「……先生、もう少し生活感があってもいいんじゃないかい?」
第一声。呆れた声で刺された。
私の現住所はシャーレビルである。元々は別に家が用意されていてそこから通勤していたのだけど、割と早い段階でそこを解約してシャーレの居住区画を一部屋占拠することにした結果だ。だってシャーレでやりたいこと、やるべきことをこなしていると、通勤時間が勿体ないのだ。明らかにその時間で書類を片付けたり、生徒の話を聞くほうが有意義である。故に職場を自宅とする超合理的選択を取るのに、そう時間はかからなかった。
……まあ、その占拠した部屋もあんまり使っていないんだけどね。共用のシャワールームや仮眠室がオフィスに近いのが悪い。私は悪くない。
その結果が碌な使用感のない、半分物置状態のこの自室である。すごくない? 私もここが自室だって自覚がないんだ。ちゃんと睡眠を取った頭でこうなのだから、これは相当まずいかもしれない。
「はは……」
というわけで、今日はシャーレ当番に来てくれたセイアを自室に招いている。一応事実だけを見ればおうちデートなのだが、おうちデート感がまったくないね。不思議! たぶん壁紙がオフィスと同じだからだよ。うん、きっとそう。
「とりあえず、この間話した漫画がこれだね」
「結構巻数が出ているんだね」
さて、こんなところになぜセイアを招いたのかと言えば、漫画を読んでもらうためだ。
いつものお茶会に持っていっても良かったんだけど、漫画は結構サクッと読める書物だ。二、三冊ではすぐに読み終えてしまうし、おすすめした手前、続きは次にお茶会にとお預けにするのも気が引ける。かと言って、何冊もまとめて持っていくと案外重い。じゃあ直接読みに来てもらおうという流れなわけ。
ベッドに広げた漫画の表紙をしげしげと眺めるセイア。そういえば、この部屋椅子もテーブルもないな。本当に人が住む部屋か? ……今度買ってこよう……。
今おすすめしているシリーズはいわゆるファンタジー冒険譚だ。これでもかと王道を征く剣と魔法の世界で、魔王を倒そうと戦う勇者たちの物語。最近は差別化のために色々と捻った設定のものが多いから、逆にこういう源泉かけ流しみたいな作品が映えるとこあるよね。
「剣か。ミメシスなんて不思議技術を知っていると、魔法以上に馴染みがない代物だね」
「はは、確かにそうかも」
そもそも超銃社会とも言うべきキヴォトスでは、近接攻撃はあまりにリスクが高い。なにせ一番近接に近いであろうショットガンですら、有効射程は三十メートルくらいある。剣の間合いまで接近して斬りかかるなんて、とてもではないができそうにない。
「ああでも、ミカやツルギ、ネルあたりは普通に使いこなして戦えるかもしれないね」
「三人とも強いからなぁ」
言われて思わず納得してしまう。
確かにフィジカルの強い面々――あとはヒナとかホシノあたりかな?――は近接武器を持たせても普通にヘルメット団とか鎮圧できそうだ。特にツルギやネル、ホシノは最前線に突っ込んで暴れまわるのが通常スタイルだし、剣に持ち替えても違和感なさそう。いや、どうなんだろ。私自身が銃も剣も使わないから憶測だけど。
「ツルギは長剣が似合いそうだ。ツーハンドソードというものかな? この主人公が持っているやつだね」
漫画の表紙に描かれている勇者が担いでいる両刃の剣を指さされる。確かに、一撃が重そうなツーハンドソードは、ツルギの戦闘イメージにピッタリかもしれない。
彼女の愛銃である二丁のショットガンに倣って双剣もいいかもと思ったけど――
「ネルは双剣での高速戦闘とかしそうだ」
「なるほど。基本は不意を付くアサシンスタイルだけど、本領はゼロ距離での息をつかせぬ多段攻撃。エージェントであり、ミレニアム最高戦力である彼女っぽいね」
そういえば、EXPOではリオの指示で潜入ミッションとかやってたんだっけ。私、ネルの仕事ってド派手な正面戦闘しか見たことないんだよね。エージェントっぽい隠密任務……絶対かっこいいやつだよ!
