崩れ落ちた工場の外縁を歩きながら、瓦礫の向こうに続く空を見上げた。風が抜けるたび、焼けた鉄の匂いがわずかに揺れる。後始末は終わった。里へ向かうだけだ――そう思った瞬間、背後でナデンの足が止まった。
「……待ってください」
低い声が、いつもより硬い。
振り返るより先に、空気が変わった。音が遠のき、魔力が底から引き抜かれるような感覚が広がる。呼吸が重くなる。イルルが舌打ちをした。
「チッ……なんだよ、これ……」
炎の気配が揺れたまま止まる。ステラも剣に手をかけたまま動かない。
「……主、下がれ。これは――」
言葉の途中で、ステラの膝がわずかに沈む。竜人の彼女が重力に押さえつけられるように視線を上げた。ナデンの瞳も細くなり、解析の言葉が途切れている。
「……死の粒子。濃度が異常です。生物が近づける領域では――」
その先を言い切れなかった。
三人の視線が一点に集まる。
瓦礫の影。そこに、黒い少女が立っていた。夜をそのまま切り取ったような髪。表情は薄く、ただこちらを見ている。足元の石が、触れてもいないのに微かに崩れた。
イルルが歯を食いしばる。
「……近づくな。あれ、ヤバい」
ステラの声も低い。
「主、命令を。撤退でもいい」
だが、足は止まらなかった。
魔力が削られる感覚の中で、一歩だけ前へ出る。三人の視線が背中に刺さる。クロの瞳が、わずかに揺れた。
距離が詰まる。
死の気配は濃いままなのに、不思議と体が崩れない。
視線が交差した瞬間、リンクが静かに開いた。
世界の音が消える。
冷たい闇の感触が、指先から胸へ流れ込む。言葉にならない思考が、直接触れてくるようだった。
『……近づくの?』
声ではない。感覚の問い。
「大丈夫だ」
短く返すと、クロの目が少しだけ見開かれる。周囲でイルルが息を呑み、ナデンが何か言いかけて止まった。
『変。普通は、壊れるのに』
リンクの奥で、長い時間の孤独が薄く揺れる。触れてはいけない深さを感じながら、意識を少しだけ開く。
「……止める側だからな」
その言葉に、クロが一歩近づいた。
イルルが声を上げようとして、魔力に押さえ込まれる。ステラも剣を抜けないまま睨み続けている。
クロは首を傾けた。視線が真っ直ぐこちらに落ちる。
そして、静かに言った。
「不思議。近くにいても死なないなんて、見に来て良かった」
空気がわずかに緩む。
死の気配は消えていない。それでも、リンクの中でだけ温度が生まれる。遠くで崩れた鉄片が転がり、ようやく時間が動き出したようだった。