※この作品はR-18です。

Aldebaran・Daughter   作:上の森シハ

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キララの森に住まう娘

 

 

 

 細かく砕けた珊瑚の死骸が混ざっている、白い砂浜が見えてきた。舟の動きは緩やかなものへと変わり、竜が大きな口を開けたような四角い無人の入り江に到着する。

 

 オリキスは、島の象徴である水鳥たちに目を遣った。

 此処に居るだけでも二十羽はくだらない数。廻ってきた国々でもそれなりに見たが、これほどの数を視界に収めたのは今日が初めてだ。

 

 灰色の尾羽を除き、皮膚を覆う羽は微かにくすみがかった白色。短い足は赤錆色。尖った小さな嘴は黄色い。

 水鳥たちの様子は大陸に住まう鳥とあまり大差無く、

 ある者は岩の上で毛繕いし、

 ある者は咥えた小魚を丸呑み。

 各々、自由気ままに過ごしている。

 

 組んだばかりの真新しい木材で造った桟橋の上に、オリキスとバルーガは降りた。

 二人は先へ進もうとしたが、一羽の水鳥が通せんぼするかのように橋のド真ん中に佇んでいるのを見て立ち止まる。尾羽の色は、ほかの鳥たちと同じ。羽は薄い水色で、嘴と足は黒い。

 

「おんや、ヌシ様じゃねぇか」

 

 二人が立ち止まっているのを不思議がってどうしたのか様子を見に来た案内役の男は何を見たのか知って、嬉々としてそう言った。

 バルーガは初めて耳にする言葉に、妙な引っかかりを覚える。

 

「ヌシ様?」

 

「おうよ。ヌシ様はバーカーウェンに一羽しか居らん水色の鳥だ」

 

 後付けだろうと思ったバルーガは呆れる。

 

「オレが住んでたときは居るなんて話、ひとっつも聞かなかったぞ?」

 

「ははは、知らなくて当然!五年前に現れたんだ」

 

「んなこと言って、同一種じゃねぇのかよ」

 

「罰当たりめが。おまえさんには何を言っても無駄だな」

 

 信仰の有無の違いから火花を散らす二人をよそに、水鳥はオリキスの静かな目を見つめたあと翼を広げ、背後にそびえる森の向こう側……、島の中央へ飛び去る。

 

 

 案内役の男は腰に提げている古びた巾着から一枚の封筒を取り出し、バルーガに見せた。

 

「ところで坊主。帰ってきたついでに、これをエリカちゃんに届けてくれ」

 

 バルーガは封筒を受け取り、裏面を見る。

 

「名前が無いな。差出人は島を去ったヒースか?奇特な奴が居たもんだぜ」

 

「儂も詳しくは知らんのだ。家は、」

 

「覚えてる。赤い果実の樹が、家の横に植わっている所の、だろ?」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

 二人の青年は、道を塞ぐ者が居なくなった桟橋を渡り、小石が混ざっている砂地に降りた。やわらかさに足を取られそうになる。

 二十歩ほど歩いた先の森へ入ると地面は安定し、次第に海水の塩気は薄まって、代わりに花の甘い香りがするようになった。

 

「オリキス。あんた、暑くないのか?」

 

「渡航前に言った通り、特殊な素材で作った服だからね。問題ない」

 

「用意周到な奴だぜ」

 

 バルーガは渡航前、着ていた服をイ国の港で売り、薄手の服を新たに購入して靴はサンダルに変えた。バーカーウェンの出身である彼は、地元がどんな気候かを知っている。

 良かれと思い、やや厚めの長袖を着ているオリキスにこれから訪れる島は熱帯地方だと伝えたが、耳を貸してくれなかった。衣服の調達は島でも可能とは言え、早めに薄い布地の服に着替えたほうがいいぞと念を押したところ、

 

「シュノーブで購入した、特殊な魔法の糸で紡いだ生地だよ?平気だ」

 

 と、素っ気なく返された。

 

(ずっと涼しい顔をしていやがる)

 

