「じゃ、じゃあ、中嶋健斗さ、ん…?」
自分の頭の中を探る様な雰囲気で、視線を宙に泳がせて記憶を引き出すと、
凪は好きな男性芸能人の名前を呟いた。
なるほど…、
彼女は、ああゆうハンサム系が好みなのか…。
確かに彼女の様な、か弱く日陰に咲く花の様な風情は、
アイドルの彼を後ろから支える姿が美しい。
"女性は男より三歩下がって歩くべし"を体現する恋人になるに違いない。
いやいや、何考えてるんだ、私は…っ!!
「じゃあ、お買いになります…?」
下御領の言葉に、私の思考と凪の申し出が遮られた。
「…え?」
「10万円ですよ、小沢さん」
「…支払います?」
「…い、いゃ…ぁ、む、無理ですょぉ…」
「アタシに10万円…。」
「そんな大金…。」
柚葉の問いかけに、我に返った凪は、両手と頭を振って全力で否定した。
モジモジしつつ、引き上がるタイトスカートの裾を恥ずかし気に掴んで引き戻す。
必死で拒否する彼女の姿は、美しさが薄まり、
その代わりに可愛らしさと愛らしさが香り立つ様に感じる。
そんな彼女を愛でていると、下御領柚葉は私の方を向いた。
「面接官はいかがですか?」
「お買いになります…?」
矛先が私に向けられ、私は椅子に座ったままで軽く両手をあげ、申し出を拒否した。
会議室に彼女の提案を買い取る人物はいない事になる。
それは、自動的に彼女の提案に意味が無く、無効な提案となった事を表す。
「まあ、何て事かしら…。」
「せっかく、お好きな芸能人とお近づきになれるのに…。」
「いや、こんなの無駄ですよ…っ!!」
志賀は立ち上がり、乱れたスーツの上着を両手で着直す。
そして、私に一礼すると会議室の出口へと歩を進めた。
「こんな面接、やってられないですよ…っ!」
「もう、不合格で良いですっ!!」
「失礼します…っ!!」
そう早口でまくし立てると、志賀修は会議室のドアを激しく閉めて退室した。
「…へっ!」
「根性無しが…っ!!」
何とか気力を持ち直した山口陽翔が、退室した志賀に向けて悪態を吐いた。
「競争相手が一人減ったぜ…っ♪」
いや…。
志賀の対応は、まともな反応だ。
普通なら、お前が変な事言い出した時点で帰ってる。
山口は立ち上がり、肩を怒らせつつ下御領にメンチを切る。
どうして、ヤンキー系の威嚇行動は、肩をいからせ揺すりつつ歩くのか…?
正に絵に描いた様な動きをしつつ、威嚇する山口は彼女へ近づいた。
だが、山口の精一杯な虚勢も、下々の世俗に疎い彼女には、
奇妙な歩き方をしている程度にしか、認識出来ない様子で、
彼女は不思議そうな表情で山口を眺めている。