いがみ合っていた二人の巫女がエロ双六を通じて強制的に仲良くさせられる話 作:ハヤ0313
普通のデート
が、栂峰の土地が開発され都会化していったのを機に、元々は協力関係にあった筈の仲がギクシャクし始め、ついには互いに都会かぶれ、田舎者、と罵り合うようになっていった。
無論そんな歴史があったが為に、相手の家の悪口を聞かされて育った子供は無条件に相手を憎んでもおかしくない。否、憎んでいた。
春に、ある儀式が行われるまでは。
「ちょっと由乃! 遅いじゃない!」
ブラウンを基調としたセミロングヘアを毛先に行くにつれてグレーに染めているという特徴的な髪をした少女。
背は一般的な女性と比べて少々低いものの、出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる、所謂メリハリがついている体。しかし幼く見える顔つきのせいでトランジスタグラマーに見えなくもない。
その目元は自信と強気に溢れており、口調にもそれは反映されていた。
そんな彼女は薄手なライトブルーのブラウスと白のロングプリーツスカートという、透明感のある清楚な雰囲気の装いをしている。
「いえ境さん。私は時間通りです」
黒のミディアムヘアをハーフアップにした少女。
背は一般的な女性と比べて少々高い。しかしその胸は少々控えめで、見方によっては少年にも見えるものの、その美しい髪と豊満な臀部のせいで見間違える事など起こりようが無い。
その目元は穏やかさと優しさに溢れていて、口調もそのような雰囲気を醸し出しているが実は皮肉屋である。
そんな彼女は白いタックデザインのトップスとベージュのクロップドパンツという、メリハリの効いた華やかな装いをしている。
六十年に一度行われる両家共同の大儀式。
それを執り行う役目に大抜擢されたのが境と由乃であった。
無論二人はいがみ合った。幼少時から相手の家の悪口を聞いて育ったが故に。
だが、儀式を通じて強制的に仲良くならざるを得ず、お役目が終わる頃には二人の間にあったわだかまりなど消えてしまっていた。
……因みに儀式内容は、ハグだのキスだの相互愛撫だの貝合わせだの、まぁ、なんというか、意味が分からないが、エロい事を散々求められた。そりゃ色んな意味で仲良くなってもおかしくないのである。
「はぁ? 私ずっと待ってたんだけど?」
「十時でしたよね? 時計の見方分かります?」
「待ち合わせには余裕を持ってくるもんでしょうが」
「ああ成程。今日の事が楽しみ過ぎて早く来てしまったと」
……仲良くなったのである。
「そうよ。楽しみだから早く来たのに、由乃来ないんだもん」
「……だからその急に素直になるのやめましょうよ」
因みに時刻は午前十時きっかり。由乃に落ち度は無い。
だが境は三十分も前からこの場で待っていた。
「……まぁ、待たせてしまったのはすみません」
「……分かればいいのよ」
「という訳で置いていきますよ境さん」
「って先行くんじゃないわよ由乃!」
あれから数ヶ月。
蝉の鳴き声を背に、二人はゲームセンターの中へと入っていった。
「わ、わ。結構うるさいのね」
「そうですか? 今は空いてるので静かな方ですよ」
仲良くなってしまった二人だが、あの儀式の後からちょくちょく一緒に出かけるようになっていた。洋菓子店巡りとか。
そんな折、境がゲームセンターに行ってみたいと言い出したのである。
「それに結構明るい……」
「今のゲーセンなんて何処もこんなもんです」
境の中でゲームセンターとは不良の溜まり場、煙たくて薄暗い場所、のような認識らしく、一人で来るのは尻込みしていたらしい。いつの時代の人間か。
故に、ゲーセンに通い慣れているという由乃が連れてくる事になったのであった。
「ところで何かやってみたいゲームでもあるんですか? メダルゲームとか」
由乃はそう言って筐体ゲームがあるスペースとは逆の方を指差す。
「……なんかおじいちゃんおばあちゃん多いんだけど」
「そういうもんです。家族連れもよくやってますよ」
開店して間も無いというのに、そこには大量のメダルを抱えながらゲームに興じる高齢者達の姿があった。そういうもんなのである。
「あのね、音ゲーってのやってみたいのよ」