「なんとかして同行させてもらえないかな?」
「流石に先生でも難しいんじゃないかい? EXPOのときはトリニティも他人事ではなかったから参加させてもらえただけだからね」
「そうだよね……」
こればかりは仕方ない。普通に考えてネルがエージェントらしい――未経験ゆえの偏見――仕事をするってことは、ミレニアム的に相当重要度の高い案件だろうし、そこそこ信頼してもらえるようになったとはいえ、外部組織のシャーレに関わらせてはもらえないだろう。
「ミカは、ふむ……メリケンサックの武闘家スタイルかな?」
「あんまりいじめないであげてね」
「ふふっ、冗談……いや、やっぱりミカに武闘家スタイルは普通に似合ってないかい? そうなると結局メリケンサックが最適解に……」
冗談で終わらせようとしていたのに真剣に再考しないで! 剣! 今剣の話をしてるから!
「まあ、知り合いの武器を変える妄想はこのくらいにして、そろそろ読書に入るとしよう」
クスクスと楽しそうに――本当に楽しそうに――笑いを転がし、ベッドに座り直したセイアはぽふぽふと余った袖で自身の隣を数度叩く。今日は隣に座ることをご所望のようだ。
横に腰掛けると、すす、と身体を近づけてくる。僅かに空いていた互いの太ももの空間がゼロになる。
上半身がもぞもぞと動き、大きな耳が胸元にぴったりとくっつく。そのままに体重を預けてきて、少し低い体温がじんわりと伝わってくる。柔らかい毛の生えた耳が少しこそばゆい。
「ふむ。この体勢なら、先生の心音がよく聞こえるね」
「え、ちょっとそれは恥ずかしいかも」
なんだろう。確かに体勢的にそうなってしまうんだけど、改めて意識すると急に恥ずかしくなってきた。こころなしか鼓動が早くなっているような気もする。
「先生が嫌なら、反対に移動しても構わないよ。……私としては、このままのほうが好ましいのだけど」
「う……」
すっと胸元にくっつけていた狐耳を離し、こちらを見上げてそんなことをのたまってくる。
究極の二択。自分を取るかセイアを取るか。
そんな、そんなの……実質一択じゃないか。
「……このままで」
「さすが先生。そうでなくてはね」
改めてぴったりと狐耳を密着させてようやく漫画を開くセイアに、内心ため息を漏らす。弁が立つのは彼女の魅力だが、こういうのは心臓に悪い。……嫌とかそういうわけではないが、これでも多少は年上彼氏の威厳みたいなものを持たせたいのだ。
まあ、自覚しているだけでも割とやらかしている身なので、威厳など今更かもしれないけど。
こういうのはね、諦めも肝心なの。理想は理想と諦めて今を享受するのも大人という生き物なのだ。
というわけで、現状を受け入れて手持ち無沙汰になっていた左腕をセイアの腰に回す。いつもながら細い腰で、少し不安になってしまうのは内緒だ。
「最初は一人旅なんだね」
「うん。読者は女神の信託を知ってるから勇者ってわかるけど、世界的には駆け出しの冒険者だからね」
ここで少しだけ白状してしまうと。
ネタバレにならない程度に説明しつつ、内心身体を密着させているのとは別の意味でドキドキしている。
お気に入りのモノを紹介する。そんなよくあることが、相手が恋人というだけでここまで緊張するものになるなんて。
そしてこのドキドキをセイアに聞かれているという事実に余計にドキドキしてくる。なんだこのイベント、ドキドキのラッシュじゃん。
「ふむ……ん…………」
そんな私の激動の心臓をよそに、セイアは時折小さく声を漏らしながらぺら、ぺらと読み薦めていく。会話がまばらになるのはいつものことだけど、今はそれが妙にもどかしい。かと言って、自分から話を切り出すのも邪魔をしそうで憚られる。
だって、今なら緊張を誤魔化すためにヒフミもかくやな作品語りをしてしまいそうだもん。早口マシンガンでハッとするまで語り尽くしたりなんかすれば、流石に引かれてしまうに違いない。
それは嫌なので、今は待ち。待ちに徹する。
「ふう……」
