異能幸運レアドロップでイキ抜く♡ピネスと校長の不気味なダンジョン冒険記Re: 作:山下敬雄
「あぁーまったく、やっと捕まえたと思ったら追いかけっこの第二ラウンドかよっ。まじで子どもみたいにはしゃぎまわって読めねぇぞシュブンキっ………………ん? なんだ……これ……??」
一度は捕まえたもののまたランタンの中から朱文金は抜け出し、校舎内での追いかけっこを再開。その子どものように元気に泳ぐ赤い魚の黒い尾を見失い、今ピネスが当てずっぽうで入った──一面の白い部屋。
従業員のいつものゴーレムは挨拶もしない、みな掃除で手一杯だ。トレーニング室内はあちこちに威力凄まじき熱されたクレーターができていた。ピネスは迷い込んだこの室内にできあがった未知の光景に、黙りこくり何も言えなかった。
今入室した彼の目に映る何もかもが、分からない。ただ、これがただの遊びではないことだけは嫌でも分かった。
大の字に横たわる紫色が冷めていき、染まっていた魔力の塗装を失い、元の水色の作業着へと色褪せていく。ピネスの見たことのある用務員の女が、盛大に敗北を喫していた姿がそこにあった。
そしてもう一人、そんな用務員をねじ伏せた者がそこにいる。彼も知らないブク高の制服を纏った長い黒髪の女子生徒が、その大の字に伏した用務員の前に立ち、何かを宣っている。
「おそらく魔力の差を埋めるための、様々な特化した
(分かってはいたけどいくら叩いてもまるで魔力も実力も底が見えない。さすがに枯れない井戸が相手じゃ【
反芻する戦いの結果は完膚なき敗北。ついにお披露目の池原叉鬼の異能も通用せず。己の身に手痛いしっぺ返しを喰らう始末だった。
⬜︎タコイカ学習帳
【魔力暴走】:
なんらかの方法や衝撃で魔力の集中コントロールを著しく失い、体内に宿す魔力がトんでしまうこと。
近頃魔力の性質について熱心に調べていた戦闘術デザインアドバイザーの池原は、自身の昔の怪我の功名もあり、この気の流れがボロボロになる現象を知っていた。
修行の末に爆弾を抱えることになった己の身を、もう幾度も定期的に爆発させていたからだ。
このクリティカルにも関連するあやふやさを孕む現象に目をつけた池原は、防御を固めた強敵に対する対処法として、己の異能の追加ルールの一つとして組み込んだ。
異能内で取り決めたルールとしては、魔力暴走で魔力が一度トんでしまうと内在魔力総量が一時的に減ってしまう。分かってしまえば非常にシンプルなものだ。
つまり作業着の色を【紫色】に塗り替えた池原の放つ特殊な攻撃を受け、相手がその攻撃に耐えきれずに魔力暴走を引き起こしてしまう度に、内在魔力総量の最大パーセンテージが段階的に減り、ガードに回せる魔力も減りに減り、結果ガードが段々と薄く弱くなる。
最終的にはこの内在魔力総量がすっからかんのゼロへと至るまで、異能の効果とダメージは持続されることだろう。
つまり結果的に魔力量が減るということは相手のガードと硬さが弱まり、池原もお得意のクリティカル攻撃が安定し通りやすくなるということである。
校長やピネスにも劣る魔力量の彼女にとっては、相手との魔力の差を度外視し大いにメリットを享受できるそんな異能の一つなのであった。
しかしこれは纏う作業着という分かりやすいフィルターを通して相手に伝え、同時に異能の発動者本人にも適応される諸刃の剣でもある。
だが池原の考える強さ、そして加えてできれば同じ土俵で強者と戦いたいと願う彼女のフェアプレイ精神と信念の現れともいえるだろう……。
登別海指南★池原叉鬼の異能
【
⬜︎
「戦い対峙し相手の力量が分かるのは強さの証。私が最初は受けに回るのもきっと見越していたのですね、いい着眼点でした。しかし込めた願がお互いの魔力を通じて覗かれてしまえば、こういった風に逆に賢しさの裏を利用されもします。ご注意を」
天に聳えるその黒い瞳は、地に伏した子の顔をのぞく。その黒き美貌は戦闘での真剣さと冷たさから一変、今ニコりと笑いながら、先ほどの戦いの過程を勝ち誇ることなくただ振り返っていた。
カメラを回しているのを理解してのことか、それが彼女の素であるのかは分からず。