「あぁ……ではこちらですね」
音ゲー。音楽ゲームやリズムゲームと呼ばれるジャンル。音楽に合わせてボタンを押す等のアクションをとるゲームの通称である。
ならば、と一際音が大きいスペースへと境を案内した。
「……え、これ全部音ゲーなの?」
「はい、これ全部音ゲーです」
だがそこには十種類近い幾多の筐体が鎮座していた。
最近スマホで音ゲーというジャンルに興味を抱いた境であったが、想定していたものと違うものばかりで少し飲まれてしまっている。
「え、っと……なんかオススメとかある?」
「コレ以外です」
「即答⁉」
そう言って由乃が指差したのは一際大きい筐体。幾つかの鍵盤と円盤のようなものが付いている代物だった。
「コレ以外なら大体イケる筈です」
「え、なに、それ難しいの?」
「判定がけっこう厳しいんですよ」
「はんてい?」
「UIも親切とは言い難いですし」
「ゆー、なんて?」
「ハイスピ調整が素人には難しいんですよね」
「なんて?」
「……まぁ、オススメしません」
「……もしかしてアレ? 由乃って結構オタクなの?」
由乃は若干赤面しながら顔を背けた。
「い、いいからほら! 折角来たんですから、コレからやりますよ!」
「あ、ちょ、由乃! 引っ張らないでってば!」
とまぁ最初は一悶着あったものの、
「あ! このゲーム見たことある! やる!」
幾つかゲームをプレイする内に境のテンションは上がっていった。
「なにこれ目が追いつかないんだけど!」
「慣れです慣れ」
洗濯機のような見た目のゲームに挑戦してみたり。
「指が摩擦で熱いんだけど!」
「だから軍手した方が良いって……」
スマホゲームに似たような仕様のゲームをやってみたものの指が死にそうになったり。
「え、なにそれ、キモい」
「いやあの、えぇ、そう見えますよね……」
由乃のプレイを見せてもらって素直にドン引いたり。
「ドラム! ギター! ……なにこれムズい!」
「指とか手が混乱しますよね」
独特のコントローラーを有する筐体に挑戦してみたり。
「あっは! このゲーム一番好きかも!」
そう言ったのは所謂ダンスゲームの始祖と呼ばれるような筐体であった。
「ね! ね! もうちょっとしていい?」
「どうぞどうぞ気の済むまで」
ハイテンションの境に対し苦笑気味で返事をする由乃であったが、
「由乃も一緒にやるのよ!」
そう言われて顔を若干顰めた。
「えぇぇ汗かくのヤなんですけど」
「あーそうねー由乃は軟弱者だもんねーぷーくすくす」
「はあ? 分からせてやりますよ初心者風情が!」
そしてキレた。音ゲーマーは煽りに弱いのである。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……」
そして二人は汗だくになっていた。本気過ぎる。
「満足、しました、か……?」
「音ゲー、楽しいけど、疲れる、わね……」
音ゲーマーはゲーセンで汗をかくものなのである。
だが山育ちな事もあり、境より若干スタミナに優れている由乃の方が復帰は早く……それ故に、周囲の視線に気付く事が出来た。
遠巻きに、男共が、二人を見ている。
女性音ゲーマー、しかも二人組が珍しいのかと、そう思う由乃であったが、その視線がどちらかというと境に注がれているのに気付く。
「……?…………⁉」
即ち、境の豊満な胸部へ、その視線は集中していた。
そう。このダンスゲーム、体を動かすのである。上下左右に動かすのである。そりゃ揺れるのである。そりゃ見てもおかしくないのである。
しかも、汗をかいて、若干ブラウスが透けて、その下にあるものが、浮き出てきているのである。そりゃ見るのである。
「っ!」
だから由乃は男共の視線から庇うように境の前に回り、絶対零度の視線を叩き付けた。
「……由乃? どしたの」
「いいえ何でもありません。虫がいたもので」
「……?」
憐れな虫達はそそくさと散っていった。
「……境さんの家って、そこそこ距離あるんでしたよね?」
「え、急に何。え、うち来るの? やめといた方が良いと思うけど」
最初にも触れたが、栂峰と雁戸は互いにいがみ合っている。いくら境と由乃が仲良くしてようがそれは変わる事が無い。
