焚き火の火が、静かに揺れていた。
イルルは少し離れた場所で膝を抱え、炎を見ている。背中は小さいのに、近づきづらい空気があった。リンクの奥で流れてくる静寂が、胸の内側をゆっくりと撫でていく。
「主。少し時間をもらう」
ステラの声は低い。いつもと同じ調子なのに、どこか慎重だった。
焚き火から離れ、木立の影に入る。足元の落ち葉がわずかに鳴る。誰も追ってこないのを確かめるように、ステラは一度だけ背後を見た。
沈黙が続く。
言葉を選んでいるというより、順序を組み立てているような間だった。
「……結論から言う」
赤い瞳がこちらを捉える。
「クロは、主を殺せる存在だ」
責める響きはない。事実だけを置く声だった。
胸の奥に残っている、あの黒い静寂を思い出す。怖いとは思わない。ただ、深すぎる水に触れたような感覚がある。
「分かってる」
そう答えると、ステラは小さく首を振った。
「いいや。分かっていない」
視線が鋭くなる。だが怒りはない。戦場で部下に説明する時の顔だ。
「私は災害を何度も見てきた。敵ではない。意思もない。ただ存在するだけで、戦場の形を変えるものだ」
言葉が落ちるたび、胸の中のリンクがわずかに震える。
クロの静けさ。
イルルの熱。
ナデンの冷たい思考。
全部が同時に流れてくる。
ステラは一歩だけ近づいた。間合いが戦闘時と同じになる。
「主は近づいたな。命令ではなく、自分の判断で」
「ああ」
「なら私は従う」
短く頷く。その瞬間、胸の奥が少し軽くなる。だが次の言葉で、空気が引き締まった。
「だが、守る」
声が低く落ちる。
「これは主従ではない。役割だ」
腕を解き、焚き火の方向へちらりと視線を向ける。イルルの炎が一瞬だけ揺れた。
「……あの竜は、主の中心に入り込みすぎている」
リンクの奥で、何かが触れた気がした。静かな闇が波紋を広げる。
ステラはそれを感じ取ったように、少しだけ目を細める。
「主は線を引く役だ。火力でも制御でもない。“止める側”」
ゆっくりと言葉を選びながら続ける。
「だが、止める者が巻き込まれたら……誰が線を引く」
問いは空中に残る。
答えを求めているわけではない。ただ、現実として置かれた言葉だった。
風が吹き、枝葉が鳴る。焚き火の匂いが少しだけ流れてきた。
ステラが小さく息を吐く。
「だから決めた。主は守る対象だ。命令ではない。私の判断として」
声は静かだった。誓いというより、配置を宣言するような言い方。
しばらく視線が重なる。
戦場なら、この距離は刃が届く位置だ。だが今は、何も構えていない。
ステラが一歩下がった。
「誤解するな。クロを敵とは思わない。……だが、味方ともまだ言えない」
言葉の最後が、ほんの少しだけ柔らいだ。
背を向け、焚き火へ戻っていく。その背中を見ていると、立ち位置が変わったことだけがはっきり分かった。
焚き火のそばでは、イルルが顔を上げない。