 口先だけの虚勢と思い、放っておいたバルーガは、へばりそうもない姿に「ちっ」と舌打ちをした。自分のほうが暑さに参りそうになっている。

 

「どちらへ進めばいい?」

 

「こっちだ」

 

 道は三本、立札も三本。バルーガは『キララの森』と書かれた札を見て右の道を選ぶ。

 オリキスは不思議がった。キララとは雲母のこと。それらしき鉱物の存在は見当たらない。暫く歩いてみたが、ひたすら森だ。

 

「なぜ、キララの森と呼ばれている?」

 

「花さ」

 

 バルーガは道から二歩外れて黒い花の茎を手折り、戻ってオリキスに見せた。

 

「普通の花では?」

 

「驚くなよ」

 

 バルーガは自慢げに笑い、指先に力を込めて、一見柔らかそうな花弁をパキッと折る。

 なかは鉱物だった。汁が垂れると、地面の上で固まる。

 

「へへっ。珍しい物好きが住んでいるロアナに売れば、高い金額で取引できるぜ」

 

「一輪で事足りる相手ではないぞ」

 

「交易に詳しいのか?」

 

「表面上はね」

 

「魔法騎士っつう職業は、商業の勉強もするんかよ。すげーな」

 

「オレは付いて行けそうにないぜ」と、バルーガはお手上げ。木の枝が生えている部分に花を置き、再び歩き出す。

 オリキスは周りを、す、す、と見渡してから後ろを付いて行った。

 

 

 

*

 

 

 

「あれだ」

 

 森のなかに建っている、こじんまりした家を発見。三角錐の形をした灰色の屋根と、白い煉瓦の壁が特徴の一軒家。横には、目印になってる真っ赤な果実、アップリコが生っている一本の果樹。

 バルーガは家に近付き、玄関のドアを二回叩く。

 

「おーい。ちんちくりーん」

 

 返事はない。

 

「ちんちくりん、居るんだろっ?」

 

「昔の呼び方はやめて」

 

「痛ッて!」

 

 後方から苛立ちが篭もった若い娘の声が聴こえたと同時に、どんぐりの実がコツン!とバルーガの頭上に落ちて跳ねる。

 二人の騎士は、来た道へと振り向いた。

 

「ッ……!エリカ、おまえ尾行してたんかよ」

 

 フード付きの茶色い革ジャケットを着た、二十歳の女の子が立っていた。

 オレンジ色の髪に、宝石のような紫色の瞳。

 適度に焦げた小麦色の肌。

 ジャケットの下には太腿の位置まで丈がある、赤紫色のシャツ。

 腰には幅広のベルト。

 ズボンの裾を入れた、紐付きのショートブーツ。

 

「帽子のお兄さんは勘付いてたよ。バルーンてば、地元だから気を抜いたのね」

 

「風船じゃねーよ。こちとら長旅で疲れてるんだぜ?あの海域を越えるのに、どんだけ神経使ったと思ってんだよ」

 

「あのときみたいな事件、起きなくて良かったじゃない」

 

 オリキスは二人の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

 

 ー-"事件"?

 

 

 過去の恐怖体験を掘り起こされたバルーガは上半身をぶるぶる震わせ、自分の身を防御するみたいに腕組みをした。

 エリカの関心はオリキスに移る。

 

「あなたはバルーンのお友だち?」

 

 話題が逸れてはっとしたバルーガは腕組みをやめて手のひらを上に翻し、先ほどから黙って突っ立っているオリキスを指した。

 

「シュノーブの王族に仕えている魔法騎士のオリキス。長期休暇を、このつまんねぇ島の観光に費やすんだとさ」

 

 エリカは初対面の相手に人懐っこい笑顔を向けて右手を差し出し、歓迎の意を表す。

 

「初めまして、バルーンの幼馴染みをしているエリカです。どうぞ、よろしくお願いします」

 

「よろしく」

 

 握手を求められたオリキスは純粋そうな彼女を見て、裏は無さそうだと判断。真顔で応えた。

 手のひらから温もりが離れたあと、エリカは拳を二つ作って意気込む。

 

