異能幸運レアドロップでイキ抜く♡ピネスと校長の不気味なダンジョン冒険記Re: 作:山下敬雄
「────────なのです」
「なにっ? ふむ……見覚え……間違いはないか?」
「そうにちがいないの。校長先生……」
小角灯はすこし不安気な顔をしている。彼女の中の善悪の判断と、ブク高にとっての善悪、維持し正すべき失い乱すことのできない風紀。そのバランスを取ることが風紀委員部部長の彼女にはキャパシティを超え、困難になっていたようだ。
小角は、仮眠室のベッドの上へと、巡回中の廊下途中で見つけた〝問題〟を運び寝かせたものの、それで一応のバランスを取れたとは言えない。その問題が目覚めた時、あるいはこのまま目覚めず息絶えて消えた時に何が起こるのか分からない。風紀とは善と悪のバランスにより成り立つ、その大事にすべき繊細なバランスを今後取れる保証がどこにもないのだ。
それでも小角が今呼ばれてやって来た校長へと、自身が拾い運び込んだその問題について、気付いてしまったことを包み隠さず告げたのは、やはり、なんとかして欲しいと思ってしまったからだろう。
1-A小角灯生徒は、いっぱいいっぱいの様子だ。校長はそんな彼女の表情が物語る事の深刻さを、分からないはずなどない。
小角灯の取った選択──はたしてその行動が正しかったかどうか。それを見極める術をスペシャルな校長先生は知っている。
必死にやってくれた生徒のことを信頼できない校長などただのお飾り、この職務には頼られるだけの責任が伴う。生徒から第一に信頼されないようではまだまだ半人前の未熟、そして発されたその生徒からのSOSを簡単に見捨て見放すというのならば、その者は校長の座に着く資格はない。
不黒文校長は、生徒の両肩にしっかりと己の手を置き、その不安気な彼女の目を見つめながら深く頷いた。
「トモリー、何も要らぬ心配はいらない。分かった──全て私に任せておけ。このスペシャルなブク高のトップ、校長先生に!」
この右目を覆う眼帯はときに隠し、ときに脱ぎ捨てるもの。秘められし灰色の眼は、秘めて温めているだけでは役に立たない、何も視えやしない。
この目を持つからこそ、不黒文にはできることがある。
躊躇なくさらけ出した灰色の右眼が、より微細な魔力の流れを可視化し診断する。
さらに持ち込んで来ていた2冊目のタコイカサブ学習帳を右眼と併用し、宙へと開く。ばらばらと舞い散った白紙のページが、ベッドに黙り寝転ぶ者の体をまるで包帯のように巻きつき覆った。
張り付いた白紙のページがその透き通る肌から吸い上げるように情報を読み込む、そして凝らした眼を光らせる校長は、そこに魔力を注ぎ込み新たな印を書き込んでいく。
不黒文はしかと診る、────見る。
ブク高の小さな黒のブレザーを被せられていた裸体。持ち込まれてきた問題は異常ばかりだ。ならばその異常を全て取り除き、治す。
「そうか……死する者の扱いならばっ!! できぬほどでもない!!!」
不黒文には、それを根治できるチカラがある。この魔力に満ちた悪魔的なチカラを使いこなす、胆力がある。
淡い青髪と、静かに瞼を閉じた端正な顔立ちの生徒を、解放せし特別な瞳で────────。
校長室に訪れたピネスは校長へと、【ちゃいろのブック】を提出した。
「うむ、ご苦労だった」
これで2冊目のブックを手に入れた。つまり、みどりのダンジョンにつづいて2つ目のダンジョン、ちゃいろのダンジョンをクリアした証である。
校長はさっそくひび割れた石表紙のそのブックを手に取り、じっくりと鑑賞する。生徒たちの上げた喜ばしい成果と、持ち帰られ提出されたお目当ての現物を前にニヤニヤとした笑みが溢れてしまう。
椅子に掛け、机上に肘を突きはじまった校長の鑑賞タイムは長い。
そうして校長の次の言葉を部屋の中央で突っ立ちながら待つのは、ピネスにとっていつものことだ。だが、今日は今後について少し気になる事があったので、頃合いを見たピネスは校長へとその事を尋ねた。