「ありがたいご注意をどうも……。ハァー……めちゃくちゃ人生一ってぐらい楽しませてもらったよ。〝あたしの方は〟だけど。ま、今日のあたしの全力のバージョンはこんなものかな(……こりゃ明日と腰に響くね)」
「私も最初にあった期待以上に楽しめました。これからの子のあなたの成長に大いに期待しています、イケハラサキ。強きに向かうあなたのその強さと姿勢を、私は何一つ嫌いではありませんよ」
「こっちはなんとか傷一つでもって感じで必死だったんだけどねぇー。なんていい親……じゃお言葉に甘えてまた一歩一日成長させてもらう、よっ、いえーい」
勝者からのありがたいお言葉を頂戴した池原は『よっ』という掛け声と共に起き上がった。
手痛く負けた彼女のことを見守っていたパッツン生徒は、勝負を終えた握手の代わりに本日三度目となる小気味のいいハイタッチを交わした。
用意したステージにクレーターを咲かせるほどの激しい番外編の戦いは、事前に約束した通り、お互い楽しめる範囲の実力を出し合い、敗者も勝者も後腐れなくそれぞれの笑顔で終わりを迎えた。
「で、あなたはどうしますか? 先程からめらめらとなさせている……その魔力、そんなに無防備だと私、気になってしまいます」
蛇に睨まれた──いや、蛇などではない。
黒い瞳に黒い髪、それはピネスにとって自分と同じ色であってもどこか決定的かつ圧倒的に違うと断言できる。黒は黒でも質も美しさも柔らかさも迫力も、まるっきり別次元で違うのだ。
美しき何かの化身、その女のことをそう言わずにはいられない。それでさえ言い表すに足りないようにも思えた。
ピネスは自分にそれが振り返るとは思わず、見つめられたその瞬間に、ズキンと心臓が跳ねた。
彼は、それが放つ異質な魔力を敏感にもその肌に感じ取ってしまった。全身の毛が逆立つほどの、異質で膨大なその秘められし魔力を。
微笑んでいてもそれは長い睫毛の鋭い目で睨んでいる。明らかに重々しい殺気を帯びた烏、ミステリアスを超えた黒いプレッシャーを放ち続けるナニかなのだ。
「竹馬競争と同じ、スイッチが入るとおしとやかなだけとは言えないね。しかし、啄むおかわりも返答次第じゃあるってね? はは、がんばれ戦闘のイモムシ2号!」
なにが嬉しいというのか。駆け寄って来たボロつき焼き焦げた作業着の女、その無責任すぎるお気楽な手が、困惑する少年の下げていた手へと叩かれた。
勝手に受け継がれてしまった汗ばみ濡れたそのバトンの意味は一体なんなのか。ピネスには分からない。
「たけうま?? 戦闘のいもむし……にごう?? な、なんか、なんなんだこれ?? いったい……」
「エッチアイ! 朱文金はいたですか!? ──くぬっ? このおっきぃ穴はいったいなんなのですっ?? わぷっ!?」
「おっとと観客は下がった下がった。今ガツってる面白いとこだからねー。あとでパフェおごるから、部外者は退場退場よっよっ」
帽子のツバのカメラをくいと向ける。乱入してきたピンク髪の観客を手早く黙らせ、作業着をきたお姉さんが遠くへと引きずっていく。
その元気な2人の騒ぎを一瞥したパッツン生徒は、クレーターに刺さっていた剣を遠隔からその手に引き寄せ取った。そしてまた、先刻、先の試合に見せたように刃を踊り遊ばせ──意気揚々と挑発した。
あちこちに空いた室内のクレーターが、DPを補充されたゴーレムたちが注ぎ込む特殊なセメントに埋められて補修されていく。
師範と言っていいのかよく分からない関係性の、あのいつもの水色作業着のお姉さんに、笑いながら着々と外堀を埋められていく。
なおも知らない女子生徒から向けられている謎の刃は、彼の腰に携えたその立派な二刀が飾りでないのならば──と楽しそうに切先を向けて、はやし立てる。
抜いても地獄、抜かずともきっとこの女の機嫌を損ねてしまう地獄。まだ何も始まってもいないのに少年の汗はなぜこんなにも流れるのか、その答えはきっと目の前にしかない。
剣を向けられたからには──
「どこからでも受け止めましょうその刃、その魔力、その異能すべてを!!!」
「あぁー……シュブンキンはあとでいいかな……コズミ? ちょっと、外せないスペシャルな
剣を向けられたからには──!!!
