プロローグ
私はシャーレの先生である。キヴォトスで学ぶすべての生徒の味方でありたいと願い、日々邁進する者である。
先生は大人である。先を生きるものとして、生徒の手本となるべきものである。
とはいえ、私は人であり男である。相応の欲はあるし、特に魅力的な女の子の多いキヴォトスにおいて、どうしても我慢できなくなるときはあるものだ。
しかし、彼女という存在がいない私がそれを発散するには自分で処理するしかないわけで、もっぱら右手が恋人状態という悲しい現実が待っている。まあ別にいいんだけどね。そもそも恋人がいないからと言って今の生活に不満があるわけではないし。充実しているし。ところで、右手が恋人とはよく聞く表現だが、どうして利き手に限定するのだろうか。正直自慰行為のときの手の動きの単純さを考えれば、利き腕と逆、大抵の人の場合左手が恋人の方が色々と便利な気がするんだよね。おかずのためにスマホを操作したり、マウスを操作したりするのは圧倒的に利き手が適している。今だって、自分の愚息を握っているのは左手で、右手はPCに繋がったマウスに添えられている状態だし……。そこのところ、「右手が恋人」の第一発言者さんはどう思うんだろうね。誰かは知らないんだけど。
閑話休題。
なぜそんな品のない言葉遊びについて考えているのかと言えば――これは現実逃避だったりする。
時にこの私の語りを聞いているあなたは、「親フラ」という言葉をご存知だろうか。端的に言うならば、秘密にしている、秘密にしたいことを実行中に親が来る、あるいは来そうになることを意味するネットスラングだ。
私の現状はこの親フラだった。正確には「親」フラではないのだが、的確かつ語呂のいい表現が思いつかないので、広義の親フラで問題ないだろう。
ここはシャーレのオフィス。外はすっかり日が沈んだ時間で、ここにいるのは私一人だった。まだ仕事が残っているとは言え、有志で来てくれている当番の子を遅い時間まで拘束するわけにはいかないからね。
ただ、仕事が残っているとはいえ、私の集中力は完全に切れてしまっていて、まるで手がつけられていなかった。最近忙しくて徹夜をしていたのもあるし、そのせいで欲の発散も禄にできていなかったからだ。
まあつまり、端的に言えばムラムラしていて仕事どころではなかったんです。
だから、誰もいないのをいいことにその場で自慰行為に及んだのだ。幸い、
先生としては色々問題があるが、観測されなければ問題は問題と定義されない。語ることのないワンシーンとしてすぎるだけ――のはずだった。
「せ、先生……?」
オフィスと廊下を隔てる扉が開いている。そこには一人の少女、私の生徒である生塩ノアが呆然と立ち尽くしている。ほんのりと頬を上気させた視線は私……の少し下、私が握りしめているガチガチの固くなった男根を見つめて離れない。
「ノア……っ」
「その、私、忘れ物をしてしまって……それを取りに来ただけ、で……」
しどろもどろに紡がれる彼女の言葉を脳が理解できていない。ノアに自慰を見られた。その事実だけが脳を占有してしまっている。
以前一度だけあった不可抗力で愚息を晒してしまったときとはまるで違う。生徒に、女の子に、ノアに、興奮しきったオスの象徴を見られている。それはいっそ青ざめてしまうくらい恥ずかしくて――同時に腰が浮いてしまうくらい興奮するものだった。
興奮が、電流を流したように怒張全体に広がる。
「あ、ちょっとまっ……!」
「へ? キャッ!」
元々手早く処理しようとしていたところにその非接触の刺激はあまりに強すぎて、止めるまもなく興奮の結果が尿道を駆け上った。
――びゅ、びゅるるっ!
「ノア、見ないで……」
「す、すごぃ……」
デスクに置かれたティッシュを取る暇もなく尿道口から飛び出した白濁が床に落ち、デスクに垂れる。私の懇願は聞こえていないようで、ノアは何度も脈動しながら吐精を繰り返す肉棒を見開いた藍色の双眸で瞬きもせずに見つめている。それがまた興奮を重ねがけしてきて、尿道に残った精液がすべて押し出された。
部屋に残ったのは、ツンとした栗の花の匂いと、荒い息。
そして、今度こそ青ざめた私だった。
「ちがっ、ノア、これは……その、あの……っ」
見られた。生徒に自慰をしているところを見られた。それも、よりにもよってノアに……。
射精後の賢者タイム中とはいえ、こんなときに冷静になれるはずもなく、しどろもどろな声だけが意味もなく重い空気を震わせる。硬さを失った肉棒から垂れた精液が握った左手を汚すが、その不快感に顔をしかめる余裕すらない。
これは……これは……もう腹ば切るしかなか! 大人の責任ば取らんといかんばい!
