「さて、今年の盆ぶりの帰省だな」
10月の半ば、仕事柄故取り汲まずにはいられないとある
リニアモーターカーとローカル線を経由して最寄り駅に到着した彼女の目に飛び込んできたのは、黒や鮮やかなオレンジのツートンカラーにてコウモリやクモ、魔女の帽子や箒を模した飾り付けがされたカラフルな街並み。
「ふう…さすがにこう何度も見ていると。いくら祭事でも鬱陶しく感じてしまうな」
その事に彼女は驚くでもなく喜ぶでもなく、寧ろ恨めしいものを見たとばかりに目を細めた。
飾り付けからも分かるように。世間は10月の末――つまるところハロウィンシーズンの真っ最中であった。年に一度、多くの悪霊が現世の人々を連れ去ろうと蘇り、人々もまたそうはされまいと悪霊へと仮装その被害を免れようと奮闘する日。
…ではあるのだが、文化や宗教観の違いから日本においては仮装やパーティーを通じて老若男女問わず楽しむお祭りの様相を呈している。
そしてファッション雑誌の編集者である斎賀百もまた、そうしたイベントに応じた盛り上がりに乗り遅れるまいと前日まで大いに仕事に邁進していた。
「あいつら、まさかハロウィンの仮装を何かいかがわしいものだと考えていたワケではないだろうな……」
思い出すのは正しくハロウィンの魔物が取り憑いていたといっても過言でもない。なにか異様な熱に浮かされた企画会議。デザインや方針、果ては本業でもないのに衣装を仕立てるだのと言い出したのは誰だったかと、彼女は思わず頭を抱えた。
……とはいえ、その熱に浮かされた企画会議が実を結んだのか。彼女の担当する特集記事はその月の雑誌の中でも順調な滑り出しを見せていた。
しかしそれはそれとして、長いこと家族への連絡を怠り心配をさせてしまったのも事実として。斎賀百は家への道を粛々と歩いていた。
女性として抜群のポロポーションと整った顔立ちの斎賀百へ道行く人…特に男性は見とれるか二度見する。だが、そんな視線を全て受け流し斎賀百は毅然として歩を進めていた。
彼女自身元々恋愛毎に興味がないのもあるし、何より……
(顔よりも先に。胸元へ視線を向けるような輩に興味はない)
多数の視線に一切一瞥をくれることなく迷いなく歩く内に街中から彼女の実家のある住宅街へと景色は移り変わっていく。
しかしハロウィンの装飾はその華やかさが止まることを知らず、むしろ家族ごとの家柄が反映されるためかより色とりどりな物へとなっていた。
そして見慣れた実家へと辿りつくと、そこには見慣れた斎賀家のお屋敷がその立派な門構えとともに百を迎えた。
斎賀家の屋敷といえば、まるで武士が暮らしているかのようだとだと近所で評判であり。その外観・内観ともに古き良き和風のまさしく武家屋敷といっていい様相のお屋敷である。
その様相を崩さないためか、もしくは単純にそうする意思がなかったのか。ハロウィンの装飾が一切無いそれは周囲からは少し浮いているようにも見えたが、変わらないその在り方に少し安心しながらもインターホンを鳴らす。
『お帰りなさいませ』
「あぁ、ただいま」
久方ぶりの、しかし聞き慣れた使用人の案内…といっても文字通り生まれた時からいる場所なので本来案内は不要なのだが。ともかく道中当たり障りのない会話を交わしながらも玄関に辿りつき靴を脱ごうと身を屈めた時に斎賀百はそれに気付いた。
「これは…誰か、来客がいるのか?」
「はい。玲様のご学友の方が」
普段は脱がれた靴は靴箱に収納されるのが常なのだが、斎賀百の視線の先には白と青を基調としたスニーカーがピシッと角度や位置を整えられて鎮座していた。