それ故、何の用事か知らないものの栂峰家には来ない方が良いと、見当違いの返事をする境であったのだが、
「……上着、透けてます」
「……? …………っ⁉」
自分に起きている異常事態に気付いて一気に赤面した。ちなみに由乃は中にインナーを着ているため、中のモノまでは透けてはいない。
「着替え、なんて無いですよね……」
「あ、あるわけないでしょ⁉」
自身の体を腕で隠す境であったが、その豊満な肉体を隠す事は出来なかった。寧ろ強調しているようにすら見える。
「というか何で下着の上に直で着てるんですか……」
「あ、暑いからしょうがないじゃない!」
因みに今は七月下旬。暑いのである。そりゃ薄着でも仕方ないのである。眼福なのである。
「……仕方ない。うちに行きましょう」
「え゛、雁戸の家に⁉」
「いや私の……あぁ、最近一人暮らし始めたんですよ」
「なにそれ⁉」
初耳の情報に目を丸くする境。そんな面白そうな情報を隠しているんじゃない、と言おうとしたのだが、
「バイクで送り迎えしますから」
「!?!?!?」
更なる新しい情報に混乱した。
バイク。原動機を搭載した二輪車である。境が本日ここまで漕いできた自転車とは格が違う代物である。
「ほら、行きますよ境さん」
「え、あ、うん……うん?」
そうして、由乃から手を引かれてゲームセンターを後にする事になったのだった。
「こ、コレ由乃のバイクなの?」
「えぇ。私のです」
「マジで⁉」
そして駐車場。白を基調としたバイクがそこにあった。
「な、何でバイクなんか持ってんのよ⁉」
「山から高校に通うのに必須なんですよ……」
「あぁ……」
土地開発が進んだ栂峰家とは違い、雁戸家は山の中にある。
中学まではなんとかなったのだが高校となると通学事情がすこぶる悪く、それ故に由乃は十六歳になってすぐ普通二輪免許を取得したのであった。因みに高校から許可は得ている。
「はい、ヘルメットどうぞ」
「あ、うん……何でヘルメット二つあんの?」
「……予備です予備」
「へーそういうもんなんだ」
由乃は目線を逸らした。
別に
「……バイクとか初めて」
「じゃ、後ろ乗ってください」
因みに由乃が免許を取得してからちょうど一年経過しているので、二人乗りは法令上問題無い。
だから
「お、お邪魔しまーす」
「私の腰に捕まる感じでお願いします」
「こ、こう?」
「……っ⁉」
その瞬間、由乃の背中に異様なほど柔らかい何かが押し付けられた。
由乃としては腰を掴むようなイメージであったのだが、境はお腹まで手を回し、ぎゅっと抱きつくような姿勢を取ったのだった。
そりゃ、まぁ、そうなるのである。
「……由乃?」
「い、いや何でもないです。じゃあ、その、行きますね。しっかり、えぇ、しっかり捕まっててくださいよ」
「あ、うん。あわ、あわわわわわわわわ⁉」
そうして、共に色々あわあわしつつ出発したのであった。
□□□□□□
「へー。ここが由乃の部屋」
「狭いところですが、どうぞ」
「あ、お邪魔します」
二人が辿り着いたのは市内にある何の変哲も無いアパート。
「……雁戸の事だからもっと凄いとこ住んでるのかと思った」
「うちにどういう印象持ってんですか……」
「……田舎モンの見栄っ張り?」
「ぶっ飛ばしますよ都会かぶれの成金」
由乃の部屋は1DKの間取りで、お世辞にも広い部屋とは言い難かった。
「一人暮らしの許可を貰うのにだいぶ苦労しまして……色々あったんですがまぁ、比較的安いこの部屋ならば、という事になったんですよ」
「はー。え、でも一人暮らしとか羨ましい」
「実際してみて分かりましたが、けっこう大変ですよ」
つい最近まで境と同じように一人暮らしに憧れていた由乃であったが、家事や炊事等を全て自分でやらなければならない大変さを思い知ってしまったらしい。
「これもあれな感じ? 通学大変だから?」
「えぇまぁ、そう……ですね」
雁戸家から由乃の通う高校までは安全運転でだいたい一時間弱。そりゃ近いところで一人暮らしもしたくなるのである。
別に
「さ、何か服貸しますからそれ洗ってしまいましょう」
「うん……え、何で?」
「いや汗かいたでしょう……」
「あ、あぁそうだったわね」