そんなある種地獄のような我慢の時間を過ごすこと……たぶん一時間くらい――嘘。時計を見たら二十分ちょいしか経ってなかった――。セイアが小さく息をつきながら本を閉じる。
「私はあまりファンタジーというジャンルには明るくないが……面白いね、これは」
「――でしょ?」
「ふふっ、そんなに緊張したのかい?」
「ナンノコトデショウ」
一か八か普段通りに接してみたが、当然のようにバレバレだったみたいだ。しょうがないのでそっぽを向いて誤魔化すことにした。
そんな私にそれ以上追求することはなく、次の巻に手を伸ばしながらポツリポツリと感想が述べられていく。
「漫画という媒体を過小評価していたわけではないけれど、この視覚情報から得られる感情――没入感と言うべきかな。これは文章ではなかなか得られるものじゃないね。ぱっと見ただけで別世界だとわかる風景。勇者たちにスポットを当てつつ、周りの住人の動きが彼らの生活感を表現している――」
「戦闘シーンも躍動感があっていいね。直接戦闘が苦手な後衛職は漫画で目立たせることは難しく思えるけれど、敵の気を散らしたりと端々でしっかりと活躍が描かれている。特に一巻ラストの――どうしたんだい?」
「いや、私より読み込みがすごくてちょっと圧倒された」
最初はぽつりぽつりだったのに、だんだん興が乗ってきたのか流れるように語られる感想にびっくりしてしまった。私なんて「うおー、戦闘かっけー! 勇者がんばれー!」くらいしか感想が出なかったのに……。
「そうかい? うーん、普通に読んだだけなんだが」
ひょっとして、私の感想力……低すぎ? 先生としてそれはどうなのだろうか。いや、娯楽の感想に言語化能力なんて不要なはずだ。最悪「尊い……」だけでも許されるはず。
……けど、それだとせっかく同じ作品を気に入ってくれたセイアと感想語りできないじゃん。それ楽しくないじゃん。
「ありがとう、セイア」
「先生?」
「私は、まだ成長できるみたいだ」
「??」
なら、鍛えるしかあるまい。感想の言語化を。
なに、人生是勉強とも言うのだから、今から始めたって遅いということはないはずだ。そもそも鍛える時間がないのではって? そこはほら、こう……なんとか捻出する!
「そ、そうなのかい? それは喜ばしいこと……だね?」
何故か首を傾げているセイアをよそに、私は密かに決意を固めるのであった。
「ひゃ!?」
決意を固めたところで膝に彼女を座らせている状況ではなにかできるはずもなく、久しぶりに一巻から漫画を読み直すことにしてしばらく。急にセイアが可愛い声を上げた。
一瞬何事かと警戒したけど、襲撃なら私も同時に驚くはずだし、そもそもサイドテーブルに置いているシッテムノ箱が教えてくれるはずだ、と気を緩める。
では一体何事だろうか。虫でも入り込んだのかな? 全人類から忌み嫌われるGとか。
「どうしたの?」
「いや、その……」
読みかけの漫画を脇に置いて覗き込むが、なにも驚きそうなものは見当たらない。彼女の手元にあるのは私が読んでいる次の巻だし、ベッドの上も床も綺麗なまま。ついでに窓から見える風景もいつも通りだ。
ではさっきの声は一体……、とセイアに視線を向けると、普段の冷静沈着を体現したような表情はそこになく、どこか既視感のある羞恥の色が如実に現れていた。
見慣れない、けれどどこかで覚えのある表情。見たのは一体どこでだったか。
記憶を辿ろうと一瞬思考が逸れるが、そもそも今は彼女が上げた謎の声の原因を探るほうが重要だ。一体なにが――
「……すまない。急に裸体が出てきたから、驚いてしまっただけなんだ……」
「え、あ、あー……」
言われて、一拍遅れて納得する。彼女が開いていたページは旅の途中に訪れた温泉地。そこで湯浴みをしようとした勇者がヒロイン――と読者の間で呼び声高い――の神官とばったり遭遇してしまう、いわゆるラッキースケベのシーンだった。