「で、あのぉ……これで2つ渦巻きの入口が閉じたってことは、これからやっぱ、あの正門先の最初の赤いダンジョンに?」
「うむ……。そろそろあのダンジョンのつづきと行きたいところだが、まぁ焦るな。今はまだ、そうだな…………目覚めの時ではないっ。ふっ」
「め、めざめ? 〝まだ〟ってことは……」
ピネスは校長の今した含み笑いに何か嫌な予感を察する。やがて椅子から立ち上がった校長は、ついて来いと言わんばかりに軽やかなヒールの音を鳴らした。
▼
▽
今度の舞台は薄暗い体育倉庫の中。校長に指示された男子生徒が埃をかぶったその古い跳び箱をどかしていくと、その跳び箱の中に潜むように渦巻いていたのは────すっごく茶色の魔力であった。
「DPを支払い新たなダンジョンを解放! 名付けて、《とびばこのダンジョン》だ!」
「だからなんで増やすんだぁ!? なんで跳び箱のなかにダンジョンがっ!!」
「もちろんキミたちの成長速度が段飛ばしでぇえええ────速いからだ! ここが最適な狩場かどうかまた調査する必要があるな、ふっふー」
三段ほどになっていた跳び箱に腰を掛け、片手で頭を抱えるリアクションを見せていた男子生徒の頭上を校長は飛び越えた。
前方に敷かれていた体育マットにそのままごろんと、前転しながら着地した不黒文校長は、突然動き出しテンションを高めた。やがて、彼女は振り返り親指を立てる。男子生徒のピネスくんへと、お得意のふぅーちゃんスマイルを魅せた。
「うわっと?? 成長って……してますか? 俺も?」
「うむ。ピネスくんはダンジョンにハマったか?」
特段かいていない汗を爽やかな仕草で拭いながら、豊かなプラチナ髪を靡かせた校長は、そんな突拍子もない問いをピネス生徒へと投げかけた。
「え? いきなり?? あぁー……俺の現状がハマってるって言っていいのかどうなのか。ぅーーなんつぅか……あ。数学よりは俺にはハマってるかも……です!」
「ははは、それはいい! 〝好きこそ物の上手なれ〟というからな。おそらくキミにとってはダンジョンは数学よりも……いやダメだァ!! ダンジョンの前に【抜き打ち数学小テスト】だ! 2-D浦木幸、たわけぇ!!!」
「ははっ、ぬきう? ええ!? なんでだぁ!?」
導かれたのは思いもよらないそんな答え。
【抜き打ち数学小テスト】それは男子生徒、浦木幸にとって「抜き打ち」も「数学」も「小テスト」も、頭から最後までゼンブ悪夢のような響きにしか聞こえない。
さっきまで愛しい生徒に見せていた校長のやわらかい笑顔はそこにはもうない。戦闘時のようなはっきりと耳奥まで貫き通る威勢のいい声が、体育倉庫内に反響している。
校長にびしっと指を差され、驚いたその生徒はまだこれを彼女のよく言う冗談だと心の浅瀬で思っているようだが、そうではないことにやがて気づくことになる。
仰々しい驚嘆顔が、何かを悟った絶望顔へと溶けるように変貌していく。
2-D浦木幸は、この【抜き打ち数学小テスト】が、重ね重ね告げられた避けられないイベントクエストであることを思い知るのであった。
解答時間15分、バトル会場は厳正なる審査の結果2-Dクラスルームにて、そして解答形式はお互いが得意だと豪語するマークシート式で。
生徒と校長、現役生として大人として教師として譲れないプライドを懸けた数学バトルは突然に────
⬜︎抜き打ち数学小テスト結果(100点満点)
2-D浦木幸 32点
校長不黒文 28点
⬜︎
「……っしゃーー! 勝った! 勝ったぞぉー!!」
重い、重かったその温めていた椅子を勢いよく後ろへと飛ばした。爆発するように喜び立ち上がっていたのは、2-D浦木幸。
通い慣れ座り慣れた2-Dの教室の自分の座席。彼にそのホームの利点があったからかどうかは分からない。しかし、強敵の校長先生を相手になんと4点差をつけこの数学バトルを制した。
2人のマークシートを回収したオレンジ髪の試験官は、後々起こりそうなクレーム対応のために一応もう一度2人の答案をざっと見比べ確認し直すも────両手をさっぱりと開き、軽く溜息をついた。