由乃のバイクやら一人暮らしやらの情報に面食らって忘れていたが、そもそもはブラ透けしていた事が発端だった事を思い出す。
「え、でも乾いたから良いわよ別に」
「いや臭いので洗濯しましょう」
「言い方! ……でもそうね。ありがと」
「……だからそういう、あぁもう」
なんとも、相手を小馬鹿にするような皮肉屋の由乃であったが、素直な境に逆に振り回され気味で頭を抱える。
「……ついでにシャワー浴びます?」
「え、良いの?」
「汗で気持ち悪いでしょう? 構いませんよ。その間に洗濯しておきますから」
「……じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
着替えを用意すると言って由乃は部屋の中へと消えていった。
一人残された境は、汗で少々……少々なのである……匂う上着とスカートを脱ぎ、近くにあった洗濯カゴの中へ入れた。
現れたのは下着に包まれた肉体。ブラのホックを外した瞬間、豊満な胸部がふるんと揺れ、パンツを脱ぐと淡い茂みが現れた。
「……人の家で裸になるのって、何か変な気分ね」
「何か言いましたかー?」
「なっ、何でもないわよ! 覗くんじゃないわよ由乃っ!」
「覗きませんよ……」
そう言って、境は浴室へと入っていった。
その一方、由乃は困っていた。
境の着替えを用意しようとしたものの、体型が著しく合わないと気付いてしまったのである。主に胸部周りが。
「……ワガママボディめ」
テキトーな衣服では色々はち切れてしまうのだ。
仕方なく高校で使っているジャージを貸す事を決め、バスタオルを片手に浴室の方へ向かう。
「着替えとバスタオル、置いときますから」
「悪いわね、あんがとー」
「……もう」
仲良くなってからというもの、素直一辺倒な境に溜息を吐く由乃。元々いがみ合っていた分、なんとも扱い辛いらしい。
そうして、境と自分の服を洗ってしまおうと洗濯カゴを見やる由乃であったのだが、
「な、なんですかこの下着……!」
そこには黒のレースで彩られた、なんとまぁ大人な雰囲気の下着があった。
しかも下の方は紐だった。
そして何より、デカかった。
「…………っ」
思わず自身の胸に当ててみて、その差に愕然とする。何だコレは、と。足元見えないんじゃないか、と。というか攻め過ぎじゃないかこの下着、と。
暫く硬直していた由乃であったが、本来の目的を思い出して頭をブンブンと振り、洗濯機に放り込んだ。
そうして、どことなく悶々としながらその場を後にした。
「あがったわよー。あんがとね」
「え、えぇ……」
暫く経った後、シャワーを終えた境が部屋の中へと入って来た。
「……由乃の部屋って感じね」
「どういう感じなんですか」
「んー、質実剛健?」
境の言う通り、由乃の部屋は機能美に溢れた部屋であった。可愛いもの等はほとんど無く、壁を占める本棚が目を引く。
「……呪術書に魔術書は良いんだけどさ」
「なんですか」
「……その隣に少女漫画が置いてあんのってどうなの」
「べ、別に良いじゃないですかっ」
が、その中身はなんともアンバランスなものだった。
「ね。コレ読んでいい?」
「呪術書以外なら良いですよ」
「いやそれ読んだらマズいでしょ……」
なにせ敵方の呪術書である。
無いとは思うが、もし中に秘伝のようなモノがあった場合、術を盗んだような扱いになってしまう。本人同士の仲が良かろうと、家同士がいがみ合っている現状でそれは何かと不味かった。
「じゃあ私もシャワー浴びてきますから」
「はいはーい」
そうして、着替えを片手に由乃は浴室へ向かい、服を洗濯機に入れた。
現れたのは白い下着に包まれた肉体。ブラのホックを外しても揺れるものは無いが、均整の取れた美しい肢体が現れる。
パンツを脱ぐと綺麗に整えられた茂みが現れた、のだが、そのパンツはなんとTバックであった。しかし何だこの下着はとツッコむ者は居ない。割と人の事を言えない攻めた下着であった。
「…………」
浴室内で由乃はふと思う。
先にシャワー浴びてこいよ、なんて、いかにもな感じではないか、と。
境とは大儀式において確かに身体を重ねた仲ではあるが、今日に至るまでにそういった事は無かった。
無かったのだが、正に今、そういう雰囲気になっているのではないのか、と。
