気まぐれに好きなペルソナシリーズの女性キャラをヤンデレ化させていく 作:ゴロスケ
とある一室、薄暗い闇の中。
押し殺された少女の喘ぎ声と、肉が奏でる卑猥な旋律が響く。
息も絶える程のその声は、事情を知らない第三者でさえ聞いているだけで苦しくなりそうな程に曇ったものだった。
肉体の自慰。その行為に酔う少女の名は芳澤すみれ。
過去に負った心の傷。その影響によって自分を偽り、己を偽ることにより自我を保って来た少女だった。
「ん……ぁん……あっ……」
年頃である、思春期である少女の自慰。しかし、確かな快楽と悲しみが入り混じったような鳴き声。
何が辛いのか、何が悲しいのか。そんなことはどうでも良い。
ただ今は──今だけは快楽を得て、残酷な現実を忘れればそれで良いのだ。
純粋に『彼』を愛する気持ちから始めたその行為は、いつの間にか少女にとって逃避行為になっていた。
しかし、すみれは感じられずにはいられない。
心の奥底で感じるのは、そんな彼への寂しさと虚しさ。
夢想の世界の彼は現実と異なり、いつもすみれを優しく迎えてくれる。だからこそ逃避してしまう。
すみれは身体を淫らにくねらせる。多量の潮が吹いたのを最後に、本日何度目かになる絶頂を迎えた。朦朧とする甘美な余韻を感じる最中、すみれの僅かに痙攣する手から一期の端末が床に落ちた。
それは、先程の自慰によって少女の中から出たモノによって塗りつぶされたモノ。
愛しい彼の姿が写されていたスマホ。
かつてすみれを闇から救い出し、それによって芽生えた想いを拒絶した一人の少年の姿が映し出された写真だった。
翌朝。芳澤すみれは喫茶店ルブランに訪れていた。
すでに閉店時間は過ぎ、目の前にマスターである佐倉惣次郎の姿はない。非常識な時間に訪れたにも関わらず、何も言わずにコーヒーを出してくれたのは優しさと居候である少年の信頼故だろうか。
複雑な思いですみれはコーヒーカップを手に取り、口につける。しかし、それでもすみれの気分が晴れることはなかった。
「はぁ……」
軽いため息をつきつつ、すみれは自身を責める。
今は亡き姉……かすみのように強くなれたなら、どんなに良かったのだろう。彼を待つ間、すみれはそんなことばかりを考えていた。
自分の行いがきっかけで、かすみを失ってしまった。逃げてしまった。それはどれだけ後悔しても消せない事実。
だからこそ、あの時、彼に誓ったのだ。
今度は、現実から目を背けない。全てを受け入れ、今度はこそ本当の意味で強くなると。そう誓ったはずなのに……。
「ん?すみれ、来ていたのか?」
「っ!?」
突如として聞こえてくる聞き覚えのある声。余程驚いたのか、すみれの身体全体がビクンと反応した。
「せ、先輩……!」
現れたのは、この喫茶店の居候であり心の怪盗団のリーダーである少年。そして、他ならぬすみれの想い人の姿だった。
すみれは静かに空気を深呼吸を行う。そのまま出来る限りの笑顔を作りながら、彼に向き直った。
「すみません、連絡もなしに。お邪魔しています」
「構わない。マスターは?」
「少し用事があると言って早めに上がると。あ、勿論許可は頂きました。後のことは先輩に任せるって」
「それなら、俺から言うことはないな」
彼の微かな微笑みは、抜け殻状態だったすみれの意識を完全に覚醒させる。すみれは出来るだけ顔を伏せ彼を見ないようにしつついつも通りにと心掛けるも、想いを隠し切れるかどうかすら不安だった。
「今日は、練習の帰りで?」
「あ、はい。まだ不安はありますけど、時間が許す限りはやろうと思っています。勿論パレスの攻略が最優先ですから、その時は呼んで下さいね」
「すまないな、俺の都合で」
「いえ、謝らないで下さい。みんなの中心に立てるのは先輩だけなんですから」
心境を悟られるようにと、すみれは彼と他愛もない会話をかわす。
同年代の男子と比べて表情の変化が乏しく、口数も少ない。それでいて聞き上手な為か、こちらから悩みを打ち明けてしまうのは彼の不思議な魅力故だろうか?