その家柄ゆえ。普段訪ねて来る客人の大抵は革靴が多いため珍しいなと疑問に思ったが、使用人からの説明で斎賀百は「あぁ、彼か」と納得する。
(名前はそう…陽務くんだったか。そうか、まだ関係が続いているのなら何よりだな)
自身の妹と
基本的にはお見合いによる婚姻で、自由恋愛はかなり稀なことであり。事実斎賀百も決して女所帯ではない職場ではあるがそうした浮いた話に発展したことなく、そもそも彼女自身現在結婚する意思がないので実家から強引に見合いの場を組まれても困るばかりという現状である。
そんな血筋にも関わらず、クラスは違えど高校時代からの交流を得てそうした“お付き合い”に発展した二人のことは素直に祝福していた。
「二人は客間に?」
「いえ、玲様の自室でございます…様子を見に行かれるのですか?」
「……まさか。万が一にも鉢合わせないためだ」
とち狂った仙姉さんでもあるまいし。という台詞を辛うじて飲み込んだ斎賀百は、家を出るまで使っていた自室まで向かう。家を出た後も家の者が掃除をしてくれていたのであろう小綺麗なその部屋に安心感を覚え息を付く。
「お仕事や移動でお疲れでしょうから、家族揃っての食事は明日にしようとのことです。それでは」
「あぁ、手間をかけたな」
一礼してから扉を閉める使用人。そして彼女の足跡が遠ざかったのを確認してから、斎賀百は大きくノビをする。
「~~ッ…ふう」
スーツに押さえつけれて尚大きなその果実が体の動きによって大きく波打つが、それを見る人はなく。一時的な開放感を得た彼女はどこか艶やかな悩ましい声を上げながらも手を下ろした。
(さて、どうしたものか。一応仕事も持ってきてはいるが休養のための帰省で帰ってきてすぐ、というのは気が乗らないな……)
普段なら趣味のシャンフロやカップラーメンに走るところだが、そうした物は自宅に置いてきてしまったため。何を持って時間を潰そうかと彼女は頭を悩ませる。
「…とりあえず、いつまでもスーツというのも窮屈だな」
こんな姿ではそもそも落ち着く物も落ち着かない。と斎賀百はクローゼットを空けた。
「なに?」
しかしそこには彼女が家を出る前にはその中に入っていた部屋着――尚斎賀家の家風に沿って和服――は一着も入ってなく、その事に彼女は思わず疑問の声をあげる。
(いや、服を長期保存するとなるとこの中に入れっぱなし、というのは不適切だろう…そもそも私が帰省を決めたのもかなり急なことだったからな。そこまで手が回らないのも無理はない)
そう己を納得させ、再び椅子に座る斎賀百。しかし一度意識し、そして解消することが出来なかった不快感は彼女の気分を殊更に侵害し始め。斎賀百は今まで来ていたスーツが急にしぼんだのではないかと感じる程に居心地の悪さに苛まれ始めた。
(――少し手間にはなるが、取りに行くか)
端正なその顔を歪ませながらも、斎賀百は自室の扉を開け勝手知ったる斎賀邸を移動する。
斎賀家の中には複数の季節を外れた普段着や着物、ドレスを収納するためのウォークインクローゼットがあり。基本的には家柄故晴れ着が多い関係上一人一部屋与えられており、斎賀家の娘達は三人で一纏めにされている。もう一つの部屋、というよりかは使用人が衣替えや行事や来客用の華美な衣装を仕舞っておくため部屋といった印象だが。今回は服を探さなければならない彼女にとっては関係のないことだった。
「よし、何とか覚えていたな」
前述の通り普段自分が立ち入ることはまずない場所だったため一抹の不安はあったが、土地勘と山勘を駆使し到着した彼女は。中にある膨大な数の服から目的の者を探し出さなくてはいけない未来に少しうんざりとしながらも、繋がる襖に手をかけ――
スパァン!
