フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き- 作:宇多川志木
01 腐敗の果て
高級タワーマンションのリビング。かつてはピアニストのお淑やかな居住地だったその空間は、今やゴミと悪臭が支配する獣の巣と化していた。
床には脱ぎ捨てられた衣服、コンビニの弁当ガラ、そしてペットボトルが散乱している。
カーテンは閉ざされ、部屋の中は一日中薄暗い。
その中央にあるソファーに、
髪は脂でべたつき、ボサボサだ。肌はくすみ、文字通り獣のような体臭が漂う。
胸は垂れ下がり、脇と股間の黒々とした剛毛が、整えてきた美貌を完全に侵食している。
瑠衣はスマホのインカメラを起動し、ライブチャットを始めていた。
映し出されているのは、落ちぶれた「元ピアニスト」の成れの果て。
彼女の視線は、充電ケーブルに繋がれたままのスマートフォンに釘付けだった。
『まだ生きてたのか、このウンチ女』
『ピアニスト辞めて野糞専門デリヘルでもやれば?』
『顔見るだけで吐き気するわ』
コメント欄は、彼女を罵る言葉で溢れかえっていた。
「……あは。今日も元気ね、みんな」
瑠衣は、乾いた唇を歪めて笑った。
身バレ。炎上。社会的抹殺。親族からの絶縁宣告。
常人なら発狂するであろう状況下で、彼女は逞しく暮らしていた。
目の下には隈ができ、頬はこけ、焦点の定まらない瞳が虚空を見つめている。
だが、その表情は奇妙なほど穏やかで、恍惚としていた。
「見てるんでしょう? 私が、どこまで『
彼女は、視聴者に向かって語りかけた。
そして、ソファーの上で四つん這いになった。
かつてステージで着ていたミッドナイトブルーのドレスが、雑巾のように床に落ちている。
「――――今日も、見せてあげる。私の『
彼女はカメラの前で腰を突き出した。
ジャングルのように体毛に覆われた恥部から、汚れた尻の穴がゆっくりと顔を出した。
そして、躊躇なく排泄を始めた。
ブチュ、ボトボト……。
ソファーの高級レザーが、糞便で汚れていく。上質なレザーは、彼女の汚物を吸い込むことを拒絶し、臀部の下でぬらぬらと広がる汚泥の海となった。
荒廃した部屋から漂うドブのような空気に、さらにアンモニアの激臭が入り混じる。常人には耐えられないほどの悪臭だが、彼女はそれを楽しむかのように深く吸い込んだ。
「んっ、ふぅ……ッ! 出る……私のムジカが、全部出る……ッ!」
涎を垂らし、白目を剥いて痙攣する瑠衣。
そこに人間としての尊厳など存在しない。
カメラの向こうにいるのは、もはや女としての魅力があるかどうかも怪しい、汚物にまみれた淫獣の姿。
興味本位の視聴者たちがざわめき出す。
『うわ、マジでやってる』
『完全に壊れてるわこいつ』
『通報しろよ誰か』
軽蔑の嵐。嘲笑の洪水。
それら全てが、彼女の乾いた心に染み渡る水となり、栄養となる。
(もっと。もっと私を否定して。もっと私を踏み躙って……)
……だが、その混沌としたタイムラインの中には、異質なコメントも散見される。
『堕天使の降臨だ』
『もはや美しいとすら思える』
『瑠衣様!今日もお恵みありがとうございます!』
全てを曝け出し、社会の最底辺で、自らの汚物にまみれながらも生を肯定するその姿に、一部の視聴者が妙なカリスマ性を感じ始めていたのだ。
瑠衣は、排泄を終えると、汚れた体のままソファーに横たわった。
自分の排泄物(ムジカ)の温かさと臭いに包まれながら、彼女はスマホの画面を見つめた。
罵倒と、崇拝。
相反する二つの熱狂が、彼女を中心に渦を巻いている。
「……ふふ。みんな、私が好きなのね」
彼女は、汚れた指で画面を撫でた。
ピアニストとしての名声など、この熱狂の前では色褪せて見えた。
彼女は今、瓦礫の山の上に築かれた、誰にも侵せない「高み」に座っていた。
そこは、社会から追放された者だけが到達できる、究極の自由の境地。
瑠衣は腐敗の中で、かつてないほどの安寧に耽溺していた。
***
配信を終え、余韻に浸っていた瑠衣のもとに、メッセージアプリから通知が届いた。
『今、通話しても大丈夫ですか?』