浦木幸はその汗粒が地へ滴る前に顎先をぬぐった。この興奮と、殺気と、入り混じる期待が醒めないうちに、修理されたばかりの疼く……緋色の剣をすべり抜いた。
ピネスとパッツン、話し合うよりも早く、話し合うまでもなく互いの剣は向き合わされた。
メラメラとその魔力を滾らせ、剣に熱を乗せ、今走り出した。
もはや覚悟は決めてある。仕方なく、なんとなく、決してそんなぬるい覚悟ではない。スーパースニーカーの赤と緑の足跡を臆せずに白い地へと刻み、相手の懐へと一気に踏み込む。
今はまだ羽をとじたその不気味な黒い烏へと、剣士、浦木幸は飛び込んだ。
魔力を込めた剣と剣はぶつかり合い、火花とともに起きた緋色の小爆発に女の方の刃は弾かれた。
魅せられた彼の剛剣にその手に剣を失った。先ほどの火の威力の余韻を女は手に握り味わう。
構えたまま肩で息をする少年のことを、飛んでいった借り物の剣には目もくれずに、上品な微笑みと余裕をもって女は見つめた。
「剣を合わせる度に魔力の扱い方が良くなっていきます。あなたたちは似たもの師弟のようですね。ならば、いいでしょう。──次はこれでいきます」
宙に浮かぶ黒く長いひれのような羽衣は、ひらひらと天より舞い降り、そのひれは浮かびながら制服姿の彼女をとても高貴に飾っていく。
『
それはとてつもない魔力を帯びた、一枚の細い布。ブク高の黒カラーの制服にそんなオプションものの衣服はない。
「風紀違反なのです!」
「たしかにアレは剣なんか比じゃない、よっ!」
よりいっそう黒く美しく佇む姿は、剣を捨てたからといって隙があるようには見えない。むしろ……。
「第1形態突破、さすが一番弟子! あたしよりはおそいけどぉー! ははは」
「俺、ゼンゼンそんなの突破した気なんてしねぇぞ!(クリティカルがまともにでる気がしねぇ……それでアレ……なんだ?)」
「いきますっ!!」
「いくのかよっ!? そっちから!!」
やがて構えた拳が、羽衣をその美しきシルエットに従え引き連れて、向かう拳へと変わる。その女生徒の放つ殺気は尋常ではない。
今度は自ら仕掛けて来たパッツン生徒の放つ圧に気圧されたピネス。やがて彼の立っていた地に、拳は振り下ろされ凝縮した魔力が赤く咲き誇った。
ひらひらと女子制服の元へと舞い戻った黒いひれ。そしてピネスにアピールするように突き出した彼女の右の神拳は、塵一つの汚れなく、煙一つながしていない。
まるで恐ろしい女神がわらっている、美しく逞しいその拳を突き出しながら──。
とてつもない爆風と塵を前から浴びたピネスは、湯気立つ白いクレーターそして、その煙が晴れて微笑む美しき存在を、その目に確かに目撃した。
「これってさっきの謎クレーター!? 一発が、まっ……まじかよ!?」
「いい目をしています。まだまだ動けそうですね」
「それって勘違いっ! ただ危ないから避けただけ──のっっ!!?」
二発目──出来立てほやほやの更なるクレーターがトレーニングルームに形成される。押し寄せたとてつもない熱風が、ピネスの肌をじりじりと灼く。さっきまでピネスが喋り息をしていた地が、赤く抉られて無くなっていた。
依然向かってくるという女子高生とは到底思えない神拳、圧倒的な熱量と殺気を帯びた攻勢に対し、たまらずピネスが向けた翠の剣が中距離から雷撃のマジックを放った。
