里へ続く森の手前で、焚き火を起こした。
火を点けたのはイルルだった。だが炎は小さい。いつもなら枝が爆ぜる音が響くはずなのに、火は揺れず、静かに燃え続けている。
イルルが舌打ちした。
「……なぁ。これ、絶対おかしいだろ」
枝を一本、乱暴に放り込む。火は広がらない。ただ形を整えるように、音もなく包み込んだ。
ステラが腕を組む。
「制御されている。悪い状態ではない」
「だからムカつくんだよ」
短く吐き捨てる。視線がこちらへ向く。
「お前、何も感じねぇの?」
少し考える。
「……静かだな、とは思う」
その一言で、イルルの眉が寄った。
「静か、ね……」
立ち上がる。火の前から一歩離れ、背を向けた。
「俺さ、ああいうの嫌いなんだよ。何考えてんのか分かんねぇやつ」
クロのことだと分かる。言葉にしないのに、空気が張り詰めた。
ナデンが小さく口を開く。
「リンクの影響です。炎の揺らぎが最適化され――」
「分かってるって!」
遮るように声が強くなる。だが怒鳴るほどではない。押し殺した苛立ちだった。
イルルがこちらを振り返る。
「……なぁ。あいつ、なんでお前にだけ近づけんだよ」
問いは低い。けれど視線だけが強い。
「別に、特別なことは――」
「違ぇだろ」
言葉を重ねる前に、距離を詰めてきた。目の前まで来て、じっと見上げる。
「俺だって近くにいたいんだよ。なのにさ……」
言葉が途切れる。唇が小さく動いて、すぐ閉じる。
「……あいつが来てから、なんか変なんだよ。お前、遠くなった気がする」
焚き火の音が小さく鳴る。
ステラが静かに口を挟む。
「イルル。それは錯覚だ」
「うるせぇ」
視線を外さないまま、さらに一歩近づいた。肩が触れそうな距離。
「俺はさ、お前が線引くのも、止めるのも分かってる。でも……」
言葉が落ちる。炎が小さく揺れた。リンクの静寂が流れ込む。
その瞬間、イルルの表情が変わる。
「……やっぱ無理だわ」
ぱっと手を振る。炎が一瞬だけ大きく跳ねたが、すぐに収まる。
「静かすぎて、息できねぇ」
背を向けて、焚き火から少し離れる。完全には去らない。けれど距離ができた。
ナデンが小さく呟く。
「……独占欲の反応ですね。リンクが共有領域に触れた影響かと」
ステラは視線をイルルへ向けたまま言う。
「主。これは戦闘より難しい問題だ」
しばらく沈黙が続く。
焚き火の向こうで、イルルが膝を抱えた。炎を見つめたまま、動かない。
リンクの奥で、静かな闇が揺れる。
クロは何も言わない。ただ、遠くから見ているような感触だけが残っていた。