鞘から右の逆手で柄を取り、シームレスに己の剣を抜き出した。そして、ピネスは勢いのままに敵の骨身ごと天へと向かい切り上げた。
入ったカウンターの剣で緋色に染まる切り傷を負った黒骨を、表情顰めるピネスはそのまま、畳んだ右足で蹴り飛ばす。
やがて、クリティカル陽術【バーンファイア】は時間差で起爆し、顎の外れたされこうべだけがカタカタと鳴り、落ちた地をのたうち回っている。
「んなろうが……シールド値が肩代わりするって言われても……いてぇ」
「浦木先輩っ!?? だっ大丈夫ですか!?」
「あぁ、たぶん装備がいいから死んでは……いねぇが──よっと! はぁはぁ……ちょっと気抜いてた、わりぃ」
また飛んできた不吉な魔力ビームを翠の刃で受けとめる。そしてそのまま刀身に含んだ敵の魔力をささやかな雷撃と変えお返しした。クイック発動された青雷は、2匹の小悪魔を荒く狙撃し、滅。
さきほど無防備なところをまんまとやられた意趣返しを。舌を出しおどけていた小悪魔をもっと痺れる間抜け面に変え、瞬く間に討ち取った。
石壁に描かれていた円環模様はいつの間にか濃く、赤黒く、染まりきっている。それは、魔の光に照らされないと見えない悪意のトリガー、トラップだったのか。ブク校パーティーの生徒たちはそんな事を気にかける余裕もなく。
続々と召喚──倒したと思えばまた湧き出てきた軋む骨の戦士たち、嗤う小悪魔たちに。
「だろうと思った!!」
ピネスは脇腹に刺さった剣をぶん投げ、遠くで霞み現れてきた小悪魔のふざけた舌にブッ刺した。
冷や汗がながれる──。18F、これまで見たことのない未知のモンスターの出現、遭遇に、4人にビリビリと緊張の空気が走る。設けていた休憩の時間、そのゆるやかな雰囲気などはとっくに打ち切られ無くなっている。
不吉な魔の風を浴びたような悪寒が、己の体を蝕んでいくのを、戦闘モードに移行し集中するピネスには分からない。その体がいつもとは違う警告と熱を出せど、そのときばかりは気付かなかった。
たとえ手痛いダメージをもらおうと、ダンジョンで襲いくるモンスターには、その身を守るシールド値のかぎり剣を構えなければいけない。
たとえ道中誰かが仕組んだアンラッキーなトラップに見舞われようとも、ルールに則り力の限り戦わなければいけない。
ブク校の誇るラッキーボーイに突然舞い込んできたのは、アンラッキーなシチュエーション。深く呼吸するツギハギブレザーの背を心配そうに見つめるのは、初ダンジョンを共にする仲間の女子たち。
この時、この厄介なシチュエーションばかりは、その汗ばむ剣柄を握りしめる気持ちは、ただの気の抜けた〝なんとなく〟ではなく。
引率リーダーとして、男として────
浦木幸は、乾いた肌に溜まった汗粒を置き去りに走り出した。
1Fの頃より硬さがなくなり、連勝と経験を順調に重ね連帯感が上がり、逆にここまで緊張感というものが得難く抜け落ちていたのかもしれない。
事態が悪方へと向かった考えうる様々な要因も、不意に隠した毒牙を剥いたダンジョンは考える暇を与えない。
いつもより歯ごたえのある悪に立ち向かう、ツギハギブレザーのナイトがいる。偶然手にした異能幸運のおかげか、これまでラッキーにも負けることなく勝ち進んでいるばかりに、そのツギハギ合わせたような実力で今日もダンジョンへとなんとなく挑んだ彼が、その若き未熟な身に知らないこともある。
異常をきたす己の身の限界を────
(やべぇ……なんかカラダがクラクラす────)
いつものように剣を構えても良いように視点が定まらない。良いようにクリティカルさえ出ない。いつもはこの辺りで来るはずの魔力の期待感が、奮わず高まらない。
気を抜くと霞んでいく……。
意識と視界が霞んでいき、
暗闇────
「せ、せんぱい大丈夫ですか!! しっ、しっかりしてくださいっ!!」
