気まぐれに好きなペルソナシリーズの女性キャラをヤンデレ化させていく 作:ゴロスケ
そこは、二度と訪れることのない待ち人を待つのみの部屋だった。
私立月光館学園、巌戸台分寮に住む者が活動を行う特別課外活動部の解散と共に閉鎖が決定され、すでに私物もなくなった室内。その入口には、まるで立ち入る者を拒むかのような光を放っていた。コツコツと、静かに響く足音。光の中に映る二人の少女の影。その内の一人が持つのは、金色に光る八つの鍵だ。
「……これで本当にいいんだな?ゆかり」
覚悟を確認するかのように、一人の少女が隣に立つ友の名を呼ぶ。
その少女の名は岳羽ゆかり。過去と未来の戦いの末、失ってしまった少年の力を引き継いだ仲間を下し、勝利者となった人物だった。
「問題ないですよ、あの子も……メティスだって言ってたじゃないですか。それに過去に戻るんだから、あの子もアイギスも、どっちみち元に戻るんでしょ?」
親友の迷いのない言葉に、もう一人の少女──桐条美鶴は沈黙する。
彼を死を受け入れられず、無意識のうちに未来への扉を閉ざしてしまった自分達。それは結果的に過去に遡り、彼を救うことが出来る可能性を与えた。
彼の覚悟を受け入れ、未来への道を歩もうとする者。大切な人を取り戻そうする者。
互いに譲れない想いを抱く中、それを解決するには戦うしかなかった。あの最後の戦いで、背中を預け合うまでに一つにした心は見る影もなくバラバラになったのだ。
「(こんな結末、君は望んでいなかったのだろう。だが、どうか許して欲しい。それほどまでに、君は我々にとってなくてはならない存在だったのだから……)」
自らの命を犠牲にして未来を繋げてくれた少年に謝罪しつつ、美鶴の脳内に浮かぶのは、『彼』と同じ力に覚醒した機械であり、今は人の心を持った少女だった。
それぞれの仲間が戦いへの決意を固める中、彼女には迷いがあった。
その中で、容赦なく牙を向く仲間達を下し、彼女──アイギスは自分達の前に立ち塞がった。
瞳には確かな覚悟があった。これまでの戦いの中にはなかった光が宿っていたのだ。
今更考えても仕方のないことなのかもしれない。しかし、どうしてもこう思ってしまう。
……アイギスとゆかり、彼女達二人の戦いの明暗を分けたのは、一体なんだったのだろうか?と。
「行きましょうか、美鶴先輩。この鍵で、今度こそ──彼を救いに」
友の迷いのない言葉に、美鶴はああ……と、小さな相槌を打つと同時に、自身の力のなさを悔いる。
どこまでも無力だ。何よりも守りたかった父を失い、仲間を、かつて自分を支えてくれた親友すらも正しい道に導くことは出来ない。
結局、大切なものは誰一人として守れなかったのだ。
過去に戻り、あのニュクスと再び相対することに恐怖はなかった。それなのに、胸の奥の痛みが退くことはない。
何度も、何度も心の中で懺悔する。全てが桐条から始まり、自身が背負うべきだった贖罪を背負って未来を繋いでくれた心優しい少年。
そんな彼に、また一つの業を背負わせてしまうことに……。
「では、わたしはこっちで」
「ああ、また寮で」
時は決戦の数日前、特別課外活動部のリーダーを務める少年は下校時を共にしていたアイギスと別れ、巌戸台分寮に向かっていた。
月光館学園に三学期が始まり、こうして彼女と交流を重ねてからどれほどの時が経っただろうか?元は対シャドウ用に製作された人型兵器でありながら、数々の出来事を経て人としての心を宿し、自身にとってもかけがえのない存在へとなった少女。
同時にそれは、迫る最後の戦いを控えた彼にとっての微かな癒しにもなっていた。
「最後の戦い、か……」
淡々と歩を進めつつも、今も決して脳内から離れないのはあの日に望月綾時から聞かされたあまりにも突然で唐突な告白。
自分達が戦う最大にして最強の宿敵──ニュクス。決して倒すことなど出来ない、避けられぬ滅び。かつて、自身の中に居た"あの少年"。
