気まぐれに好きなペルソナシリーズの女性キャラをヤンデレ化させていく 作:ゴロスケ
多祢村理子は、いつかは彼のことを目で追っていたのだろう?
上城渚。サラッとしたセンター分けの赤髪が特徴なだけの下級生だ。
階段付近で周囲の女子生徒が戯れ、通れないで居る彼の為にと彼女達を注意した時、彼は一言だけお礼を言って去っていった。
特別礼儀正しいわけでもなく、何か挙動や言葉に魅力があるわけでもない。自分とて風紀委員として当たり前のことをしただけだ。
ただ、何かが違った。
昨日と同じ、ただ『望まれる役』を演じるだけの日常に、小さな石ころが投げ込まれたような気がしたのだ。
◆
「ふぅ……はぁっ……んっ」
すでに下校時刻を過ぎた時間帯。
誰もいないはずの風紀委員室では、部屋の鍵は閉められ、微かな明かりが灯されていた。
「ん、ぁ……あ、だめ……誰か、き……ちゃ、う……っ」
誰に聞かせるでもなく、押し殺したような声が静かな部屋に溶けていく。
右手で口を塞ぎながら、左手はスカートの中へと消えていた。
「渚……なぎ、さっ……」
理子の脳内にあるのは、怪盗団のリーダーである『彼』だった。
大切な仲間、自慢の後輩であると同時に、誰よりも頼りになる存在。
その思いはいつしか形を変えていった。
あの日、少しだけ言葉を交わしただけの後輩が、気付けばこれほどまでに彼女の心を支配している。
「……ん、は……ぁ…だめ……だめなの……っ」
誰かに見られたらどうしよう。
ここは職務を果たすべき場所で、私欲を満たすための場所ではないのに。
そんな背徳感が、彼女の手の動きをより一層激しくさせていく。
「……んん……っ、っぁ……~~~~~~っ!!」
──渚。渚。渚。
何度も何度も、心の中で名前を呼ぶ。
瞼の裏に浮かぶ彼の姿に、指が疼く。身体が熱を帯びる。
本当なら、彼に直接触れてほしい。
だけど、そんなことができるはずもなくて……、
「すき……すき、なの……っ」
普段は凛とした風紀委員長も、今だけはただの恋する少女だった。
誰にも言えない、誰にも見せられない、彼女だけの秘密の時間。
今日は怪盗団としての活動がないと分かっているからこそ、思う存分彼を想うことができる。
「んっ……ふ……っ」
片手だけでは飽き足らず、もう片方の手も服の中へと忍び込ませる。
より強い快感を求めて、彼女の指は止まることを知らない。
「……だめ、もう……そんなとこ……」
──理子。
頭の中の彼が、微笑む。
その瞬間、彼女の身体は大きく跳ねた。
「……んん……~~~~っっ!!!」
しばらくの間、世界から切り離されたような感覚に包まれる。
全身の力が抜け、だらりと机に突っ伏した。指先から力が抜け、まだ熱を帯びたままの両手がぶらりと揺れる。
「……はあ……はあ……っ……」
荒い息を整えながら、理子はぼんやりとした頭で考えていた。
また、やってしまった。
毎回毎回、強い罪悪感に苛まれるのに、それでも彼を想うことをやめられない。
むしろ、回を重ねるごとに、彼への想いは大きくなっていくばかりだった。
「……全く。こんなんじゃ風紀委員長としても、怪盗団としても失格ね」
自嘲気味な笑みがこぼれる。こんな自分を彼はどう思うだろうか。気持ち悪いと軽蔑されるだろうか。
分かっていても、想いを止められなかった。
何度も、何度でも、こうして彼を欲してしまう。
「……帰りましょう」
制服を整え、荷物をまとめる。鍵を閉め、誰もいない廊下を歩き出す。
背筋を伸ばし、顔を上げるその姿は、いつもの風紀委員長だった。
「あれ?多祢村さん?」
廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、理子にとって恩師である片山久未が立っている。
「こ、こんにちは、片山先生」
「こんにちは。……って、こんな時間まで何してるの?もう下校時間は過ぎてるけど」