確かに、それまでガチガチのバトル漫画をしていたし、神官もほとんど露出をしていないキャラなだけに、私も初めて読んだときは少々違和感を受けたものだ。ネットの情報では人気が出なかったゆえのテコ入れなのでは? みたいな話を見たけど、実際はどうなんだろうね。実際、世界観重視な硬派な作風がここから少し軟化してキャラの表情も豊かになった気がするから、個人的には必要なシーンだと思うんだけど。
「せ、先生。この漫画は、その……成人向けだったのかい?」
「え?」
しかし、どうやら私の考察は少しズレていたらしい。頬を赤らめたセイアは時折漫画に目を向けては慌てて逸らすという行為を繰り返している。
当然のことながら、この漫画は全年齢向けの雑誌で連載されている。いくら恋人とは言え、生徒にそういう漫画を見せるわけがない。
「割と他の漫画でもよく見るシーンだよ?」
「ありふれたものなのかい!?」
「うん。アニメでもしっかり放送されたし」
「テレビで流れたのか!?」
深夜枠だけど。
しかし、なるほど。確かに漫画やアニメではよく見るネタだけど、馴染みのない人からすれば十分に性的な表現に見えてしまうのかもしれない。性表現というのは純文学や歴史小説でもよく見るものだけど、あくまで文章から想像するというプロセスを挟む小説とダイレクトに絵で伝えてくる漫画アニメでは話が違ってくるか。
それにしても……。
「むしろ、これはかなり抑えめな方」
「こ、これで……?」
なんだこの可愛い生き物。や、いつも可愛いんだけどね?
普段見ることがない分、顔を真っ赤にしてうろたえる姿はギャップもあってなかなかの破壊力だ。
それに、普段はこちらがからかわれることが多いので。
「セイアも結構初心なところあるんだね」
「先生……っ?」
このままからかいたい。そんな気持ちが鎌首をもたげてくる。
セイアの身体を持ち上げて、いつものように片膝に座らせる。距離が縮まったことで、よりしっかりと羞恥顔を拝むことができる。
「こんな可愛い顔が見れただけでも、漫画を薦めた甲斐があったかも」
「しっ、仕方ないだろう? 派閥の首長だのと言っても、私だって所詮は一人の小娘に過ぎないんだから」
すっと視線だけを逃がして、私のジャケットを心許なげに摘む姿に胸が甘い悲鳴を上げる。
きっと今の私はだいぶ悪い大人をしていることだろう。ヴァルキューレに見られたら、現行犯逮捕もやむなしかもしれない。
まあやめるつもりはないんだけど。今はプライベートなので。
腰に回していた腕をずらして、さらりとした金髪に手ぐしを入れながら背中に指を這わせる。その長髪に隠されがちなぱっくりと素肌をさらけ出した背中はすべすべで柔らかく、肩甲骨のほのかな硬さもいいアクセントになって、いつまでも触っていられそうだ。
「そうだね。そんな生徒たちの味方になるために私がいるし、セイアが望むなら、なんでもするために私がいるんだ」
「……そう軽々しく、『なんでも』なんて口にするべきじゃないよ。まあ、君のことだから本当に『なんでも』なんだろうけど……んっ」
背中の中央をつつ、と撫で上げると、くすぐったのか小さく声が漏れた。
――えっちだ……。
悩ましげに双眸を細めた彼女。その艶かしさに煽られて、からかうだけのつもりだったのに、止め時を失ってしまう。やめる気をなくしてしまう。
「それじゃあ、先生は――」
そんな私の理性を知ってか知らずか、潤んだ瞳で見上げてくる彼女に。
「知識だけしか持たない私を先生で染め上げてくれと言ったら……して、くれるのかい?」
返事は、口づけで答えた。
「んっ――」
何度もやっている唇を触れ合わせるだけのキス。自分のものより遥かに小さい二枚の花弁から、じんわりと伝わってくる熱を楽しむ。
これはすでに既知。いつもは止め時のライン。
今日はセイアからのお願いもあるので、やめはしない。
「んんっ? ん、ん――」
一瞬だけ口を離し、もう一度くっつける。しかし今度は触れ合わせるのではなく、ついばむように上唇と下唇を交互に自分の唇で食む。
かすかにリップ音を立てながら何度も繰り返すその行為で、今度は柔らかさを味わう。
――本当に私と同じ素材でできてる?