様々な事情の中で錯乱し、仲間と共に悩んだ結果、自分達が選んだのは立ち向かうことだった。
どこか達観したように笑みを浮かべつつ、寮の入口に辿り着く。
全てはここから始まり、仲間と共に過ごした記憶、繋いだ絆。
──なかったことなどさせるか、決して。
決意を新たに、ドアノブに手をかけつつ中へと入る。いつもならば誰かしらの仲間から「おかえり」と出迎えられるが、時間が早い為かラウンドから響くのは静寂のみだった。
「誰も居ない?」
時間帯のせいか、灯もついていないどこか薄暗い寮内。彼は傍らにある照明スイッチをつける。ラウンド全体が点灯する中、付近のソファーに腰をかける一人の少女──ゆかりの姿が映ったのは今更だった。
「ゆかり?」
「……!帰って来てたんだ……」
突然の明かりと同時に帰宅した彼に気がついたのか、ゆかりは心底驚いた様子で目を見開く。誰も居ないことですっかり寛いでいたのか、慌てて姿勢を正しつつ彼に向き直った。
「め、珍しいじゃん。キミがこんなに早く帰ってくるなんてさ。いつもはもっと遅いよね?」
「たまにはね」
年頃の恥じらう乙女の心境など気にも留めず、彼はゆかりと向かい側のソファーに腰をかける。
ふぅ……という小さなため息と共に、再び目線をゆかりに向けつつ口を開いた。
「ゆかりこそ、この時間に帰ってるのは珍しい気がするけど。今日は部活だったよね?」
「弓道部のこと?流石にこんな時期だしね。私の武器はこれだし、部活動が役に立たない訳じゃないんだけど、やっぱり実戦で試したくってさ」
「なら、これからタルタロスに行く時は前日に知らせるよ。その方がトレーニングメニューも組みやすいだろうし」
「あはは、そうしてくれると助かるかも……ってこれ、まるで真田先輩みたいだね」
乾いた笑いを浮かべるゆかりに、彼も微かに口元を緩める。
まさにいつも通りの、何気ない寮生同士の会話。
しかし、だからこそ。彼女の表情に一点の曇りがあるのを彼は見逃さなかった。
「あまり元気がないみたいけど、何か悩み事?」
「え?あ、いや……ううん。何でもないの。ただニュクスとの決戦、もうすぐだなって」
「誰でも怖い。僕でいいなら、話くらい聞くよ」
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
ゆかりの言葉に満足したのか、彼が必要以上の言葉をかけることはない。
元より口数が少ないこともあるが、聞き上手かつ包容力のある彼の対応は場の空気をあっという間に和らげた。
「純粋っていうか、天然っていうか。むしろドライ系?まあ、あなたのことだからそんなに深くは考えてないんだろうね」
「いきなり何の話?」
「ううん、別に。ていうか、多分キミに言ってもわかんないと思うよ」
それは酷いな……という彼の呟きと共にゆかりはようやく微笑みを見せた。
そんな彼女の脳内に浮かぶのは、彼と初めて会った日の記憶。
高校二年生の春、いよいよ新学期が始まろうという時期の午前0時過ぎ、適正を保つ人間以外が行動が出来ない影時間の中での初対面。
レッグホルスターに召喚器を差した格好である自分を見ても全くの無反応に当時のゆかりが不気味さすら覚えたのも今となっては懐かしい思い出だった。
「本当に色々あったよね。この一年で……」
「だね」
ゆかりの呟きに、彼も静かに頷く。
数々の試練を乗り越え、今でこそ硬い絆で繋がれた仲間達だが、当初は目的も思想も何もかもが異なる者達の集まりだった。
影時間を消すという共通の目的こそあれど、ゆかりが特別課外活動部に身を挺したのも幼い頃に死別した父親の真相を知る為であり、桐条グループの一人娘である美鶴への接触が第一目的であった。
美鶴が自分達に重要な何かを隠してると察した上、それに関わってるであろう幾月や真田。どことなく気まずい関係が続く中で、家庭環境が近しい彼との出会い。
