夜は、音を飲み込む。街道の灯りは遠くに滲み、動きは規則的だが、生き物の気配が薄い。整いすぎている。それがまず不自然だった。僕は合図だけ出して、全員を止めた。命令じゃない。確認だ。ナデンが無言で頷き、イルルは不満を隠さずに肩を鳴らす。ステラはすでに前へ出る体勢だった。
「前方、行く」
短い声。返事を待たず、ステラは闇に溶ける。足運びは軽く、音が消える。彼女は“前衛”だが、突っ込む前に必ず見る。矜持がそうさせるのだろう。ナデンは僕の隣で風向きを測り、地形を指でなぞる。谷に向かう緩斜面、街道は荷の重さで速度が落ちている。灯りの間隔から、護衛は多くない。
「数は少数精鋭。五、いや四だな」
ナデンが囁く。確信に近い声だ。
「車輪跡が二本。積載は重い。心臓兵器の可能性が高い」
イルルの気配が強まる。殺気が漏れかける前に、僕は息を吸った。
「接触しない。今日は見る」
短く、はっきり。イルルが舌打ちする音が聞こえるが、足は動かない。ルールが機能している。
数十歩先で、ステラが戻ってきた。しゃがみ込み、指で地面を示す。
「血臭。新しい。だが死体はない」
「運搬中に傷がついた?」
僕の問いに、ステラは首を振る。
「違う。心臓だ。封じが甘い」
ナデンが目を細める。
「加工途中か。急いでる」
遠くの灯りが止まる。野営だ。布が張られ、箱が下ろされる影。見張りは二人、交代制。犬はいない。魔力探知も粗い。だが油断は禁物だ。イルルが一歩前に出かけ、止まる。僕を見ない。だが、止まった。中心の判断が、彼女の足を止めた。
「……今、焼けば終わる」
低い声。
「終わらない」
ナデンが即答する。
「逃げ道が多い。追撃で被害が出る」
ステラが頷く。
「護衛の一人、動きが荒い。竜狩りの経験者だ」
全員の情報が揃う。僕は短く考え、決める。
「撤退。距離を保って追跡。運搬先を掴む」
命令じゃない。合意だ。三人が同時に動く。イルルは後方を抑え、殺気を絞る。ステラは前方の影を縫い、痕跡を拾い続ける。ナデンは進路を切り替え、地形で有利を作る。リンクは使わない。今日は“見る”日だ。
途中、足音が一瞬近づく。見張りの交代だ。心拍が上がる。だがステラが合図を出す。問題なし。距離が再び開く。僕は胸の奥で小さく息を吐いた。機能している。ルールが。
やがて、運搬隊は古い祠の前で止まった。箱が二つ。刻印。封緘。確定だ。心臓兵器。イルルの指が震える。怒りが熱になる前に、僕は低く言った。
「戻る。今夜は、ここまで」
イルルが一瞬こちらを見る。視線が鋭い。だが、頷いた。
「……覚えた」
何を、とは言わない。だが分かる。怒りの向きだ。
闇に戻る。足並みは揃っている。群れは、静かに動いた。