後ろでその背を見つめるサンチュは、まさか彼が不意に地に倒れるとは思わなかった。そんなことは有り得ないことだと思っていた。
すぐに駆け寄ろうとしたが──強張り竦むカラダが、前へと踏み出そうとした己の足を硬くし邪魔をする。
一瞬で最悪へと陥る。どうにかしたくても、自分ではどうしようもない恐怖を目の当たりにし、その足は制御できずもつれてしまう。
彼が倒れてもなお──続々と召喚され現れるモンスターたちがいる。
最悪に次ぐ最悪に見舞われたときに、人はそのあまり味わった事のない刹那に、恐怖したり、泣いたり、考えたり、怒ったりもする。
ひとり、情けなく地に臥したその許せない光景に眉間にシワを寄せた木浪。もしもの時にと、先ほど誰かさんに手渡されていた【煙幕茸】をモンスターたちへと投げつけた。
識別された茸は、学習帳に記載どおりの効果をたちまちに発揮する。もくもくと空間が濃く青く煙る中、サーガは戸惑うサンチュの手を取り、手の引く方へと引っ張りうながしていく。
『アイツが倒れて勝てるわけないでしょッ! そもそもにげるっっ』
『至極──退路はこちらですっ!』
杖でターゲットした獲物を釣り上げるように、腹の底から気張った異能は、地に寝ていた情けない彼の背を強引に引き寄せた。
▼
▽
依然ぐったり動かない男をその背に背負い上げた。風に靡くオレンジ髪は馬鹿らしいモンスターの鳴き声がわらわらと響く小部屋を出て、どことも知らない一本しかない退路を走った。
「あのっあのっ……先輩は!?」
「は? 早くして、こっちお荷物担いでんだけど、なんでそれより遅いの」
「はっはいっ……!」
なぜか先程から遠く鳴り響く不気味なラッパ音が吹き抜けていく。フザけたその音色もきっと祝福の笛ではないだろう。
走り続けた一行は、通路十字路に不意に横から走り現れたコボルトを──斬。
先導するサーガはその身を棍棒でつよく打たれながらも、日頃の修練のたまものの波綿岩死の心で耐え忍び、冷静に不意に己の間合いに投げ込まれた邪魔な岩を居合い抜き──真っ二つに斬りさいた。
即座に首を左右に振り先の道の安全を確認する。そしてモンスターのいない方へと辻を曲がり、後続の仲間たちをまた先導していく。
▼
▽
とにかく逃げる逃げ続ける。考えうる手は考えているこの間にも前へと走ること。もしもこの緊張の石音立てる迷い道、次への地下階段を見つけたのならば、この陥ってしまった厄介な状況をリセットできるのではないか。
彼を背負い運ぶ彼女たち学生たちが、それぞれ何を考えていたにしても、三人の足音はまとまり同じ方向へと向かった。
そして五里霧中のダンジョン道を走り続けたどり着いたのは、──アンラッキー。
進入した部屋の中から見えたと思った奥の一本道は、途絶えていた行き止まり。急ぎまた部屋外へと戻るには──獣の声と謎のラッパ音がもう近い、咄嗟の判断としては極めて遅くて致命。
「ハァハァっ……ツいていないことってつづくのよ、なにが俺は幸運なのっやっぱハぬけじゃない……」
「必死救命、おまかせを」
木浪はずっと一人で背負っていた呑気に眠る彼を、薬草茶術の異能をもつサーガの元へと焦燥の中も、妥協、判断し下ろした。
「どっどうしようわたしのせいでっっ……! うっウラキせんっっ」
「あのさぁ、いつまでも引きずってんのうざい」
「うっ……ぐ……」
さっきからずっと動転しているサンチュを、面と向かい荷を下ろした木浪はきつく言った。顰める瑠璃色の瞳が、水粒を目元に溜める少女のうるむ黒瞳を睨み見つめた。泣いている場合ではないと叱っても分からないだろう。
「はぁー……アイツ馬鹿で省エネだから」
「え……」
