※この作品はR-18です。

むにっとねっとりドラゴン独占生活   作:ボルメテウスさん

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逆包囲

 ユーハの地図は、焚き火の薄明かりの中で妙に生々しかった。紙に描かれた線が、血管みたいに旧工房の奥へ伸びていて、そこを辿れば辿るほど「ここは人が壊れる場所だ」と言われている気がする。ナデンは枝の先で線をなぞり、ステラは息を殺して覚え、イルルは腕を組んだまま苛立ちを隠さない。僕だけが、地図の端に書かれた“封鎖”の文字を見ていた。罠を知っているのに、罠に近づく。自分で選ぶ罠は、別の意味で怖い。

 

「偽の試運転は、今夜」

 

 ユーハが言った。視線が落ち着かない。嘘をつく者の落ち着かなさではなく、何かを思い出してしまう者の落ち着かなさだ。

 

「合図は鐘。……それと、床の刻印が三回強く光る。三回目で外周が閉じる。閉じたら、逃げ道は削られていく」

 

「削られていく、ってなんだ」

 

 イルルの声が低い。怒りよりも、嫌悪に近い。

 

「壁が動く。刻印で、通路が“塞がる”。完全に石が生えるんじゃない。歪んで、押しつぶすように狭くなる。逃げる者ほど焦って、詰む」

 

 ステラが短く息を吐いた。

 

「罠として、合理」

 

「合理で人を潰すなよ」

 

 僕が言うと、ユーハは目を伏せた。

 

「……俺もそう思った。遅いけど」

 

 ナデンが地図を叩く。

 

「封鎖速度が問題だ。こちらが罠を知っていても、閉じる速度が想定以上なら詰む。だから主導権は“外”に置く。封鎖が始まった瞬間、外周を破る必要がある」

 

「外周を破る?」

 

 イルルが笑った。乾いた笑いだ。

 

「燃やすって言ってるのか」

 

「違う」

 

 ナデンは淡々と言う。

 

「“燃やせない状況”で破る。だから、役割は明確。イルルは壁。ステラは刃。主は線引き。私は封鎖の癖を読む」

 

 僕は頷いた。罠に乗るふりをする。でも、勝つふりはしない。生き延びるために、勝利の形を小さくする。

 

「やることは二つ」

 

 僕は言った。

 

「偽試運転に釣られた“ふり”をする。封鎖が動いたら、封鎖を破って抜ける。中枢に深入りはしない。救出も欲張らない。今日は“敵の封鎖の手札”を見て、潰せるところだけ潰す」

 

「欲張らない、ね」

 

 イルルが鼻を鳴らす。

 

「私は欲張りたい」

 

「分かってる」

 

 僕はイルルを見た。怒りが強いほど、守りたいものも強い。その矛盾が、イルルを苦しめている。

 

「欲張る日は作る。でも今夜は違う。今夜は“終わらせる日のために生き残る日”だ」

 

 ステラが頷く。

 

「了解。主が言うなら、線は守る」

 

 ユーハが震えながら言った。

 

「……刻印官は、必ず見てる。罠に乗ったと分かった瞬間、笑う。丁寧語で」

 

「笑わせとけ」

 

 イルルが吐き捨てる。

 

「その口、後で焼く」

 

 ナデンが即座に釘を刺す。

 

「焼けない可能性が高い。人質がいる」

 

「分かってる」

 

 イルルの返事が、妙に素直だった。ここまで来ると不気味なくらいだ。多分、イルルの中でも“怒りの使い道”が少しずつ整理されている。

 

 その夜、旧工房はわざとらしい光を灯していた。闇に対して自己主張が強すぎる。誘っている。罠だと分かるように誘っているのが、いっそ腹立たしい。僕らは森の陰に身を沈め、呼吸を合わせた。

 

「来る」

 

 ナデンが囁く。

 

 鐘が鳴った。遠いのに耳の奥に残る音。床の刻印が、遠くからでもぼんやり見えるほど強く光る。一次、二次、三次。三回目の瞬間、空気が一段変わった。外周が閉じる。見えない手が、地形の喉元を締め上げる。

 

 イルルが笑った。さっきとは違う笑い方だ。獣の笑い。戦いの笑い。

 

「来たな」

 

「イルル、今」

 

「分かってる」

 

 イルルは前に出た。正面。隠れる気はない。むしろ見せつける。敵は“竜”を怖がる。怖がって視線が集まれば、その分だけ他が動ける。陽動は、イルルの天職だ。

 

 次の瞬間、地面が歪んだ。道が狭くなる。岩がせり上がるように迫る。挟み込む罠。これが封鎖。封鎖速度が速い。想像より速い。

 

「想定より二割速い!」

 

 ナデンが叫ぶ。

 

「主、撤退線を前倒し!」

 

 僕は歯を食いしばり、判断する。

 

「ステラ、戻る! 深入りしない!」

 

「了解!」

 

 ステラはすでに中へ入っていたが、迷いなく引いた。彼女の動きは潔い。潔いのは、守るものの優先順位が明確だからだ。

 

