丘陵地帯へと続く岩場は、風の通りがやけに良かった。木々がまばらになり、視界が開けると同時に、イルルの足取りがわずかに荒くなる。群れの話をしていた直後だったからかもしれない。自分がどこに立ち、何を中心に置くのか。その輪郭を言葉にした直後ほど、外からの刺激には敏感になる。
「……嫌な感じがする」
イルルが立ち止まり、周囲を睨む。ナデンも同じ方向を見ていた。
「上だな」
その瞬間、熱を帯びた風が吹き下ろされた。岩の頂、太陽を背にする位置に、一人の影が立っている。赤を基調とした装束に、竜の血を感じさせる魔力の揺らぎ。人間でも純血のドラゴンでもない、しかし紛れもなく“竜”の系譜に連なる存在だった。
「……見つけたぞ」
声は澄んでいて、迷いがない。
「噂通りだな。竜が、人間を中心に群れを作っているというのは」
その視線は、こちらではなく、一直線にイルルへ向けられていた。値踏みするようでもあり、断罪するようでもある。
「随分な言い方だな」
イルルが一歩前に出る。空気が張り詰める。
「従ってるわけじゃねぇ。ただ、中心にいるだけだ」
「同じだ」
影は即答した。
「竜が人間の後ろに立つ時点で、誇りは地に落ちている」
その言葉に、イルルの表情が一気に険しくなる。群れという言葉を、侮蔑として投げられた。それは、彼女が今まさに築こうとしているものを、正面から否定する行為だった。
「……てめぇ」
「名乗るほどの価値があるかは知らんが」
影は岩場から跳び降り、地に立つ。着地の衝撃で、小石が弾けた。
「私はステラ・ヴァーミリオン。竜の矜持を守る者だ」
「矜持だと?」
イルルが笑う。だが、それは愉快さからではない。
「勝手に決めるな。私の誇りを」
ナデンが一歩引き、こちらに視線を送る。これは止めるべきか、それとも見守るべきか。その判断を委ねるような目だった。だが、もう遅い。ステラは既に、剣呑な熱を纏っている。
「なら、証明しろ」
ステラが言い放つ。
「人間の影に立ちながら、それでも竜だと言い張るなら、その力で示せ」
「……は」
イルルの口角が吊り上がる。
「言ってくれるじゃねぇか」
彼女は振り返らずに言った。
「おい、止めるなよ」
「イルル――」
「これは私の問題だ」
短く、強い言葉だった。群れの中心にいる人間に対してでさえ、譲らない部分がある。その線を、イルルは今、はっきりと引いた。
「……分かった」
そう答えるしかなかった。
ステラはそれを聞き、わずかに頷く。
「いい。逃げないのは評価する」
「逃げる?」
イルルが肩を鳴らす。
「竜が、そんな選択肢を持つと思うなよ」
次の瞬間、二人の魔力がぶつかり合った。空気が震え、地面の砂利が跳ねる。まだ拳も炎も交わしていない。それでも、これは既に戦いだった。
「来いよ、矜持野郎」
「その減らず口、後悔させてやる」
こうして、戦いは始まった。
誇りと誇りが、真正面からぶつかる形で。