「あんたなんかのせいにしない。てかゼンゼン気にも留めてないんだけど。けっきょく他人のことも他人の言ったことなんて、あのハぬけは微塵も覚えてないし、小学校のときはそれでももっとちがってマシで、久々に会った中学のときは既に完成されたぼけーっと省エネ昼行灯スタイルまじきもい、萎える。目も合わせるのもイヤだし、そんなに仲良くもしてないし。かと思ったら最近はなんかこそこそ、こんな狭くて暗いところでイキりだして調子乗って馬鹿だからノセられて、勝手にその場で助けたふりしてダサく死んだふりして、は? なんで私がヤってんの? なんなの『あぁーはいコレ木浪、煙幕茸』って?」
「きっ……きなみせんぱいなんのはな……」
「で、今? ヘマしたのはアイツ、ピンチなのもアイツ、ダサく床で寝てるのもアイツじゃん? こんなんで負けててあの時のお姫様が許す? 『守ってやるよ?』 は? 許すわけないじゃん? は? 変な記憶口だけなすりつけて、結果がコレ? ダサっ!」
いきなりこの先輩は何の話をしているというのか。目尻に溜めた涙さえまん丸とわからず、視界にぼやけた水溜まりをはじいて開いた。サンチュの目から意味もなく、ぬるくなった涙が落ちていく。
まだまだその捲し立てる口、悪口は終わらない。何故か現在ダメージを受けて寝込んでいる浦木幸をバシバシと鞭打つように、──木浪は思い出したように止まらない。
「で、絶賛この状況で最悪なわけだけどヘマしたアイツが復活するまで、──守ってやる覚悟いい? わたしだけじゃゼッタイあんなのと闘うの嫌なんだけど、なんで寝てんのこいつ? ねぇ後輩、しらない? まさかちょこんと動く骨に油断して刺されたぐらいでこいつねてんの? 引率リーダーとか校長命令とかダンジョンクエストとか『異能、どう?』とか調子のっておきながらあり得なくない? で、闘える? どうなの? 見学するならその綺麗なままの剣かして」
怒り唱えながら突然覚悟をする、オレンジ髪と瑠璃色の瞳。左腰にある洒落た黒猫剣の尻尾柄は、ぴくりと、引っ張られるように少し動いた。
サンチュは自分の顔に向けて、自分ではなく彼にフォーカスして怒る彼女を見ていると、何故かさっきまで患っていた悲しみ、悔やみ、落ち込み、流していた情けない己の涙の意味をすっかり当てもなく見失ってしまった。
「うっ、うん! かっ……覚悟いいです! 先輩! 木浪先輩! うらきせんぱいが寝てるのは……ぐす……わたししりません!!! たたかえますっ……闘いますっ!!!」
右腕で一気に払うように拭った両目のうっとうしい涙。その拭った右腕は左腰にぶら下げた黒い尻尾柄を手に取り、鞘から剣を勇ましく抜き出した。今、少女が抜き出したそれは紛れもない覚悟。
「ぷっ、後輩ここまで泣かせるとか……まじきもいわ。あとでこいつしばこ、ハぬけのナイト」
サンチュの切り替え決意する顔を見て思わず笑った木浪は、ちらりと振り返る。
薬草茶の準備を進めている金髪のサーガは、曇りが抜け良い表情になった二人に、こくりと明るく凛々しい表情で頷いた。息を立てあぶら汗を流す彼の頭を起こし、ゆっくりと茶碗に調合したブレンド茶を飲ませていく。
「至極勇猛、意気投合、亭主のケア回復はサーガの異能に至極おまかせ! 存分ほどほどに闘いなさい、ラーゴム!」
木浪とサンチュは威勢良く呼応したサーガの尻を叩く号令に深く、同時に頷いた。
迷っている暇はない、悔やんでいる暇はない。18Fの中部屋が、最悪な此処こそが、何を悔やもうとも辿り着いた彼女たちの闘いの舞台、闘いの時。
杖を構え、剣を構え、ざわついてきた入り口を見つめ──杖はその魔力を練り上げ迎え撃つ。
やって来た悪のマーチは、彼女らの思い作戦など知らず近づいてくる。フロアのモンスターを焚き付ける不気味なラッパ音は、もう各々が覚悟する闘いの音にしかきこえない。
うずうずと昂り点滅を繰り返し光るサンチュのその手も、
彼の容体を学習帳とともに見極めるその冒険見聞の異国の瞳も、
用意周到に武器を部屋に散りばめタイミングを待ち構えるその賢い魔法の杖も、
退路はない。ならば今、迫る危機を堂々迎え入れ、己に眠る異能チカラの限りを、いざ、昂り震える腹の底から解き放つ────。