今となって思えば、ゆかりにとってのそれはペルソナや影時間に関して裏表のない「初めての仲間」と言えるものだったのかもしれない。
「(ホント、いつもどうでもいいなんて言ってるくせに。それでいて無口で、何を考えてるのかなんてまるでわからないのに……)」
それでも──誰よりも強くて、優しくて、頼りになって……誰かが困っているならば迷わずに手を差し伸べてくれる。
だから、失う訳にはいかなかった。
例え、これまでに結んだ仲間との絆を壊すことになろうとも。
……例え、その選択がきっかけで守りたかった世界が滅ぶことになろうとも。
「アイギスが帰ってくるまでに時間もあるし。ソファーの上で少しだけ寝ちゃおうかな。ゆかり、もし彼女が帰って来たら起こしてくれる?」
間が抜けた表情であくびをすると同時に、彼から発せられる何気ない一言。
それは、今のゆかりの神経を刺激するのには十分過ぎるものだった。
「……帰り、アイギスと一緒だったんだ?」
「途中までね。最近、偶然知り合ったお婆さんの猫探しをしててさ、ただ今日はタルタロスに挑むつもりだったから早めに切り上げたんだ。でも、アイギスはもう少し探したいって」
困ったように笑いながら、彼はソファーの上で背を伸ばす。その表情は、仲間達の中で最も付き合いが長いゆかりでさえ稀にしか見ない穏やかなものだった。
「……アイギスのこと、恨んでるわけじゃないんだよね?」
「勿論、そんなつもりはないよ」
影のあるゆかりの言葉に、彼は穏やかな表情のままに答える。
あの10年前の事件で、彼女が偶然居合わせた幼い自分にデスを封印したことに戸惑いはあった。しかし、恨むつもりは毛頭ない。
彼女がそうしなければ、あの瞬間に世界は終わりを迎えていたかもしれないし、今日まで続く全ての生命は途絶えていた。
何より、今のかけがえのない仲間と出会えなかったのかもしれないのだから。
「みんなも言ってたけど、変わったよ。身体は機械かもしれないけど、心は僕達と変わらない。というか、今や僕なんかよりもよっぽど人間らしいかも。順平からは相変わらず空気読めとか読み人知らずとか言われるし」
ソファーの上で鼻を掻きつつ、彼はアイギスの心境の変化を語る。
普段は無口な彼が、まるで自分のことのように。本当に楽しそうに。
……あの日、愛する者に、自分だけに向けてくれた笑顔で。
ゆかりはただその言葉に耳を傾けていた。
張り裂けそうになる想いを堪えながら。胸の奥から迫る感情を抑えながら。
そして、限界は驚く程に早く訪れた。
「もし時間があったら、ゆかりもお婆さんの猫探しを手伝ってもらえないかな?人手は多い方がいいし、きっとアイギスも喜ぶと──」
「やめて」
彼の声は、突如として遮られた。まるで時が止まったかのようにラウンジ内に流れる静寂。底知れぬ冷たさ。
彼もその異様とも言える空気感は感じ取ったのか、目の前の少女に問いただすのに数秒の時を要した。
「えっと……ゆかり?」
「……わかってるよ。キミ、誰にでも優しいもんね。何にでも興味ありませんみたいな顔してるくせに、いつもみんなを助けてくれる。だから私のことも仲間とか友達とかその他大勢の一人なのかなって思ってた」
その言葉は、かつて彼がゆかりの想いを受け止めた時のものだった。
10年前の事件により愛する人を亡くし、その辛さを埋める為に他の男性に依存して行った母親。そんな母を軽蔑していたゆかりは、自分はああはならないと誓った。自分一人の力で幸せになり、母を見返してやるのだと。
だからこそ、最初は彼を拒絶した。彼の善意も優しさも全てわかった上で、余計なお世話だと冷たく言い放ち、ただのクラスメイト。所詮は仲間の一人に過ぎないのだと自分にも言い聞かせた。
しかし、駄目だった。意識すればする程、彼が他の女性と接するだけで胸は痛くなり、自分の弱さを突きつけられるだけだった。
ねぇ、何で風花とそんなに仲良さそうにしてるの?