「~~~~っ!」
由乃は赤面して、ぶんぶんと頭を振った。
違うのだと。コレは汗をかいてしまったからだと。それだけなのだと。深い意味など無いに決まっているのだと。
現に先程も境はいつも通りの姿を……由乃のジャージ姿であったが……彼シャツ状態……最近素直……笑うと可愛い……いや違う、違うのだ、違うったら違うのだ。
「…………」
浴室で由乃が悶えている一方、境はふと思う。
先にシャワー浴びてこいよ、なんて、いかにもな感じではないか、と。
由乃とは大儀式において確かに身体を重ねた仲ではあるが、今日に至るまでにそういった事は無かった。
無かったのだが、正に今、由乃の部屋にいる時点で、そういう雰囲気になっているのではないのか、と。
「~~~~っ!」
境は赤面して、ぶんぶんと頭を振った。
違うのだと。コレは汗をかいてしまったからだと。それだけなのだと。深い意味など無いに決まっているのだと。
現に先程も由乃はいつも通りの姿をしていた。いつも通り優しそうな瞳で辛辣な……最近辛辣な言葉を言われていない……寧ろ優しい……由乃の匂い……二人っきり……いや違う、違うのだ、違うったら違うのだ。
『今日、もしかして、スるの……?』
奇しくも、そう思ったのは同時だった。
「……お、おかえりー」
「……え、えぇ」
由乃がスウェットに着替えて部屋に戻ると、由乃は宣言通りに漫画を読んでいた。
「……服とか、今洗濯してますから」
「……う、うん。ありがと」
境は漫画から視線を外さず、由乃は視線を彷徨わせていた。
「……麦茶、飲みます?」
「……いただきます」
この部屋に来る前までの雰囲気など、どこかへ吹き飛んでしまっていた。
「……どうぞ」
「……ありがと」
コトリ、という音がやけに大きく響いた。
「…………」
「…………」
そして、静寂が訪れた。
「…………」
「…………」
『気まずい』
だから、境は漫画に没頭し、由乃もなんとなく漫画を読み始めた。
「…………」
「…………」
ぺら、ぺら、という紙を捲る音だけが、部屋の中に響く。
「…………」
「…………」
外からは、車が走っていく音が小さく聞こえる。
「…………」
「…………」
エアコンの音が、やたら大きく聞こえる。
「……あ」
「な、なんですか⁉」
そんな静寂が支配していた部屋の中、急に境が声をあげた。
「由乃さ、背中合わせで本読むのが憧れとか言ってなかったっけ」
「……よく覚えてますね」
儀式の際に互いに描いたイチャイチャシチュエーション。由乃のそれが、正にそれであった。
「一回してみる?」
「き、境さんと⁉」
「い、いや試しによ!」
単に思い出したから言っただけなのに、由乃から思いの外大きなリアクションが返ってきて、境も釣られてどもってしまう。
「ほ、ほら、二人とも本読んでるような状況だし?」
「あ、あーまぁ、確かに?」
「だから、その、再現できるなー、的な?」
そう言ってる間も、互いに視線は彷徨っている。故に顔がやけに赤い事にお互い気付いていない。
「じゃ、じゃあ、やってみますか」
そういう事になった。
ぺら、ぺら、と紙を捲る音だけが鳴る。
背中から感じる体重が、丁度良い。
背中から感じる熱が、心地良い。
最初は共に恥ずかしがりながらではあったものの、数ページ進む頃には案外この状態が快適だという事に気付き、今では互いの目の前の世界に没頭していた。
時折、身動ぎする事さえ、妙な刺激となって逆に心地良い。
時折、相方が麦茶を口にすると、自分も喉が渇いている事に気付いて丁度良い。
いがみ合っていた事など、一切無かったかのような時間だった。
「……あれ、由乃。これの続きは?」
「……え? あぁ、まだ発売してません。……あ、洗濯終わってますね。干しましょうか」
「いや、それくらいやるわよ」
「あぁでは、ハンガーとかはそこにありますから適当に」
そうして境が立ち上がると、由乃は背中の熱が消えた事に対し、少しだけ寂しさを覚えた。
「…………由乃、なんてパンツ履いてんの」
「っ⁉ 境さんから言われたくないですよ!」
が、寂しさなんてすぐに吹っ飛んだ。
「え、だってこれ、その、お尻丸見えじゃん」