「皆、そのように恐れていることを思い出させてくれます。しかし願なき、信念なき、そんな攻撃には何も意味がない──もったいないことをするのですね」
「この差、やってられるヤツなのか……もしかしてまだ……挑発しているのかこの差で……!」
突然の失礼な雷にその身は見舞われた、それでも女神は笑っている。そのパッツンと綺麗に揃えた前髪を一切揺らさず崩さずに……。尋常ではない量の汗を垂れ流し苦笑いを浮かべるその剣士の顔を、彼女は味わうように見つめながら。
たった二発、地を小突いた拳でトレーニングルーム内の空気と地形、状況までも一変する。
戦いの激しさがやがて穏やかな波になる。披露された二発目の神拳の後に訪れた長い長い静寂に、ピネスに募っていくのは焦燥と汗粒そして恐怖。
動かない方がよほどコワイものもこの世にはあるのだ。今対峙しているその戦いの最中でも艶めいている黒髪、鳥類のような鋭い黒眼、とてつもない魔力を宿し揺らいでいる黒い羽衣が、彼にとってはまさに……。
静かに追い詰められた浦木幸は考え事をしている。その目の前に突っ立つ黒い女子高生なるものを倒すための妄想だ。
肌身までひりつく空気と見つめてくる鋭い眼、そして彼女が身に纏うその膨大な魔力の柱を前に、そんな浮かべた妄想も、ない頭で立てた算段も無に帰していくように思えた。
考えもなしに意味のない雷を放っても、次こそ何か怒りを買うことだろう。あちらが拳を突き出し、真っ向勝負を望んでいるのは明らかだ。
避けてばかりではいずれその拳は遊ぶことをやめて、この体へとめり込むだろう。
それは嫌だ、絶対に嫌だ。焼け焦げたクレーターを見ながらピネスは固唾を飲み込んだ。
彼女と戦いつづけているピネスには分かることであった。何を彼女が望んでこうまでして待っているかを。
止まらない汗に、それでもまだ呼吸をしている。そうして人生一におもえるほど重い重い息をつづけていると──魔の満ちるプレッシャーの中でピネスは妙なニオイを嗅ぎ取ってしまった。
「ん? さっきからここって……そういやこのニオイ? ……なんかこれって、アレと似てないか? ──っし、イチかバチか! なんとなくっ!」
「! ──やる気になりましたか!」
「俺は! ──これでヤル!!!」
翠の刃を仕舞い、また緋色のショートソードを鞘ホルダーから抜き取り、勇ましく刃を前へと向ける。
突然活力を得て変わった彼の目の色に、試合巧者の女子高生なるものが気付かないことはない。彼女が問うと返ってきたのは、彼の威勢の良い声と魔力を滾らせ始めたその刃。
やがて駆け出し向かって来たのは、黒髪を靡かせ緋色の切先を突き立てた威風。
ピネスが嗅ぎ取ったのは火のニオイ。クレーターを埋めて隠しても隠しきれない部屋中に漂うそのニオイは──どこか探し続けていた〝アイツ〟と同じ────
剣を握り込む汗ばむ拳と、握り構えた渇いた拳。
やがて迫る剣と待つ拳は、ぶつかり合う。
魔力を集約した切先と魔力を圧縮した指先が触れ合ったその途端に熱量は増し、両者の魔力が衝突し赤く赤く染まりゆく爆発を引き起こす。そして──
まだまださらに赤く膨らみ続ける。異常なほどに広がった爆炎のドームに、ついに衝突し合った2人の姿まで見えなくなるほどに呑み込まれた。
「おっ? おーー? これは、ひょっとしてよっ?