あまりにも柔らかい。最早調べようがないが、私が彼女の歳だった頃だってこんな柔らかい唇はしていなかったはずだ。こういうところにも男女差は出てくるのか。こんなところにも性差が発生するなんて、人体は不思議だ。
「ん……んっ……」
何度も唇をついばまれてくすぐったさがあるのか、セイアの鼻からかすかに息が漏れる。一度バードキスを止めると、少しだけ荒くなった呼吸を落ち着けながらはにかんでみせる。
「……ふぅ。唇というのは神経が集中しているのは知っているが、小鳥のようについばまれるだけでくすぐったさとは違う甘美な痺れが――んんッ⁉️ ひぇ、ひぇんひぇ?」
当然、これで終わりではない。言葉を遮るように再び口を塞ぐ。
「ひぁっ!? 舌が、中に……ん、んあ……ぁ」
そして、目を白黒させている彼女を無視するように薄く開いた口腔に自身の舌を滑り込ませた。
歯を、歯茎を、口腔の天井を舌先でねぶる。入口がそうであるように、その中も狭い。自分のそれとあまりにも違いすぎて、舌が喉奥にすら届くのではと錯覚するくらいだ。
さて、そろそろメインディッシュをいただこうか。
「んぁ、ちゅ――ッ! 今度は、舌、どうし……れろ、ちゅぷ……はぁ……ッ」
下顎に張り付くように引っ込んでいた舌をすくい上げる。柔らかいそれを飴を舐めるように転がせば、ゾクゾクと背筋を震わす快感と共に甘露な味わいが理性を揺らせてきた。
この甘さは飲食の名残だろうか。それともセイア自身の味だろうか。後者だとすれば、こんな甘美な美味しさをキスするだけでいつでも味わえるってこと? セイアとのお茶会頻度が軽く三倍は増えてしまうことになるぞ。なお、三倍になると一日二回茶をしばく日が発生する模様。
「じゅ、ちゅっ、んぁぁ……おかし、ぃ……キス、だけで……れりゅ、ぁむ……こんな――あァっ」
セイアも気持ちよくなってくれているらしい。身体を小刻みに震わせ、とろんと目元を蕩かせている。
「んぇ、じゅるぅ――ん、んく……もっとぉ、もっと……してくれ、せんせぇ……はぷっぁむ……ッ」
されるがままに弄ばれるだけだった小さな舌は、いつの間にか積極的に私のそれに絡んでこようと蠢くようになっていた。味蕾の小さな粒が擦れ合う。普段からいろんなものに触れているはずの舌が、味覚を伝える健全な器官であるはずの舌が、今は全く別の存在に成り果てている。
「――――?」
ふと、脚に違和感を覚えた。
絶えず舌で快感を貪りながら視線だけ向けると、金色のなにかがふくらはぎに巻き付いているのが見える。
セイアの尻尾だ。彼女の髪と同じさらりとしたストレートの毛に覆われた尻尾が、二重三重に私のふくらはぎに巻き付き、弱々しく締め上げて来ている。
それがまるで何かをねだっているように、あるいは挑発しているように見えて……その挑発に乗ることにした。
「ぷはっ。はぁ、はぁ……ひゃんっ!?」
目には目を。脚には脚を。白を貴重とした縦ボーダーのタイツに覆われた太ももに右手を這わせる。指先だけを触れ合わせるフェザータッチで膝から脚の付け根までゆっくりと往復させると、肩を震わせながらポスリと私の胸に顔を埋めて表情を隠してしまった。
「どうしたの?」
「っ……先生、案外意地悪なところがあるね……んっ、ぁっ……わかってるくせに……はぁ――んっ」
私の胸元に荒い吐息を広げるセイアには、普段の飄々さはかろうじて名残が残っている程度。最早そこにいるのは快楽に飲まれた一人の女だった。
そんな姿が、声音が、私を余計に狂わせる。