「パンツが浮き出るのが嫌なんですよ! 境さんのなんて紐じゃないですか!」
「かっ、可愛いから良いでしょ⁉」
「可愛いじゃなくてエロいですよ!」
「エロっ⁉ それにしても気合入れ過ぎよ!」
「境さんだって勝負下着みたいなもんじゃないですか!」
「ぐぬぬぬぬ」
「ぐぬぬぬぬ」
どっちもどっちなのである。
「ふ、ふん! 乾くまで次はこの漫画読んでやるんだから!」
「えぇどうぞ。何ならネタバレしてあげましょうか?」
「したらぶっ殺すわよ⁉ いいから背中貸しなさい!」
そう言って、境は由乃とまた背中合わせになった。
「……っ⁉」
「……っ⁉」
境は自然と戻って行った事に、由乃は自然と戻って来た事に、驚愕していた。
が、それをおくびにも出さず……若干動転しながら……また漫画の世界へ没頭していった。
「…………」
「…………」
再び、ぺら、ぺら、と紙を捲る音だけが鳴る。
背中から感じる体重が、丁度良い。
背中から感じる熱が、心地良い。
捲るタイミングがシンクロすると、妙に嬉しい。
捲るタイミングがズレると、妙に楽しい。
境は思う。なるほど、こういう時間も悪くない、と。
由乃は思う。やはり、こういう時間は悪くない、と。
ぺら、ぺら、と紙を捲る音だけが鳴る。
そして、境がちょうど読み終わった時、ふと思い出してしまった。
「……振り返ってキスすんだっけ?」
「……今いいとこなので、後でですね」
「!?!?!?」
「!?!?!?」
何を聞いているのか、と。
今自分は何と言ったのか、と。
「……っ」
「……っ」
境も由乃も、動揺を必死に隠した。
だが、背中から伝わる温度が熱い気がする。心拍数が上がっている気がする。
部屋には二人きり。
相手とはあんな事をした仲。
由乃の憧れたシチュエーション。
そして。
「……っ」
「……っ!」
パタン、と由乃が読み終えた。
もう紙を捲る音は聞こえない。
蝉の声が聞こえる。
エアコンの音が響く。
車の走る音が遠くに聞こえる。
境の左手が、由乃の右手が触れ合う。
境は左に、由乃は右に、首を回す。
見えたのは真っ赤に染まった横顔。
そして、
「……いやこれ首だけって無理じゃない?」
「……体ごと回さないと無理ですね」
現実を知った。
「そううまくいかないものね」
「何事もやってみるものですね」
背中合わせの状態から抜け出し、向かい合ってクスクスと笑い合う。
けれど手は触れ合ったままで、
「……し、します?」
「……な、なにを?」
だんだんと、顔が近付いて、
「……その、あれですよあれ」
「……ちゃんと言ってくれないと分からないわねー」
「なっ⁉」
もう触れ合う直前だと言うのに、境が梯子を外した。
「由乃ちゃんはー何をしたいのかなー?」
「こっ、この状態でそういう事言います⁉」
繰り返し言うが、何かと触れ合う直前である。
「あたしは別にしなくてもー」
「へぇ? 何をしなくても良いんですか?」
そして隙を見せた瞬間、由乃は揚げ足を取る。何度も言うが至近距離である。
「何の事か分からないわねー」
「えぇこちらも分からないですねー」
だが、その目は真っ直ぐに相手を捉えていて、逸らされない。
「由乃は何をしたいのかなぁ?」
「…………」
「……ちょっと、急に黙らないでよ」
いがみ合ったまま、こんな状態で見つめ合い続けたら、いつぞやのように、ベロチューが自動的に始まってしまう。
というのを
「…………うか」
「え、なに」
「キス、しましょうか」
由乃の一言によって、いつぞやとは違う流れになった。
「……もうちょっと引き伸ばしなさいよ」
「いや、なんかもう、いいかなって」
「出た、由乃の何もかも面倒くさいモード」
「そっちこそ、素直モードはどうしたんですか?」
「はー? あたしはいつも素直だし」
「……確かに最近はあざと素直ですね」
「あ、あざとくないしっ」
「そういう所です。可愛いですよ」
「……由乃だって可愛いわよ」
「ですからキャラじゃないんですってば」
「……可愛いと、思うんだけどなぁ」
「……どのあたりがです?」
「すぐ赤くなるとこ?」
「……いや人の事言えます?」
「……真っ赤?」
「……真っ赤です」
「お揃いね」
「お揃いですね」
そうして、互いの距離がゼロになった。