※この作品はR-18です。

むにっとねっとりドラゴン独占生活   作:ボルメテウスさん

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イルルのドラゴン詣

 その話題が出たのは、焚き火を囲んでいた夜だった。森は静かで、年の瀬だとか大晦日だとか、そういう概念から最も遠い場所だったはずなのに、イルルはやけに真剣な顔をしてこちらを見ていた。

 

「……なあ」

 

「どうしたの?」

 

「人間は、年の終わりに特別な日を作るんだろ」

 

 唐突な切り出しだったが、イルルの視線は妙に鋭い。興味を持ったものに対して、彼女はいつもこうだ。曖昧な理解のまま放置せず、納得するまで掘り下げる。

 

「大晦日、って言うらしいな」

 

「うん。一年の終わりの日だね」

 

「終わり……区切りか」

 

 イルルは腕を組み、少し考え込む。ドラゴンにとって時間は連続したものだ。年が変わるから何かが変わる、という感覚は本来ない。それでも彼女がこの話題に引っかかっているのは、人間が“意味を与えている”という点に興味を持ったからだろう。

 

「で、その日は何をする」

 

「えっと……一緒に過ごしたり、特別な服を着たり、年越しを祝ったり」

 

「服?」

 

 そこに、はっきりと食いついた。

 

「特別な服だ。着物と言う」

 

「……ほう」

 

 イルルの目が、分かりやすく輝いた。新しい文化、新しい様式、そして“特別扱い”。ドラゴンとしての本能に、きっちり刺さっている。

 

「私も着る」

 

「……え?」

 

「大晦日だろ。特別なんだろ」

 

 理屈としては、間違っていない。問題は、別のところにあった。

 

 数時間後、町で調達してきた着物を前に、イルルは腕を広げて立っていた。期待に満ちた表情だ。だが、その期待は、現実と正面衝突する。

 

「……なんだ、これは」

 

 着物は、確かに高級なものだった。だが、人間用だ。寸法という概念がある。そして、その寸法は――イルルの“規格外”を想定していない。

 

「胸が……通らん」

 

「いや、通る通らないの問題じゃなくて……」

 

 布が、明らかに悲鳴を上げていた。合わせの部分が閉じない。閉じようとすれば、今度は帯が存在意義を失う。結果、イルルは半ば呆然としたまま、自分の胸を見下ろしていた。

 

「……おかしいな」

 

「おかしくはないよ」

 

「人間の服だろ。人間の形をしているのに」

 

「してるけど……」

 

 イルルは納得がいかない、という顔で布を引っ張る。だが、引っ張れば引っ張るほど、問題は強調されるだけだった。

 

「……この山、邪魔だ」

 

 自分の胸を“山”と表現した時点で、色々と諦めてほしかった。

 

「イルル、無理しないで」

 

「無理じゃない。私は着物を着る」

 

 その意地は、どこから来るのか。考えてみれば単純だ。これは彼女にとって、単なる衣装ではない。“一緒に年を越す”という象徴なのだ。

 

「……人間は、こういう時、同じ格好をするんだろ」

 

「まあ……そうだね」

 

「なら、私も同じだ」

 

 その理屈に、否定はできなかった。

 

 最終的に、着物は妥協点を見つけることになる。帯は完全に機能を放棄し、胸元は安全と布の存続を両立させるために大幅に調整された。その結果、出来上がったのは――“着物風の何か”だった。

 

「……ふむ」

 

 イルルは鏡の前で、くるりと一回転する。

 

「どう?」

 

「……着物、ではあるな」

 

「うん……そうだね」

 

 満足そうな顔をしている以上、細かい分類はどうでもよかった。

 

「悪くない」

 

 そう言って、イルルは自然にこちらの腕を取る。

 

「なあ」

 

「なに?」

 

「大晦日は、一緒に過ごす日なんだろ」

 

「そうだよ」

 

「なら」

 

 少しだけ、声が低くなる。

 

「私が一番近くにいるのは、当然だ」

 

 独占欲は、年越しでも健在だった。

 

 外では、静かに年が終わろうとしている。鐘の音も、華やかな飾りもない。それでも、この瞬間だけは、確かに“区切り”だった。

 

 人間の文化を真似たドラゴンが、着物に悪戦苦闘しながら、それでも一緒に年を越そうとしている。それだけで、この大晦日は、十分に特別だった。

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