――る前に勢いの良い音と共に襖は開かれ、中から斎賀百よりも幾分低い人影が飛び出して来た。
「おっと…玲?」
「わ、わわ…私はなんてことを~~~~~ッ!!」
飛び込んで来た人影との衝突を避けるために体を僅かにズラした斎賀百。部屋の奥から飛び出して来たのは妹の、それこそ恋人との逢瀬を楽しんでいるハズの斎賀玲であり。彼女はあわや激突しそうになった実姉の存在に気付くことはなく、何やら耳だけでなく顔全体を火の吹きそうなほど真っ赤にさせて走り去っていた。
「どうしたんだ?あの子は……っと、目的を忘れるところだったな」
玲の唐突な奇行に困惑したものの。さほど驚いた様子も見せずに彼女の自室であるこの部屋を改めて見渡した。他人の心配よりも己の快不快が優先、人間なんて大抵そんなものだ。
「さて、ジャージ…はないだろうな。せめて家にいた頃の服でも見つ、か、れば………」
斎賀玲によって開きっぱなしとなっていた襖を行儀悪くも後ろ手で閉めながらも部屋の中に入った斎賀百は己の願望を口に出しながらも。ふと最初に視線を上げてから目に入ったソレを見て思わず言葉を尻すぼみなものへと変えて行き、ついには押し黙ってしまう。
「………。」
おそらく先程まで斎賀玲が手に取っていたのであろう、所々が伸ばされながらもその全体像をハッキリと視認できる程度には広がるそれは…白色だった。
構成だけみれば長袖のカットソーではあるが、所々解れがあり。白い生地が垂れ下がりその奥からは服の向こう側が透けて見えていた。
よく観察すれば所々衣装から飛び出し所在なさげに風に揺れている端材と合せて観察すると、それは服。というよりも“古びた包帯を幾多にも重ねた”デザインを意識して作成されたものであると斎賀百は感じた。
「これは…ハロウィン用の衣装、か……?」
それはつまるところ……ミイラのコスプレ衣装であった。それも、着ればかなりの“隙”を晒すことになりそうな類の。
「まさか、玲…いやあの愚妹まさか…!」
衣服関係の雑誌編集者として『そうしたもの』があることは知っている斎賀百だが、それが急に己の前に現れれば些か動転してしまうのも無理はなく。彼女はしばらくはそのまま固まっていたが…軽く息を吸い込み意識を整え。思考を再起動させ今目の前の異常事態の分析をした。
(おそらく…おそらくだが、これは玲のやつが陽務くんと情事を成そうと画策し。それを手助けするための衣服なのだろう)
「いや、だがこれは…仙姉さんの入れ知恵か?」
斎賀百の脳裏に浮かぶ、この衣装を用意したであろう人物……それは玲と陽務楽郎が恋仲になったことを誰よりも喜び、そして
(いくらなんでも直線的に過ぎるだろ…ゲダモノのそれじゃないか。これを着ろというのは流石にどうかしている)
「大方、その誘導で衣服を手に取った玲が正気に戻って。あまりの羞恥に耐え切れず飛び出して来た…それが先ほどの事なんだろうな」
まるでその現場を見ていたかのように、斎賀百はそう結論付けた。……もっとも、彼女は実際にその光景を一部目撃していたのだが。
「しかし、どうしたものか」
改めて斎賀百はそのミイラの衣装と向き直る。
このまま放置しても彼女としては一向に構わないのだが、もしこれを整理に来た使用人が見れば。目を白黒させ仰天することは想像に難くない。
二人の年齢を考えればそうしたことに興味があるのも当然の話だが、これが心ない者の耳に入れば「ふしだら」の誹りを二人が受けるのではないか、と考えた斎賀百は。仕方ないとせめて人目のない場所に…と手をかけたところで、ふとその感触に驚いた。
(ん?……ほう)
手に吸い付くような、それでいてしつこくない。文字通りいつまでも触っていたくなるような絶妙な手触り。
編集者としてファッション雑誌の撮影にも何度が立ち会った経験がある斎賀百には、服飾に対する並以上の知見がある。