何で美鶴先輩と二人きりで居るの?
見ないで
他の女の子なんか見ないで
私を見て
私だけを見て……
見てよ……!
胸の奥から迫る彼への想い、彼の隣に立つ女性への嫉妬。
そして、その想いは叶った……はずだった。
「(……本当に、どこまでも邪魔するんだから。あの子は)」
ゆっくりと、彼女の手がレッグホルスターに向かう。そのまま取り出したのは、ペルソナ使いの象徴である召喚器だった。
「ゆかり、何を……」
「……ねぇ、私の望んだ未来には、いつも傍にキミが居たんだよ?」
取り出した召喚器を、何の躊躇もなく額に当てた。
「だから、キミにはこの世界と命を引き換えするみたいな真似、してほしくなかったよ」
呼び出されたのは、ゆかりの固有ペルソナ──彼女自身の想いによって進化したイシス。
あまりに唐突な彼女の行動に、彼は当惑する。一体何のつもりなのか?影時間でもない、敵もいない状況の中でペルソナを召喚するなんて……。
驚く間も考えるまで間もなく、彼にその時は訪れた。
「……っ!?」
突如、体に衝撃が走る。まるで、何かに引き裂かれたかのように。
そのあまりにも不意の痛みに、彼の体は強制的に蹲るしかなかった。
「ゆ、か……──!?」
痛みと激痛に耐えながらも、顔を上げる。その先に見えた彼女の表情に彼は思わず言葉を失った。
「あはは、流石のキミも不意打ちは駄目なんだ?ごめんね、もう駄目なの。あの時に無理だったのに、今のバラバラになった私達なんかじゃニュクスを倒すなんて出来っこない。悔しいけど、順平の言う通りだもんね」
ゆかりは笑う。まるで、ちょっとした冗談だと言わんばかりに。犯した罪の重さを理解出来ない幼い子供のように。
一筋の光さえも宿っていない虚ろな瞳で。
当然、彼にはゆかりの言葉の真意を理解することは出来なかった。
「ゆ……か、り……!」
「──ねぇ、もう疲れたでしょ?」
ゆかりは立ち上がる。そのままゆっくりと足を進め、ソファーの上で蹲る彼の眼前で立ち止まり、彼を自らの両掌で包み込んだ。
「これ以上、キミは何も背負わなくても良いんだよ。これからはずっと一緒に、二人だけで生きよう?キミが隣に居れば、世界の滅びなんて怖くない。大丈夫。あなたは、これから一人なんかじゃないよ?」
段々と朦朧とする意識。その中で、特別な関係となった少女の声だけが響く。抱きしめられた腕の力が段々と強くなるのを感じた。
「だから、今度こそは私だけを見ててね?もう二度と、他の女なんかに目を向けるなんて……」
──許サナイカラ。
意識が遠のく。霞んだ行く瞳の中で彼が最後に見たゆかりの表情は、笑みに満ちていた。
……あの日、学校の屋上で互いの想いを確かめ合った時に見せてくれた、赤らめつも幸せに満ちた笑み。
その奥に秘めるは、ようやく会えた大好きな人への想いとその最後を見届けた機械の少女への嫉妬に満ちているとも知らずに、彼の意識は完全に途絶えた。