梁が落ちた衝撃は、床だけで終わらなかった。奥で何かが裂ける音がして、天井の刻印が一つ、また一つと消えていく。粉塵が舞い上がり、視界が白く濁る。
「……自壊、始まってる」
ナデンが操作盤を叩く。返ってくるのは警告音だけ。制御は戻らない。戻らせない代償だ。
「主電源が落ちた。冷却系が止まってる。このままだと炉心残骸が熱を持つ」
「爆発は?」
「爆散はしない。でも、崩れる」
足元が低く唸った。遠くで石が落ちる音。天井の鉄骨が軋む。ここは工場だ。支えているのは理屈。理屈が壊れれば、重さが勝つ。
「撤退」
短く言う。
イルルが振り返る。胸を鳴らすように息を吐き、瓦礫の山に足を掛ける。
「捕虜区画、こっちだ」
先に動いたのはステラだった。走らない。崩れやすい床を選ばない。重さの流れを読むように、足場を刻む。
地下へ降りる階段の途中で、天井が裂けた。石と鉄が落ちる。イルルが踏み込み、衝撃で落下軌道をずらす。炎は使わない。熱は広がる。今は衝撃だけでいい。
「急げ」
短い声が重なる。
捕虜区画の扉は、歪んでいた。ナデンが刻印具を差し込み、強引に回路を切る。火花が散る。扉が外れた。
中にいた子供たちが目を上げる。誰も泣かない。ただ、音の方を見ている。
「出るぞ」
手を伸ばす。小さな指が掴む。冷たい。
戻る途中、床が沈んだ。亀裂が走る。ステラが背後から肩を押す。
「止まるな」
振り向くと、人工龍の残骸がさらに崩れ、心臓炉だった塊がひしゃげている。もう動かない。ただの重さだ。
通路が塞がる。前へ。
クレーンの残骸が倒れ、出口が半分潰れる。イルルが瓦礫を押し上げる。鉄が軋む音が耳に刺さる。
「抜けろ!」
子供を先に通す。最後に自分たち。
外気が流れ込んだ。湿った夜の匂い。肺がひりつく。
背後で、旧工房の屋根が落ちた。鈍い衝撃。砂煙が夜空へ上がる。火柱は立たない。ただ、形が崩れていく。積み上げられた理屈が、重さに負ける音。
イルルが振り返り、しばらく見ていた。手を握る。何も言わない。
ステラは子供の人数を数え終え、短く頷く。
「全員いる」
ナデンは崩れた建物を見て、何かを測るように目を細める。
「再利用は不可能。ここは終わり」
煙の向こうで、管理者の姿は見えない。追わない。今は、生きている者を連れて離れる。
瓦礫の向こうから、遅れて音がもう一度響いた。地下が落ちた音だ。
工場は、沈んだ。
足元の土がまだ震えている。夜風が粉塵を払う。遠くで鳥が飛び立つ。
イルルが小さく言う。
「……燃やさなかったな」
「うん」
返す。
炎は使わなかった。それでも終わった。
崩れた影が夜に溶けていく。
作られていた悪意は、もう増えない。