池原は灼ける帽子のツバから不意にびびっと流れた電流を感じとった。まだ効力が生きていたのか、弟子とお相手の衝突する魔力により電池が復活したのか。池原叉鬼の異能の型のひとつ、【鬼の-ism】その能力が今もなお働いているのが池原には分かる。そしてどちらかが今その能力の発動条件を満たしたことまでも。
ダメージが溜まりガードが崩れたのはどちらなのか。焼け映る赤き光景に池原が分からなかった事は、直ぐに目に見えて分かった。
その熱き太陽と見紛うほどに膨張した魔力ドームの内側から──陽気を存分にかき集めた更なる熱き魔法が放たれた。
太陽を斬り裂く二の太刀、それは、青く美しき三日月の魔法。
赤く渦巻く灼熱の光景に、青い雷刃が瞬く間に鋭く走った。
それが何を意味するのかを、ギャラリーは声をあげて見守る。口角をひきつり笑わずにはいられない戦闘のプロと、驚き目を見開く風紀委員部の部長。
炸裂した深きクリティカル、太陽をも裂いたその並々ならぬイチゲキの行方は────
風に揺らめく穴あきの焦げたスカートで、呆然と目を見開き立ち尽くすのは、黒き女神。
後ろに大きく弾き出され、地に滑り倒れたのは浦木幸。
大きな威力を誇る魔法の刃を二度臆せず相手へと叩き込んだものの、もはや彼は剣の柄も手が痺れて持てない程であった。
一瞬と一瞬の攻防の最中、硬い何かの感触に繰り出した刃は阻まれ、その身は床へと背を強打しながら吹き飛ばされていた。
まだ健在である聳え立つ黒き存在に、もはやため息も出せないほどにピネスは疲れていた。
全てを出し尽くす勢いで、魔力を、利用できるであろうもの環境の全てを利用し、まさしくピネスは疲れ果てた。
そして今の体勢が物語っている。どちらが上であるのかを。
骨まで痺れる手の痛み、からからに乾いた喉、灼けるほどに熱い肌、無茶をしたとはこのことだ。
これ以上の全力はない。これで満足し足りないのならば、煮るなり焼くなり拳を突き刺すなり、好きにしてくれていい。
ピネスはもう何も望まない。勝利も、再戦も、拍手も、称賛も。
地に張り付いた視界にぼんやり見えるのは、敗北の黒。これでもう決着かに思えた。しかし────
「馬鹿な……何をしてくれたの……」
様子がおかしい。一体誰が何をしたというのであろうか。呟く彼女に、声も出せず。ピネスは見当がつかない。
その女は今およそ勝者の顔をしていない。勝ち負けなど立つそちらと、情けないこちらでもう既にはっきりとしている。
それなのに、治らないこの鳥肌から汗が床へと滴り続けるのは何故なのか。みるみると冷たく曇りゆくその女の表情、押し寄せる謎のプレッシャーがピネスの存在全てを覆うように刺激する。
項垂れた面で、ゆっくりと近づく女がいる。
一歩、一歩、静寂の中、まるでこの場の全てを支配しながら、そのどこか暗い足音が彼へと迫る。
その時──。床を撃つ火の弾が、一歩先を踏もうとした黒き存在の足元へと飛びかった。
「エッチアイ、浦木幸から離れるのですっ!!!」
小角灯が持ち込んでいたイニシエランタンから、火の弾が威嚇するように連射された。ピネスと黒き存在、その間の地を線引くように焼き焦がし刻んだ。
「馬鹿っ! それはさすがになにやってんのよっ! ルール内のプロレスってのがわかんないのっ!」
「本気でしたのですっ!! イヤな不良の気でした!!」
ピンクのアンテナ髪を天へといきり立たせる。小角灯は冗談ではない真剣顔で、今怒鳴った池原へと同じく怒鳴るように言葉を返した。
「あちゃー……今はちょっと本気っぽいよっ!!」
「と・に・か・くっ、風紀を乱す人は誰であろうと許しませんっっ!!!」
小角の放つ追撃の言葉に、呆れを通り越して用務員の池原は頭を抱えてしまう。
「私がなにを乱している?? カムリ村のこのヌイがっ? 不良??」