「は、はい。今日中に片付けておきたい課題がありまして」
嘘は言っていない。きっかけは確かにその課題だった。
しかし、途中で邪念が入ったのもまた事実で。
「そう。無理しちゃダメだよ。帰り道、気をつけてね」
「はい、ありがとうございます」
会釈をして、理子は歩き出す。
ばれていない、大丈夫……と心の中で繰り返しながら、彼女は足早に校舎を後にしようとした。
「……あの、多祢村さん」
「はい?」
片山に再び呼び止められ、理子の心臓が跳ねる。
「また何か、無理してない?」
「え?」
理子は思わず聞き返してしまった。
心を見透かされているようで、背筋が冷たくなる。
「最近、何だか疲れているように見えるから。しつこいようだけど、困ったことがあったら、いつでも相談してね」
「……片山先生、ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です。今の私には、仲間もいますから」
素羽、駿、ルフェル、星輝。
そして、渚。
怪盗団の皆の存在が、どれだけ自分の支えになっているか。
言えない想いはあるけれど、それでもかつての『望まれる役』を演じていた頃の自分より、ずっと幸せだった。
「そっか。うん、分かった。ごめんね、心配性で」
「いいえ、そのおかげで私も駿も救われました。片山先生には本当に感謝しています」
「ありがとう、私もあなた達の先生に戻れてよかった」
片山の言葉に、理子は心からの笑みを浮かべた。
この人の支えがなければ、自分は今も自分を偽ることを止めなかっただろう。
そんな人に嘘をつくのは心が痛むけれど、こればかりは話せることではなかった。
「それじゃあ……あ、そうだ。せっかくだし、渡しておこうかな。この前の学園祭でみんなと撮った写真、現像できたの」
そう言って片山が鞄から取り出したのは、少し前に開催した学園祭で怪盗団の仲間たちと撮った集合写真だった。
カメラに向かい、楽しそうに笑う皆の姿。
「いい写真でしょ。あなた、すごくいい顔で笑ってる。だからちょっと、気になっちゃって」
「……いえ。とても、大切な宝物です」
写真を受け取り、理子は胸に抱くように持つ。
彼女の隣で笑っているのは、他でもない上城渚だった。
「帰ったら飾りますね」
「うん。それじゃ、今度こそ気をつけて帰ってね」
「はい。失礼します」
今度こそ別れを告げ、理子は歩き出す。
手の中の写真を、そっと見つめながら。
どうか、この時間が、この関係が、いつまでも続きますように。
そう、願わずにはいられなかった。
---
【理子:渚、少し相談があるの。今、大丈夫かしら】
家に帰り、着替えを済ませた後、意を決して渚にメッセージを送る。
内容は何か大層なことではない。
二人きりでお茶にでも行かないかというものだ。
これくらい、先輩として、友人として、怪盗団の仲間として不自然ではないはずだが、どうしても緊張が走ってしまう。
数分後、スマートフォンが短く震える。通知を見る前に、自然と目を閉じて深呼吸してから画面を確認する。
【渚:大丈夫だよ。怪盗団のこと?】
すぐに返信が来たことに、胸が少しだけ跳ねる。
普段はこんなことで動揺しないのに、相手が相手だとどうしてこうも違うのか。
【理子:いいえ、プライベートな話よ。明日の放課後、空いてるかしら?たまには二人でお茶でもどうかと思って。普段から貴方にはリーダーとして頑張ってもらっているし、私からの感謝の気持ちも込めて】
【渚:そういうことなら、喜んで】
すぐに承諾の返事が届き、知らず知らずのうちに拳を握っていた。
これでいい。これは普通の交流で、下心なんてものはないはず。
そう自分に言い聞かせながらも、心臓の鼓動はまだ収まらない。
【渚:だだ、ごめん。明日は先約があるんだ。明後日なら空いてるけど】
そのメッセージを見て、理子の心に黒い影がよぎる。
先約、という言葉がやけに気になった。
──誰と?どこで?何を?