「せんせい……やめます……っ」
「ま、待ってください!」
こんな情けないところを見せて何が先生か。いたいけな少女にこんな品のないものを見せて何が生徒の味方か。こんなもの、もう職を辞するしか償う術がないではないか。
そんな、ともすれば情けなく涙を流してしまいそうな状態に私に、ノアが慌てて駆け寄ってくる。
「先生も男の人……ですもんね。生理現象のようなものですし、仕方ないですよ」
うう……ノア、なんて優しいんだ。自分の消去不可なSSDに私の逸物を保存させてしまったというのに。それだけ私のことを信頼してくれているのか。これは……こちらも全力で先生を遂行せねば無作法というもの。
「そ、それに……これは私もちょっと約得というか……あら?」
しかし、なにか私には聞こえない音量でぽしょぽしょと呟いていたノアの声色が変わる。顔を上げると、後ろから私の肩に手を添えたまま、視線は私より上、そして前に向けられていた。その瞳には長方形の光が映っている。
その正体を探ろうと私も顔を正面に向けて――
「あ゙……」
思わずそんな声が出た。
一般的に言えば、自慰行為とは“おかず”を必要とする。形式は様々で音声だったり、動画だったり、漫画や小説だったり。
あるいは――写真だったり。
顔を上げた先、仕事にも使っているパソコン。そのディスプレイには一つの写真が表示されていた。
運動直後で汗を滴らせながらスポーツドリンクを流し込む青髪の少女。ブルマから伸びるスラリとした脚が眩しい。
それは晄輪大祭の日の、ノアの友人でありミレニアムサイエンススクールのセミナー会計であるユウカの写真であった。
「へえ……」
それがなぜ表示されているのか。その理由は言わずもがなだろう。ノアもその理由に行き着いたようで、いつも通り綺麗な、けれどどこか怖い声音を漏らす。肩に置かれた手に力が入った気がするのは気のせいだろうか。
これは……やはり先生を辞めるしかないのでは? リカバリー不可能な失態なのでは?
なんなら、ユウカを大事に思っているノアに今ここで処されてしまうかもしれないという恐怖に身が強張る。
「ふふふっ」
しかし、聞こえてきたのはどこか楽しそうな笑い声だった。
「の、ノア……? ――ひゃっ!?」
予想とは違う反応に困惑していると、耳元に温かい風が吹きかかってきて、首をすくめてしまう。そんな私の反応がおかしかったのか、ノアはまた楽しそうに喉を震わせた。
「なるほど。先生はユウカちゃんでえっちな妄想をして、おちんちんをシコシコ、してたんですね」
「の、ノア……ッ」
急に耳元で囁かれる。よく聞く彼女の澄んだ声で、彼女から聞いたことのないいやらしい言葉を。
からかわれている。そう頭ではわかっているのに、欲望を吐き出したはずの下腹部にじわりと熱が滲み出す。
「なるほどなるほど。まあ、ユウカちゃんの体操服姿、えっちですもんね。おちんちん、イライラしちゃいますもんね」
「…………っ」
「制服よりも露出が大きいですから、綺麗な脚もいつも以上に映えますし、普段は見えない鎖骨も見えちゃってますもんね」
どう答えるべきか分からず、沈黙という選択肢を取る。ただの確認のつもりなのか、なにも発しない私を気にするでもなく、彼女は言葉を紡いでいく。
「――それで、先生?」
そんな言葉が――
「この写真のユウカちゃんを、運動してきたばかりの、体操服に身を包んだユウカちゃんを、妄想の中でどうしていたんですか?」
明確な質問に変わる。答えを求める問いかけに変わる。
「このユウカちゃんが飲んでいるペットボトルをおちんちんに見立てて、お口で気持ちよくしてもらったんでしょうか?」
ささやき声がより近づいてくる。
「それとも、ムチムチの太ももにおちんちんをこすりつけたり、挟んだりしていたんでしょうか?」
鼓膜を撫ぜるように熱い息をかけられる。
「もしかして……運動を頑張ったユウカちゃんの体操服に顔を埋めて、沁み込んだ汗の匂いを肺いっぱいに堪能してしまったり……?」
後頭部に柔らかいものが押し付けられる。
その一つ一つに理性が一枚ずつ剥がされていって、やる気を失ったはずの肉棒がまた硬さを取り戻していく。発散したはずの性欲が思考を埋めていく。
「ぜ……ぜんぶ……」
黙るか誤魔化すかが正解のはずなのに、生徒に言うことじゃないだろうと頭の隅ではわかっているのに、口が勝手に動いてしまう。恥ずかしさで顔から火が吹き出しそうだ。
「ふふっ、先生は想像以上の変態さん、だったんですね」
そんな私の答えに、後ろからさっきまでより幾分色っぽい笑い声が聞こえてきた。
顔を上げる。きゅっと息を呑む。
「これはユウカちゃんが襲われないように、タマタマの中にある精子を全部出してあげなくちゃいけませんね」
彼女の妖艶な顔が目に入ったから。
歳下のはずなのに、まるで歳上のお姉さんのような表情。そんな顔で見つめられて、囁かれて、なぜかぞくぞくと背筋に痺れが走る。
左手の中の肉銃は、完全に次の弾の装填を終えていた。当然、その様子はノアに余すことなく見られているわけで、まるで煽るように両の手が肩を撫でてくる。
「ね、先生?」
「は、はい……」
「私、ちゃんと見てますから、ユウカちゃんの写真でもう一度射精、してみてください」
断らなきゃ、拒否しなきゃ。そう思っているはずなのに、そんな先生としての言葉は口から出てくれなくて。
「――――」
「ふふっ、いい子、ですね」
ただ無言で手を動かすことしかできなかった。