 敵の影が増える。封鎖が動くほど、敵の自信が増える。閉じた檻の中でなら勝てると思っている。そう思わせた時点で、こちらの“乗ったふり”は成功している。

 

「主、封鎖の節が見える」

 

 ナデンが僕の腕を掴む。指が指す先、刻印の光が集中している箇所がある。そこが結節点。そこを壊せば、封鎖の動きが鈍る。

 

「イルル! あそこ!」

 

「おう」

 

 イルルが踏み鳴らした。炎じゃない。衝撃。空気が潰れるような一撃が、結節点の地面を叩く。刻印の光が一瞬だけ乱れ、封鎖の動きが鈍る。だが、止まらない。敵は学習している。結節点は一つではない。

 

「一撃じゃ足りない!」

 

 ナデンが叫ぶ。

 

「二つ目がある!」

 

 同時に、敵の矢が飛んだ。竜狩り用。イルルではなく、僕を狙う。中心を落とせば群れが崩れるという読み。合理的で嫌になる。

 

 ステラが体を滑り込ませ、矢を弾いた。剣で弾くのではなく、手首で軌道をずらす。殺意の方向を削る技術。ステラの型は、人を殺すためだけのものじゃない。

 

「主、下がれ。私が前に出る」

 

「無理はするな」

 

「無理はしない。型だ」

 

 ステラは言い切ると、敵の間合いの“外”を走る。敵は追うが追いきれない。追い切れないまま、封鎖に足を取られる。そこへイルルが壁のように立ち、衝撃で弾く。ステラとイルルが、綺麗に噛み合っていく。力と型が、同じ目的を向いた時の音がする。

 

「面倒くせぇ罠だな!」

 

 イルルが吼えた。

 

「罠は面倒だから罠だ」

 

 ステラが返す。真面目な返しが、逆に笑える。

 

 敵の術師が封鎖を加速させようとした。刻印の光が一段強くなる。通路がさらに狭くなる。子供たちがいる場所までここが閉じれば、撤退線ごと潰れる。

 

「リンク、使う」

 

 僕は言った。怖い。でも、ここは使いどころだ。

 

「同意」

 

 ステラが即答し、イルルが一瞬だけ目を細めてから言った。

 

「……好きにしろ。ただし、私が一番だ」

 

 その言い方が子供みたいで、状況が状況なのに笑いそうになった。笑っている場合じゃないのに、イルルはいつも変なところで空気を変える。

 

 感覚が繋がる。封鎖の流れが、線として見える。敵の術師の位置も、光の集まりとして見える。結節点が三つ。三つ同時に叩けないと、封鎖は止まらない。

 

「ナデン、右の結節!」

 

「了解!」

 

「ステラ、中央の術師! 止めるだけ!」

 

「了解!」

 

「イルル、左を叩け! 殺すな!」

 

「分かってる!」

 

 イルルが踏み込み、左の結節点を拳で叩く。地面が悲鳴を上げ、光が乱れる。ナデンが右を刻印具で焼き切り、結節が一つ落ちる。ステラは中央の術師に入り、手首を落として詠唱を止める。殺さず、止める。止めるだけなのに、圧倒的に強い。

 

 封鎖が、ぎくりと止まった。完全停止ではないが、動きが鈍り、道が“呼吸”を取り戻す。今だ。

 

「撤退!」

 

 僕が叫ぶ。

 

 イルルが後退しながら壁になる。敵は追うが、追えば追うほど封鎖の歪みに引っかかる。罠は、仕掛けた側にも牙を剥く。罠の中で戦えば、慣れている方が強い。だが慣れているほど、罠を信じる。信じた分だけ、裏返された時の崩れ方が大きい。

 

 森に戻った瞬間、空気が軽くなった。息が吸える。まだ生きている。

 

 イルルが吐き捨てる。

 

「チッ……逃げたみたいじゃねぇか」

 

「逃げたんじゃない」

 

 ステラが言う。

 

「生き残った。次に繋がる」

 

 ナデンが地図を見ながら頷く。

 

「封鎖の結節は三つ。場所は固定ではないが、パターンがある。次は潰せる。今日の収穫は大きい」

 

 ユーハが小さく呟いた。

 

「……刻印官、怒る」

 

「怒らせとけ」

 

 イルルが言った。

 

「怒ったら、ミスる」

 

 僕は焚き火のない暗がりで、子供たちの寝息を思い出す。今夜は守れた。終わってはいない。でも、罠に乗って死ななかった。敵の手札も見えた。

 

「次は、こっちが檻を壊す番だ」

 

 僕が言うと、ステラが短く頷き、イルルは「当然だ」と鼻を鳴らした。息が合ってきた。怖いくらいに。だからこそ、次はもっと危険になる。敵も学ぶ。こちらも学ぶ。学ぶたびに、世界は少しだけ変わる。

 

 ただ、変わるのが遅いと、誰かが死ぬ。

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