「なにこれ、馬鹿みたいな勝ち方。あとほんとにブク校の校長なの? 替え玉だったり?(どっちも勘でやってそう、マークシート)」
「うるさいっ学校の校長先生に数学などいるかぁ!!」
「「えぇ??」」
思わず声を揃える。校長先生の吐いたまさかの発言に、ピネスと木浪は2人して驚き困惑した。
しかし本気で負けたことが悔しそうに、机の上でプラチナ髪ががっくりと項垂れている。その様からも、逆に校長の本気度が窺えた此度の学力勝負であった。
「えぇ……っと、ま、何はともあれってことで。これで約束通り数学のテストは〝一生免除〟ですよね! せんせい!!」
「は? はーぬけずるっ、なんなのそれ? はぁ?」
「ずるくないさ、これは真剣勝負だからな!」
「なんであんたが校長みたいなしゃべり方になってんの」
『数学のテスト一生免除』まさかの悪魔のような契約を、ピネスは事前に校長と約束し取り付けていた。おおよそ彼が抜き打ちテストを受けるその代わりに、校長のことを挑発し同じ勝負の土俵へと上手く引き摺り出したのであろう。
ピネスは何故かクールぶった校長の口調を真似ている。勝ち取った大金星にテンションを高め、普段はやらない行動までとりだした。
その男子生徒の気分は見るからにるんるん、数学のテストのないこれからの学校生活への期待に胸を躍らせている。
「ぐぬぅー……ピっ、ピネスくん。それとこれとはまた別のうんたらかんたらのにとうへんさんかっけいのはじっこのかくどがかくかくしかじかでぇーだなぁはははは」
「え、嘘ついたんすか」
分からぬ呪文を唱えながら笑いおどけだした校長に対して、男子生徒の顔はなんともすんとも笑っていない。いつもならば愛想笑いや苦笑いの一つでも、髪を掻きながら浮かべているというのに。
それは学校の先生に向けてはいけない種類の目だ。教壇から事の次第を傍観していた木浪は、勝利の味をしめたピネスの豹変ぶりに苦笑する。
「ぎ、ぎくっ! ごほん!! ──うっ、嘘ではないぞ! だがアレだ……一度冷静に考えてみろピネスくぅん。イチ生徒であり現役生のキミと、校長というすんごい偉い立場の私が数学の小テストの点数で勝負など、うんたらかんたらのぴたごらすそれでもちきゅうはえんしゅうりついくぞっ3.1415926535────その目をやめたまえピネスくん。それは校長先生を今にも冷たい石に変えうるゴルゴンの目だ……はぁ……しかたがない。ここはキミの頑張りと、穴が開くほど私を見つめるそこまでのッ熱意を加味して特例で……」
「ダメなのーーーーー! エッチアイそんなズルは私が許さないのです!!」
「そうだぞ何を絶不調のふぅーちゃん相手の4点差ぐらいで、調子に乗っているゥゥゥこの不良男子が!!! よしこの神聖なる学舎で、校長先生にテストの免除などをもちかける悪知恵をはたらく不出来な生徒には、これから毎日抜きまくりの数学の小テストの刑決定だ!!! その私を欺き揶揄うほどに振り絞り使った頭の知恵を、存分に勉学の方へと向け活かしたまえーはっはっはっふっふーーーー!!!」
男子生徒から突き刺さるその痛いゴルゴンアイに耐えながらも、校長がぼそぼそ唱えていたのはくだらない呪文でも覚える意味のない円周率でもない。机の下でブラインド入力したスマホから、ふぅーちゃんのおともだちを召喚──。
急に2-Dの教室に現れた風紀委員部部長の威を借りて、萎れていたはずの校長の威厳と威勢はどさくさに乗じて復活した。
校長はいいようにやられて溜まっていたフラストレーションを即座に爆発させた。さっきまではあったはずのしおらしさの欠片も今はない。堂々と面を上げた不黒文の突然の反撃、口撃が止まらない。ついには不届きもののその男へ刑を科すまで。
「ぬぇ!? なんでコズミが!? えは!? 数学が毎日ぃ!? 刑!?? ぬっぬきま……くり……なんだそれぇ!?? そんなりふじ……勝ったのはお」
「覚悟するのです!!!」