(素晴らしい生地だ。
斎賀百は職業柄故か、手に持ったそれに対する考察を始めていき自然な手付きで手に取った衣装を検分していく。
「あぁなるほど、ワンピースと同じようにコンシールファスナーが…いや。それにしても隠し方が尋常ではないな」
「衣装の切れ端もほつれが一切無い…それなのに手触りはほぼ一定を維持している。どんな縫い方をしてるんだ」
「うぅむ。この手のニッチな品で作り手が以上な情熱を見せることに覚えが無いわけではないが…」
時折独り言も呟きながらも、ミイラのコスプレ衣装をくまなくチェックしていく斎賀百。しばらくして一通りチェックし終わったのか、手にしたソレを軽く押して形を整えながら広げ直すとばさりと自身の前に広げる。
「まさかとは思うが、オーダーメイドではないよな……?」
一般的にハロウィンの仮装のための衣装。と言えば年に一回しか着ない、加えて年々流行の
しかし目の前のこれは。ハロウィンを演出するために作られた割には……余りにも丁寧すぎる作りになっている。
ここまで徹底的に作り込んでいるのはそれこそ、画一的な量産品としては些か過剰と言って良いほどに。
故に斎賀百の脳裏に浮かんだのは、
だが、それを確かめる術はまったくと言っていいほど無い。学生の体操服のようにゼッケンやタグに『斎賀玲』もしくは『斎賀仙』とでも書かれているはずもなかった。
…いや、一つだけサイズを確かめる方法がある。
(――明らかに馬鹿なことだ。だが、気にはなる)
シュルリ、と思考を重ねながらも斎賀百はネクタイを緩め始める。そしてブラウスのボタンをいくつか外すと……彼女は躊躇することもなくブラウスの袖を抜いた。
(もしサイズが小さい場合、無理やり着れば破損の恐れがある。これほどの作品に破損が発生するのは忍びないが……まあ、私だってハロウィンの仮装は読者の視点を得るという意味でも有益なはずだ。折角だしな。うむ)
斎賀百はそんな風に自身の行動に理由付けをしながらも。ブラウスの次にはその下に着ていたシャツのボタンに手をかけプチプチと外し始めていく。
上から外していくと共に窮屈な感覚が徐々に薄れていくことに僅かな開放感を覚えながらもシャツの袖から腕を抜いた彼女は。次にその圧倒的質量を誇る二つの巨大な膨らみの上を守るように覆われたブラジャーのホックに指をかける。
――プチン――
「……ふう」
ブラジャーのホックを外すと同時に息を吐き出す彼女。今まで抑え込まれていたその双丘は僅かな束縛から解放された喜びを示すかのように震えると共に、その重みで僅かに下がりゆくが……それでも尚圧倒的な張力でその柔軟性を示しながらも己の重みで僅かに広がりながらも形を保つ。
楽な姿となったことにふとため息の一つでも付きたくなるが、室内とはいえ服を補完するため冷暗室のようになっていることと。季節が10月半ばなこともあり肌寒さも感じ、斎賀百は慌ててミイラの衣装に手をかけた。
巧みに隠されながらもしっかりと留め具としての機能性を損なっていないそれに感心を抱きつつも、斎賀百はそのファスナーを開けると。肩紐の部分に腕を通し己の背中にファスナーを向ける。
「む」
ミイラ衣装の背面のファスナーを閉めるために己の両肩に引っ掛けたミイラ衣装の位置を調整していると……衣装の背面の部分が胸に掛かるあたりに来た際にその肩紐が胸に掛かった。
「んっ――こほん」
ミイラ衣装の肩紐が斎賀百の胸の先端にある蕾に当たり刺激を感じさせる。それに思わず鼻から抜けるような声を漏らし、それに微かな羞恥心を感じて誰に聞かれた訳でもないが咳払いをした。
何はともあれ無事にミイラのコスプレ衣装の試着が済んだ斎賀百はふと立ち上がり、衣装部屋という事で備え付けられていた姿見の方へと視線を向けた。
