※この作品はR-18です。

むにっとねっとりドラゴン独占生活   作:ボルメテウスさん

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勝負は不完全

 張り詰めた空気の中で、最初に動いたのはイルルだった。殺気は完全には消えていない。だが、向けられる先が定まらないまま、彼女は一度、大きく息を吐いた。熱がわずかに引き、揺らめいていた炎が霧散する。それだけで、この場がどれほど危うかったかが分かる。

 

「……続けるか」

 

 イルルの視線が、ステラに戻る。問いかけではない。選択肢を突きつける声だった。

 

「それとも、ここで終わりにするか」

 

 ステラは構えを解いていない。だが、その足は、もう最初の位置には戻っていなかった。呼吸が荒く、肩が上下する。誇りを傷つけられた怒りと、戦士としての冷静さが、まだ拮抗している。

 

「……終わり、だと」

 

「そうだ」

 

 イルルは一歩踏み出す。今度は速さではない。圧だ。近づくだけで、逃げ場が消える距離。

 

「さっきのは事故だ。だが、次は違う」

 

 拳を握る。音が鳴るほど、強く。

 

「次に動いたら、当てる」

 

 それは脅しではなく、事実の提示だった。ステラは理解している。今の自分は、もう完璧には避けられない。リンク事故で一度乱れた集中は、完全には戻っていない。イルルはそれを見逃さない。

 

「……」

 

 ステラの視線が、再びこちらに向く。怒りはまだ残っている。だが、その奥に、別の感情が浮かび始めていた。困惑。逡巡。そして、理解。

 

「……人間」

 

 名を呼ばない。だが、敵意もない。

 

「貴様の言葉が本当だとして」

 

 拳を下ろす。

 

「私は、誇りを守れなかったことになる」

 

「違う」

 

 即座に答えた。

 

「守ったから、止まれた」

 

 ステラの眉が、わずかに動く。

 

「守れなかったなら、イルルに殺されていた」

 

 イルルが鼻を鳴らす。

 

「事実だな」

 

「……」

 

 沈黙が落ちる。ステラはゆっくりと、深く息を吸い、吐いた。そして、構えを完全に解く。武器を捨てるような動作ではない。戦士が、負けを認める時の仕草だった。

 

「……私の負けだ」

 

 その言葉は、重かった。だが、歪んではいない。

 

「当てられる前に終わらせたのは、私の選択だ。ならば……これは敗北だ」

 

 イルルが、じっと見下ろす。

 

「分かってるならいい」

 

 次の瞬間、ステラは膝をついた。衝撃的なほど、はっきりとした動作だった。迷いがない。

 

「な、ちょっと――」

 

 思わず声を上げかけたが、止めた。これは、彼女自身の選択だ。

 

「挑んで、負けた」

 

 ステラは俯いたまま、言葉を続ける。

 

「ならば、私は下だ」

 

 顔を上げ、こちらを見る。その目には、もう敵意はなかった。あるのは、覚悟だけだ。

 

「強者に仕えるのは、恥ではない。矜持だ」

 

「……待って」

 

 慌てて前に出る。

 

「そんなつもりで戦ったわけじゃない。主とか下僕とか――」

 

「理解している」

 

 ステラは遮った。

 

「だが、私はそう在ることを選ぶ」

 

 その視線が、まっすぐこちらを射抜く。

 

「貴様は戦えない。だが、戦場を壊さず、選択で止めた。力を持つ者でも、誇りを語る者でもないのに……中心に立った」

 

 拳を胸に当てる。

 

「ならば、私は従う。下僕として」

 

 イルルが、不満そうに舌打ちした。

 

「勝手に決めるな。こいつは私の――」

 

「群れの中心だろう」

 

 ステラが言う。

 

「なら、頂点と中心、どちらにも敬意を払う。それだけだ」

 

 イルルは言葉を詰まらせ、そっぽを向く。

 

「……面倒な奴だ」

 

 ナデンが、小さく笑った。

 

「増えたな」

 

 その言葉に、場の緊張がようやく緩む。

 

 ステラは深く頭を下げる。形式的ではない。武人としての礼だ。

 

「命令は?」

 

「……今はない」

 

 正直な答えだった。

 

「じゃあ」

 

 ステラは立ち上がり、はっきりと言い切る。

 

「命令が下るまで、傍にいる。それが、下僕の役目だ」

 

 選択は終わった。

 戦いも、決着した。

 

 だが、この関係は、ここから始まる。

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