聞く権利なんてないのに、次々と浮かぶ疑問。
ここで何も言わないほうが不自然だと、自分の心に言い訳をしながらメッセージを打つ。
【理子:そうなの。もしよければ、誰と会うのか聞いてもいい?】
【渚:宮下さんっていう地元の友達なんだけど、最近は一緒によく勉強しててさ。明日もその予定なんだ】
その名前を聞いて、理子の胸がちくりと痛む。
前に少しだけ聞いたことがある、渚の地元の友人。年下の女性だとも言っていた。
普段は怪盗団のリーダーとして活躍する彼だが、やはり普通の高校生なのだと思い知らされる。
【理子:そう。分かったわ。なら明後日にしましょう】
【渚:ありがとう。楽しみにしてるよ】
そこまで打ち合わせて、会話は途切れた。
スマホを置き、理子は小さくため息をつく。
断られた訳ではない、明後日はちゃんと会える。単に先約があっただけだ。
「……本当に、そうかしらね」
口に出してみると、それが単なる言い訳に過ぎないことは自分でも分かっていた。
先約があろうと、渚が自分との約束を優先してくれたら――そんな淡い期待を抱いていた自分に気づいて、理子は小さく首を振る。
欲望を取り戻し、決意を新たにしてなお、こんなに心が揺れる自分に嫌気がさしてくる。
「……宮下さん……ね」
写真立ての中の渚の笑顔を見つめながら、理子はそっと呟く。
地元の女友達。勉強を教えているらしい。きっと、仲がいいのだろう。
そして、もしかしたら――。
「……やめましょう。こんなの、私らしくない」
理子は頭を振って、悪い考えを追い出そうとする。渚のことを信じていないわけじゃない。
ただ、自分の心が醜く蠢いていることを自覚するだけで、嫌になってしまうのだ。
嫉妬、独占欲。そんなものを、彼にぶつけるわけにはいかない。
明日、渚はその宮下さんと会う。
明後日、自分は渚と二人で出かける。
それだけで、十分ではないか。
「……十分……なはずなのに」
どうして、こんなに胸が苦しいのだろう。
どうして、こんなに彼を独り占めしたくなってしまうのだろう。
理子はもう一度だけスマホを手に取り、渚とのメッセージのやりとりを見返す。
『楽しみにしてるよ』という言葉が、嘘ではないと分かっているのに、どうしても不安は消えない。
「……寝ましょう」
明日も学校がある。無駄に思い悩んでも仕方がない。
そう思っても、ベッドに入った後も、彼のことを考えてしまう自分がいた。
そして明後日、彼との時間をより良いものにするために。
他の誰よりも、彼の記憶に残るような先輩でいるために。
何を着ていこうか、何を話そうかと、夜遅くまで考え込んでしまうのだった。
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翌日、その日の昼休みは怪盗団のメンバーと共に昼食をとっていた。
他校である星輝がいないのは残念だが、理子はこの時間が好きだった。怪盗としての活動とは別に、普通の学生として、仲間と一緒に笑い合える時間。
ただ、今は違う。今は、隣に座る渚の存在がどうしても気になってしまう。
「うわ、駿、また居残り補習なんだ。もうちょっと本腰入れて勉強しなきゃねー」
「お前にだけは言われたくねぇんだよ!全教科30点のくせに!」
「ふふん、実はあたし、今回は35点も取ったんだからね!」
「30点も35点も誤差だろうが!」
素羽と駿のいつものやり取りを聞きながら、理子は微笑みを浮かべる。
こういう時間がどれだけ大切なのか。改めて感じる。
「はぁ……全く、こやつらは……本当、怪盗団にお前のような参謀が入ってくれたのは非常に助かっているぞ。礼を言う」
「光栄ね。でも、素羽と駿がいてくれるからこそ、私もここに居られるのよ」
ルフェルとそんな会話を交わしながら、理子は自然と渚の方を見る。
彼は今、教科書を手に取り、何か考え込んでいるようだった。
「ん?なあ、渚の持ってるそれ、去年の教科書だよな?どうしたんだよ」
「ああ、少し補習をしときたくて。今日、地元の友達と勉強する予定だから」
「あー……勉強会……ね……」
露骨に顔を曇らせる駿を見て、ルフェルがニヤニヤと笑う。
「ほう、丁度いい。渚、素羽と駿に問題でも出してみたらどうだ?去年に学習した問題程度なら解けるはずだろう?」
「ちょっ、あたしも対象!?今は駿のターンだって!」
「何がターンだよ!まだ補習も決まったわけじゃねぇし!」
「駿……英語の小テスト、この間は何点だったかしら?」
「くっ……先輩まで!ぐうの音も出ねぇ……」
そんなやり取りが続く中、理子は先程の駿の言葉が引っかかっていた。
自分の学年である教科書でなく、わざわざ去年の教科書を開いている。
それだけで、渚がその友人に対して特別な想いを抱いているように感じられた。
(……私、何を考えているの)
彼の交流関係が広いことは、理子もよく理解している。
学年、他校問わず、彼の人望の厚さに多くの人が惹かれるのは当然のことだ。
他ならぬ理子自身がその一人だからこそ、分かっている。
だからこそ、これ以上はやめておくべきだ。
自分の胸の内に渦巻く黒い感情に蓋をして、理子は意識的に明るく振る舞う。
「渚、明日のことだけど」
「うん、楽しみにしてる」
「何々?理子先輩、明日渚と二人で何かあるんですか?」
「内緒よ」
今度こそ、素羽や駿のことを気にせず笑い合える。
これでいい。そう自分に言い聞かせて、理子は午後の授業に向かうため立ち上がった。
──昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
だが、理子の心のざわめきだけは、まだ鳴り止まなかった。