「やばいよっ! そりゃ余計地雷だっ! さがって黙ってなピンクのクソお馬鹿ちゃん!! ────あっ……魔力・な・い・ん・だったぁ……」
少しでも黒き存在の怒りの矛先を堰き止めようと、小角の前で壁になり、池原は銀の刺股を構えた。
が……彼女に残された今日の魔力はすでにない。しかし時既に遅し。
ネガティブでイヤな気を発しながら、黒き存在が今標的を変えたようにゆらゆらと近づく。
もはや楽しめる範囲をとうに過ぎているのかもしれない。小角が言っていた妄言も、今となっては池原の目にも疑いようがない。天に伸びるほどに高まり迫る魔力の柱と広がり続けるプレッシャーに、魔力ゼロの池原の体が息も対抗もできないほどに押しつぶされていく。
これではサイコロを投じて祈ることもできない。思いつかない言い訳の言葉を発することも許されない。プロレスを過ぎたブック破りの最悪のシチュエーションに────
トツゼンに投じられたのは、緋色の爆炎。
睨む黒い烏に横から水でも浴びせるように────。
浴びせられたそのイチゲキは、彼女から怒り漏れ出ていた魔力をも燃やした。迸り立つ火柱に、黒い烏は飛び退いた。
「このっ!!? こっ……!!」
「ハァハァ…………なんとなくさ……それはちがくね。はぁはぁ……あぁー……ぶん殴るなら俺じゃね? ハァ……その、さっきは悪かった。チカラの加減とかまだよく分からなくてさ? DP払いで、弁償させてもらう訳にはいかねぇか? その制服と……タオル?」
気まぐれか、遊びにきた朱文金が浦木幸の元へと現れた。示現した炎生物の力と魔力を借り投じられた緋色の剣のイチゲキは、畏れ多くも強引に、ギャラリーに向いていたその黒髪の女子高生なるものの気を彼へとひいた。
これは、安っぽいタオルなどではない。ボロついた制服姿の上に浮かぶ黒いひらひらの羽衣は、僅かにほつれた部分がありその美しさは完璧ではない。そして横から突き刺さった先程の剣でまた、羽衣のほつれが増えてしまった。
天に迸った火柱が魔力を使い果たし、やがて失せていく。黒き存在の睨んだ熱気の向こう側には──
抉れた穴ボコに突き刺さる緋色の剣、燃え盛り浮かぶ赤黒白の斑模様の金魚、べたつく黒髪をかきながら刃を投げ捨て反省の言を述べる謎の男。
綺麗に揃っていた前髪が乱れた今、黒き存在の彼女には向こう側に備わりある質のいい魔力の流れがよく見える。彼から放たれた炎と雷撃の剣に、彼女のプライドの全てを編み込んだ絶品の黒糸がほつれたのは間違いではないのだと、──分かる。
今一度冷静に漏れ出していた魔力と精神をコントロールし、冷めていく熱気の向こう側を凝らし見る。
黒き羽衣の神器をその身に従える
呼吸を荒げ汗水垂らすピンチに、おもしろくなってきた観戦の価値のあるピンチに、ピンクの主のピンチに、悠久の暇をつぶせそうな機会に、
様々に様々がうごき駆けつけたこのシチュエーション、火柱立ち昇り止むこの白い一室で。
煙りより濃くなってきた火の匂いに、睨む黒髪の化身は理解した。
同時に反芻する。その身とその火を鍛え成り上がってきた己、過去の長きにわたる闘いの記憶までを深く広く。
あのように火柱が天へと至るまで、ただ純粋に強く追い求めつづけた。そして戦いとは無縁であった己のちっぽけな灯火に、滾る闘志を焚べたのは誰であるのかを思い出した。
(……知らぬ神族の示現……いや、神を引き寄せるそれほどまでの輝きを放つ炎……そのような炎を統べるのはただ一人、──初代天戴武天……このような気まぐれ……)
手に取りじっと眺める、しかしそのひび割れた緋色の剣の名を彼女は知らない。神器にまでなった自分の黒い羽衣にくらべて、それほど特別なモノにも見えない。そっと宙へと浮かせた赤い剣は、目の先に立つ男子の手元へと返された。