「ふむ……さすがに珍妙だな」
鏡に写る自分の姿を見て、斎賀百はクスリと小さな笑みを浮かべる。上は扇情的なミイラのコスプレで下はお堅いスラックスという倒錯的な出で立ちなので無理もなかった。
本来なら下には
(そして、試着してみて気付いたが…)
明らかにコスプレのサイズが自分のそれと合っていない。
彼女が姿見から己の胸元へと視線を移すと、明らかに“圧”によって窮屈そうに張っている己の双丘があり。実際に感覚としても先程まで来ていたスーツ以上の圧迫感を覚えていた。
そして…生産性を高めるため大抵はフリーサイズである市販のコスプレ衣装であれば、ここまで閉塞的な圧迫感を感じることはまずない――斎賀百のバストサイズが“平均”を大きく突き放している事実からは一旦目を離すものとする――この事実から。彼女は改めて確信した。
(まぁ、まず間違いなく特注品だな)
それさえ分かれば、最早斎賀百がコレを着続ける意味はない。
下手に妹や姉に感づかれても面倒だ。そう考えた彼女は衣装のファスナーに手をかけそれを下ろそうと――
「――玲さん、どこに行ったんだ…?」
「……!?」
外の廊下を歩く足音と共に聞こえて来たその声に思わず息を潜めてしまう斎賀百。声の主は明らかに斎賀玲の
そう判断し彼女は静かに呼吸を殺し、ゆっくりと歩み寄る足音と声が遠ざかっていくことを願う。
「使用人の人はこの部屋に入っていくのを見たって言ってたよな。鍵掛かってない部屋なら勝手に入ってもいいって電話して来た仙さん言ってたけど、本当にいいのかなぁっと…」
「っ!?」
(あの色物姉め余計な言伝を、いやと言うより何妹の彼氏の電話番号を把握している…!)
緊張しているのか長々と独り言をぽつりぽつりと垂れ流しており。それによって彼がここにいる理由を察した斎賀百は心中にて姉へ唾を吐き捨てた。
(いや、その思考は後回しにしろ…彼は先程『鍵がかかっていなければ』と言っていた。なら逆説的に鍵さえかかっていればいい!)
冴え渡る頭脳で打開策を瞬時に打ち立てた斎賀百は、昔取った杵柄の一つである武道の足抜きによる移動術を応用した無音の差し脚にて瞬時に襖の後付け鍵へと迫る。
(獲った――!)
あともう少しで施錠が出来る。そんな時だった。
――ピリリ――
そんな不吉で甲高い音が、ふと斎賀百の
無理もない。その音の正体は彼女からの圧力に耐えきれずに破断した糸が発した悲鳴であり、彼女の着るミイラ衣装の胸元が裂けてしまっているのであった。原因は恐らく、移動と鍵に手を伸ばした際に自然と胸を張ってしまったこと。
――ビリビリィ!――
一度ほつれ始めたそれは止まることなく伝播していく。斎賀百の双丘の膨張力に屈服し裂けたその亀裂は止め処なく広がり。最終的には斎賀百の圧倒的質量が
最早衣装というよりかは垂れ幕のそれに近く、ただでさえ扇情的な衣装であったハズのミイラ衣装は最早衣服の役割を果たしているかさえ怪しい物となってしまっていた。
「~~ッく!?」
突如として感じた開放感を超えた肌寒さと、その冷感を優に超える羞恥心。
例えばこれが自宅で、ブラジャーのホックが同じようにはじけ飛んだのなら。彼女はここまで動揺することはなかっただろう。
もとより世間一般と比べて大きなバストサイズである彼女はそれはもう歪な成長曲線を描いており。数週間前まで常用していたモノが入らなくなっていることはしょちゅう。なんなら成熟に極めて近い今でも新調したものの数日後にはパッツンパッツンなんてことも日常茶飯事なのだ。
普段ならどうということも無いハズのそれであるが。今回ばかりは話が違う。
薄い襖の向こうにいるのは家族や使用人。そして性根の腐った女友達ではない――シャンフロや少ないが
(さす、がにっ――!)
