※この作品はR-18です。

フォルティッシモ・パラフィリア -ピアニストの狂咲き-   作:宇多川志木

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03 狂咲き

「……すごい。みんな、そんなに私を見たいんだ」

 

有村(ありむら)瑠衣(るい)はリビングで、ノートPCの画面を見つめながら静かに嗤(わら)っていた。

 

彼女が開設した有料会員制のファンクラブ。そのタイトルは『聖獣の檻』。月額会員費は強気な設定だが、登録者数は着実に増え続けている。

 

普段はSNSでの発信やピアノ演奏動画、ライブチャット等で交流を行って親近感を高め、ヌード、放尿・排便姿などを収めた過激なコンテンツが詰まっているファンクラブへと引き込む作戦だ。この辺りのマーケティング戦略は、K(ケー)に入れ知恵してもらった。

 

入ってくる収入は、かつてコンサートのギャラとして振り込まれていた金額に比べれば決して多くはない。だが、日を追うごとに増えていくデジタル数字は、彼女をそこはかとないエクスタシーに導いていた。

 

たくさんの人が、自分の痴態を見たいがために少なくない金銭を支払っている。そしてそれは、有村瑠衣という人間の尊厳を切り売りし、彼女の排泄物と恥部を世界中にばら撒くことで得た、純度100%の「汚れた金」。その背徳感は、彼女の毛だらけの脇を濡らし、子宮に刺激を与えていた。

 

「ふふ……ようこそ、愚かな変態さんたち」

 

独り言を言いながら、瑠衣は愛液の垂れた股間をまさぐるのだった。

 

 

***

 

 

『裏垢特定で知りました』

『おい腋毛ボーボーウンチ女、生きてて恥ずかしくないのか?』

『いつも美しいお姿を見せていただきありがとうございます』

 

ライブチャットのコメント欄は混沌としている。かつてのファンは去り、代わりに押し寄せたのは、野次馬、アンチ、そして彼女の狂気に魅入られたカルト的ファンだ。

 

『ウンコひり出して食う飯は美味いか?親が泣いてるぞ』

 

投げ銭と共に罵倒のメッセージが送られてきた。 発信者は瑠衣に不快を与えたいのかもしれないが、残念ながら彼女には「養分」でしかない。

 

「ありがとうございます。貴方のその軽蔑のおかげで、私は今日も美味しいご飯が食べられます。……私のウンチになるためのご飯がね」

 

聖女のような微笑みで吐かれる毒。 そのギャップが、さらにファンを熱狂させ、課金を煽る。彼女は、自らへの憎悪と心酔をシステムに組み込み、錬金術のように快楽と金銭に変えてしまっていた。

 

 

そして、その活動の核となるのが、Kが撮影した「デジタル写真集」の販売だった。ただの露悪的なポルノではない。 Kの病的とも言える美意識と、瑠衣の圧倒的な被写体力が融合した、悪夢のような芸術作品。

 

【デジタル写真集 No.1:譜面の上の冒涜 価格 ¥3,000】

グランドピアノの下に、モーツァルトの楽譜が散乱している。 その上に座り込む瑠衣は、純白のドレスをたくし上げ、あろうことか偉大な作曲家の譜面の上に、茶色い汚物を垂れ落としている。しかし、Kのライティングは、その汚物をまるで前衛芸術のオブジェのように陰影深く切り取っていた。乾いた紙が、排泄物の水分を吸って『ジュワッ』とふやける微かな音や、インクと糞便が混じり合うその冒涜的な感触を、瑠衣は今でも覚えている。音楽への冒涜と、排泄の解放感。その背徳的な構図は、見る者の倫理観を揺さぶる。

 

【デジタル写真集 No.2:鏡の中の二面性 価格 ¥3,000】

アンティークな姿見の前に立つ瑠衣。 鏡に映る上半身は、清楚なメイクと整えられた黒髪の「聖女」だ。一糸乱れぬ慈愛の微笑みは、まるで宗教画のよう。しかし、鏡のフレームを越えた下半身の実像は、野獣のように大きく股を開いている。処理を放棄した濃密な剛毛の茂みから、黄金色の尿が勢いよくほとばしり、床に熱い水溜まりを作っていく。跳ね返る飛沫が太ももの産毛を濡らし、湯気が立ち上る中での排泄。虚像の美しさと、実像の醜悪さ。その一枚一枚の中に、人間の欺瞞が凝縮されていた。

 

それらの画像は、インターネットの海で少しずつ求心力を持ち始めた。 最初は冷やかしで覗きに来た人々も、次第にその画像たちから目が離せなくなる。

 

単なる「汚い写真集」ではない。そこには、体毛や排泄物といった人々が恥じているものを隠すどころか誇示していくという、恐ろしいほどの「決意」が、焼き付けられていたからだ。

 

 

***

 

 

「……増えてきましたね、我々の共犯者が」

「増えたよね〜。今月の売り上げ、先月の倍くらいになりそう」

 

ある日の撮影後、瑠衣とKはタブレットで売上額を眺めながら頷きあった。

 

「まあ売上も大事ですが、それだけの数の人たちがあなたの排泄物を『金を出してでも見たい』と欲望した事実が嬉しいですよ。現代社会は『真実』を藪の中へ追いやろうとしますが、我々はもっとそれに目を向けるべきなのです」

「……Kさんって、やっぱりちょっと変だよね」

「あなたに言われたくはないですがね?」

 

Kの反論に、瑠衣はクスクスと笑った。変人同士なのは、今更だ。

 

堕ちたピアニストの堂々たる「汚物ポートフォリオ」は、閲覧者たちを摩訶不思議な感慨へといざなっていた。「獣」の姿すらアートに変えてしまうその表現は、見る者を道徳の向こう側にある、暗く甘美な沼へと引きずり込んでいく。

 

瑠衣は、画面の中の自分――美しく着飾りながら、最も恥ずかしいポーズで排泄している自分――を指でなぞった。

 

「もう人前でピアノは弾けなくなってしまった。でも、私がやりたかった『演奏』は、こういうことだったのかもしれない」

 

瑠衣は、腐敗の果てに自らの才能を開花させた。それはピアニストとしてではなく、汚物の表現者としての「狂咲き」だった。

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