「一発です。あと一発ソレを受けてあげます。このカムリをほつれさせた納得のいくものならば、この勝負、あなたの勝ちにします」
「なっ……?」
返されたまだ熱帯びたその剣と、添えられた静かな言葉に、まだ闘いはつづいているのだとピネスはわかった。
先に立つ女子生徒は最初のように微笑んではいない。放ったその言葉が本気であるということは、聞かずとも分かる。
『このような相手くっくっく、童め、よほど命知らずよのぅ!! 餓鬼どもの偽王の次はいきなりコレに喧嘩を売ったか、物足りぬとは言ったがくっくっくハハハハハ』
赤い魚が高笑いを浮かべる。バチバチとその身をフラッシュさせながら、魚の口が裂けるほどに大口を開き嗤っている。
いつの間にか帰ってきた小角灯の朱文金、そしてその燃えるお魚の身を乗っ取り現れた喋る未知の存在。ピネスが示現したその魚の声を聞くのは黒騎士とヤンチャゴブリンキング、これで三度目だ。
命知らずでもなく、喧嘩を売ったつもりもない。しかし、そんな言い訳は今はどうでもよく、ピネスは鬱陶しい高笑いを遮り口を開いた。
「いっ、いいからなんか前の黒騎士の時みたいにアドバイスってのくれよ! あんた結構すごいんだろ! 登別さんが、雷の神様ってやつってさぁ!!」
請うたのはまさかのアドバイス。恐ろしげな喋る魚も、魚の身ならば恐れるに足りない。もっともっと恐ろしいモノがすぐ側で自分のことを見つめている。例えその魚の本性が良い神様であれ悪い神様であれ、なり振り構ってはいられない。
ピネスは自分の力ではどうにも避けられない理不尽、イベントというものがこの世にはあることを重々に理解していた。そしてまたここで不平不満を垂らすばかりより、ただ求められているのは、きっとクリティカルなイチゲキであると──。
『くっくっくいい心掛けよの。──構うなそのまま奴を斬り裂け、一切の情けなど捨てろすべて貴様が神と敬うこの黄泉の雷神、我によこせ。貴様のその矮小なイノチなど天の前にはなきに等しいと思え童! 全てを寄越せ、先ずはそれからだ。さすれば神による神をも屠るイカヅチをとくと見せてやろう……!! くっくっくはははははは』
いちいちの大袈裟な物言いとその止まらない高笑いも、あながち嘘ではない。
ユラユラと漂いはじめた空間さえ支配する膨大な魔力量と、黒の制服姿と浮かぶ羽衣に練り上げ纏うその炎の気と闘気に、魚の神が宣った事も説得力が増すばかり。
「そーそー鬼になれ、喜びも、怒りも愛も、魔力も運もぜーんぶ叩き込め、本物の強者相手にちょっと強くて若いだけのイモムシの情けはいらない、よっ! 手加減は学校みんなの後悔、全力全身ノ前進! じゃないとありゃ泣かせるには硬いよっ! クリティカルシンデレラボーイ! 死ぬ気と根気で、ブク高の運命をしょってけぇーーはははっ!!」
「俺、なんでブク高をしょって……!?」
「浦木幸! あまり怪我をしてはいけないのですよっ! け・ど・もっっ、勝てば風紀を正すチャンスなのですっ!!!」
ピネスはもっと苦笑いを浮かべてみせる。
バチバチと発光しやる気と魔力を昂らせる喋るお魚。その黄泉の雷神の実力に期待し頼らざるを得ない。
水色作業着は何故か今ピンクに染まりだした。【愛】と書かれた帽子を後ろに反転させ、いい笑顔で用務員は頷いた。
ピンクのアンテナ髪を立たせ、灯る瞳で彼を見つめる。手に持つイニシエランタンに宿す火を豪豪と盛らせながら、小角灯は彼の顔を勇ましく指差した。
こちらよりそちらの覚悟の方が随分とできていた。勝手な言動と行動仕草に苦笑いを超えて──浦木幸はもう、笑うしかない。
「もはやこの学校の風紀ってなんだぁ……はっ……みんな勝手だなぁ……よしっ! じゃぁ、俺も勝手させてもらうぞっ、こんなかんじのぉ……なんとなくでなァ!!!」