即座に錠を閉め彼の侵入を阻むべきだという理性が痴女のような格好を壁一枚を隔てた先に殿方がいるのにしてしまっているという羞恥心から来る本能に踏み潰され、斎賀百は思わず胸元を隠すために抱きとめ蹲ってしまう。
必然的に寸前まで錠に伸びていた手は引っ込まれたしまう。そして――何の因果か、彼女が手を引っ込めたその反対側では。対照的に
そして彼には、今その襖を開ける行為を妨害する要素は何一つとしてない。
――ガラガラ――
「……は、あ?」
何の障害にも阻まれることなく、襖は滑り陽務楽郎の眼前に斎賀百の姿が飛び込んで来る。一方で襖が開いたことで斎賀百の瞳にも陽務楽郎の姿が飛び込む。互いに互いを認識し状況を理解するのに要する時間はそう長くはない。
片や優れた者として生まれ磨いて来た能力、片や
(目の前にいるのは百さん…だよな?正直会う時は大体スーツ姿だから確信はないけどならなんでそんなお堅そうな人はあんな、あんな格好してるんだ!?いやその事自体は今はどうでもいい、問題はこの人のこんな姿を見てしまったという事実からくる問題だ。どっちだ!斎賀家の女傑から繰り出される技による肉体的な死か悲鳴で叫ばれ何もかもが終わる社会的な死か両方か助けて玲さんいや最早玲さんすら敵に回る可能性があるあぁ最早これまでか――!)
(まずい、まずいまずい…心底まずいぞ!訪ねた彼女の家で、痴女染みた格好の義姉がいる…気まずいどころの騒ぎではない。これで何事もなく別れその気まずさから私の事を避けるに終わるだけならまだいい、だがもしそんな気まずいものが斎賀の家全体への不信感に波及すればどうなる?あの子は人の機微に聡いところがある。彼からのそうした思いに感づいて尻込みしてしまい関係が進まない――いや、最早白紙へと戻ってしまったら)
物の見事に二人は思考の迷宮に囚われていた。
それぞれ様々な局面を突破してきたが思わぬ人物に痴態を見られた/見てしまったというこれまでにない事態に、斎賀百と陽務楽郎の両人は今後の憂いを思い浮かべるだけで具体的な解決方法は一切浮かんでこない。
加えて、二人がどれほど超高速で思考を回そうが
――トットット――
思考に耽る二人の耳朶にそんな音が届く。遠い方から微かに、しかし一定周期で。徐々にこちらに近付いてくる。それが遠くの廊下を誰かが足早に駆けている足音だと認識するのは容易く、そしてそれが第三者の存在だと察するのも当然至極だった。
「「ッ!?」」
もし思考が冷え切っていれば、二人のするべきことは明白だ。
『斎賀百は可及的速やかに襖を閉め、陽務楽郎は何事もなかったかのようにその場を立ち去る』
たったこれだけでいい。後に事態の説明やそれに伴う謝罪を後日二人で内々に済ませてしまえるし。なんなら共通してプレイしているシャングリラ・フロンティアの中でしたっていい。
そこまですれば二人が知り得ることになるこの事件は誰にも知られず。何もかも丸く収まる。
ただしそれは思考が冷え切っていればのお話、トラブルとは精神や思考に異常が発生している時に起こるから。トラブルというのだ。
「こっち、に…来い!」
「え、うわっ!?」
大人としての経験によるものか、楽郎よりも幾分速く復帰した百が取った行動は。まさかの『楽郎の手を取り引き寄せる』であった。
突然の行動に驚きはしたが反応は出来ず、されるがままにウォークインクローゼットへと招き入れられた楽郎。
それをしっかりと抱きとめた百は反対の手を閃かせ、今度こそ襖の鍵を閉めた。
――ふにゅん。――
「!?!?!!??!」
咄嗟に抱きとめたことで、ほぼ地肌を晒しているようなその胸に楽郎を自ら飛び込まさせた。という事実には気付かずに。
つづく
評価や感想お待ちしております。