「観光なら任せてくださいっ。私、バーカーウェンでジャーナリストをしてるんです。わからないことがあったら、遠慮なく言ってくださいね」

 

 バルーガは「へっ」と、小馬鹿にした笑いを浮かべて水を差す。

 

「ジャーナリストだぁ?隔離されてる島に必要あんのかよ」

 

「島を捨てたバルーンに言われる筋合いはないと思うけど?」

 

「へーへー、悪かったな。じゃ、オレは先に実家へ挨拶してくっから、オリキス頼むわ」

 

 機嫌を損ねたエリカに申し訳なさを感じることなくバルーガは聞き流し、この場を一旦去ろうとしたが、行きかけて足を止める。

 

「おっと。舟を操縦していたおっちゃんから、手紙を預かってるぜ」

 

「!待ってましたっ」

 

 エリカは喜びに富んだ感情を露わにして機嫌を直し、両手で封筒を受け取る。

 あらかじめ届くことをわかっていた様子に、バルーガもオリキスも目をぱちくりと瞬きさせた。

 

「兄貴分のヒースか?」

 

「ううん、お父さんとお母さん。一年に一度、必ず送ってくれるの」

 

「うちとは大違いだな。爪の垢を煎じて、オレの家族にも飲ませたいぜ」

 

 島を旅立つときに手紙を一通手渡しただけの家族の無神経さに、がっくり項垂れそうになる。

 

「有難う、バルーン」

 

 幸せを噛み締める様子にバルーガは良いことをしたと満足げに笑い、元来た道を辿って実家へ向かう。

 エリカは途中まで後ろ姿を見送った。そして、いま直ぐ封を開けるか否か、オリキスの顔と封筒を交互に見てそわそわする。

 

「僕のことはお構いなく」

 

「!!す、すみませんっ、お言葉に甘えます!」

 

 エリカは指で封筒の端を持ち、中身を傷付けないようにビリビリ破って便箋を取り出すと、美しい字が並んだ文面に急いで目を通す。

 

「君と親御さんは、一緒に暮らしていないのか?」

 

「はい。両親は島の外で旅をしながら仕事をしています」

 

「何の仕事を?」

 

「ジャーナリストです。父の名はギーヴル、母の名はテレース。あっ、ひょっとしてご存知ですか?」

 

 質問するも期待外れに終わることを見越したエリカは「そんなわけないですよね」と付け足し、眉尻を下げて謝った。

 オリキスは彼女の目を見て三秒間黙り、口を開く。

 

「知ってる」

 

「!、両親に会ったことはっ?」

 

 距離を近づけたエリカの瞳は期待で輝く。

 

「身近な者が会ったと言っていた」

 

「いつ、何処で?」

 

「数年前だ」

 

「元気にしてましたか?」

 

「あぁ」

 

 初めて聞けた両親の安否。エリカは目尻に涙の粒を浮かべ、指の側面で拭う。

 

「島の外から来た人に尋ねても、知ってる人、誰も居なくて」

 

「…………君には特別に話すが、僕は最愛の弟と婚約者を助ける方法が記された資料を拝見すべく此処へ来た。親御さんから呪いに関する話を聞いているなら、余すことなく教えて欲しい」

 

 突然明かされたオリキスの目的と要求に、エリカは戸惑う。

 

「ごめんなさい。私は両親から、みんなが助かる情報を調べて広めるお仕事をしているとしか聞いてません」

 

「手紙には?」

 

「『変わりはないか?私たちは元気にしてる』、それだけです。毎年手紙を預かる船乗りの人に尋ねても、手紙を持って来る人は毎回違う人で、私が書いた手紙を渡すときは配達屋が決まって取りに来るって言うんです」

 

 エリカは封筒と便箋を差し出す。オリキスは受け取り、じっくり観察した。

 紙とインクは高官がやり取りで使う上質の物。

 便箋の下部には二本足の翼竜(ワイバーン)を二体並べた捺印。本人たちである証明だ。

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