翠の剣を取り出して、今なんとなく構えた二刀。
餌を与えるように豪快に、翠の刃を宙に浮かぶ赤い熱源の横腹へと突き刺した。燃え盛る魚に注文通りに痺れる力を与え、その尻尾まで余さず魔力を敷き詰め青く充電した。
そして替わりの見返りに、右手に握る緋色の刃がメラメラと灯り燃え盛る。
灯るスベテの期待感はやがて火を超え、炎へと変わる。
今更臆するという言葉はない。この剣を強く握りしめた時には、そんなものは知らず失せた。
『納得させろ』というならば、その得体の知れない無茶な注文には全力でアンサーするしかない。
許されたのは一発イチゲキ──考えるよりも今は〝なんとなく〟ゆだねてみる。自分の体を覆い大いなる次へと進ませる、熱い魔力の満ちたこの漠然とした感覚を信じて。
期待も不安も入り混じり激しく燃えていく。ぶっつけ本番の炎剣は、黒い羽衣を従え誘う大きな炎の中へと勇み飛び込んだ────────
イニシエランタンの火は仄かに、静かに─────燃え尽きた。
「ピンクのナイスちゃん、あとでお姉さんが甘くて冷たいパフェをおごろう。──そう落ち込みなさんな、悪いことは何一つないよ」
「くぬぬぅー……冗談はほどほどなのです!」
押し寄せる熱波にやられ、崩れて故障したゴーレムの残骸は自走不可能。
吹いてきた白い粉塵を払いながら、その先にある対決の結果をしっかりと見守った用務員と風紀委員部部長のギャラリー。
池原と小角は、最後の最後、持ちうる魔力の限りまで、このド派手な勝負の行方を彼をアシストしながら見届けた。
その結果に、自分のことのように落ち込んだ表情を見せていた小角を、用務員はピンクの頭を撫でながら励ました。
一介の剣士の握っていた緋色と翠の刃は折れるを通り越して、散り散りに。煌めきながら塵となり地に落ちていく。
プライドの高いその女神は、ほつれた羽衣、その取れそうになっていた絹の端を思い切って、その手で引き裂いた。
一世一代、神様とした燃え盛る勝負の結末は──
地へと向けられた拳が今、仰向けに床にへばりつく少年の眼前、鼻先の寸前で静かに止まった。
ゆらゆらと揺れる白煙の中、揺らぎ鮮明になっていく黒いシルエットは、その乾いた唇を動かした。
「久しぶりに汗を流しました……とてもいい汗を。雑務の日常など忘れてしまうほどに、本気の闘いはやはり────楽しいものですね」
「は……あ……あぁー……そうです……ね」
その真剣な表情から華を咲かせるように、女神は微笑む。
ピネスはおそるおそるも、開かれて伸ばされた目の前の彼女のその白い指先に触れてみる。
もはや汗も流し疲れた彼の手と、今になってようやく汗を流しはじめた温かい彼女の手が、初めて直に触れ合った。
ピネスが全霊を込めて轟かせた一発イチゲキは、それでも浮かぶその黒布の端っこにも満たない。
結局微笑む女神は、先ほどの勝ち負けには言及をしなかった。果たして彼女はあの一発で納得したのか、これでもまだ足りなかったのか、今となっては彼女のその本心も探りようはない。
スーパー女子高生では足りない、強者でも実力者でも彼女のことを言い表すには足りない。見知らぬ黄泉の神の雷をもってしても足りやしなかった。
目の前に立つ圧倒的な存在感と強さに、その剣を魔力を異能を全てを、宣言通りに受け止められた。
浦木幸は握る手を上へと引かれていく。そして情けなくへばりついていた地から天へと、彼女のその手にとても力強く起こされた。
女神はまだ微笑っている。そんな目の前に輝く尊き姿を今、『美しい』と口に出してはいけないのだろうか。そんなことを思いながら、ピネスは何故か笑っていた。
崩壊寸前の亀裂まみれのトレーニングルームで、最後は両者、手を繋ぎ合わせ向かい合い、とうとうその激しい勝負の終わりを迎えた。