※この作品はR-18です。

むにっとねっとりドラゴン独占生活   作:ボルメテウスさん

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心臓の兵器

 夜半、街道の灯りが再び動き出した。祠を離れた運搬隊は北へ向かい、旧工房へと続く細い谷道に入っていく。箱は二つ。封緘は粗く、魔力の匂いが風に滲む。嫌な予感は、最初からしていた。

 

 ステラが先行し、尾根伝いに並走する。ナデンは後方で退路を切り、僕は全体を見渡す位置を保つ。イルルは一番後ろ。火力を抑える役目は、彼女にとって一番苦しい役目だった。

 

「……主」

 

 ステラの声が、ほとんど息だけの音量で届く。

 

「封緘、揺れている」

 

「揺れている?」

 

「魔力が偏っている。箱の中で……暴れている」

 

 その言葉が終わる前に、異変は起きた。

 

 箱の一つが、淡く赤く光った。護衛の一人が気づいて駆け寄る。次の瞬間、封緘の刻印が一つ、音を立てて割れた。

 

 ――ぐ、と、空気が歪む。

 

 低い唸り。生き物の心音のような脈動が、地面を伝ってくる。護衛たちが一斉に距離を取る。慣れている動きだ。だが、慣れていても怖いものは怖い。

 

「急造……」

 

 ナデンが歯を食いしばる。

 

「抑えきれてない」

 

 箱の隙間から、黒い靄のような魔力が漏れ出す。封緘が“兵器”を縛るためのものではなく、暴走を抑え込むための仮止めだというのが、はっきり分かった。

 

 その瞬間、ステラの目が変わった。

 

 戦士の目ではない。狩人の目だ。暴れる獲物の癖を読む時の、冷えた集中。

 

「……弱点、ある」

 

 短く言って、振り返る。

 

「今、封緘を直そうとしている。刻印を重ねる瞬間、制御が一度外れる」

 

「どれくらい?」

 

「三呼吸」

 

 短すぎる。だが、十分だ。

 

 ナデンが即座に判断を重ねる。

 

「護衛は混乱中。視線が箱に集中している。奪うなら今しかない」

 

 イルルの気配が跳ねる。

 

「焼けば――」

 

「駄目」

 

 僕は即座に遮った。

 

「焼いたら中身が解放される。被害が出る」

 

 言葉を選ぶ暇はなかった。だが、全員が理解した。暴走しかけの心臓兵器を、正面から破壊すれば、何が起きるか分からない。

 

 ステラが静かに息を吐く。

 

「……私が行く」

 

「単独?」

 

「一瞬でいい。刻印が重なる前に、箱を“ずらす”」

 

「奪う?」

 

「違う」

 

 彼女は地面を指でなぞる。

 

「封緘の弱点は、底面。地面と接している部分が一番薄い。持ち上げれば、暴走が一瞬止まる」

 

 ナデンが目を細める。

 

「止まる?」

 

「魔力の循環が切れる。完全ではないが……三、四拍」

 

 三、四拍あれば、何ができるか。

 

 僕は一瞬だけ考え、決めた。

 

「やる。ステラ、主役。ナデン、退路。イルル……」

 

「分かってる」

 

 イルルが歯を鳴らす。

 

「最小限だな」

 

 その声は不満だらけだったが、拒否はなかった。

 

「リンクは使わない」

 

 僕は自分に言い聞かせるように続けた。

 

「今日は、繋がらない。判断だけで行く」

 

 ステラが一度だけ、こちらを見る。

 

「……承知」

 

 次の瞬間、彼女は闇を切った。

 

 音がしない。気配が消える。護衛の背後に回り込むまで、誰一人気づかない。刻印を重ねていた術師の手元が光った、その刹那。ステラが飛び込んだ。

 

 斬らない。叩かない。箱の底に指を差し込み、身体ごと“持ち上げる”。

 

 ――ぐん、と、重たい音。

 

 魔力の唸りが、一瞬だけ、途切れた。

 

「今だ!」

 

 ナデンの合図と同時に、イルルが動いた。

 

 炎ではない。衝撃波だけ。空気を叩くような一撃が、護衛二人をまとめて吹き飛ばす。殺さない。壁に叩きつけ、動けなくするだけ。

 

 混乱が広がる前に、ステラは箱を転がす。谷の影へ。封緘が再び光り、暴走が収まりかける。

 

 だが、術師が叫んだ。

 

「奪う気だ! 殺せ!」

 

 残った護衛が走る。

 

「イルル!」

 

「……チッ」

 

 舌打ちと同時に、イルルが踏み込む。今度も炎は吐かない。拳で地面を叩き、岩片を飛ばす。視界を潰すための一撃だ。護衛が怯んだ瞬間、ステラが間合いに入る。

 

 さっきの竜狩りより、さらに速い。

 

 喉を打たず、顎を打つ。肋を折らず、神経を断つ。無力化だけを選ぶ、冷たい技。二人が倒れ、最後の一人が逃げかける。

 

「行かせるな」

 

 僕の声に、ステラが即座に反応する。投げた石が膝に当たり、相手が転ぶ。逃げ道は塞がれた。

 

 数十息後、街道は静まり返った。

 

 残ったのは、倒れた護衛と、谷の影に転がる箱一つ。もう一つの箱は、運搬隊が慌てて引きずって逃げていった。

 

「……一つ、取れたな」

 

 ナデンが息を吐く。

 

「半分だが、十分だ」

 

 イルルが箱を睨みつける。

 

「中、焼いていいか」

 

「駄目」

 

 即答した。

 

「持ち帰る。調べる」

 

 イルルは不満そうだったが、何も言わなかった。さっき、燃やさずに勝てた。その事実が、彼女を黙らせている。

 

 ステラが箱の前に立ち、封緘を確認する。

 

「……生きている」

 

 低い声。

 

「心臓は、まだ動いている」

 

 一瞬、空気が重くなる。

 

 その沈黙を破ったのは、ナデンだった。

 

「だが、奪った」

 

「うん」

 

 僕は頷く。

 

「今日は、勝ちだ」

 

 ステラがこちらを向く。戦いの余熱がまだ残る目で、だが静かに言った。

 

「主の判断がなければ、全滅していた」

 

「ステラの判断だよ」

 

「……違う」

 

 彼女は首を振る。

 

「私は動いただけだ。決めたのは、主だ」

 

 そう言って、一歩下がる。下僕としての距離に戻る動作だが、そこに卑屈さはなかった。誇りのある従属。武人の選んだ立ち位置。

 

 イルルが小さく舌打ちする。

 

「……ちょっとは認めてやる」

 

 ステラは驚いた顔をしてから、ほんの僅か、口元を緩めた。

 

 遠くで、逃げた運搬隊の灯りが消える。旧工房へ向かったのだろう。

 

 心臓兵器は一つ、こちらにある。

 

 戦いは、ここから本格的に始まる。

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