すみれがやや視線を逸らしたところ、彼の背負っている鞄がいつもより小さく見えたのは今更だった。
「あれ?先輩。もしかして、今日はお一人なんですか?」
「ああ、モルガナならメメントスの調査に行ってる。丸喜先生が干渉したことで内部にどういう影響が出たのか確かめておきたいらしい」
いつも彼と行動を共にしている喋る猫、モルガナ。この時間となれば彼と共に帰宅しているのが日常茶飯事なのだが、現在は最後のターゲットである丸喜のパレス内で起きた事の原因であるメメントスへ向かっていた。
勿論本格的な探索はメンバー全員で行うと事前に決めており、認知の変化を確かめる程度の探索に過ぎないが、それが今の彼とすみれの時間を作り出してしまうことに繋がることになるのだ。
「そうだ、すみれ。少し前にここに真が来なかったか?」
「え?──いえ、来てなかったと思いますけど……」
「そう。ありがとう」
それだけ言うと、彼は困ったように頭を掻く。同時に取り出したスマホを操作しつつ、静かなルブラン内に微かながら沈黙が舞い降りる。
すみれは呆然とその様子を眺めていた。時間にして、1分程の出来事。
やがて操作を終えた後、彼は制服のポケットにスマホを戻す。その口元は僅かながらに緩んでいた。
「あ、もしかして誰かと約束していましたか?そうとは知らずに、私……」
「気にしなくていい。それに、何か悩みがあるんだろう?まだ時間もあるし、俺で良ければ話くらいは聞くよ」
慌てて謝罪するすみれに、迷いもなく答える。その嘘偽りのない穏やかな表情は、ただでさえ静まりが効かなかったすみれの胸の鼓動をさらに加速させる結果となった。
先程の様子からしても、只ならぬ様子を察して寸前で予定を変更してくれたのだろう。申し訳なさと嬉しさと言う気持ちが複雑に交わり、すみれは目を伏せる。
出会った時より世の中に理不尽な制裁を受けながらも、仲間の為にその命を賭け、己の信念を貫いて来た少年。
そんな彼に、自分以外の女性が惹かれることは当然だ。自分が隣に立てないのは当然だ。
──だって、自分はあまりにも遅過ぎたのだから。
「着替えてくるよ。話はそれからゆっくりしよう」
「ぁ……」
そう言って彼はその場を後にしようとする。すみれは何事もなく屋根裏に向かおうとする彼の背に無意識に手を伸ばしていた。自分自身ですら何をやっているんだ……と自覚しつつも、伸ばした手を引かせることはできなかった。
ただ、ほんの少しの間だけいなくなるだけ。数分だけいなくなるだけ。
しかし──頭では分かっていても気づいた頃には身体がすでに反応していた。
「え?」
すみれはついに出て行こうとする彼の腕を掴んでいた。彼は驚いたように目を広げ、思わず間が抜けた声を上げた。
「すみれ?」
「ぁ……す、すみません。急に掴んじゃって……」
「……明らかに只事じゃないな。一体何があった?」
顔を覗き込み、心配する彼の姿がすみれの心を掻き乱し、判断を狂わせる。
このまま行って欲しいという願いと、ずっと居て欲しいという相反する願いが入り混じり、すみれの手を震えさせた。
思い返すのは、彼と初めて会った時の記憶。すみれ自身も秀尽学園に入学して間もない頃、その扱いはまさに天地の差があった。
入学時より特待生として学園から将来を嘱望されていたすみれとはあまりにも対照的に、保護観察処分の身となり地元の高校を退学処分となったことにより秀尽学園へと訪れていた彼。その上、学園でも前歴の話が多く知れ渡っており、当時は何処に行っても彼の陰口が聞こえていた程だ。
すみれ自身、初めて会った時の印象とあまりにも大きすぎる噂から彼が冤罪だと気づくのはそう遠くなかったが、学園内の大人達は誰一人として彼に手を差し伸べることはなかった。
腐りきった大人の身勝手により全てを奪われ、あまりにも理不尽なゲームを押し付けられてた少年。
しかし、彼は決して折れなかった。
断固として己の信念を曲げず、環境に嘆くこともなく多くの人々の心を救い、それはすみれも例外ではなかった。
──あなたに私を見て欲しい。
──私はあなたの隣に立ちたい。
──今度は私があなたを支えたい。
だからこそ、あの日に想いを伝えたはずだった。
そして、それは叶わなかった……。
「(どうして……)」
すみれの中に溢れ出したのは、どうしようもない後悔と他の怪盗団メンバーへの嫉妬心。
何故?どうして?
もっと早くに出会えていれば良かったのか?あの時、怪盗団に入ることを拒んでしまったからなのか?
このまま彼を放せば何事もなく終わる。でも、もしこのままずっと一緒に居られたら?
都合の良いことに今は二人きり。勿論、躊躇いはあった。理性とてこのまま帰せと言っている。
しかし、一瞬、彼がこれから落ち合っている少女の存在が脳裏を過ぎった。
そう──たったそれだけのことで今まで抑えていた欲望がすみれの全てを支配し、動かしたのだ……。
「あの……先輩。そんなに時間は取らせないので、これから少し私に付き合ってくれませんか?」
「それは構わないけど、君の身体は……」
すみれからの唐突な誘い。彼女の体調を気遣う彼にすみれはどこか意味深な笑みで答えた。
「大丈夫です。実は先日の新体操の訓練で、丸喜先生のパレス攻略に役立つかもしれない動きを見つけて。勿論実戦では試してませんから、先輩との連携が最初になってしまうんですけど」
「わかった。すみれが平気なら」
すみれの卑しい考えなど、彼は知る由もない。 そんなに時間は掛からないだろうと安請け合いをしてしまった。
が、しかし。全ての過ちはここから始まるのだ。
「ありがとうございます。では、早速外に行きましょうか。やり易いですから」
彼は軽く頷きながら、ソファーに荷物を乗せつつ準備を整える。
その微かにすみれから逸れた瞬間──彼女は自然な動作のまま、鞄の中にあるペットボトルを取り出した。
「あ、先輩。良かったら、運動前に試してみてください。すぐにでも効果が期待出来ると思うので」
言いながら、すみれは手に持ったペットボトルを何の躊躇もなく彼に渡した。
「ん?あぁ、ありがとう」
自然な動作のまま、何の疑いもなく渡されたものを口に含む彼をすみれはどんな風に見ていたのか?
彼がそれを知る余地はない。
何故なら、気づいた時には極度の睡魔が彼を襲ったからだ。
──ごめんなさい……でも、先輩がいけないんですよ……?