「うん。けど、セイアの口から聞きたいんだ。どうしたのか。どうしてほしいのか」
余計にいじめたくなる。
「…………ほんとうにいじわるだ」
ぽしょりと泣きそうな声で呟いたセイアは一度私の身体を精一杯に抱きしめると、ゆっくりと顔を上げる。
快感に潤んだ瞳。風邪かと思うほど上気した肌。未だ整わない息。すべてが愛おしい。理性が完全に吹き飛んでいたら、彼女からの言葉を待たずにまたその唇を貪っていただろう。今はかろうじて大人としての理性が残っているので、その衝動をぐっとこらえて彼女の言葉を待つ。
一度目を泳がせ、二度口を開いて閉じたセイアは、へにゃりとその表情を崩す。
「……ディープキスをして、太ももを愛撫されて。もう、我慢ができないんだ。先生に、私の大事なところを、触ってほしい」
「いいよ」
「ん……っ」
可愛らしいおねだりに頷いて、手を膝から内ももへと這わせていく。より敏感なのか、先程より甘い声が彼女の喉を震わせる。
スカートを少しだけ持ち上げ、更に奥に進む。体勢的にその先は見えないので、スカートの中を確認するために動きは自然とゆっくりになる。
「ぁ……っ、ふ、ぁ……」
脚の付け根、鼠径部を確認するように指を滑らせ、下腹部の柔らかさを確かめるために手のひらで撫でる。その度に艶めかしい声が鼓膜を震わせて、情感を高めていく。
「はやく……はやくさわって……」
とはいえ、これ以上いじめるのはかわいそうだ。そろそろちゃんとちゃんと触ってあげよう。
敢えて避けていた、彼女の大事な場所へとゆっくりと手を近づける。セイアも察したのだろう。喉がこきゅりと小さく鳴るのが聞こえた。
「ん……ん……っ」
脚の付け根を超え、男にはない丘に軽く指を沈ませる。タイツとショーツに覆われてもなおふにふにとした柔らかさを楽しむたび、セイアの小鼻から可愛らしい息が漏れ出た。
そしてようやく、左右の丘に挟まれた谷へ指を滑らせて――
――――ピピッ、ピピッ、ピピッ。
「「あ…………」」
無機質な電子音が部屋に響く。間の抜けた声を揃って上げ、音源へと視線を向ければ、セイアのスマホがアラームの画面を表示させていた。
完全にやらかした。今日はこの後、ティーパーティーの会議があるとの話だったはずだ。これはそのための出発時間を知らせるアラーム。
つまり、時間切れ。タイムアップ。ゲームオーバー。
「……ごめん」
「いや……先生のせいではないよ。私も時間を忘れてしまっていたし……焦らされるのも悪かったわけはないし」
隠すように呟いた最後の言葉に理性が削られるのを感じながら、膝からセイアを下ろす。
不完全燃焼な微妙な空気の中、セイアが身なりを正す音だけがやけに大きく響いた。
「……そういえば、明後日は私が当番だったね。他に誰か来るのかい?」
「いや、明後日はセイアだけだね」
スマホを小さなポーチに仕舞いながら尋ねられて、答える。
答えて、気づく。
他に当番の生徒がいない。それはつまり、セイアと二人きりというということ。
バッと、自分でも思いの外勢い良く彼女を見れば、色が残る顔にはどこか妖艶さを感じさせる表情が浮かべられていて。
「それじゃあ明後日、楽しみにしていてほしい」
「う、うん……」
そのまま気だるい足取りで部屋を後にする彼女を、ただぼーっと眺めることしかできなかった。
楽しみってどういうことだろうか。そういうことだろうか。そういうこと、だよね? ……明後日、まともに過ごせる気がしないな。
それから数分。一人になった自室で無駄に思考を取っ散らかすことになるのであった。