「覚悟したまえ!!!」
「覚悟なんじゃん」
「うそだろーーーーーー!!!」
幻の勝利に調子に乗った末、己が劣勢になったことにまだ気付かないそんな愚鈍な彼に味方する者はここにはもういない。
ピンク、プラチナ、オレンジ髪の女子たちは、3人揃って指を差し、彼にとっては重すぎる毎日数学の刑を下した。
硬い枕の上で目覚めると、羊がいた。子羊だ。
子羊が小テストのプリントを美味しそうに食べている。鳴き声は〝めぇー〟やはり羊だ。
「なんだ夢だったか──。そうだな、そうだよな。数学の小テストが毎日なんてダンジョンよりありえないもんな。ははは。おっ、おー、うまいか! あぁー、じゃんじゃん食えーー! ピネス食堂はキャベツと小テストの紙はおかわり自由だ」
むしゃむしゃ咀嚼音を立てるシュレッダーいらず。シュレッダーに通すより羊に任せるのは罪悪感がない。テスト用紙が次々に食べられていくのはなんだか嬉しいものだと、ピネスは夢心地に浮かれニヤけていた。
『って何やってんの、ばかぬけ』
「いてっ!?」
「さすがにそれは、ひどいんだけど」
「え」
突然頭をはたかれ、突然ひどいと言われても夢の中にいたピネスには分からない。硬い枕に突っ伏してさっきまでにやけていたピネスが、寄って来た気配に振り返るとオレンジ髪、木浪が上から見下ろし恐い顔をしていた。
「あのピンクの帽子の子、あんたのひどすぎる数学の点数を改善すんのに付きあってあげてたんじゃない? それをこんな風にするのマジありえないから」
「あ、────……そうだな……」
ピネスは突っ伏して寝ていた硬いそこが、学習机であることを思い出した。そしてぐさりと突き刺さった木浪のお叱りの言葉で、呑気な夢から現実に返る。小角に、このところ自分の苦手な数学を時間のある限り、教えてもらっていたことも同時に彼は思い出した。
しかし『ひどい』の意味が分かったときにはもう、彼の手元には親指と人差し指の間に摘んだ一寸ほどのみすぼらしい紙しかなかった。
馬鹿な笑みを浮かべることはやめた。ピネスはこの始末をどう言い訳するかを頭を掻きながら考えていた。
「って何これかわいい」
「おぅっ……て、お前も食わせてんじゃねぇか! 木浪!」
実は木浪智火瑠もピネスと共に、毎日数学の刑に処されていた。ピネスほど点数は悲惨ではないが、それでも成績は下から数えた方が速くよろしくはない。そんな校長の生徒のことを思う聖なる独断で、彼女にも無事ピネスと同じ刑が執行されていた。オレンジ髪の試験官の不正を疑ったためでは決してないと校長は念押し言う。
そんな木浪が、可愛らしい子羊にぺらぺらの似たような〝餌〟をあげていた。
「は? だって解いたらただの紙じゃん、そして羊は紙をたべる、これ完全犯罪」
「おい……さっきの俺に言ってたことはなんだよ? 完全犯罪ってもうそれ……」
「じゃ食わせたら?」
「さっきの話でこれ以上食わせられるか! ってそれよりなんで羊がいんだ?」
「さぁ、寝ぼけてまた羊でも数えすぎてたんじゃない。はーぬけ」
「あぁー? そういやむかし……っておまえも寝てた? その髪」
「は? 寝てないし、ほわぁーー……」
そういえば昔、誰かと一緒に羊を数えながら昼寝をした記憶がある。ピネスは少しぼさついたオレンジ髪を見つめながら、ふとそんな色褪せた過去のことを思い出した。
しかし、寝ぼけ眼をこすり、ここにいる羊を改めて見るとどうにも解像度が少し低いままだ。ピネスがいくら目をこすっても凝らしても、その角ばったフォルムが改善しないような気がする。
「そうか……でもなんかこの羊」
「うん」
「「しかくくねっ?」」
互いを見合って頷いた、ぼさぼさ髪の2人は声を揃えた。
小テストをむしゃむしゃと美味しそうに食べる……そんな白くて羊っぽい生き物は便利で可愛らしいが、なんだか全体的に四角い、そんな目に映る印象と事実を拭えない。
仮眠室⑤あらため、自習室に紛れ込んだ四角い子羊の正体とは────?
「あ、完全犯罪」
「おいっ」